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第43話 念願のプリンアイス
しおりを挟む雨はどんどんと強くなっていく。足元も濡れて、もうすぐで靴の中まで雨が浸食してきそうだった。
その代わり、歩いている人が少ない。雨が傘に当たる音が強くて、辺りも靄がかかって少し見えにくい。でも、すぐ隣にイヴェリスがいるだけで、こんな天気もイヤじゃなかった。
「どこのカフェ行く?」
「プリンアイスはもう売り切れているか」
「んー。この雨なら残ってるかもね」
「どうせなら、行ってみよう」
イヴェリスと出会った日、同じように私はこの道を歩いてカフェに向かったんだ。
今日は湿気が多くて嫌な暑さだけど、あの日は5月だって言うのに日差しが強くてそれもそれでしんどかったっけ。
「お、並んでないね」
目的のカフェに行くと、いつも並んでいる列がなかった。
カランカラン
木製のドアを開けると、入店を知らせるようにアンティークなベルがこもった音を立てる。その音を聞きつけ、お店の奥から柔らかい雰囲気の男の子の店員さんがやって来る。
「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
「あ、あのー今日ってプリンまだ残ってますか」
「あ、はい! ございますよ」
おお、もう15時くらいなのにまだ残ってるなんて! 雨の日バンザイ過ぎる。
「あるって! よかったね!」
「ああ」
ふと横を見ると、私よりも嬉しそうにしているイヴェリス。ずっと食べたがってた念願のスイーツだもんね。
「こちらの席にどうぞ」
通されたのは、以前と同じソファ席だった。
一人で座って、後から来たカップルに譲った、あの席だ。
「ワクワクするな」
「ふふ、そうだね」
本当に甘いモノのことになると、良い顔をする。
「蒼は何にする?」
メニューを見ながらチラチラと顔を伺ってくるイヴェリス。プリンアイスの欄には、以前食べたティラミスが無くなり、代わりにフォンダンショコラの写真が載っていた。
「ん、いいよ。イヴェリスが食べたいやつ頼んで。どうせそのフォンダンショコラも食べたいんでしょ」
「うっ。なぜわかった」
「顔に書いてあるよ」
「うそだ!」
「ふふっ」
「心を読めないくせになぜわかった」なんて少し焦りながら、チラッとまた「ほんとに頼んでもいいか?」って訴えかけるようにこっちを見る。
「じゃあ、私はフォンダンショコラにしよう」
「そうか。蒼が食べたいなら、しょうがないな」
「何言ってんだか」
圧をかけてきたくせに。まったく、変なことばっかり覚えちゃって。
「すみません。プリンとフォンダンショコラ。飲み物は紅茶とココアで」
「かしこまりました」
こんな雨でも、お店は満席に近い。カウンター席には一人で来ているお客さんが2人ほどいて、スマホを見たり本を読んでいたり。なんだか、ここに誰かと来ていることが不思議でしょうがない。
「あーどれほど美味いのだろうか」
前を向けば、テーブルに頬杖をつきながら、ウキウキとプリンを待っているイヴェリス。
「おまたせしましたー」
「おお……!」
5分もかからないくらいで、飲み物と一緒にプリンとケーキが机に並べられる。
SNSで見たまんまの昔ながらのプリンに、プリンよりも大きいくらいのアイスが雪だるまのように重なっている。そのビジュアルにも心が躍る。
「蒼、写真を撮ってくれ!」
「はいはい」
二人分をバランスよく並べて、映えるように写真を撮る。一人分を撮るよりも画面いっぱいにスイーツが収まって華やかだ。でも、奥にイヴェリスの手が写り込んでいて、まるで匂わせでよくある写真みたいになってしまった。
「ちょっとイヴェリス、手どけて」
「こうか?」
「うん、そのままね」
手を退けて、再度写真を撮る。今度はキレイにおさまった。
「ん、これでいい?」
「ああ。蒼は写真が上手いな」
「普通だよ」
イヴェリスってこういう時にさりげなく褒めてくれるから、つい嬉しくなってしまう。
「食べていいか?」
「どうぞ」
「いただきます」
いつものように手を合わせ一礼すると、さっそくスプーンいっぱいにプリンとアイスを均等にすくって、大きな口でパクリを頬張った。
「んん――。あぶない、美味すぎて姿が戻るところだった」
「やめてやめて」
目を一瞬カッと開くと、2口、3口と続けて頬張っていく。そんなイヴェリスを見ながら、私もフォンダンショコラを一口。ティラミスも美味しかったけど、これも美味しいな。
「ん、蒼」
名前を呼ばれ、ふと視線をイヴェリスの方に戻すとプリンがのったスプーンを差し出していた。家じゃないし、ちょっと恥ずかしかったけど、まあ彼氏だし……なんて頭の中でこの一口を食べる理由をみつけ、そのままパクリと
「ほう。食べた」
「なにっ」
少し驚いた顔で、イヴェリスがニヤッと笑っていて。やっぱり食べなきゃよかったと後悔が押し寄せてくる。
「いや、彼女らしくなってきたなと思って」
「なにそれ」
「俺にもくれ」
「えーどうしようかなぁ」
「なっ……」
ちょっと意地悪してるだけなんだから、あからさまに悲しそうな顔しないでよ。
「ほら」
今の意地悪をすぐ取り消すように、フォークに一口分のフォンダンショコラをのせてイヴェリスの口元まで持っていく。
「んん、こっちも美味いな」
魚のようにすぐに食いつくと、イヴェリスはまた嬉しそうに笑った。
はあ、この笑顔が私は本当に好きだ……。思わずニヤけそうになるのを隠しながら、紅茶に手をのばした。
「あっという間になくなってしまった」
「結構食べ応えあったんじゃない?」
「んーあと10個は食べられる」
「食べんでいい」
まだ物足りないと言うような顔をしながらも、残ったココアを飲み干す。
甘い物に甘い飲み物って、見ている側としてはなかなか重いものがある。
「雨、少し弱まってきたね」
「そうだな」
後ろを振り返って窓の外を見ると、さっきまで強く降っていた雨がずいぶんと小雨になっている。
「帰るか」
「うん」
スッと席を立つと、イヴェリスが先にレジへと向かう。
「あ、半分出すよ」
「いらない」
「でも」
「なんのために働いてると思ってるんだ」
「それは……」
奢られることに慣れてなさ過ぎて、毎度ながら申し訳ない気持ちの方が勝ってしまう。
「そんなに申し訳なさそうにされるよりも、喜んでくれた方がこっちも嬉しい」
「そ、そっか……」
確かに、私がお金を出すときもそっちの方が嬉しいかもしれない。
「じゃあ、ありがとう」
「うむ」
お店の人がまだ居る前で、ポンポンと雑に頭を撫でられ恥ずかしくなる。
会計を終えてスタスタとお店を出ていくイヴェリスを足早に追いかけて、また同じ傘に二人で入って、来た道を戻った。
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