上 下
42 / 83

第42話 おとぎ話みたいな

しおりを挟む

 梅雨に入ったのか、ここ最近は毎日のように雨だ。
 台風も多くなってきたし。太陽が苦手なイヴェリスにとっては嬉しいことなんだけど、気圧にめっぽう弱い人間の私は、朝起き上がるのですらしんどく感じる季節でもある。

「うー」
「また頭が痛いのか?」
「うん……」
「天気で左右されるなんて、人間というのは本当に弱い生き物なんだな」

 今日も朝から低気圧。ついでに女子の日の前触れにも重なって、身体がだるくてとにかく眠い。

「コンビニで何か食べ物を買ってくるか?」
「ううん、いらない……」

 ベッドの中で浅い眠りを何度も何度も繰り返す。そのせいで余計にだるさが重なって、脳にも上手く酸素が回っていないような重たい感じがする。

「せっかく休みだから、どこかに行きたかったが……」
「ごめんね」
「いや、体調が悪いなら仕方ない。ん、少し飲め。カフェインは頭痛にいいと聞いた」

 そう言って、イヴェリスはカフェラテの入ったマグカップを手にベッドの上に座った。

「ありがと……」

 イヴェリスに身体を支えられながら、ゆっくりと起き上がり、ミルク多めのカフェラテが入ったマグカップを受け取る。
 吸血鬼のくせに、いまや飲み物とかちょっとした料理まで作れるようになっていて。34年も人間として生きてきた私より、何十倍も人間としてのスキルが高くなってしまった。

「ん、美味しい」
「回復する魔力を入れておいたから、飲んだら少しはよくなるかもしれない」
「え」
「ほんのちょっとだ」

 まるで薬みたいな使い方で魔力を使われても。人間に効果あるわけないでしょ。

 って思ってたけど……

「なんかちょっとよくなったかも」
「効いたか」

 しばらく横になっていると、頭痛がスッと消えて身体のだるさも嘘のようになくなっていた。待って、魔力、便利すぎる。

「なんか元気になったら、おなかすいてきた」
「なら、コンビニで何か買ってきてやる」
「どうせなら近所のカフェまで、ご飯食べに行こうよ」
「大丈夫なのか?」
「うん、今ならどこまでも行けそう」
「そうか。じゃあ、行こう」

 なんだかんだあの温泉以降、イヴェリスとゆっくり出かける機会も無くて。
 約束していたプリンアイスすらまだ食べに行けてない。イヴェリスはバイトで忙しいから、昼間は寝ていることが多いし。休みは休みで今日みたいに私が具合悪くて寝てたりで。タイミングが合わずにいた。

「給料入ったし、ついでに蒼の服でも買いに行くか?」
「いらないよ」

 クローゼットで着ていく服を探していると、後ろで見ていたイヴェリスが少し同情するように言う。

「楓みたいな服は着たくないのか?」
「え? 私があんなの似合うわけないじゃん」
「そうか? 似合うと思うが」
「あれは楓だから似合うの!」

 楓は私と違って、身長も体つきも超がつくほどの女子だ。おまけに顔もかわいいし。いわゆるモテ服みたいな女の子らしい恰好が似合う。背も大きくて、肩幅ガッチリな私には到底、縁のない服だ。

「よーし、行こう」
「ああ」

 結局身軽なデニムに白シャツのスタイルが落ち着く。イヴェリスもデニムと白Tというシンプルな服装で、ちょっとシミラールックみたいになってしまった。

「どうする? 隣駅まで歩く? それとも駅前のカフェにする?」
「蒼の具合が大丈夫なら、少し歩きたい」
「うん。大丈夫そう」
「じゃあ隣駅まで行こう。具合が悪くなったら言えよ」
「はーい」

 マンションを出ると、結構な雨が降っていた。イヴェリスは男性用の大きな傘。私は透明なビニール傘をそれぞれ差して歩き出す。

「蒼。これでは手が濡れる」
「え?」
「手が繋げないぞ」
「雨だから、我慢してよ」
「えー」
「えーって」

 リアクションもだいぶ人間らしくなってきたな。

「傘は一つでいい。こっちに入れ」
「肩濡れちゃうよ」
「大丈夫だろ」

 そう言われ、イヴェリスにグイッと手を引かれ真っ黒な傘の下へと誘導される。
 仕方なく自分の傘を閉じて、濡れないようにイヴェリスの方へと近寄ると、逃がさないとばかりにすぐに手を絡めてきた。

「久しぶりだな、こうやって歩くのは」
「家でもすぐ握ってくるじゃん」
「それとこれは別だ」
「一緒だよ」

 そう、イヴェリスはテレビを見ている時も寝ている時も、隙さえあれば私の手を握るか抱き着くかのどっちかだ。くっついてないと気がすまないらしい。さすがの私も、最初の時に比べたらドキドキはしなくなったけど……。
 やっぱり外ってなると違う緊張感がある。

「これはデートに入るか?」
「うーん、入るかもね」
「そうか」

 デートって聞いて、少し嬉しそうにする横顔がかわいい。私だって本当は嬉しくて嬉しくて仕方ないのに。もっと素直に嬉しい気持ちを出せたらいいのに。

 しばらく歩いていると、急にちょっと前の記憶が蘇る。

 ――ここは確か

「イヴェリス」
「どうした?」
「ここ。この辺でイヴェリスに会ったよね」

 そうだ、ちょうどこの辺りだ。歩きなれた道のはずなのに、急に見慣れない小道を見つけて。気になって奥まで突き進んだら、イヴェリスが苦しそうにしゃがみこんでいたあの場所。

「そうか。この辺りだったか」
「うん」

 確かにこの辺なのに、あの時あった小道なんてどこにも無くって。

「本当に魔界から来たんだね」
「まだ信じてなかったのか?」
「いや、吸血鬼ってことは信じてるけど。こことは別の世界があるのはまだちょっと信じられないかも」

 イヴェリスが人間らしくなりすぎたせいもあるけど、たまに吸血鬼だということを忘れてしまいそうになる。

「人間が魔界に行くことはできないの?」
「あー。まあ、行ったところで誰かに喰われて死ぬだろうな」
「こわっ」
「向こうでは、人間が一番魔力を補充できる食べ物だからな」

 さらっと怖いことを言うな。まあ、そんな私もいずれ捕食される人間ではあるんだけど……。でも、イヴェリスみたいな優しい吸血鬼が魔界の王様でよかったなって、心底思ってしまう。もし悪い吸血鬼が王様だったら、人間は魔族に襲われて終わりだもんね。

「一応、法律で決まっている」
「え?」
「人間をむやみやたらに食べてはいけないという法律みたいなものが、魔界にはある」
「そうなんだ。だからイヴェリスも100年に一回なの?」
「まあ……そんなところだ」

 もしあの時、私がイヴェリスじゃない魔族に狙われていたらって考えると……。きっと死ぬほど怖い思いをして、毎日怯えて暮らす毎日だったんだろう。必死で命乞いして、必死で逃げようとして。なんなら、こんなにも長く生きていられなかったかもしれない。

 そう考えると、生贄のくせになんて幸せな日々を送っているんだ私……!

「ふふっ」
「なんだ?」
「いや、イヴェリスの生贄でよかったなって思って」
「は? 生贄でよかったなんてないだろ」
「そんなことないよ! 毎日楽しいし、毎日幸せだもん」
「……やめろ」
「ん?」
「ああ、もうっ。外ではそういうこと言わないでくれっ」
「うわ! 髪の毛髪の毛!」

 ふとイヴェリスのほうを見ると、一瞬で黒髪が見事なほどにキレイな白銀色へと変わっていた。

「それ、なんとかならないの!?」
「心臓が掴まれたような感覚になると、どうしても魔力がコントロールできなくなる」
「それって……ドキドキしてるってこと?」
「苦しくなるだけだ――」

 そう言いながら、イヴェリスは少し照れたように手の甲を口元にあて、視線を逸らした。

「興奮すると吸血鬼が出ちゃうってことだよね?」
「くっ……」
「王様のくせに、感情のコントロールが下手くそだねぇ」
「黙れっ」
「ふふっ」

 ちょっと面白くなって、繋いでいた手をほどいて、腕を絡めてからイヴェリスにくっつくようにまた繋ぎなおすと――

「ばっ――」
「うわ! 目の色目の色!」

 サングラス越しでもわかる、赤く光った瞳の色。そして、甘い香りがふわっと漂う。

「お前、からかっているだろ」
「いつものお返しですー」

 人気のない道なのをいいことに、真っ黒な傘で顔が隠れているのをいいことに、私は少しだけイヴェリスをおちょくって楽しんでいた。さんざんからかわれてきたんだから、たまにはいいでしょ。これくらい。

「……イヴェリス?」

 上手くからかえて満足していると、イヴェリスが急に立ち止まる。

「早く人間に戻せ」

 少しムッとした顔で、こちらを見下ろしてくる。

「どうやって?」
「そんなの――」

 そのまま、傘を持っている方の手で後頭部を抱き寄せられると

「んぅ……」

 顔に角度をつけて、深めのキスをされてしまった。
 雨がポツポツと顔にあたる。真っ昼間に、こんな道端で、私はなにをしているんだろう。

 わざとらしく、音を立てて唇を離すイヴェリス。さっきまで赤かった瞳も、白銀の髪も、瞬時にいつもの色へと戻っていった。

「キスしたら戻るとか、どんなおとぎ話」
「今のはお前が悪い。俺は悪くない」

 そうかもしれないけど。まさか外でキスされるなんて思わないじゃん。
 慌てて周りを見渡したけど、近くに人影は見当たらなかった。

「俺は興奮すると何をするかわからない。気を付けてくれ」
「そんな、動物みたいなこと言わないでよ」
「俺だって、こんなことは初めてなんだ。仕方ないだろ」
「ごめん……」

 せっかくいつものお返しができたと思ったのに、結局それ以上のお返しが待っていることを学んだ。

 とくに外では気をつけよう――




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

永遠の隣で ~皇帝と妃の物語~

ゆる
恋愛
「15歳差の婚約者、魔女と揶揄される妃、そして帝国を支える皇帝の物語」 アルセリオス皇帝とその婚約者レフィリア――彼らの出会いは、運命のいたずらだった。 生まれたばかりの皇太子アルと婚約を強いられた公爵令嬢レフィリア。幼い彼の乳母として、時には母として、彼女は彼を支え続ける。しかし、魔法の力で若さを保つレフィリアは、宮廷内外で「魔女」と噂され、婚約破棄の陰謀に巻き込まれる。 それでもアルは成長し、15歳の若き皇帝として即位。彼は堂々と宣言する。 「魔女だろうと何だろうと、彼女は俺の妃だ!」 皇帝として、夫として、アルはレフィリアを守り抜き、共に帝国の未来を築いていく。 子どもたちの誕生、新たな改革、そして帝国の安定と繁栄――二人が歩む道のりは困難に満ちているが、その先には揺るぎない絆と希望があった。 恋愛・政治・陰謀が交錯する、壮大な愛と絆の物語! 運命に翻弄されながらも未来を切り開く二人の姿に、きっと胸を打たれるはずです。 ---

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

義妹に苛められているらしいのですが・・・

天海月
恋愛
穏やかだった男爵令嬢エレーヌの日常は、崩れ去ってしまった。 その原因は、最近屋敷にやってきた義妹のカノンだった。 彼女は遠縁の娘で、両親を亡くした後、親類中をたらい回しにされていたという。 それを不憫に思ったエレーヌの父が、彼女を引き取ると申し出たらしい。 儚げな美しさを持ち、常に柔和な笑みを湛えているカノンに、いつしか皆エレーヌのことなど忘れ、夢中になってしまい、気が付くと、婚約者までも彼女の虜だった。 そして、エレーヌが持っていた高価なドレスや宝飾品の殆どもカノンのものになってしまい、彼女の侍女だけはあんな義妹は許せないと憤慨するが・・・。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

雨宮課長に甘えたい

コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。 簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――? そして奈々子は再び宣伝部に戻れるのか? ※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

雨の日は坂の上のカフェで

桜坂詠恋
恋愛
雨の中駅に向かっていた菊川は、着信のため坂の上でのカフェの軒先を借りる。 そこへ現れた女性が、快くびしょ濡れの菊川を店内へと誘い、菊川はそのカフェへと足を踏み入れた。 飴色の温かいカフェの中で出会った女性。 彼女は一体何者なのか──。 そして、このカフェの不思議な定休日とは──。 雨の日のカフェで始まる、懐かしく新しい恋の物語。

処理中です...