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第40話 かわいい
しおりを挟む何がショックって、私がいないところで他の女の人にいつもあんなことされていたことだ。そりゃあ、仕事のこと何も話さないよね。てか、話せないか。嫌なら、仕事だってやめているだろうし。ってことは、別に嫌じゃないってことになる……
「蒼」
「……」
しばらくすると、イヴェリスが階段を駆け上がってくる。
「ごめん」
「なんで、謝るの?」
謝られると、逆に不安になるっての。
「嫌な思いさせたかと思って」
「大丈夫だよ」
大丈夫じゃないのに。どうして私はいつも大丈夫なふりをしてしまうんだろう。
どうせ、イヴェリスには嘘だってバレるのに。
「……帰ろう」
「私こそごめんね」
「なにがだ」
「仕事の邪魔しちゃった」
「いや、そんなことはない」
邪魔してごめんなんて謝りながら、来なきゃよかった――なんて、思ってしまう自分がいやだった。別に、普通のことじゃん。わかってたことじゃん。だって、イヴェリスはカッコイイから。私はたまたま、イヴェリスが吸血鬼だっていうのを知っているだけで。
ただそれだけで……
「蒼」
「っ――」
イヴェリスが握ってこようとした手を、思わず振り払ってしまった。眉尻を下げ、寂しそうな顔をしているイヴェリスを見て見ぬふりして。
何をやってるんだろう。
大通りでタクシーを拾って、家に帰る。
車内では、それ以上お互いなにかを言うわけでもなく。沈黙の時間が続く。
たかが仕事でのスキンシップで、こんなにも嫌な気分になるなんて。しかもイヴェリスからしているわけじゃないのに……。だんだんと自己嫌悪に陥ってくる。イヴェリスの気持ちがわからないんじゃなくて、自分がただ嫉妬しているだけってことに。
「お風呂、先入っていいよ」
「いや、お前から入っていい」
家に戻ってきても、どことなく気まずい。
なんでこういう時に限って、イヴェリスは何も言わないんだろう。言い訳するなり、否定するなり、なんかないわけ。それが余計に、不安にさせる。
先にお風呂に入ろうと、イヴェリスの近くを通りかかると、色んな人の香水の匂いがした。仕事から帰ってくると、すぐにお風呂に入るのはこの匂いを消したかったからかな。なんて思ったり。
「……」
ぎゅっ
自分でも、どうしたらいいかわからなくて。誰にもとられたくないってただ駄々をこねている子供のように、イヴェリスに抱き着いてしまった。
「……蒼が嫌なら、仕事やめてもいい」
「ううん……」
「でも、そんな顔が見たくて、働いているわけではない」
私から抱き着いてきたことに少しびっくりしながらも、すぐに気持ちを察してくれるイヴェリス。頭に優しくのせられた手の平に、目頭がじわっと熱くなってきて、必死に涙をこらえた。
「智に、仕事中は蒼と付き合っていることは言うなって言われてて」
ああ、そうだよね。そんなこと言ったら、普通にお客さんこないもんね。私でも、そう言うと思う。
「でも、蒼が嫌な思いをするくらいなら、言ってしまえばよかった」
「ダメだよっ。私が……勝手にこうなってるだけだから」
「勝手ではないだろ」
「っ……」
俯いてる私の顔を持ち上げるように顎を持たれ、無理やりイヴェリスの方へと顔を向けさせられる。
「俺はお前以外の人間に興味はない」
「そんなの……」
「わかっているだろ。俺は嘘がつけない」
嘘をつくときは、必ず視線がそれるイヴェリス。でも今は、真っすぐ目を見て言ってくれている。
「不安にさせて悪かった。もう少し、気をつける」
「ううん、私こそ嫉妬しちゃってごめん……」
いつでも真剣に私のことを見てくれるイヴェリスが好き。
「嫉妬か。……それは俺のことが好きな証拠だろう?」
嫉妬と言う言葉を聞いて、ふっとイヴェリスが笑みをこぼす。
「そ、それは……そうなんだけど」
「なら、いいことじゃないか」
「いいことではないよ」
「なんでだ? 俺は嬉しい」
「なんでよ」
「蒼が他の女にくっつかれる俺を見て嫌だと思ってくれるなんて」
「そりゃ……そうでしょ」
恥ずかしくなって、思わず視線をそらす。
「俺をもっと好きになれ。俺ももっとお前を好きになる」
イヴェリスは、私の不安をいつも一瞬で拭いさってくれる。そのたびに、また愛されてるって心が満たされて。その気持ちに応えたくなる。私もちゃんと愛したいって。
「イヴェリス」
「なんだ」
「私のこと好き?」
「ああ、好きだ」
自分で聞いたくせに、即答で返事が返ってくると恥ずかしくなってしまう。
「じゃあ、今日のことは許してあげる」
「別に許してくれなくていい」
素直になれなくて、いつも私は少し上から目線でものを言ってしまう。
「許すのっ」
「そうか」
そんな私にも、嫌な顔せずに優しい瞳を向けてくれる。
「……んっ」
「――ッ」
恥ずかしさをごまかすように、初めて自分からキスをした。
その瞬間。ふわっとイヴェリスから甘い香りが漂って、唇を少し離すと、髪の色も目の色も吸血鬼に戻っていた。
「それは……ずるいぞ……」
頬と耳が、ほんのりピンクがかった顔で、赤い瞳が泳ぐ。
「もしかして、照れてる?」
いつも私がからかわれている分、今日は私が満足そうなニヤッとした笑みがこぼれてしまう。
「て、照れるわけないだろ」
「ふふ、かわいいね」
「はっ……それはお前だ」
「え」
「かわいいのはお前だ」
「なっ――」
突然のかわいい返しに、今度は私の顔が赤くなる。
「その意味、理解して言ってる?」
「一応、教えてもらった。かっこいいの、女バージョンだと」
「なんか違うけど」
「智が教えてくれるかわいいは理解ができないが、たぶん蒼は俺にとってのかわいいだ」
「なにそれ」
とか言いながらも、心の中ではすごく嬉しくて。
「蒼のことを見ているだけで幸せな気持ちになれる。好きって気持ちを感じる。あと、目が離せなくなる。ずっと見ていたい」
「もういいって……」
これ以上言われたら、褒められ慣れていない私の心がバグってしまいそうだった。
「蒼、もう一度キスをしてくれ」
「やだよっ」
「なんでだ。さっきはしたじゃないか」
「あれは……」
「ならいい。俺がする」
「んんっ」
そう言うと、イヴェリスは顎を持ったままキスをしてくる。
息をするために唇を離しては、何度も何度も。いつもと比べ物にならないくらい長い時間、口の自由を封じられる。
「んんっ……イヴェ……」
息が苦しいのもあるけど、だんだんと何も考えられなくなっていく。イヴェリスから放たれている甘い匂いが強くなるたびに、脳が上手く動かない。
ふと気づくと、イヴェリスの手が服の中に入ってきて、ハッと意識が戻る。
「ん……ちょっ」
びっくりして突き放そうとしても、イヴェリスの手が止まる気配はない。
「待って……イヴェリスっ……ちょっとっ」
「今日はもっと蒼に触れたい。ダメか?」
「それっ……何してるかわかってる……?」
「……どうやら俺は発情してしまったようだ」
「なっ――」
ニヤリと笑うイヴェリス。どんどんと突き進んでいく手を止めたくても、イヴェリスの魔力が滲み出ているせいか体が言うことをきいてくれない。
それ以上に、イヴェリス手が、指が、私の身体に優しく触れるたび、快楽に溺れそうになる。名前を呼ばれるたびに、痺れるような感覚に襲われる。
結局、私はイヴェリスの手から逃れることもできず、されるがままに一線を越えてしまった――
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