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第39話 やきもち

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「お店、SNSで紹介しちゃダメかなー」
「紹介する必要ないくらい人気だけどね」
「もっと早く来ればよかったか」

 楓と友樹さんがチーズの盛り合わせとナッツをつまみながら話しているのを、隣でボーッと聞いている。
 見ないようにって思っていても、つい視線がイヴェリスを追いかけてしまって。
 あの無愛想だったイヴェリスが、笑顔で対応している。その笑顔に、どのお客さんもメロメロだ。
 なかには、写真を一緒に撮ったりしている人もいる。私ですらまだ一緒に撮ったことないのに。

 あれ……。なにこのモヤモヤする気持ち。

「蒼? そうさーーーん」
「あ、ごめん」
「なになにー? もしかしてヤキモチ妬いてる?」
「やきもち……?」

 ああ、そうか。このモヤモヤはイヴェリスが他の女の人にニコニコしているのが、嫌なんだ……。

「まあ、私でもちょっと嫉妬するわ」
「なんで楓がすんだよ」
「いや、蒼のナズナくんなのになーって思って」
「どういう目線だよ」

 あっちこっちのお客さんからイヴェリスが呼ばれる。いつからホールで働いてるんだろう。お皿洗いなんて、全然する気配ないじゃん……。兄がイヴェリスを仕事に誘うなんて変だと思っていたけど。結局は、イヴェリスのおかげでこれだけお店が繁盛しているってわけか。

 お店に来る人は、ほとんどがイヴェリス目当てだ。もちろん、もう一人のお兄さん目当ての人もいる。そして何故だか、あんな兄を目当てに来ているお客さんもチラホラいるみたいで。

 平気でイヴェリスにベタベタ触る女の人。露出の多い服で近づく人。ひっそりとイヴェリスを目で追っている人。
 つい最近までは、私以外の人間と接点すらなかったのに。

「仕事だよ! 大丈夫!」
「うん」

 楓が励ますように、私の背中をポンっと叩く。すると、隣にいた友樹さんが少し肩を落としながら話始める。

「俺もさぁ、すぐヤキモチ妬いちゃうんだよね」
「え」
「だって楓って、かわいいじゃん! みんなに優しいし、男女関係なく接するし」
「ちょっと、友樹飲み過ぎてない?」
「いつか俺も捨てられるんじゃないかって、たまに不安になるわぁ」
「捨てないし! 私は友樹のこと大好きだよ!」
「そうかなぁ」
「そうだよ!」

 確かに、楓も平気で男の人と仲良くなっちゃうし、自分が人たらしだと言うことに気付いてないタイプ。

「大丈夫ですよ。楓、いつも友樹さんの話しかしてないですもん」
「ほら! ね!」
「ほんと……?」
「ちょ、そんな顔しないでよ! もうーどんだけ私のこと好きなの?」

 あはは、なんて笑う楓のあとに、友樹さんは

「お嫁さんにしたいくらい好きだと思ってるよ」

 って、ボソッと言った。思わず私も楓も「「え」」って声が重なる。

「ちょ。今の、プロポーズ?」
「え? 俺、今なんて言った?」
「いや、信じられない! なにそのムードないやつ!」
「いや、うそうそ! 聞かなかったことにして!」
「聞いちゃったし!」

 信じられないって言いながらも、楓はすごく嬉しそうな顔をしている。たぶん初めて二人の間で結婚を意識した言葉が出てきたんだろうな。まあ、このタイミング? って感じではあるけど。
 そんな二人を見て、私も嬉しくなった反面、私たちには結婚の未来がない現実を突きつけられた気がした。

「蒼、そろそろ帰るよぉー」
「ん……。寝てた……?」

 楓の声で、ハッと目が覚める。

「うん。友樹も寝ちゃいそうだから、私たち帰るけど」
「あぁうん」
「蒼はどうする? ナズナくんと帰る?」
「今何時」
「1時くらい」
「あー……」

 イヴェリスはたぶん、3時くらいまで仕事終わらない。

「いや、私も帰る」
「そう? じゃあタクシー呼んじゃうね。ナズナくーん」

 楓がイヴェリスを呼ぶと、バーカウンターに居たイヴェリスがこっちに来る。

「そろそろ帰るね」
「呼んでおいてあまり喋れなくてすみません」
「いや、いいよ! 蒼が眠そうだから、連れて帰るね」
「あ、いや、置いてっていいですよ。俺が連れて帰るんで」
「え、ほんと? だって、蒼」
「いや、いいよ。一人で帰れるから大丈夫だよ。まだ仕事あるでしょ」
「智さんに言っとくから、裏で寝てればいいじゃん」
「そういうわけには」
「一緒に帰ろう」

“一緒に帰ろう”その言葉が嬉しくて、それ以上断る理由を探すのをやめてしまった。

「じゃあ、また来るねー」
「ありがとうございました」
「楓ちゃん、またね!」
「はーい! 今度は智さんがおごってねー!」
「いつでもどうぞー」

 楓と友樹さんがお店を後にする
 奥の席にポツンと取り残される私。

「ナズナ、今日早く帰っていいぞ」
「え、でも」
「蒼のこと連れて帰って」
「すみません」

 もう電車もないっていうのに、お店にはたくさんの人がいて。
 みんながイヴェリスに会えるのを楽しみに来ていた。

 バーで働くって聞いた時に、少しは予想できたことなのに。家でのイヴェリスとは別人に感じた。

「蒼、智さんが帰っていいって」
「え?」
「着替えてくるから、待ってて」
「でも」

 ああ、私が来たことで迷惑をかけたかもしれない。せっかく頑張って働いてるのに。お客さんはみんなイヴェリスに会いに来てるのに、私がそれを邪魔してしまった気がした。

 イヴェリスがバックヤードに戻ろうとすると、お店のドアが開いてまた一人お客さんが入ってくる。

 眠いなかでもハッキリとわかるくらい、すごく綺麗な人。年齢は20代後半だろうか。身体に沿ったドレスみたいなワンピースを着て、ハイヒールを履いて。ゆるく巻かれたロングヘアーをなびかせながら、ツカツカと入ってくると――

「いたー! ナズナー!」
「あ、いらっしゃい」

 イヴェリスを発見するなり、思いっきり抱き着いた。

「今日何時まで? 終わるまで一緒に飲もうよー」
「いや、もう俺帰るんですよ」
「えー!? 無理無理!」

 その女の人は、帰さないとでも言うようにイヴェリスの腰に腕をまわしたままだ。

美月みつきさん、俺が相手するから勘弁してやってー」
「えー智じゃなくてナズナに会いに来たんだよ?」

 すかさず、兄が二人を引き離すように間に割って入った。
 その瞬間、イヴェリスはするりと逃げるように裏へと戻ってく。

「えー! ほんとに帰っちゃうのー? 無理ぃ。ナズナと飲みたいー」
「どうせ毎日来てるんだから一日くらい、いいでしょ。ほら、何飲む?」
「あー。もう少し早く来ればよかったなぁ」

 他の女の人に抱き着かれているイヴェリスを見てしまい、心の中のモヤモヤがどんどん膨らんでくる。ヤキモチを妬くために来たんじゃないのに。なんでこんなに、嫌な感じがするんだろう。

《先に外で待ってて》

 イヴェリスからメッセージが来て、席を立つ。バーカウンターで、さっきの女の人の相手をしている兄に近寄り「また来るね」と、一言伝える。

「おう、俺もまた家に行くわ」

 その一言を聞いて、美月と呼ばれていた女の人がこっちを振り向き「誰この女」というような目で見ている。

「この人、だぁれ? 」
 そして、その目のままのことを口にした。

「ああ、俺の妹」
「えーーーー! 智の!? マジぃ?」
「似てないけど」
「マジで似てないうける」

 すでにお酒が入っているのか、私を見ながらケラケラと笑ってくる。顔はいいのに、性格くっそ悪いなこの女。と、心のなかでイラッとしながらも「あははーよく言われますー」って笑いながらごまかす。その間に、着替え終わったイヴェリスが出てきて、美月さんの視線はまたすぐにイヴェリスへと戻った。

「本当に帰っちゃうのぉ?」
「また明日来てください」
「んー。じゃあ、ギューして。そしたら許してあげよう」
「いや、無理です」
「冷たーい! いつもしてるじゃん!」
「いやそれは」

 いつもしてる? その言葉に、チクンと胸の奥が痛む。
 そして、何かを言いたげなようにイヴェリスの目が、チラッと私を見る。

 どこかで私は愛されている自覚があった。
 でも、今の言葉で、なにもかもが信じられなくなりそうだった。

 確かに、イヴェリスは抱き着くのが好きだし。なんとも思っていなくても、相手に必要と感じたら平気でそういうことをするタイプではある。

 足早にその場から遠ざかると「蒼」って声が後ろから聞こえて、逆に私の名前を呼んでしまったことで、美月さんが何かを悟るようにイヴェリスの腕を掴む。

「え、なにー? もしかしてあの人と帰るとか言わないよね?」
「いや……」
「あーほらほら。美月さん。お酒できだから乾杯しようぜ?」
「むりぃ。ナズナじゃなきゃやだ~」

 その場から離れても、美月さんの声だけがまとわりつくように耳に届く。少し駆け上がるように階段を上って、夜風を浴びるとなんとも言えない悲しい気持ちに襲われた。

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