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第35話 浴衣姿

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 高層ビルの景色から、どこまで行っても緑豊かな風景に変わる。休憩を挟んだサービスエリアからさらに1時間半くらい車を走らせると、今晩泊まる旅館に到着した。

「すご」
「まだ新しいんだよね」

 緑に囲まれているなかに佇む高級そうな旅館。なかに入ると、非現実的なモダンな空間が広がり、少し緊張してしまう。

「ちょっと受付済ませてくるね」
「あ、うん」

 今日の旅館は、どうやら楓たちのSNS案件で声をかけてもらったところだそうで。宣伝料を貰う代わりに、一緒に行く私たちの分まで、宿泊費がかからないように手配してくれたらしい。インフルエンサーってすごい……。

「おまたせ。はい、これ蒼たちの部屋の鍵ね」
「あ、ありがとう」
「ちょっと先に撮影したいから、蒼たちは部屋で休憩しててくれる?」
「あ、うん」
「撮り終わったら、連絡する!」
「わかったー」
「ごめんね」
「全然いいよ!」

 二人は投稿するための撮影をするみたいで、私とイヴェリスは先に部屋でゆっくりすることになった。

「うわっ、すご……」

 自分たちの部屋の扉を開けると、和モダンなおしゃれな部屋が広がっている。床は四角い畳で、脚のない大きなベッドが二つ並んで置いてある。さらに部屋の奥に進むと、バルコニーには温泉がついていた。

「ひゃーすごい! みて! 部屋に温泉あるよ!」
「いい部屋だな」
「ね! 雨だけど、景色もよさそう」

 さすがの私もテンションが上がる。コンビニに行ったときのイヴェリスのように、部屋のあっちこっちを探索してまわってしまった。

「浴衣だ!」
「ゆかた?」
「そう、これ! 部屋ではこれを着て過ごすの」
「これが浴衣か」
「知ってた?」
「ああ、まあ、何かで見たというか」

 急にイヴェリスが視線を逸らす。これはだいたい、なにか嘘をついている時だ。でも浴衣を知っていることで嘘をつく意味ないよね。なんだろう。

「これは帰ってきたら着ようね!」
「ああ」

 ちょっと待って。もしかして、イヴェリスの浴衣姿が見れる……? え、無理かも。いや、無理じゃない? 絶対似合うじゃん! 

 ふと、ここでイヴェリスと一夜をともにするって考えるだけで、色々と自分の感情や理性が耐えられるのか不安になってきてしまった。

 とりあえず変な考えはやめて、部屋でお茶を飲んだり茶菓子を食べながらまったりした時間を過ごす。しばらくすると楓たちから連絡が来て、少しみんなで観光しよってことになった。

 雨の中、旅館の近くをブラブラする。甘味どころをみつけてみんなで入ったり、お土産屋さんを見たり。その間にも、隙あらばSNS用の撮影をしている楓たち。確かに、これじゃあデートって感じではないね……。

「あの二人は何をしている?」
「ああ、楓たちはインフルエンサーなんだよ」
「なんだ、それは」
「ほら、イヴェリスがいつもSNS見てるでしょ。あれを投稿する側の人」
「ほう。すごいな」
「そうだよ。こうやって撮影して、動画とか写真で美味しいものとか教えてくれるんだよ」

 さすがにSNS通のイヴェリスにとっても、その話は興味深かったらしく、自分から二人に美味しいスイーツのお店を聞いたり、写真の撮影の仕方を聞いたりしていた。

 一通り観光し終わると、夕食の前に温泉入っておこうってことで旅館へと戻ることに。

「じゃあ、またあとでね!」
「ごゆっくりー」

 ここからは、女子と男子に分かれる。
 イヴェリス、お湯に浸かるのは苦手って言ってたけど大丈夫かな。それよりも裸の付き合いってことは……。え、人間と吸血鬼の体が同じ仕組みかまでは確認してなかった。いや、どう確認しろって話だけど。まあ、イヴェリスなら何があっても上手くかわせるかな……。

「ふあー。気持ちいい」
「あー温泉なんて何年ぶりだろ」

 まだ明るい空に、温泉の湯気が上がっては消えていく。

「ふふ、初めて一緒に来たよね」
「そういえばそうだね。ありがとう、誘ってくれて」
「いや、私がまた無理やり連れて来ただけだし」

 ゴツゴツとした岩で囲われた温泉は、少し温度が高くてすぐに身体が温まる。
 そう言われれば、友達と旅行なんて、修学旅行以外では初めてだ。

「マンネリの話だけどさ、あれはデートって感じにはならないね」
「そうでしょー」

 今日の二人の雰囲気を見て、楓が言ってたことがなんとなくわかった。

「やっぱり一回くらい撮影なしで出掛けてみたら?」
「そうなんだけどさ。二人で居ても、すぐにインスタの話になっちゃって」
「でも、それってすごいよね。仕事のパートナーでもあるってことだよね」
「まあね。私はこれで食べていけるくらいだからな」
「それに、二人とも息ぴったりだよ」
「そう?」
「うん。すごいお似合いっていうか、波長が合ってるっているか」
「まー確かに波長は合ってるかも! 初めて会った時に、もう好きだなって思ったもん」
「初めて会ったときに?」
「うん。あーこの人と居たらなんでも楽しそうだなって」
「それって、一緒に居ると安心できるってことじゃないの?」
「安心か……。そうかも」
「ドキドキもいいけど、やっぱり安心感があった方が本当に好きって感じがするけどな」
「へー。じゃあ、ナズナくんはそんな感じなんだ?」

 せっかく楓の話をしていたのに、そのままブーメランのように私に話題が返ってくる。

「いや、まあ、そうだね。一緒に居て、嫌じゃないから」
「うんうん。でもなんか、ちょっと距離あるよね?」
「え?」
「同棲しているわりにはよそよそしいって言うか。なんだろう」
「そ、そんな風に見える?」
「え。もしかして、まだエッチしたことないとか言わないよね? さすがに」
「うっ……」

 恋愛マスター楓の勘が鋭すぎて、うっかり言葉を詰まらせる

「ええええええ!!」

 私の反応を見て大声で驚くもんだから、周りに居た他のお客さんの視線がこっちに集まってしまった。

「ちょ、うそでしょ? マジで言ってる?」
「いや、だって……初めてだし」
「初めてって、もう付き合って2ヶ月近く経つでしょ!?」
「ま、まあ……」

 私がもっと嘘つくのが上手ければ、ごまかせたのに。

「一緒に住んでて、ナズナくん手だしてこないの!?」
「出してこないというか、そういう感じにならないようにしてるっていうか……」
「拒否る理由なに!?」

 そうですよね、そうなりますよね。だってそうなんですよ。私の片思いなんですもん。それどころか、キスもまだとはさすがに言えなくて。

「え、信じられないよさすがに。わかるよ! わかる、その歳で初めてだもんね」
「はい……」
「でも2ヶ月も何もしないで待ってくれるって、そんな大事にしてくれる人、普通いないよ!?」
「はい……」
「そこはもう、蒼が一歩進まないとじゃない!?」
「はい……」

 進みたいところです。でも、別にあっちが我慢してくれているわけではないんです。あー。もうこれ以上どう説明したらいいかわからない。

「てことは、今日が一歩進むチャンスなんじゃないの?」
「え!?」
「部屋に温泉あるし、ね!」
「ね! じゃないんですけど」
「私も頑張るからさ! 蒼もがんばろうよ!」

 頑張ろうって言われても、別にどうこうなること望んでいるわけじゃ……。

 ――って、思った矢先

「うわっ。あんたの彼氏、浴衣似合いすぎ」
「……」

 ロビーのソファで男性陣が座って待っているのが見えて。イヴェリスの浴衣姿の破壊力に、また私の理性がひとつ飛びそうになってしまった。

 ――どうしたら浴衣ひとつでそんなに色気を醸し出せるわけ

「おまたせ!」
「長風呂だったなー」
「女子だもーん。それより、二人とも浴衣めっちゃいいじゃん!」
「お二人こそ、イイ女じゃん」
「えへへへ」

 浴衣を見せつけるように、楓がその場でくるくると回る。一方私は、色気だだ漏れの吸血鬼に何を言ったらいいかわからなくて、じっとこっちを見てくるイヴェリスに言葉を詰まらせるだけだった。

「ちょっと? 二人とも?」
「あ、はい」
「見惚れ合わないでくれる?」
「べ、べつに見惚れてなんか――」

 楓に突っ込まれて、やっと自我が戻ってくる。いいなあ、二人は。かわいいとか、カッコイイとか、素直に褒めあえて。

「……似合ってる」
「友樹さんが着せてくれた」
「よかったね。温泉は大丈夫だった?」
「すぐ出た」
「すぐ?」
「熱いのダメだった」
「そっか。のぼせちゃうからね」

 浴衣姿にばかり気をとられていたけど、ふと顔を見ると、部屋用のサングラスをしてないことに気付く。

「あれ? サングラスは?」
「ああ、なんか前が見えなくなるから外していた」
「明るいの大丈夫なの?」
「最近、電気くらいなら大丈夫になってきた。ずっとはきついけど」
「そうなんだ」

 すごい久しぶりに明かりの下でイヴェリスの顔を見た気がする。
 お風呂に入ったばかりのサラサラの髪が顔にかかって、目の半分くらいを隠しているけど。それが逆に色っぽくて……。

「くっ」
「なんだ?」
「なんでもない!」

 その隙間からチラッと見える目が綺麗すぎて。またキュンと胸に軽い締め付けを感じてしまい、わかりやすく目をそらしてしまった。

「さあ、ごはんたべよー!」

 楓の一声で、部屋に戻る。どうやら、二人の部屋に私たちの分の夕飯も用意されているみたいで。楓たちの部屋には、すごい豪華なお料理が並んでいた。


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