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第33話 マンネリとは
しおりを挟む《ばーついた》
《がんばってね》
《がんばる》
イヴェリスは毎日ちょっとずつひらがなを覚えて、やっとスマホで文字のやり取りができるようになってきた。最近は仕事場に着くと、必ず連絡を入れてくれるし、仕事が終わると『かえる』って教えてくれる。そんな些細なことも、今は嬉しいし、不思議とモヤっとした不安すらも取り除いてくれる。
「ふふ」
「はあー。いいねえ、蒼は」
「なにが」
「そんなかわいい彼氏がいて……」
イヴェリスからきたメッセージにニヤけていると、楓が向かい側でワイングラスをくるくる回しながら大きくため息をつく。
「楓だって優しい彼氏がいるでしょ」
「んー。優しいけど、最近ちょっとマンネリ気味でさ」
今日もバイトでイヴェリスがいないから、楓を誘って夕飯を食べにきている。
「マンネリ?」
「ほら、インスタのために旅行とか色々行ってたじゃん」
「うん」
「だからなんか、デートらしいデートがないっていうか」
「ああ、なるほど」
楓カップルは、今やインフルエンサーだ。数万人のフォロワーがいて、いつもどこかに2人で出掛けては、SNSに投稿している。
「もう、どこか行く=仕事みたいになっちゃってて。案件とかもあるし」
「確かに、写真のこととか考えると楽しめるものも楽しめないもんね」
「そうなの! わかってくれる!? はあ~ついに蒼も私の恋バナを理解できるようになったかー」
「え。なんか、ごめん」
やっと理解してもらえたとでも言うように、楓は私の手を取り上下にブンブンと振る。前の私と違って、今なら楓の恋バナにもちゃんと受け答えできそうだ。
「だから、そうやってメッセくるだけでニヤニヤできる関係性がマジで羨ましい」
「あと1カ月すれば私だって慣れちゃうと思うけど」
「そうかもしれないけどー」
「SNS抜きでデート行ってみたら?」
「無理無理。たぶんお互い、もったいないって思っちゃうもん」
「スマホ持たないで行くとか」
「写真が命」
「んー」
たまに出掛けるから特別感があったり、楽しかったりするもんな。私も、毎回毎回どこかに行ってたら慣れちゃうのかな。イヴェリスと甘いものいっぱい食べに行ったら飽きちゃうのかな……。
「じゃあお家デートしたらいいんじゃない?」
「いやー。家でその雰囲気は出ないよ。もう1年付き合ってるし」
「映画とかドラマ観たりすれば楽しくない?」
「それはまだ付き合いたてだから! そりゃあ、私も最初は今の蒼みたいになんでも楽しかったけど……」
そうだよね。イヴェリスだって、今は何でも吸収できるから楽しいかもしれないけど。この先、人間界になれちゃったら甘い物を食べるのですら当たり前になっちゃうのかもしれない。
「なんかマンネリ化を抜ける方法ないかなー」
「別に彼氏のこと好きじゃなくなったわけじゃないんでしょ?」
「うん。好きは好きだけど、ドキドキがないっていうか」
「ドキドキなんてない方がよくない?」
「あーこれだから恋愛初心者は!」
「なによ」
「ドキドキこそ! 恋愛において一番楽しいんでしょうが!」
「そ、そうなの?」
私からしたら、いちいちドキドキしちゃって厄介なだけなのに。それよりも安心できる方がいいな……。まあ、楓の言ってることもわからなくはないけど。
「そうだ!」
食べ終わった食器を避け、机にうなだれていた楓が急に何かを思いついたように起き上がる。
「ダブルデートしない!?」
「え」
何を言い出すかと思えば……
「蒼とナズナくんと私たちで!」
「いや、ダブルデートがどうマンネリ解消に繋がるのよ」
「初心な二人を見て、私たちも当時のことを思い出すーみたいな!」
「いや、絶対逆効果だって。羨ましがって終わりそう」
「そ、そんなことないし!」
「どうかなー」
「ほら、私が羨ましいって思ってるのが彼にわかれば、なんか接し方変えてくれるかもしれないし!」
「喧嘩にならない?」
「喧嘩にはならないと思うけど……。だめ?」
「ダメというか……」
そもそも、デートらしいデートってまだ一回もしたことないな。いや、でもあの時の買い物もデートって言えばデートかな。んー。これは便乗してデートを疑似体験するという手も……いや、ダメ! 下心丸出しすぎでしょ自分!
「温泉とか行こうよー」
「温泉!? 一泊じゃん」
「えーいいじゃん」
「いや、ナズナもバイト始めたばっかりだし、色々と疲れてるから」
「なら余計に温泉いいじゃん。車はこっちが出すからさ」
「いやー」
「ね! 決まり! お願いー。私たちカップルを救うと思ってー」
「ナズナに聞いてみないと……」
「ナズナくんがOKだったらいいってこと?」
「んー」
あまり長時間、誰かと一緒に居るっていうのも考えものだけど、いかんせん最近すれ違いの生活を送ってしまっている身としては、イヴェリスとどっか行きたいという気持ちもあって……。ああ、いつから私はこんなに欲深くなってしまったか。
「スケジュールはそっちになるべく合わせるから、聞いといてね!」
「うん」
でも、楓もきっと今の彼氏と別れたくないから、どうにか頑張ろうとしてるんだろうし。
――バタン
「なんだ、起きていたのか」
「おかえり」
深夜3時くらいにイヴェリスが帰ってくる。なんて言うかわからないけど、一応ダブルデートのこと聞いてみるだけ聞いてみようと思って、今日は起きて待っていた。
「話したいことでもあるのか?」
「あ、うん」
「先に風呂に入っても大丈夫か?」
「どうぞどうぞ」
「すぐ出てくる」
仕事から帰ってくると、イヴェリスはお風呂に直行するのがルーティンに。自分の身体に違う匂いがつくのが嫌みたいで。シャワーを浴びはじめて、10分くらいで戻ってきたイヴェリス。白Tにグレーのスウェットパンツ。髪をタオルで適当に拭きながら私の隣に座ると、私と同じシャンプーの匂いがふわりと香った。
「髪乾かしてからでいいよ」
「ん、めんどくさい」
いつかの私のようだな。それだけ疲れているってことだろうけど。
「乾かしてあげよっか?」
「いや、いい。それより話ってなんだ」
「あのさ、あのー」
「なんだ」
「あのね」
いざ話そうと思うと、なんか急にダブルデートの言葉が恥ずかしくなってくる。
「言わないなら心を読むぞ」
「あー! 自分で話す!」
「なら早く言え」
もごもごしている私がじれったいと、最近イヴェリスは「心を読むぞ」って言ってすぐ聞き出そうとする。
「あのね、楓がダブルデートしたいんだって」
「だぶるでーと?」
「うん。私とイヴェリスと楓と楓の彼氏で」
「デートは二人で行くものだろ」
「そうなんだけど……基本はね。でもダブルデートってのもあるの」
「それに行きたいのか?」
「楓にお願いされちゃって」
断られたらどうしようとか、迷惑じゃないかなとか、色々と不安が頭を過ぎる。でもイヴェリスはいつだって
「別に俺は構わないが、蒼はいいのか? 俺を連れて行くの」
「私はイヴェリスが嫌じゃなかったら、ちょっとだけ行きたいなって」
「そうか。蒼が行きたいなら、行こう」
私の気持ちを優先してくれる。
「ほんと?」
「ああ。どこに行くんだ?」
「なんか温泉で、一泊なんだけど」
「温泉というのはあれか、外で入る湯浴びか?」
「そう」
「あまり湯に浸かるのは……」
「いいよ、嫌ならいい!」
「いや、ものは試しだ。行ってみよう」
無理させてないかちょっと不安だけど、イヴェリスが行ってくれると聞いて、素直に嬉しくなってしまった。初めてイヴェリスと遠出ができると思うと心のウキウキが止まらない。次の日、すぐに楓にOKの連絡をいれて、私とイヴェリスの休みが重なっている日に行くことになった。幸い、天気予報も雨だ。
「替えのパンツと、服入れてね」
「他になにが必要だ?」
「んー室内用のサングラスと外用のサングラスと日傘も忘れないようにしないと」
「そうだな」
「あ、ご飯どうしよ!」
そうだ。温泉って言ったらみんなでご飯食べたりするよね。うわ、盲点だった。イヴェリスは甘いもの以外、口から吐き出す習性がある。
「飯か」
「うん、たぶん皆でご飯食べると思う」
「それなら大丈夫だ」
「え?」
「バイト先でも食わされそうになるが、毎回ゴグがこっそり食べてくれる」
「ゴグが?」
「ああ。そいつは大食いだからな」
「きゅっ」
「えー優秀な魔獣だねー」
机の上にちょこんと座って、荷造りをしている私たちをジッと見ていたゴグの頭を撫でくりまわす。
「あと心配なことあるかな」
「そんなに気をはらなくていい。楽しもう」
「そうなんだけど」
心配性だから何があってもいいように準備しておかないと落ち着かない。でも逆にイヴェリスはいつも落ち着いていて、それに救われていることが何度もある。
「上手くやれるかな」
「上手くやるのは俺であってお前じゃないだろ」
「いや、ほら、恋人のふりとか」
「ああ。そっちか」
準備もすんで、あとは明日を待つだけ。しかも今日は久しぶりにイヴェリスと一緒のタイミングで布団に入れて、ちょっと嬉しい。
「なら、練習しとくか?」
「なにを?」
「恋人のふり」
そう言うと、布団の中でイヴェリスがごそっと動き出し、手が私の腰を抱き寄せてくる
「いいよっ――」
「こういうことだろ?」
「こんなのは、人前で、しないよっ」
ドキドキと急に鼓動が速くなって、思わずイヴェリスの顔から視線を逸らす
「もっとしとくか?」
「なに、もっとって」
「キスとか」
「キッ――」
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「そこまで恋人のふりしなくていいんだって」
「手を繋ぐくらいか?」
「それも別に、絶対じゃないというか……」
「難しいな」
「ごめん、いつも通りのイヴェリスでいいから」
「まあ、努力はする」
「もう手、放してよ」
「今日はこのまま寝たい」
「うっ」
はあー。ほんとにこのドキドキって慣れちゃう時がくるの?
今の私にはマンネリという言葉すら想像つかないくらい、毎日が刺激的すぎる。
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