上 下
33 / 83

第33話 マンネリとは

しおりを挟む

《ばーついた》
《がんばってね》
《がんばる》

 イヴェリスは毎日ちょっとずつひらがなを覚えて、やっとスマホで文字のやり取りができるようになってきた。最近は仕事場に着くと、必ず連絡を入れてくれるし、仕事が終わると『かえる』って教えてくれる。そんな些細なことも、今は嬉しいし、不思議とモヤっとした不安すらも取り除いてくれる。

「ふふ」
「はあー。いいねえ、蒼は」
「なにが」
「そんなかわいい彼氏がいて……」

 イヴェリスからきたメッセージにニヤけていると、楓が向かい側でワイングラスをくるくる回しながら大きくため息をつく。

「楓だって優しい彼氏がいるでしょ」
「んー。優しいけど、最近ちょっとマンネリ気味でさ」

 今日もバイトでイヴェリスがいないから、楓を誘って夕飯を食べにきている。

「マンネリ?」
「ほら、インスタのために旅行とか色々行ってたじゃん」
「うん」
「だからなんか、デートらしいデートがないっていうか」
「ああ、なるほど」

楓カップルは、今やインフルエンサーだ。数万人のフォロワーがいて、いつもどこかに2人で出掛けては、SNSに投稿している。

「もう、どこか行く=仕事みたいになっちゃってて。案件とかもあるし」
「確かに、写真のこととか考えると楽しめるものも楽しめないもんね」
「そうなの! わかってくれる!? はあ~ついに蒼も私の恋バナを理解できるようになったかー」
「え。なんか、ごめん」

 やっと理解してもらえたとでも言うように、楓は私の手を取り上下にブンブンと振る。前の私と違って、今なら楓の恋バナにもちゃんと受け答えできそうだ。

「だから、そうやってメッセくるだけでニヤニヤできる関係性がマジで羨ましい」
「あと1カ月すれば私だって慣れちゃうと思うけど」
「そうかもしれないけどー」
「SNS抜きでデート行ってみたら?」
「無理無理。たぶんお互い、もったいないって思っちゃうもん」
「スマホ持たないで行くとか」
「写真が命」
「んー」

 たまに出掛けるから特別感があったり、楽しかったりするもんな。私も、毎回毎回どこかに行ってたら慣れちゃうのかな。イヴェリスと甘いものいっぱい食べに行ったら飽きちゃうのかな……。

「じゃあお家デートしたらいいんじゃない?」
「いやー。家でその雰囲気は出ないよ。もう1年付き合ってるし」
「映画とかドラマ観たりすれば楽しくない?」
「それはまだ付き合いたてだから! そりゃあ、私も最初は今の蒼みたいになんでも楽しかったけど……」

 そうだよね。イヴェリスだって、今は何でも吸収できるから楽しいかもしれないけど。この先、人間界になれちゃったら甘い物を食べるのですら当たり前になっちゃうのかもしれない。

「なんかマンネリ化を抜ける方法ないかなー」
「別に彼氏のこと好きじゃなくなったわけじゃないんでしょ?」
「うん。好きは好きだけど、ドキドキがないっていうか」
「ドキドキなんてない方がよくない?」
「あーこれだから恋愛初心者は!」
「なによ」
「ドキドキこそ! 恋愛において一番楽しいんでしょうが!」
「そ、そうなの?」

 私からしたら、いちいちドキドキしちゃって厄介なだけなのに。それよりも安心できる方がいいな……。まあ、楓の言ってることもわからなくはないけど。

「そうだ!」

 食べ終わった食器を避け、机にうなだれていた楓が急に何かを思いついたように起き上がる。

「ダブルデートしない!?」
「え」

 何を言い出すかと思えば……

「蒼とナズナくんと私たちで!」
「いや、ダブルデートがどうマンネリ解消に繋がるのよ」
「初心な二人を見て、私たちも当時のことを思い出すーみたいな!」
「いや、絶対逆効果だって。羨ましがって終わりそう」
「そ、そんなことないし!」
「どうかなー」
「ほら、私が羨ましいって思ってるのが彼にわかれば、なんか接し方変えてくれるかもしれないし!」
「喧嘩にならない?」
「喧嘩にはならないと思うけど……。だめ?」
「ダメというか……」

 そもそも、デートらしいデートってまだ一回もしたことないな。いや、でもあの時の買い物もデートって言えばデートかな。んー。これは便乗してデートを疑似体験するという手も……いや、ダメ! 下心丸出しすぎでしょ自分! 

「温泉とか行こうよー」
「温泉!? 一泊じゃん」
「えーいいじゃん」
「いや、ナズナもバイト始めたばっかりだし、色々と疲れてるから」
「なら余計に温泉いいじゃん。車はこっちが出すからさ」
「いやー」
「ね! 決まり! お願いー。私たちカップルを救うと思ってー」
「ナズナに聞いてみないと……」
「ナズナくんがOKだったらいいってこと?」
「んー」

 あまり長時間、誰かと一緒に居るっていうのも考えものだけど、いかんせん最近すれ違いの生活を送ってしまっている身としては、イヴェリスとどっか行きたいという気持ちもあって……。ああ、いつから私はこんなに欲深くなってしまったか。

「スケジュールはそっちになるべく合わせるから、聞いといてね!」
「うん」

 でも、楓もきっと今の彼氏と別れたくないから、どうにか頑張ろうとしてるんだろうし。

 ――バタン

「なんだ、起きていたのか」
「おかえり」

 深夜3時くらいにイヴェリスが帰ってくる。なんて言うかわからないけど、一応ダブルデートのこと聞いてみるだけ聞いてみようと思って、今日は起きて待っていた。

「話したいことでもあるのか?」
「あ、うん」
「先に風呂に入っても大丈夫か?」
「どうぞどうぞ」
「すぐ出てくる」

 仕事から帰ってくると、イヴェリスはお風呂に直行するのがルーティンに。自分の身体に違う匂いがつくのが嫌みたいで。シャワーを浴びはじめて、10分くらいで戻ってきたイヴェリス。白Tにグレーのスウェットパンツ。髪をタオルで適当に拭きながら私の隣に座ると、私と同じシャンプーの匂いがふわりと香った。

「髪乾かしてからでいいよ」
「ん、めんどくさい」

 いつかの私のようだな。それだけ疲れているってことだろうけど。

「乾かしてあげよっか?」
「いや、いい。それより話ってなんだ」
「あのさ、あのー」
「なんだ」
「あのね」

 いざ話そうと思うと、なんか急にダブルデートの言葉が恥ずかしくなってくる。

「言わないなら心を読むぞ」
「あー! 自分で話す!」
「なら早く言え」

 もごもごしている私がじれったいと、最近イヴェリスは「心を読むぞ」って言ってすぐ聞き出そうとする。

「あのね、楓がダブルデートしたいんだって」
「だぶるでーと?」
「うん。私とイヴェリスと楓と楓の彼氏で」
「デートは二人で行くものだろ」
「そうなんだけど……基本はね。でもダブルデートってのもあるの」
「それに行きたいのか?」
「楓にお願いされちゃって」

断られたらどうしようとか、迷惑じゃないかなとか、色々と不安が頭を過ぎる。でもイヴェリスはいつだって

「別に俺は構わないが、蒼はいいのか? 俺を連れて行くの」
「私はイヴェリスが嫌じゃなかったら、ちょっとだけ行きたいなって」
「そうか。蒼が行きたいなら、行こう」

私の気持ちを優先してくれる。

「ほんと?」
「ああ。どこに行くんだ?」
「なんか温泉で、一泊なんだけど」
「温泉というのはあれか、外で入る湯浴びか?」
「そう」
「あまり湯に浸かるのは……」
「いいよ、嫌ならいい!」
「いや、ものは試しだ。行ってみよう」

 無理させてないかちょっと不安だけど、イヴェリスが行ってくれると聞いて、素直に嬉しくなってしまった。初めてイヴェリスと遠出ができると思うと心のウキウキが止まらない。次の日、すぐに楓にOKの連絡をいれて、私とイヴェリスの休みが重なっている日に行くことになった。幸い、天気予報も雨だ。


「替えのパンツと、服入れてね」
「他になにが必要だ?」
「んー室内用のサングラスと外用のサングラスと日傘も忘れないようにしないと」
「そうだな」
「あ、ご飯どうしよ!」

 そうだ。温泉って言ったらみんなでご飯食べたりするよね。うわ、盲点だった。イヴェリスは甘いもの以外、口から吐き出す習性がある。

「飯か」
「うん、たぶん皆でご飯食べると思う」
「それなら大丈夫だ」
「え?」
「バイト先でも食わされそうになるが、毎回ゴグがこっそり食べてくれる」
「ゴグが?」
「ああ。そいつは大食いだからな」
「きゅっ」
「えー優秀な魔獣だねー」

 机の上にちょこんと座って、荷造りをしている私たちをジッと見ていたゴグの頭を撫でくりまわす。

「あと心配なことあるかな」
「そんなに気をはらなくていい。楽しもう」
「そうなんだけど」

 心配性だから何があってもいいように準備しておかないと落ち着かない。でも逆にイヴェリスはいつも落ち着いていて、それに救われていることが何度もある。

「上手くやれるかな」
「上手くやるのは俺であってお前じゃないだろ」
「いや、ほら、恋人のふりとか」
「ああ。そっちか」

 準備もすんで、あとは明日を待つだけ。しかも今日は久しぶりにイヴェリスと一緒のタイミングで布団に入れて、ちょっと嬉しい。

「なら、練習しとくか?」
「なにを?」
「恋人のふり」

 そう言うと、布団の中でイヴェリスがごそっと動き出し、手が私の腰を抱き寄せてくる

「いいよっ――」
「こういうことだろ?」
「こんなのは、人前で、しないよっ」

 ドキドキと急に鼓動が速くなって、思わずイヴェリスの顔から視線を逸らす

「もっとしとくか?」
「なに、もっとって」
「キスとか」
「キッ――」

 なに、なんでそんなこと、言うようになってんの! 絶対アイツがなんか吹き込んだんだ! 

「ど、どこで覚えたのっ」
「ドラマでいつもしているだろ」
「あ、あれは本当の恋人がすることで」
「でもあの人間たちも、別に本当の恋人ではないと言っていたぞ」
「それは、役者さんだから」
「それに、本当の恋人じゃなくてもお互いがしたかったらキスくらいするって智が言っていた」

 あのバカ――。イヴェリスに何を教えているんだ。

「そこまで恋人のふりしなくていいんだって」
「手を繋ぐくらいか?」
「それも別に、絶対じゃないというか……」
「難しいな」
「ごめん、いつも通りのイヴェリスでいいから」
「まあ、努力はする」
「もう手、放してよ」
「今日はこのまま寝たい」
「うっ」

 はあー。ほんとにこのドキドキって慣れちゃう時がくるの? 
 今の私にはマンネリという言葉すら想像つかないくらい、毎日が刺激的すぎる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】処刑後転生した悪女は、狼男と山奥でスローライフを満喫するようです。〜皇帝陛下、今更愛に気づいてももう遅い〜

二位関りをん
恋愛
ナターシャは皇太子の妃だったが、数々の悪逆な行為が皇帝と皇太子にバレて火あぶりの刑となった。 処刑後、農民の娘に転生した彼女は山の中をさまよっていると、狼男のリークと出会う。 口数は少ないが親切なリークとのほのぼのスローライフを満喫するナターシャだったが、ナターシャへかつての皇太子で今は皇帝に即位したキムの魔の手が迫り来る… ※表紙はaiartで生成したものを使用しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

雨宮課長に甘えたい

コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。 簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――? そして奈々子は再び宣伝部に戻れるのか? ※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

処理中です...