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第30話 クソ兄参上

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 ――ヴーヴー

「んっ……」

 枕元に置いてあるスマホが、何度も何度も振動して目が覚める。
 手探りでその位置を探し、開けきらない瞼を無理やりこじ開け画面を見ると兄からだった。


「んなぁに」
『なんだ、まだ寝てるのか?』
「んー」
『今からお前んち行くから』
「んー」
『なんか飯用意しといて』
「んんー」
『じゃ』
「んー」

 って、それだけなら別に電話じゃなくてよくない? わざわざこんな朝早くに起こさないで――

「まって、今、来るって言った!? もしもし!?」

 時すでに遅し、もう通話は切れていた。すぐに電話をかけ直しても、まったく出ない。メッセージで『来られても無理』って送っても、既読スルーだ。

「イヴェリス!! 起きて!」
「なんだ、まだねむぃ……」

 隣で寝ているイヴェリスを叩き起こす。

「ダメ、お兄ちゃんが来るって!」
「そうか、じゃあ俺は寝ている……」
「いや、ダメでしょ! どっか消えてほしい!」
「はあ? 勝手なやつだな。消える場所なんてない」
「カフェとか一人で行って来てよ!」
「一人は無理だ。文字が読めない」

 まるで他人事のように、頭まで布団をかぶり2度寝に入るイヴェリス。
 時計はまだ朝の7時。この感じは、仕事のあと飲んでいて、家まで帰るのがめんどくさくなったパターンか、彼女と喧嘩して家に帰れないパターンのどっちかだ。

「どどどど、どうしよう。ゴグ! イヴェリス消せない!?」
「きゅ」
 ゴグに助けを求めても、ベッドからちょっと鼻先だけ出して、またすぐに引っ込んでしまった。

 布団のなかにイヴェリスを隠すわけにもいかないし、クローゼットに隠すわけにもいかないし……。

「居留守使うか! いや、鍵持ってるしな……。こんなことなら合鍵なんて渡すんじゃなかった――」

 2年くらい前、兄が前の彼女と喧嘩しまくっていた時に、私の家から仕事に行ったりしていたから合鍵を渡してしまった。だって、ちょっと前までは別に来られても困ることなんてなかったんだもん! 

 ――ピーンポーン

「きたっ!! イヴェリス、お兄ちゃんが来た! ちょっと起きてって」
「んー」

 とりあえずインターホンを無視していたら、勝手にオートロックを開けて入ってくる兄の姿がモニターに映っていた。ああ、これはもう諦めて腹を括るしかない。

「……」
「いい? 変なこと言わないでね。楓のときみたいによろしくね」
「ん」

 ガチャガチャ

 モニターから姿を消して、ものの1分もしない間に玄関から鍵を開ける音がして、扉がキィーっと開いた。
 寝起きドッキリ状態で起こされた私の脳内では、上手くイヴェリスをごまかす術はみつからず――まだ半分眠っているイヴェリスを無理やり起こし、ダッシュで玄関先に向かった。

「なんだよ。起きてんなら開けろ」
「ご、ごめん、顔洗ってた」
「ん、腹減ったからなんか飯つくって」
「ちょ――。どっか外で食べない?」
「あ? やだよ。ねみーし」
「近くに美味しいパン屋さんがあるよ?」
「あーじゃあ買って来てくれ」
「あ、まって――」

 どうにか玄関で追い返せないか小さい脳みそをフル回転させたけど、そんなものはまったく通用せず、兄はズカズカと部屋の奥へと入って行ってしまった。

「……!?」
「……どうも」
「あの、この人は――」

 そして、ベッドの上に半寝状態で座っているイヴェリスを見つけてしまい、兄は無言で立ち止まった。

「蒼の部屋に……おとこ?」
「あの、これは、あの――」
「お前、彼氏いたの……?」
「……」

 天地がひっくり返ったとでも言わんばかりに、目をまん丸くしてゆっくりとこっちを振り向く兄。そりゃ驚きますよね。“あの”妹に、彼氏なんて。

「マジかよ……。え、マジ? しかもくっそイケメンじゃん……」
 口をあんぐりさせながら、私とイヴェリスを交互に見る。

「蒼の兄か」
「は、タメ口?」
「あのー! ちょっと海外歴が長くて! 敬語が得意じゃないの!」
 まだ寝起き過ぎて頭が起きていないイヴェリスは、いつもの調子で兄に話かけてしまう。お兄ちゃんから見たら10個以上は離れた見た目の青年に。

「へえ。蒼にもついに男が……」
「ってことだから、今日は帰ってほしい!」
「いや、無理だろ。え、もしかしてこの前の服ってこいつの――?」
 勘がいいとかいう以前に、まさに今イヴェリスが着ているのは兄からもらったお下がりのTシャツだ。

「はー。へー。ふーん」
 頭の先からつま先まで、まるで品定めしているかのようにジロジロと見ている。

「あ、あんまり怖がらせないでよ」
「大事な妹だぞ。どこの馬の骨かもわからない男は困るからな」
「そんなこと思ってないくせに!」

 ソファの背もたれに腕をかけながら、威圧的な態度をとる兄と、そのくらいではまるで動じないイヴェリスの謎の攻防戦が始まって、だんだん頭が痛くなってくる。

「飲み物でも持ってきますね……」
 ここまで来たら、あとは私がどうにかできるものでもない。ときには、諦めが肝心。イヴェリスが上手くやってくれるのを願うばかりだ。

「で、キミの名前は?」
「ナズナです」
「お、敬語使えるじゃん」
「一応」

 やっとイヴェリスも眠気が覚めてきたのか、言葉使いがいつもと違う感じに装えるようになっていた。

「二人はいつから付き合ってるの?」
「お兄ちゃん!」
「いいだろ、こんくらい」
「えっと――40日くらい前ですかね」
「へえ。付き合いたてじゃん。で、蒼のどこが好きなわけ?」
「お兄ちゃん!!!」
「いや、一番大事でしょ」

 うわ、もう最悪だ。この兄、いい年して余計なことしか言わない。こんなノンデリな男と、付き合う彼女さんの気がしれない。もっといい男いっぱい居るから、すぐに別れた方がいい。

『適当にはぐらかしていいから。ほんとごめん、イヴェリス――』
 キッチンからイヴェリスに向かって心の声を届ける。通じたのか、こっちをチラって見ると

「あー……全部ですかね」
「ぜんぶぅ? そういうのって具体的に答えないと女の子は嫌がるよー?」
「いい加減にしてってば」

 バシン

「いって!」
 しつこすぎて、さすがに後ろから兄の背中をバシンと叩く

「ほんとに怒るよ?」
「もう怒ってるじゃん」
「当たり前でしょ! いヴぇ……ナズナも、気にしなくていいから」
「えー聞きたいなー。兄ちゃん的には、この妹のどこを好きになってくれたのか」

 そんなこと聞いても、出てくるわけないでしょ。ほんとに余計なことばっかり……

「……なんか、素直じゃないところですかね」
「ほう?」
「本当は嬉しいくせに、嬉しくないふりしたり。辛いのに辛くないふりしたり。おもしろいです」

 適当に答えればいいって言ったのに

「あと、楽しいです。一緒にいて」
 そう言いながら、ふっと笑みをこぼすイヴェリスの顔に、私の胸はトクンと脈を打つ。

「だってよ、蒼」
「――ッ」
「あらら、顔真っ赤」

 まさか、そんなこと言われるなんて思ってないじゃん。普通に考えて。イヴェリスのなかでは適当に答えたことかもしれないけど、いつも自分の気持ちを隠して生きてきた身からしたら、それを“適当”に聞き流すのは無理だった。

 変に期待させるようなことばっかり言ってくる……

「ナズナって言ったっけ?」
「はい」
「兄として、これだけは言っておこう」
 お兄ちゃんがおもむろにイヴェリスの肩をガシッと掴むと――

「蒼のこと泣かしたら、マジでそのキレイな顔に一発ぶち込むからな」
 低い声で脅すようにイヴェリスに言う。

「ちょっと!」
 その間に割って入るけど……

「どうぞ」
「ど、どうぞ? ははっ。お前おもしろいやつだな。気に入ったわ!」
 イヴェリスがキョトンとした表情で受け入れるのを見て、兄は笑いながらバシッと力強く肩を叩いた。

「俺はともだ。よろしくな、弟よ」
「おとうと?」
「ああ。蒼の彼氏なら、お前は今日から俺の弟だろ。なんか困ったことあったら何でも言えよ」
 ガシッとそのまま肩を組むと、「女って言うのは――」とか、くだらない話をタラタラと始め……。かと思えば、急に眠いと言って、勝手に人のベッドで眠りだした。

 我が兄ながら、本当に自分勝手で自由な男だ。

「ごめんね」
「なにがだ?」
「いや、面倒な兄で」

 寝ているクソ兄を放置して、顔を洗うイヴェリスの隣で洗濯物を始める。

「そうか? いい兄だと思うが」
「どこがよ」
「お前のこと、大事に思っているからだろ」
「うそだよ」

 ガタンガタンと洗濯機が回る音に隠れながら、洗面所でイヴェリスと話す。
 ふと、さっきイヴェリスに言われた私の好きなところを思い出して、顔がニヤけそうになるのを、両手で押さえる。

「あれってさ、適当?」
「ん?」
「好きなところっていうか……」
「ああ、適当だ」
「え゛」
「ふっ。お前は本当にわかりやすいな」
「なにが!」
「いや、そういうところも嫌いじゃない」
「なっ――」

 にやっと笑いながら、頭にポンッと手をのせられる。ああ、感情がジェットコースターだ。自分でもなんで確かめたくなっちゃってるのかわからないけど、たぶん、この意地悪に笑う顔を見たくて。

 自分でからかわれにいっているような気がする――


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