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第29話 ベッドで寝ろ
しおりを挟むイヴェリスと買い物に出かけてから、さらに数日が経つ。
本当は今週あたりから雨のはずだったのが、見事に予想が外れて夏日のような毎日が続き、なかなかプリンアイスを食べに行くタイミングがなかった。
そんなことよりも――私は最近、謎の怪奇現象に悩まされている。
「まただっ……」
いつものようにソファで寝ても、なぜか起きるとベッドの上に居て。隣にイヴェリスがスヤスヤと寝ているという現象が多々おきている。
「ん……」
イヴェリスの柔らかい髪の毛が、私の首筋をかすめて目が覚める。
毎日ではないのが、また謎で……。私が寝ぼけてベッドに入り込んでいるのかなって考えるけど。さすがにお酒も飲んでないし、そんなに疲れるようなこともしていないから考えられない。
イヴェリスに聞いてみても「知らないな」と言われるだけで――
でもあの顔は、絶対に知っている顔。
寝たふりをして、何が起きているのか試そうと思っても、起きている間はなにもなく。耐えきれず寝てしまったあとに、ベッドに移動している日もある。
「ねえ、なんでまたベッドで寝てるの!?」
「知らないな」
「うそ! 知ってる顔でしかない!」
「シラナイナ」
私以上に嘘をつくのが下手なのか、この話をすると、わざとらしくすぐに視線をそらす。
「教えてくれないとプリンアイス食べに行くの取り消しにするよ」
「なっ――」
言いざるを得ない条件を引き合いにだせば、イヴェリスは諦めたように大きくため息をついた。
「ベッドで寝ろって言っているのに寝ないからだ」
「え?」
「ソファだと辛そうなときがある。だからそういう時はベッドに移動してやっただけだ」
「そ、そんなことないし!」
イヴェリスの言った通り、最近は肩こりがひどいと言うか、ソファで縮こまって寝すぎているせいで腰まで痛くなっているのは確か……。
「口で言っても言うこときかないだろ」
「そりゃそうでしょ!」
「だから、勝手にやっている。気にするな」
「気にするなって……気になるよ!」
「俺がそうしたいと思っただけだ」
「そ、そんなの」
一応、彼なりに気をつかってのことってのはわかっているけど……。
一緒に寝るのがどういうことかもわかっていないくせに。いや、でも、発情とかすぐ言うし、ドラマでも多々そういうシーンを見てるから多少なりともわかってるのかな――。
「なら、今日から素直にベッドで寝てくれ。いちいち動かすのは面倒だ」
「面倒ならしなくていいって」
「そうやって言うから、黙ってやっていたんだろ」
「そ、そんなこと言われても」
「別に一緒に寝るくらいで何かあるわけでもない」
そっちはないかもしれないけどさ! って言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「ああ、わかった。こう言えばいいか?」
「なに」
「俺がお前と寝たい」
「うっ」
「だから一緒に寝てくれ」
言い方を変えたからって、そんなこと1ミリも思ってないくせに――!
「……」
「素直にそうしていろ」
「これは、イヴェリスがっ」
「わかったわかった。俺がお前と一緒に寝たいだけだ」
「くっ――」
結局、イヴェリスの巧みな言葉にまるめこまれ、その日の夜からベッドで一緒に寝ることになってしまった。でも、目が覚めた状態からイヴェリスの隣で寝るのは初めてで、とてもじゃないけど緊張して眠れる気がしなかった。
「も、もう寝た?」
「ん-ん」
「早く寝てよ」
「…お前のココがうるさくて眠れぬ」
そう言うと、指で胸……と言うか心臓あたりをトントンとされる。
「――ッ! へ、変なところ触らないでよっ」
「あーわかったから、静かにしてくれ」
そんなことされたら余計に眠れないっての。
真っ暗な部屋な天井を眺めていると、自分の心音が聞こえてくる。
ドキドキと、でもなんだか心地よくて。隣にイヴェリスが寝ているって意識するだけで、鼓動が速くなるし、寝ることに集中しようと深呼吸すると、鼓動がまた落ち着く。そんなことを繰り返しながら。
少しでも動くと、イヴェリスの身体のどこかに触れてしまって。まるでミイラのように固まったまま身動きがとれない。しばらくするとイヴェリスから静かに寝息のようなものが聞こえてきて
そっと隣を見ると、眠りに入ったイヴェリスの顔がすくそばにあった。
仮にも、女と一緒のベッドで寝ているというのに、なんとも思わないのか吸血鬼は。そんな独り言を心のなかで呟きながら目を瞑る。布団の中で手を動かした先にイヴェリスの手があるのに気付いて、バレないように自分の小指をそっと絡めたら、そのまま引き寄せられるようにイヴェリスの指がギュッと私の小指をホールドしてきた。
からかっているのか、心配してくれてるのか。それとも、ほんの少しでも私に気があるのかはわからないけど……。
こういうことがあるたびに『気持ちを隠さなくていいって』言われているみたいで。むしろ、好きな気持ちを引き出されているような気もする――。
どうせ心を読んで、ぜーんぶお見通しなんでしょうけど。
「ん……」
「眠れたか」
「うわっ」
いつの間にか眠ってて、アラーム音で目が覚めると、瞬きもせずにこっちを見ているイヴェリスのドアップ。
「よだれをたらしていたから拭いておいたぞ」
「――ッ!」
「よく眠れた証拠だな」
「やめてぇ、もう」
「ふふっ」
寝起きから恥ずかしさで死にそうな私を見て、意地悪に笑う顔は、心臓がもたないっての。
「お前はそのままでいい」
「なに急に」
「いや、なんでもない。早く顔でも洗ってこい」
「言われなくても洗いますー!」
寝顔を見られているだけでも恥ずかしいのに、よだれとか、ご丁寧に拭いてくれるとか。もうなんか、見られたくないとこまで見られていて複雑な気分なのに。
鏡に映る自分は、思った以上に顔が赤くなってて、思った以上に嬉しそうだった。
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