【完結】おひとりさま女子だった私が吸血鬼と死ぬまで一緒に暮らすはめに

仁来

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第28話 アイドル状態

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「どれがいい?」
「どれでもいい」
「んー。あんまり高いのは買ってあげられないから……」
「じゃあ、これでいい」
「え、やだ。それはおじいさんが履く靴だよ」
「そうなのか? でも安い」
「これ履いてみて」

 靴屋さんに来て、さっそくイヴェリスの靴を探す。
 ここにくるまでの間、繋がれっぱなしだった手を名残惜しくも離し、スニーカーをいくつかイヴェリスに渡す。

「足のサイズどのくらいだろうね。27か、28くらいかな」
「これは少し小さい」
「じゃあ28か」

 店員さんに声をかけ、サイズを出してもらい試し履きをする。

「うむ、ちょうどだ」
「じゃあ、それ買おっか」

 一番オーソドックスなキャンバス素材のハイカットスニーカーを一足買って、その場でサンダルから履き替えさせる。

「かかとが痛くなったら言ってね」
「大丈夫そうだ」
「あっちのお店、もうちょっと安くて今っぽいのも売ってるからそこでもう一足買おう」
「これだけでいい」
「いや、私が買いたい」

 そう、もうここからはイヴェリスの意思とか関係ない。完全に私利私欲に走った私の願望を押し付ける買い物だ。

「これとーこれとーこれ着てみて」
「こ、こんなにか?」
「うん!」

 前回来たときは頭の中でイメージしかできなかったけど、今は実際に着させることができる。こんなの、最高じゃん! と、完全に暴走モードに入ってしまい、あれもこれもと、着せたい服と一緒にイヴェリスを試着室へと押し込む。
 一着、二着、三着と、着替えてはカーテンを開け登場するイヴェリスにいちいち心臓を鷲掴みにされながら、買い物が続く。

 結局、新しく白の半袖のシャツと、ハイネックの黒T、オーバーサイズの白いロンT、グレーのパーカー、ブルーのカーディガン、デニム、グレーのスウェットパンツ、ショートブーツと青いレンズと黒いレンズのサングラスとバケットハットにキャップ、靴下に下着も追加で――

「2万8000円です」
「あ、はい……カードで」

 若い子たちが買うような安い店とは言え、普通に買いすぎた。
 でも、これだけ買ってこの値段って考えれば、安いんだけど。

「さすがに買いすぎではないか?」
「ちょっと買いすぎたね……」

 そうだ、明日から毎日納豆ご飯にしよう。

「荷物、家にとばしていいか?」
「うん、ありがとう」

 ファッションビルの階段の踊り場まで荷物を運び、人がいないことを確認すると、イヴェリスはいつものように指をパチンと鳴らし、買ったものを家へととばした。

「すまない、少し疲れた。ここで休んでもいいか」
「あ、ごめん! そうだよね」

 少しぐったりと階段に座り込むイヴェリス。興奮のあまり、あっちこっちと連れ回して着替えさせてしまったせいだ。

「そうだ! ここよりいいところがあるよ。もう少し歩ける?」
「ん、歩ける。手をかしてくれ」
「ん」

 差し出した私の手を借りてゆっくりと立ち上がると、そのまま当たり前のようにまた指を絡めて握ってくる。

「ねえ」
「いいだろ」
「――ッ」

 いいだろって、全然よくないし! そう、心の中で叫ぶも、顔がニヤけそうになるのを必死にごまかす私は、完全にイヴェリスの手のひらで踊らされているような気がする。

 エレベーターで地下まで下がり、少し人だかりになっている場所に向かう。
 私がどこに行くのか気付いたのか、イヴェリスがまた少し興奮気味に

「蒼、もしかして」
「これも食べたいって言ってたでしょ?」
「――クレープか!」

 ぐったり気味だった顔から、また電車に乗っているときくらいまでの顔に蘇る。
 クレープの写真がたくさん並んでいる看板を少し遠くから見つけるなり、私の手をグイグイと引っ張り足早に向かった。

「おお、本物だ!」
「どれにする? こっちがアイス入ってるやつだよ」
「アイスまで入っているのか!?」
「なんなら、これはプリンも入ってる」
「なんてことだ……。これにする!」
「いいよ。じゃあ私はイチゴにしよ」

 さすがにクレープ屋は女子が多いだけあって、イヴェリスが列に並ぶだけでザワザワする。アイドルじゃないんだから、一般人にざわつくのもおかしい話だけど、改めてイヴェリスの端麗さを思い知る。
 さすがの私も、ここで手を繋ぐのは恐れ多くて、お財布とスマホで手が埋まっているとでもいうかのようにイヴェリスの手から逃げた。

「えっと、クリームブリュレクレープのアイストッピングとストロベリー生クリームをひとつずつ」

 順番がきて、メニュー表を指さしながらレジで注文をしている隣で、クレープを作っているお姉さんを凝視するイヴェリス。イケメンにじーっと見られているせいで、さすがのお姉さんも動揺が隠せないようで、焼くのを失敗していた。

「こんなに美しく作れるなんて、見事だな」

 すると、突然イヴェリスは屈託のない笑顔をお姉さんに向けながら、話しかけ始めた。

「クレープを食べるのが初めてなんだ。だから、一番美味しいのを作ってくれると嬉しい」
「が、がんばります――!」

 この女たらし吸血鬼が――そう思いながらも、顔がみるみるうちに真っ赤になってくお姉さんを見ながら、私もいつもこんな感じなのかなと客観視した気分になる。

「お、おまたせしました」
「ありがとう」

 出来上がったクレープは、あきらかに見本の写真よりも豪華で、サービスされているようだった。美人ってだけで、生涯3000万円も得をするそうだが、イケメンも同じだな。

「クレープも強く握ると壊れてしまいそうだな」
「うん、潰れるから優しく持ってね」

 てんこもりにサービスされた、2つのクレープを両手に持ち、空いている席をみつけて座る。

「あれをしてくれ!」
「あれ?」
「インスタみたいになる絵だ」
「ああ、写真ね!」
「それだ」
「いいよ」

 スマホでクレープの写真を撮ってイヴェリスに見せると、満足そうな顔で片方のクレープを私に渡してきた。

「食べていいか?」
「どうぞ」
「いただきます」

 両手でクレープを持って、軽く頭を下げるように一礼する。
 そのまま顔を埋めるようにクレープにかぶりつくと、“この世の幸せはここにあったか”と言いそうなくらいの良い笑顔で、二口、三口と続けて食べていく。

 クレープを撮ったまま、カメラモードになっていたスマホをヴェリスに向け、こっそりと写真を撮る。ほんとは100枚くらい撮りたかったけど、たった一枚でも心が満たされるほど破壊力の高い笑顔が画面の中へと収まった。

「食べないのか?」
「食べる食べる」

 イヴェリスに続くように、私もクレープにかぶりつく。
 そこでハッと気づいたのは、周辺にいる全女子の視線がイヴェリス向けられていることだ。

「かわいすぎ」
「顔良っ」
「なにあれ最強じゃん」
「あの顔でクレープ好きとか反則じゃない?」
「芸能人じゃないのかな」
「写真撮ってたしインスタグラマーとかかもよ」
「えーアカウント知りたいんだけど」

 それぞれがヒソヒソとイヴェリスの話題で盛り上がっている。
 そうか、ここはインスタグラマーのふりをして、私はカメラマンみたいな雰囲気出しておけば乗り切れるかもしれない。とにかく、さっきみたいに思われる前に、ここに居る女子たちの反感をかわないように潜まねば……。

「蒼のも一口くれ」
「え? やだよ」
「なんでだ! いつもくれるではないか」
「今日は、やだよ」

 おいおい。今ここで一口あげるみたいな行為をしてしまったら、この視線が、すべて殺意の目に変わるに決まってるだろ。なにを呑気なことを言ってくれんだ……。
 そう思って頑なに拒否し続けていたら

「じゃあ、交換ならいいか?」

 そう言って、自分のクレープを差し出してきた。
 いや、それはもっとあかん。空気を読んでくれ、吸血鬼……。

「ん、いいよ食べて」

 仕方なく自分のクレープを差し出すと、イヴェリスはまた嬉しそうに私のクレープへとかぶりついた。視線が痛い、痛すぎる。集中砲火だ――。

「えーかわいいー」
「あのお姉さんうらやましすぎ」
「むりーあんなのされたら私だったら死ぬ」

 ビクビクしながら周囲に聞き耳をたたていると、あまりに幸せそうに食べているせいか、みんなイヴェリスを見るのに夢中だった。

「はあ、全部食べてしまった」
「あとあげる」
「いいのか?」
「うん、気持ち悪くなってきた」
「こんなに美味いのにか?」

 お姉さんの過剰なサービスが私には重く、半分以上食べたところで気持ち悪くなってきて、残りをイヴェリスあげた。それもペロッと平らげると、イヴェリスはスクッと立ち上がり、スタスタとまたクレープ屋のレジへと向かっていく。

「とても美味しかった。ありがとう。また絶対に食べにくる」

 少し離れたところで、イヴェリスの声に続いて「ひゃー」という声にならないような声が聞こえてくる。

 また余計なことを――

 その間に私はゴミをゴミ箱へと入れ、クレープ屋から少し離れたところでイヴェリスが戻ってくるのを待った。

「蒼! これ、もらったぞ」
「なに?」
「なんだか、サービスケン? だそうだ」

 戻ってきたイヴェリスの手には、クレープ屋さんで使える100円分の金券が10枚ほど握られていた。クレープ屋の金券なんて初めて見たけど。

「この券で、またクレープが食べれるよ」
「おお、そうなのか」
「よかったね」
「クレープを作る人間たちは優しいんだな」

 イヴェリスは振り返ると、クレープ屋に向かって軽く手を振る。その瞬間、またキャーという声が上がって、もうアイドル状態だった。顔がいいって、凄いんだな……。と、改めて実感する時間だった。

 帰りの電車の中で、すぐにウトウトしだすイヴェリスを見ながら、やっぱり外に出すのは極力控えようと心に誓った。



 家に帰ってくると、イヴェリスはそのままベッドに向かい、まるでダイブするかのように倒れ込んだ。

「こら、着替えなさい!」
「もう動けない」
「本当はお風呂にも入ってほしい」
「いやだ」
「せめて手洗って、その服脱いで」
「んー」

 一刻も早く眠りたそうな顔をしながらも、しぶしぶと手を洗い、部屋着へと着替える。

「蒼」
「ん?」
「楽しかったな」
「うん」

 そうポツリと言うと、スーッと寝息もたてずにイヴェリスは眠ってしまった。



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