【完結】おひとりさま女子だった私が吸血鬼と死ぬまで一緒に暮らすはめに

仁来

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第24話 主夫

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「蒼、洗えたぞ」

 そう言いながら、シンク下の戸棚に掛かっているタオルで手を拭くイヴェリス。
 働く代わりに、家のことをやってほしいとお願いしたら、彼は本当に毎日のように掃除と洗い物をやってくれている。掃除はちょっと苦手みたいで、魔力を使ってやっているみたいだけど。

「ありがとう。ほんと助かる~」
「今日は洗濯を教えてくれ」

 お皿を洗い終えたイヴェリスが、パソコンの前に座っている私の元までくる。

「えっと、洗濯はこのカゴの中に入っているものをバサッと中にいれる」
「ふむ」
「そうしたら、蓋をして、ここに洗剤をいれる」
「どのくらいだ?」
「このうっすら線が書いてあるくらい」
「わかった」

 洗面所に置いてある洗濯機の前で、洗剤の入れ方や操作方法を教えると、頭の中にメモでもあるかのようにすぐに覚えていった。

「手で洗わなくていいのか?」
「うん。たまに手洗いのもあるけど」
「これだけで洗えてしまうのか?」
「そうだよ」
「すごいな……」

 人間からしたら魔力のほうがよっぽどすごいと思うけど。新しいものにすぐ興味を示すイヴェリスにとって、家事や洗濯機ですらおもちゃ感覚なのかもしれない。

 でも、今思えば、王様がやるべきことでは無さ過ぎるよね。

「で、ピーピーって鳴ったら、これに干して」
「ああ、これに吊るすのだな!」
「そうそう。ドラマでよく見たでしょ」
「うむ」

 あのあと、主婦の出ているドラマが見たいとか言うから、動画配信サービスに登録して“主夫”がテーマになったドラマを何本か教えてあげたら、見ただけでだいたいのことは把握してしまったようだ。

「できあがるのが楽しみだな」
「お菓子じゃないんだから」

 イヴェリスは、洗濯機が止まるまでずっと前で座って待っていた。
 まるでクッキーが焼き上がるのを待つ子供のように。

 ピーピー

「できた!」

 ヘッドホンで音楽を聴きながら仕事をしていると、洗濯の終わりを告げるアラーム音とともに、嬉しそうな声が聞こえてくる。

「ふふ」

 思わずその反応がかわいくて、キーボードを打ちながら笑みがこぼれていた。

「干していいか?」
「お願いしまーす」

 耳から少しヘッドホンをずらして、洗面所の方から聞こえてくる音に集中すると
 カチャカチャと洗濯ばさみがぶつかる音が聞こえてきて。ときたま「ここと、ここか?」などと、イヴェリスの独り言が聞こえてくる。
 5分か10分くらいして、イヴェリスが吊るした洗濯物を持って洗面所からでてきた。

「うまくできた?」
「お、なかなか上手ですね」
「そうか! よかった」

 ハンガーにはしっかりとシワを伸ばしたTシャツがかけられている。
 そして洗濯ばさみには、タオルやバスタオルと――

「待った!!!!」
「ッ!急に大声をだすな。驚くだろ」

 忘れていた。自分の下着という存在を……。
 イヴェリスのパンツの隣に、キレイに並べて干してあるのが、余計に恥ずかしい。

「これは、干さなくていい! っていうか、洗わなくていい!」
「あ、なにをする」

 慌てて洗濯ばさみからパンツとブラをもぎ取る。
 パット付きのキャミソールとかは、まあ、セーフとして……。

「いい、これは」
「それは蒼の下着ではないのか?」
「だからだよ!」

 改めて下着って口にされると、わかっていた上で干されていることに羞恥心が爆発しそうになる。魔族に下着という認識がないのは知っているけど、さすがに私の中の乙女心が耐えられない! 

「人間の世界では、この下着っていうのを見せる行為は恥ずかしいことなの」
「面倒くさいな」
「外で下着の人なんて見たことないでしょ?」
「言われてみればそうだな」
「とくに女の人は、ダメなの。外に干すのもダメ」
「ふむ。色気の問題か? こんなものにあるようには見えないが」
「なっ……」

 そりゃ、見た目より穿き心地重視とか言って、シンプルな綿素材のパンツなんで色気もくそもないですけども!  

「とにかく! これは自分で洗うから触らないで」
「はあ、まあ、わかった」

『またくだらないことを』とでも言うような表情をし、イヴェリスはそのままベランダへと出て、竿にひとつひとつ洗濯物をかけていった。

「夜になったらまた部屋に戻せばいいのか?」
「うん」
「乾くのが楽しみだな」
「なんでも楽しみなんだね」
「楽しくはないか?」
「普通はみんなイヤイヤやるもんだよ」
「人間と言うのは愚かだな。やることがあると言うのは、いいことではないか」

 ソファに胡坐をかいて座りながら、窓の外で風に揺れる洗濯物を見つめながらイヴェリスが言う。
 やることに追われている人間からすれば、その言葉の意味は理解できないけど。魔力でなんでもできてしまう魔族からしたら、やるべきことがあるっていうのが新鮮なのかな。

 ドラマを見ているイヴェリスの隣で、仕事をする。今はこの空間が、私の日常当たり前になっていて。 誰かと一緒に居ても嫌じゃないって、すごい心地いいことなんだなって。ゆっくりと窓の外の光が少なくなっていくの感じながら噛みしめる。

 仕事が終わるころにはイヴェリスがソファでうたた寝をしていた。家事をして疲れたのか。その、無防備に寝ているイヴェリスを見て湧き上がってくるのは、あー幸せってこういうことなんだって。

 もちろん、一人の時も決して不幸せだったわけじゃないけど。自分で自分の幸せを感じるよりも、大事な人を思える幸せってこんなにあったかいんだ。

 寝ているイヴェリスにそっと近づく。寝顔をまじまじと見つめながら、ひとつひとつ顔のパーツを確かめるように目で追っていく。付けまつ毛かと思くらい長いまつ毛。本当に透けて見えそうなくらい白い肌。少しだけ先の尖った耳。キレイな鼻筋。歪みのない薄い唇。

 隣にいることが嫌になりそうなくらい整った顔。

 イケメンが苦手なんて言っていたくせに、私も外見で判断しているのかなって不安になるときもある。
 おとぎ話みたいに、もしもイヴェリスの見た目が野獣みたいだったら……。好きになったり、死を受け入れることはできていたのだろうか。

「うわっ」

 いつものように、自分の思考の中を泳いでいたら、透明で柔らかな灰色の瞳がじっとこちらを見つめているのに気がつく。

「……なにを見ている」
「いや、今、起こそうと。いったッ」

 びっくりして、焦って立ち上がる瞬間、後ろのローテーブルに腰を思いっきりぶつけしまった。その反動で体がグラリと前に傾く。

「ご、ごめっ」
 手を着く暇もなく、そのまま寝ているイヴェリスの上に倒れ込むように覆いかぶさってしまった。

「大丈夫か?」
「うん――」
 私の前髪がイヴェリスの顔にかかるほど近い距離。
 咄嗟に顔だけを反対の方へとそむける。

「寝込みを襲われたのかと思ったぞ」
「ちがっ」
 クスッと悪戯っぽく言われた言葉が耳元から聞こえて、激しく心臓が鼓動を始める。

「気をつけろよ」
「ん、ごめん」
 イヴェリスの手が私の腰に添えられると、そのまま私ごと上半身を起こした。
 また顔が熱い。ああ、もう、何もかもが熱い。

『恋するとね、人ってバカになっちゃうんだよ』

 いつか楓が言っていた言葉を急に思い出す。
 心臓がドキドキするたびに、好きになっていく気がする。もっと近くに行きたいって思ってしまう。触れていたいとすら思ってしまう。触れられたいと思ってしまう。

 このままじゃ、私はどうにかなっちゃいそうだ――



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