上 下
23 / 83

第23話 お届けモノです

しおりを挟む


 初めて異性と同じベッドで一夜をともにしてしまった。
 いや、考えてみれば今までだって同じ部屋で寝ていたわけだし、一夜をともにしたって表現は間違いか。
 どちらにせよ、34年間生きてきて、初めての添い寝相手が吸血鬼と言うのがなんとも私らしい感じがしなくもない。

 でも、冷静に考えて好きな人が欲しいっていう、一生叶わないと思った願いがこんな形で叶うことになるとは。
 異性じゃなくていいから好きな人が欲しいって思っていたくらいだから、別に人間じゃない相手を好きになったところで、それも目標達成と言いますか……

 いつだって理想と現実はまったくの別物だもんね。

 あの日から、イヴェリスの寝顔を見るたびに考えるのは、そんなことばかりで。
 好きって気持ちに気付いたことで、もう私の願いは叶った。別にそれ以上を望んでいるわけでもない。イヴェリスとどうこうなりたいわけでもない。

 だって、この気持ちを伝えたところで、困ってしまうのはイヴェリスだし。先のない未来を考えても悲しくなるだけだから。

「きゅ」
「ゴグ、おはよ」

 そんな私に気付いてか、ゴグが自分のベッドから出てきて私の頭に着地する。

「何か食べる?」
「きゅっ」
「待ってて」

 冷蔵庫からカニカマを取り出し、ゴクにあげる。
 小さな手でもって、一本一本繊維を剥がすように食べていく。

「ゴグは本当にかわいいねぇ」
「きゅ」

 指先でゴグの小さなおでこをツンと触れれば、そのまま撫でてくれって言うように、鼻先でクイクイッと頭の方へと指を誘導させる。

「はいはい。ここ?」
「きゅぅ」

 頭から首らへんを指でもしゃもしゃすれば、ゴグは気持ちよさそうな顔で、されるがままにコロンとひっくり返りお腹を見せてゆく。ひとしきり撫でていると、満足したのか、残ったカニカマを口に詰め込んで自分のベッドへと戻っていった。

 イヴェリスは、100年前も200年前も、同じ感じだったんだろうか。
 私のように生贄になった人のもとで暮らして、色々と人間のことを教えてもらって。

 でも最初に、『私が選ばれたのは好きな人がいないからだ』みたいなことを言った時、イヴェリスは『他の人にはみんな好きな人がいた』って言っていたのを思い出す。私はイヴェリスのことが好きになってしまったけど、その人たちはもとから好きな人たちがいたわけで……。

 結果的に、イヴェリスがその二人の仲を引き裂く形になってしまったんだろうか。
 すべてをわかっていても、血を飲まなきゃいけなくて。

 人殺しとして生きなきゃ生きられない運命を背負って――

「ん……」
「あ、起きた?」
「よく寝た」

 夕方になって、イヴェリスが目を覚ます。
 私に待っているのは、どちらにせよ死しかないって考えると、楽しい時間の共有は、二人にとって酷なことでしかないかもしれない。でも、今さら突き放したところで現実は変わらないし、罪悪感が無くなるわけじゃないと思うし。

「そうだ。プリンアイス、いつ食べに行く?」
「本当に連れていってくれるのか?」
「約束したからね」
「いつでもいい!」
「じゃあ、次の雨の日にでも行ってみよっか」

 気怠そうな寝起きの顔から、すぐに生気に満ちた笑顔になる。

「そうだ。日傘も買っとこ」
「真っ黒い傘か!」
「そう。サングラスもそれじゃなくて、新しいの買う?」
「いや、俺はなんでもいいが」
「んー。じゃあ今度、日が落ちたら買いもの行こ。靴も買わないとだしね」
「いいのか? 外に出ても」
「うん。もうスーパーで慣れたし、大丈夫でしょ」
「それなら、デンシャに乗ってみたい!」
「あー電車ね。そうだね」
「楽しみが増えたな」
「ふふ」

 私はたぶん、残されたこれからの時間は、何をするにも楽しそうにしているこの笑顔を見るためだけに費やす気がする。好きって気持ちを伝えない代わりに、一緒にいる時間を少しでも楽しみたくて。

 なんて、また自分のことばかり。


 ――ピーンポーン

「あれ、なんだろう」

 いつものように二人でテレビを見ていると、インターホンが鳴る。
 エントランスを映すモニターに目をやると、大きなダンボールを持った宅配便の人。オートロックを開け、玄関まで届けてもらったダンボールを確認すると、貼り付けてある宛名に兄の名前。

「イヴェリス! 服だ!」

 中を開けると、Tシャツにズボンとお下がりがたくさん詰められていた。
 前に電話して頼んだやつを、送ってくれたんだ。

「蒼の兄のか?」
「うん。たぶんサイズは合うと思うから。これはちょっとダサいけど……。あ、このへんとかいいね!」
「ふむ。たくさんくれたのだな」
「コートも入ってる! これなら冬も大丈夫そうだね」
「冬か――」

 ダンボールいっぱいに入った服を見ながら、イヴェリスは何か思いつめた表情をする。

「気に入らなかったら別に無理に着なくていいよ?」
「いや、ありがたくいただこう。礼を言っておいてくれ」
「うん」

 お兄ちゃんにお礼を送って、大量の服の仕訳をする。
 クローゼットに入りきりそうもないから、ダサい服は捨てるとして。

「これは部屋着」
「ふむ」
「外に行く時はこのへんから適当に着てね」
「わかった」
「イヴェリス用の収納も買わないとだね」
「大丈夫か? そんなに買い物したら金がなくなるだろ」
「まー。そうだけど。どっか遊びに行くわけでもないし、いいよ」

 豪遊はできないけど、将来のために貯金しなくていいってなれば使えるお金は増えるしね。って、もう本当にヒモ彼氏をもっている気分だわ。
 
「蒼」
「ん?」
「俺にもなにかできることはないか?」
「いや、とくにないけど」
「前に言っていただろう。ホスト? をやると金が稼げると」
「あ、あれは冗談で!」
「俺も金を稼ぎたい」

 そんな、真剣な顔で申されましても……。一瞬でもヒモ彼氏って思ってしまった自分を悔いる。

「ホストはどうやったらなれる?」
「吸血鬼には無理だよ」
「でも――」
「あ、じゃあ家の掃除とかしてよ」
「掃除?」
「うん。洗い物とか、洗濯物とか」
「シュフか!」
「う、うん、そうだね」
「それなら俺にもできる」
「うん、やってくれたらすごい助かる」
「でも、金にはならんな」
「いや、そっちの方がお金より嬉しい」
「そうなのか? ならば、やろう」

 まさか、働きたいとまで言い出すなんて。ほんとに、イヴェリスの考えていることがまったくわからない。まあ、お金で苦労かけたくないみたいな感じなんだろうけど……。

「シュフのドラマはないか?」
「え?」
「勉強しなければ」

 結局、いつだって真面目なんだよね。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

王子様からの溺愛プロポーズを今までさんざんバカにしてきたみんなに見せつけることにしました。

朱之ユク
恋愛
 スカーレットは今までこの国の王子と付き合っていたが、まわりからの僻みや嫉妬で散々不釣り合いだの、女の方だけ地味とか言われてきた。  だけど、それでもいい。  今まで散々バカにしてきたクラスメイトに王子からの溺愛プロ―ポーズを見せつけることで、あわよくば王子の婚約者を狙っていた女どもを撃沈してやろうと思います。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

処理中です...