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第23話 お届けモノです
しおりを挟む初めて異性と同じベッドで一夜をともにしてしまった。
いや、考えてみれば今までだって同じ部屋で寝ていたわけだし、一夜をともにしたって表現は間違いか。
どちらにせよ、34年間生きてきて、初めての添い寝相手が吸血鬼と言うのがなんとも私らしい感じがしなくもない。
でも、冷静に考えて好きな人が欲しいっていう、一生叶わないと思った願いがこんな形で叶うことになるとは。
異性じゃなくていいから好きな人が欲しいって思っていたくらいだから、別に人間じゃない相手を好きになったところで、それも目標達成と言いますか……
いつだって理想と現実はまったくの別物だもんね。
あの日から、イヴェリスの寝顔を見るたびに考えるのは、そんなことばかりで。
好きって気持ちに気付いたことで、もう私の願いは叶った。別にそれ以上を望んでいるわけでもない。イヴェリスとどうこうなりたいわけでもない。
だって、この気持ちを伝えたところで、困ってしまうのはイヴェリスだし。先のない未来を考えても悲しくなるだけだから。
「きゅ」
「ゴグ、おはよ」
そんな私に気付いてか、ゴグが自分のベッドから出てきて私の頭に着地する。
「何か食べる?」
「きゅっ」
「待ってて」
冷蔵庫からカニカマを取り出し、ゴクにあげる。
小さな手でもって、一本一本繊維を剥がすように食べていく。
「ゴグは本当にかわいいねぇ」
「きゅ」
指先でゴグの小さなおでこをツンと触れれば、そのまま撫でてくれって言うように、鼻先でクイクイッと頭の方へと指を誘導させる。
「はいはい。ここ?」
「きゅぅ」
頭から首らへんを指でもしゃもしゃすれば、ゴグは気持ちよさそうな顔で、されるがままにコロンとひっくり返りお腹を見せてゆく。ひとしきり撫でていると、満足したのか、残ったカニカマを口に詰め込んで自分のベッドへと戻っていった。
イヴェリスは、100年前も200年前も、同じ感じだったんだろうか。
私のように生贄になった人のもとで暮らして、色々と人間のことを教えてもらって。
でも最初に、『私が選ばれたのは好きな人がいないからだ』みたいなことを言った時、イヴェリスは『他の人にはみんな好きな人がいた』って言っていたのを思い出す。私はイヴェリスのことが好きになってしまったけど、その人たちはもとから好きな人たちがいたわけで……。
結果的に、イヴェリスがその二人の仲を引き裂く形になってしまったんだろうか。
すべてをわかっていても、血を飲まなきゃいけなくて。
人殺しとして生きなきゃ生きられない運命を背負って――
「ん……」
「あ、起きた?」
「よく寝た」
夕方になって、イヴェリスが目を覚ます。
私に待っているのは、どちらにせよ死しかないって考えると、楽しい時間の共有は、二人にとって酷なことでしかないかもしれない。でも、今さら突き放したところで現実は変わらないし、罪悪感が無くなるわけじゃないと思うし。
「そうだ。プリンアイス、いつ食べに行く?」
「本当に連れていってくれるのか?」
「約束したからね」
「いつでもいい!」
「じゃあ、次の雨の日にでも行ってみよっか」
気怠そうな寝起きの顔から、すぐに生気に満ちた笑顔になる。
「そうだ。日傘も買っとこ」
「真っ黒い傘か!」
「そう。サングラスもそれじゃなくて、新しいの買う?」
「いや、俺はなんでもいいが」
「んー。じゃあ今度、日が落ちたら買いもの行こ。靴も買わないとだしね」
「いいのか? 外に出ても」
「うん。もうスーパーで慣れたし、大丈夫でしょ」
「それなら、デンシャに乗ってみたい!」
「あー電車ね。そうだね」
「楽しみが増えたな」
「ふふ」
私はたぶん、残されたこれからの時間は、何をするにも楽しそうにしているこの笑顔を見るためだけに費やす気がする。好きって気持ちを伝えない代わりに、一緒にいる時間を少しでも楽しみたくて。
なんて、また自分のことばかり。
――ピーンポーン
「あれ、なんだろう」
いつものように二人でテレビを見ていると、インターホンが鳴る。
エントランスを映すモニターに目をやると、大きなダンボールを持った宅配便の人。オートロックを開け、玄関まで届けてもらったダンボールを確認すると、貼り付けてある宛名に兄の名前。
「イヴェリス! 服だ!」
中を開けると、Tシャツにズボンとお下がりがたくさん詰められていた。
前に電話して頼んだやつを、送ってくれたんだ。
「蒼の兄のか?」
「うん。たぶんサイズは合うと思うから。これはちょっとダサいけど……。あ、このへんとかいいね!」
「ふむ。たくさんくれたのだな」
「コートも入ってる! これなら冬も大丈夫そうだね」
「冬か――」
ダンボールいっぱいに入った服を見ながら、イヴェリスは何か思いつめた表情をする。
「気に入らなかったら別に無理に着なくていいよ?」
「いや、ありがたくいただこう。礼を言っておいてくれ」
「うん」
お兄ちゃんにお礼を送って、大量の服の仕訳をする。
クローゼットに入りきりそうもないから、ダサい服は捨てるとして。
「これは部屋着」
「ふむ」
「外に行く時はこのへんから適当に着てね」
「わかった」
「イヴェリス用の収納も買わないとだね」
「大丈夫か? そんなに買い物したら金がなくなるだろ」
「まー。そうだけど。どっか遊びに行くわけでもないし、いいよ」
豪遊はできないけど、将来のために貯金しなくていいってなれば使えるお金は増えるしね。って、もう本当にヒモ彼氏をもっている気分だわ。
「蒼」
「ん?」
「俺にもなにかできることはないか?」
「いや、とくにないけど」
「前に言っていただろう。ホスト? をやると金が稼げると」
「あ、あれは冗談で!」
「俺も金を稼ぎたい」
そんな、真剣な顔で申されましても……。一瞬でもヒモ彼氏って思ってしまった自分を悔いる。
「ホストはどうやったらなれる?」
「吸血鬼には無理だよ」
「でも――」
「あ、じゃあ家の掃除とかしてよ」
「掃除?」
「うん。洗い物とか、洗濯物とか」
「シュフか!」
「う、うん、そうだね」
「それなら俺にもできる」
「うん、やってくれたらすごい助かる」
「でも、金にはならんな」
「いや、そっちの方がお金より嬉しい」
「そうなのか? ならば、やろう」
まさか、働きたいとまで言い出すなんて。ほんとに、イヴェリスの考えていることがまったくわからない。まあ、お金で苦労かけたくないみたいな感じなんだろうけど……。
「シュフのドラマはないか?」
「え?」
「勉強しなければ」
結局、いつだって真面目なんだよね。
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