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第19話 契約成立
しおりを挟む結局、考えても考えてもいい案が思い浮かばず。『会ってくれないなら家に押し掛けるよ!』と押しきられてしまい――仕方なく、楓と会う約束をしてしまった。
こういう時、魔力を使えばだいたいのことはどうにかなったりするものだけど……
「魔力で楓の記憶を消したりできないの?」
「できないことはないが」
「ほんと!?」
「その代わり、すべて消えるぞ。お前のことも、自分の名前すらも」
「え! そ、それはダメです。一部だけ消したりはできないの?」
「魔法を操る者ならできるかもしれないが、俺にはできん」
「魔女はできるの!? よし、今すぐ呼ぼう!」
「……」
「はい。無理ですね。ごめんなさい」
そんな都合いい話も今は無く、切れ長なイヴェリスの目が、さらに鋭く私に刺さるだけだった。何か逃げ切る方法がないかネットで検索したくても、そもそも私以外の誰が吸血鬼と暮らしているんだっていう感じで。
「もう彼氏でいいだろう」
どうしようもない現実に途方に暮れていると、隣から呆れたような声で、一度却下した提案が再びとんでくる。確かにそれしか方法がないと言えばないんだけど……
「そんなこと言ったら、会わせろって、家にくるよ!」
「別に会えばいい」
「ダメだよ! バレたらどうするの!」
「はっ。そんな簡単にバレない。最近は外に出るのも慣れたしな。俺はもうほぼ人間と言っても過言ではない」
そんな、ドヤ顔で言われても。
「そ、それに」
「なんだ」
「ピーピーギャーギャー聞かれる覚悟ある?」
「それは……困るな」
「でしょ?」
「でも他にごまかせるのか? そもそも友人なのだろう。一回ごまかせても、その次はどうする?」
「うっ」
そう。仮に一度はごまかせたとしても、その次はどうなる? やっぱり、ここは、思いきって楓の記憶を消すしか……。
なんて――そんなことになったら私のことはともかく、家族のことも、彼氏のことも忘れちゃうもんな。それはあまりにも酷すぎる。どうせ私はあと10ヶ月くらいしか生きられないわけだし。むしろ忘れてくれた方が楓が悲しまなくてすむけど。他の人はそうもいかない。私の運命に巻き込んでしまったことで、楓の人生がぶち壊れるようなんてことはしたくない。
「イヴェリスはいいの?」
「なにがだ」
「その、私の彼氏ってことにして……」
「別に、名乗るだけなら問題ないだろ」
魔界の恋愛事情は知らないが、イヴェリスにとってはどうでもいいことのように聞こえる。
「蒼がそうしたいなら、俺は構わない」
「そうしたいって言うかさぁ」
「なんだ、俺が彼氏じゃ不服か?」
「あーまぁ、不服です」
「貴様ッ――」
「お前が俺に言えたことか」って言いたそうな目で私をキッと睨んだかと思うと、「言うだけ無駄」そんな意味が混ざったため息をもらし、すぐに視線をテレビへと戻した。
ドラマでよくある契約結婚って、こんな感じなのかな。
人間って、どうしようもない環境に追い込まれると偽装の彼氏だとか結婚相手だとか。めんどくさいな。なんでそんなに恋愛ありきの人生じゃなきゃいけないんだろう。なんで誰かを好きになることが当たり前で、結婚するのも当たり前みたいな空気なんだろう。
今まで恋愛もせずに一人で生きてきて、そのことに対して心配される場面に何度も出くわした。
そりゃあもちろん、彼氏ができるもんなら欲しかったし。みんなと好きな人の話でキャッキャと盛り上がってみたかった。
でも――
もしも、イヴェリスがただの人間だったら、私はいまこうやって一緒にいることができたのかな。たぶん、私にとっては“吸血鬼”って言う現実味のないフィルターがかかっているし、イヴェリスにとってはたまたま“分け与える者”が私だったっていうだけで。
なんのフィルターもなく、なんの縛りもない、ただの人間同士で出会っていたら、お互い街ですれ違う程度の関係なんだろうなって。時々ふと考える。
「じゃあ、まあ、彼氏ってことで」
「フンッ」
不服と言ってしまったことに、すっかり機嫌をそこねってしまったイヴェリスは、せっかく提案してくれたことすらも協力したくないと言うように顔を背ける。
そりゃ、私ごときの人間にそんな風に言われるのはムカつくか。
「美味しいプリンでもごちそうしますので」
ここは必殺、ご機嫌とり。甘いもの条約を結び、上手く立ち回るしかない。
「あれがいい。あのプリンアイス」
コンビニのプリンでごまかせると思ったのに、イヴェリスからでた条件は、隣駅のカフェにあるプリンアイスだった。
「それは無理でしょ!」
「では、この話は無しだ」
「なっ……」
くそっ、いつのまにか交渉上手になっている。こちらも負けてはいられない。
「でも、あれ食べるには昼間に外でないといけないよ」
「そうか」
ここは吸血鬼にとって最大の敵、日光を引き合いにだし、押し攻める。
「ね、無理でしょ。違うプリンにしよ!」
「いや、頑張っていく」
「え」
「どうしてもあれが食べたい。そうだ、雨の日にしよう」
「雨の日……」
「あと、この前テレビで光を遮れるという真っ黒な傘を見た。あれがあれば大丈夫そうだ」
「日傘のこと?」
「ああ、そんな名前だった」
「日傘か……」
が、しかし。またもや上手く一歩先を立ちふさがれてしまい、私の手持ちカードがなくなっていく。これ以上、どう説得すれば諦めてくれるのだろう。
「例えばだよ、例えばね」
「なんだ」
「イヴェリスが吸血鬼ってことが私以外にバレると……どうなるの?」
「必然的にその者の記憶を消すことになるな」
「あ、殺しはしないんだ?」
「何度も言うが、俺はそんなに野蛮ではない」
「私の命は奪うくせに?」
「それは……」
この話をすると、イヴェリスは決まってすぐに視線をそらす。それ以上、話したくないとばかりに。
「まあいいや。わかった。じゃあプリンアイスね」
「本当か!」
「そのかわり、もし楓と接触するようなことがあったら、それなりに話合わせてね」
「わかった。努力する」
「その時は、私の心を読んでもいいから」
「ふむ」
「話合わせて」
なんか色んなことが不安だけど、とりあえずお互いの利害が一致したということで契約成立。はあ~。一番避けたかったパターンで、楓にイヴェリスのことを伝える形になってしまった――
そして、楓との約束の日。ランチしようって言ってたんだけど、お互い都合がつかず、結局夜に会うことになってしまった。
「じゃあ、行ってくるね」
「あまり遅くなるなよ」
「お、彼氏らしいセリフだね」
「昨日見たドラマで言っていた」
「いや、あれ父親が娘に言ってるシーンだったよね」
玄関先でイヴェリスに見送られる。相変わらず、テレビで色々と人間味というのを吸収しているのはいいけど、今みたいにズレて覚えていることも多々あって。まるでポンコツなAIみたい。
「堂々と、さらっと、なんともない感じで行ってくる」
「お前は隠そうとすると力み過ぎる癖があるからな。いつも通りでいればいい」
「う、うん……。じゃあ、留守番よろしく」
「ああ」
扉を開けながら、振り返ってイヴェリスに軽く手を振ると、彼もまた、軽く片手をあげて人間のように送り出す仕草をした。
果たして、私は本当に上手くやり過ごすことができるのだろうか。
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