【完結】おひとりさま女子だった私が吸血鬼と死ぬまで一緒に暮らすはめに

仁来

文字の大きさ
上 下
19 / 83

第19話 契約成立

しおりを挟む


 結局、考えても考えてもいい案が思い浮かばず。『会ってくれないなら家に押し掛けるよ!』と押しきられてしまい――仕方なく、楓と会う約束をしてしまった。

 こういう時、魔力を使えばだいたいのことはどうにかなったりするものだけど……

「魔力で楓の記憶を消したりできないの?」
「できないことはないが」
「ほんと!?」
「その代わり、すべて消えるぞ。お前のことも、自分の名前すらも」
「え! そ、それはダメです。一部だけ消したりはできないの?」
「魔法を操る者ならできるかもしれないが、俺にはできん」
「魔女はできるの!? よし、今すぐ呼ぼう!」
「……」
「はい。無理ですね。ごめんなさい」

 そんな都合いい話も今は無く、切れ長なイヴェリスの目が、さらに鋭く私に刺さるだけだった。何か逃げ切る方法がないかネットで検索したくても、そもそも私以外の誰が吸血鬼と暮らしているんだっていう感じで。

「もう彼氏でいいだろう」

 どうしようもない現実に途方に暮れていると、隣から呆れたような声で、一度却下した提案が再びとんでくる。確かにそれしか方法がないと言えばないんだけど……

「そんなこと言ったら、会わせろって、家にくるよ!」
「別に会えばいい」
「ダメだよ! バレたらどうするの!」
「はっ。そんな簡単にバレない。最近は外に出るのも慣れたしな。俺はもうほぼ人間と言っても過言ではない」

 そんな、ドヤ顔で言われても。

「そ、それに」
「なんだ」
「ピーピーギャーギャー聞かれる覚悟ある?」
「それは……困るな」
「でしょ?」
「でも他にごまかせるのか? そもそも友人なのだろう。一回ごまかせても、その次はどうする?」
「うっ」

 そう。仮に一度はごまかせたとしても、その次はどうなる? やっぱり、ここは、思いきって楓の記憶を消すしか……。
 なんて――そんなことになったら私のことはともかく、家族のことも、彼氏のことも忘れちゃうもんな。それはあまりにも酷すぎる。どうせ私はあと10ヶ月くらいしか生きられないわけだし。むしろ忘れてくれた方が楓が悲しまなくてすむけど。他の人はそうもいかない。私の運命に巻き込んでしまったことで、楓の人生がぶち壊れるようなんてことはしたくない。

「イヴェリスはいいの?」
「なにがだ」
「その、私の彼氏ってことにして……」
「別に、名乗るだけなら問題ないだろ」

 魔界の恋愛事情は知らないが、イヴェリスにとってはどうでもいいことのように聞こえる。

「蒼がそうしたいなら、俺は構わない」
「そうしたいって言うかさぁ」
「なんだ、俺が彼氏じゃ不服か?」
「あーまぁ、不服です」
「貴様ッ――」

「お前が俺に言えたことか」って言いたそうな目で私をキッと睨んだかと思うと、「言うだけ無駄」そんな意味が混ざったため息をもらし、すぐに視線をテレビへと戻した。

 ドラマでよくある契約結婚って、こんな感じなのかな。

 人間って、どうしようもない環境に追い込まれると偽装の彼氏だとか結婚相手だとか。めんどくさいな。なんでそんなに恋愛ありきの人生じゃなきゃいけないんだろう。なんで誰かを好きになることが当たり前で、結婚するのも当たり前みたいな空気なんだろう。

 今まで恋愛もせずに一人で生きてきて、そのことに対して心配される場面に何度も出くわした。

 そりゃあもちろん、彼氏ができるもんなら欲しかったし。みんなと好きな人の話でキャッキャと盛り上がってみたかった。

 でも――

 もしも、イヴェリスがただの人間だったら、私はいまこうやって一緒にいることができたのかな。たぶん、私にとっては“吸血鬼”って言う現実味のないフィルターがかかっているし、イヴェリスにとってはたまたま“分け与える者”が私だったっていうだけで。

 なんのフィルターもなく、なんの縛りもない、ただの人間同士で出会っていたら、お互い街ですれ違う程度の関係なんだろうなって。時々ふと考える。

「じゃあ、まあ、彼氏ってことで」
「フンッ」

 不服と言ってしまったことに、すっかり機嫌をそこねってしまったイヴェリスは、せっかく提案してくれたことすらも協力したくないと言うように顔を背ける。

 そりゃ、私ごときの人間にそんな風に言われるのはムカつくか。

「美味しいプリンでもごちそうしますので」

 ここは必殺、ご機嫌とり。甘いもの条約を結び、上手く立ち回るしかない。

「あれがいい。あのプリンアイス」

 コンビニのプリンでごまかせると思ったのに、イヴェリスからでた条件は、隣駅のカフェにあるプリンアイスだった。

「それは無理でしょ!」
「では、この話は無しだ」
「なっ……」

 くそっ、いつのまにか交渉上手になっている。こちらも負けてはいられない。

「でも、あれ食べるには昼間に外でないといけないよ」
「そうか」

 ここは吸血鬼にとって最大の敵、日光を引き合いにだし、押し攻める。

「ね、無理でしょ。違うプリンにしよ!」
「いや、頑張っていく」
「え」
「どうしてもあれが食べたい。そうだ、雨の日にしよう」
「雨の日……」
「あと、この前テレビで光を遮れるという真っ黒な傘を見た。あれがあれば大丈夫そうだ」
「日傘のこと?」
「ああ、そんな名前だった」
「日傘か……」

 が、しかし。またもや上手く一歩先を立ちふさがれてしまい、私の手持ちカードがなくなっていく。これ以上、どう説得すれば諦めてくれるのだろう。

「例えばだよ、例えばね」
「なんだ」
「イヴェリスが吸血鬼ってことが私以外にバレると……どうなるの?」
「必然的にその者の記憶を消すことになるな」
「あ、殺しはしないんだ?」
「何度も言うが、俺はそんなに野蛮ではない」
「私の命は奪うくせに?」
「それは……」

 この話をすると、イヴェリスは決まってすぐに視線をそらす。それ以上、話したくないとばかりに。

「まあいいや。わかった。じゃあプリンアイスね」
「本当か!」
「そのかわり、もし楓と接触するようなことがあったら、それなりに話合わせてね」
「わかった。努力する」
「その時は、私の心を読んでもいいから」
「ふむ」
「話合わせて」

 なんか色んなことが不安だけど、とりあえずお互いの利害が一致したということで契約成立。はあ~。一番避けたかったパターンで、楓にイヴェリスのことを伝える形になってしまった――


 そして、楓との約束の日。ランチしようって言ってたんだけど、お互い都合がつかず、結局夜に会うことになってしまった。

「じゃあ、行ってくるね」
「あまり遅くなるなよ」
「お、彼氏らしいセリフだね」
「昨日見たドラマで言っていた」
「いや、あれ父親が娘に言ってるシーンだったよね」

 玄関先でイヴェリスに見送られる。相変わらず、テレビで色々と人間味というのを吸収しているのはいいけど、今みたいにズレて覚えていることも多々あって。まるでポンコツなAIみたい。

「堂々と、さらっと、なんともない感じで行ってくる」
「お前は隠そうとすると力み過ぎる癖があるからな。いつも通りでいればいい」
「う、うん……。じゃあ、留守番よろしく」
「ああ」

 扉を開けながら、振り返ってイヴェリスに軽く手を振ると、彼もまた、軽く片手をあげて人間のように送り出す仕草をした。


 果たして、私は本当に上手くやり過ごすことができるのだろうか。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...