上 下
11 / 83

第11話 ソファ

しおりを挟む
 

 翌日、私が起きると、イヴェリスはすでに寝ていた。
 ベッドで優雅に寝ている吸血鬼様と違って、狭いソファで寝ている代償で私の肩はバキバキだ。ぐるんぐるんと腕を回したり、凝ってるところ指で押してみたり。さすがに寝床の対策も練らないと、体が壊れる。

 歯磨きをして、コップに入れた水を飲みながらパソコンの電源を入れる。昨日取材したことを今日中にまとめなきゃいけない。寝起きでパソコンに向かい、カタカタとキーボードをたたく。書いては消して、書いては消して。その繰り返し。

 ちょっと振り向くだけで、視界の片隅に寝ているイヴェリス入ってくる。今まで一人しかいない部屋で黙々と作業をしていたけど、すぐ近くで誰かが眠っているって考えると、変な感じだな。

 時計を見ると11時過ぎ。
 ここらへんで、休憩がてらちょっと遅めの朝ごはんを食べることにした。

 一旦、作業をやめてキッチンへと向かう。
 買い物に行ってきたばかりだから、スカスカだった冷蔵庫もだいぶ埋まっている。まあ、そのほとんどが飲み物だけど。

 窓の外を見ると、雲ひとつない青い空が広がっている。こんな日は散歩でも行きたい気分だけど、いつもめんどくささが勝って、結局ベランダで疑似散歩をすませてしまう。まあ、今日は天気もいいから、パンケーキでも作って食べるか。

 卵に牛乳、ホットケーキミックスを出し、ボールに入れて混ぜ合わせる。
 こんな単純な作業でQOL爆上がりな気分に浸れる朝食って、この世にパンケーキだけだよなとか思いながら。

 アイスも食べたし、イヴェリスもパンケーキ食べるかな――

 気を抜くと、こうだ。また私は無意識にイヴェリスありきの生活を送ろうとしている。浮かんできた考えを振り払うように、ボールに入った生地をグチャグチャにかき混ぜた。

 いちいち面倒なことを考えるのは時間の無駄だ。やめよやめよ。楽しいことだけを考えよう。そう、今はパンケーキが食べたい、ただそれだけの欲を満たそう。

 フライパンを熱して、バターを薄くひいて生地を流しいれると、部屋中にバターの香ばしい匂いと、パンケーキの甘い香りが広がった。

 甘い香り……

 そういえば、イヴェリスと最初に会ったときも、昨日の夜に突然現れたときも、同じ甘い香りがしたな。あれもなんかの魔力なのかな? イヴェリスの香水とか? 

 パンケーキが焼き上がるまでの間、その匂いについて気になってしまい、そっと寝ているイヴェリスに近づく。

 「今日も死んだように寝てるなぁ」

 その表現すらも、ぐっすり眠っているという意味で使っているわけではない。寝息も聞こえず、微動だにもせず。本当に寝ているのか死んでいるのかわからないレベルだからだ。

 さっそく少し離れたところから、イヴェリスの香りをクンクンと犬のように嗅いでみるけど、とくに甘い匂いはしなかった。
 ちょっと距離があるせいかもしれないと、手をうちわのようにしてパタパタ扇いでみたけど、なにも香ってこない。無臭だ。その代わりに、パンケーキの少し焦げた臭いが漂ってきて、我に返る。
 
「は! パンケーキ!」

 何してんだ自分。とか思いながらも、慌ててキッチンに戻りパンケーキの様子を見る。少し焦げちゃったけど、まぁまぁ許容範囲でしょ。
 焼けたパンケーキをお皿にのせるなり、一口つまみ食い。

「んーおいし」

 キッチンで立ったまま、何もつけてないパンケーキを頬張るのが一番おいしい。
 立ち食いしたまま、残った生地も次々と焼けば、結局二人分くらいの量ができあがってしまった。

 美味しいもので満たされた私は、またパソコンに向かってキーボードをうつ。
 こうしている時間は、前と何も変わらない。
 ヘッドホンを着けて、音楽を聴きながら原稿を書きすすめる時間。

「ふう~。おわった~」

 一通り記事を書き終わって、そのまま両手をあげて伸びをしていると、ふと後ろで動く気配を感じて、椅子ごと振り向く。

「これはなんだ? 甘いな」

 そう言いながら、いつのまに起きていたイヴェリスがテーブルに置いておいたパンケーキを手掴みで勝手に食べていた。

「あ! ちょっと勝手に食べないでよ」
「ダメだったか?」
「いや、いいけど……。パンケーキだよ」
「パンケーキか。ふむ。悪くない」

 悪くない

 多分それは、イヴェリスにとっての美味しいって意味なんだろうな。
 昨日は「食なんて下民のすることだ」みたいなこと言ってたくせに、アイスにしろ、パンケーキにしろ、パクパク食べているのはどこの王様よ。

 でも、こうやって自分が作ったものを美味しそうに食べてもらうのは、なんかちょっと嬉しいものがある。たかがパンケーキだけど。

「業務は終わったのか?」
「うん。終わったよ」
「そうか」

 イヴェリスはそう私に確認してくると、昨日あげたサングラスをおもむろに手にとり装着した。

「……?」
「灯りをつけるんだろ」
「え、あぁ」

 気がつけば外は暗く、部屋のなかはいつものようにパソコンの明かりだけ。ここ最近、ずっと暗い部屋で生活してたから“電気をつける”っていうことすら忘れてたよ。

 でも、イヴェリスはちゃんと覚えててくれたんだ。

 もしかしたら、悪いやつじゃないのかも――なんてて気持ちが一瞬よぎる。

 電気のスイッチを入れると、部屋全体が一気に明るくなり、イヴェリスは少し眩しそうに目を細めた。
 あまり明るすぎないように、少し光量を下げてあげるか。

「大丈夫そう?」
「まあ、よい」

 指でちょこっとサングラスの真ん中を押し上げてかけ直すと、いつものようにテレビのスイッチをいれた。

「さて、私は夕飯か」

 仕事に集中したせいか、急にお腹がすいてくる。パンケーキ結構食べたんだけどな。頭を使うとカロリー消費が激しい。いつもならコンビニとかですますところだけど……。買い物してきたばっかりだし、節約のために自分で作るか。

「生姜焼きにしよう」
「しょうがやき?」
「うん。食べる?」
「甘いか?」
「甘くはないね。しょっぱい」
「なら、いい」
「え、甘いものが好きなの?」
「甘いものは、悪くない」
「甘いものばっかり食べてると糖尿病になるよ」
「病にはかからない」
「なんにも? お腹痛いとか?」
「ないな」
「うらやましい」
「具合が悪ければ、魔獣の血を飲めば治るからな」
「えーいいな。便利じゃん。じゃあ常に元気なの?」
「まあそうだな。魔力が足りないと動けなくなるが」
「へえ」

 人間でいう栄養とか血液が魔力みたいなものなのかな。みんな魔力を補うために魔獣を食べるって言ってたしな。

 キッチンで夕飯の準備をしながら、イヴェリスに魔族のことを教えてもらう。
 玉ねぎを薄くスライスしながらふと「彼氏ができたらこんな感じなのかな」って。会話のテーマは魔族についてなのに、なんで今そんなことを思うのか自分でも理解ができず、慌てて心の奥底に押し込んだ。

 それにしても、イヴェリスはずっとテレビ見ている。ニュースもドラマも、まったく表情を変えずにただただボーッと。時たまなにかブツブツ言ってるみたいだけど、だいたいが「くだらん」ばっかり。光る壁画とか言ってたから、物珍しいだけなんだろうけど。

 できあがった生姜焼きとインスタントのお味噌汁をテレビの前のローテーブルに運ぶ。
 一人暮らしを始める時に買った真っ赤なソファ。一応、二人が余裕で座れる広さではあるけど、実際に横並びで座ると、こんなに狭かったっけって思うほど、すぐ隣にいるイヴェリスが気になってしまう。

 しかも無駄に足が長いから、イヴェリスが少し動いただけでも膝と膝がぶつかってしまう。

 あーこういうとき、男の免疫がないのがすごい厄介だ。別にドキドキするシチュエーションでもなんでもないのに、距離が近いってだけで妙に意識してしまう。それが例え、吸血鬼でも。

「ちょっと。もうちょっとそっち行ってよ」

 悟られないように、あくまでも普通に。
 何も意識していません。無です。

「座れるだろう」
「そうだけど、狭いの! 」
「狭いのはこっちのセリフだ」
「ちょっ」

 それでなくても狭いのに、後から座ったお前が邪魔だと言わんばかりに、イヴェリスは半分よりも広くとって座り直す。
 必然的に、膝とか肘が当たってしまい、私が端っこに寄る形で座るはめになってしまった。

「なんで私が……」

 イヴェリスに触れないように。隣にいることを意識しないように。心を読まれたらそれこそ最悪だから、一生懸命、別のことを考えながら夕飯を食べた。

 はあ。ここにきて恋愛経験ゼロの代償というか、男性免疫の無さを発揮してしまって情けない。

 一緒にいるのは人間の男じゃなくて、吸血鬼。そう、吸血鬼なんだから。
 意識するだけ無駄なのに。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

永遠の隣で ~皇帝と妃の物語~

ゆる
恋愛
「15歳差の婚約者、魔女と揶揄される妃、そして帝国を支える皇帝の物語」 アルセリオス皇帝とその婚約者レフィリア――彼らの出会いは、運命のいたずらだった。 生まれたばかりの皇太子アルと婚約を強いられた公爵令嬢レフィリア。幼い彼の乳母として、時には母として、彼女は彼を支え続ける。しかし、魔法の力で若さを保つレフィリアは、宮廷内外で「魔女」と噂され、婚約破棄の陰謀に巻き込まれる。 それでもアルは成長し、15歳の若き皇帝として即位。彼は堂々と宣言する。 「魔女だろうと何だろうと、彼女は俺の妃だ!」 皇帝として、夫として、アルはレフィリアを守り抜き、共に帝国の未来を築いていく。 子どもたちの誕生、新たな改革、そして帝国の安定と繁栄――二人が歩む道のりは困難に満ちているが、その先には揺るぎない絆と希望があった。 恋愛・政治・陰謀が交錯する、壮大な愛と絆の物語! 運命に翻弄されながらも未来を切り開く二人の姿に、きっと胸を打たれるはずです。 ---

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

義妹に苛められているらしいのですが・・・

天海月
恋愛
穏やかだった男爵令嬢エレーヌの日常は、崩れ去ってしまった。 その原因は、最近屋敷にやってきた義妹のカノンだった。 彼女は遠縁の娘で、両親を亡くした後、親類中をたらい回しにされていたという。 それを不憫に思ったエレーヌの父が、彼女を引き取ると申し出たらしい。 儚げな美しさを持ち、常に柔和な笑みを湛えているカノンに、いつしか皆エレーヌのことなど忘れ、夢中になってしまい、気が付くと、婚約者までも彼女の虜だった。 そして、エレーヌが持っていた高価なドレスや宝飾品の殆どもカノンのものになってしまい、彼女の侍女だけはあんな義妹は許せないと憤慨するが・・・。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

雨宮課長に甘えたい

コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。 簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――? そして奈々子は再び宣伝部に戻れるのか? ※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

雨の日は坂の上のカフェで

桜坂詠恋
恋愛
雨の中駅に向かっていた菊川は、着信のため坂の上でのカフェの軒先を借りる。 そこへ現れた女性が、快くびしょ濡れの菊川を店内へと誘い、菊川はそのカフェへと足を踏み入れた。 飴色の温かいカフェの中で出会った女性。 彼女は一体何者なのか──。 そして、このカフェの不思議な定休日とは──。 雨の日のカフェで始まる、懐かしく新しい恋の物語。

処理中です...