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第7話 魔獣
しおりを挟むそれにしても、このまま私の家に居座られるのは困る。こんな1DKの狭い部屋で、見知らぬ吸血鬼と同棲って。人間の男すら入れたこともないのに。
しかもこれから私の命を奪おうとしているやつと、仲良しこよしでいろっての?
無理でしょ、どう考えても。
「くだらん」
当のご本人様は、さっきからテレビに向かって座り「くだらん」「つまらん」の二つ言葉を繰り返しながら、手に持っているリモコンでポチポチしてチャンネルを変えている。
いや、すっかり私の部屋に馴染んじゃってるじゃん。
「吸血鬼って棺桶で寝るんでしょ? うちにはないですよ」
「そんなもので寝るのは下民族の者たちだけだ。俺はそこのベッドで寝る」
「は!? これは私のベッドです!」
「お前の血は俺のものだ。つまりお前のモノもすべて俺のモノだ」
ジャ〇アンかよ!!!!
「本当に私の血じゃなきゃダメなの? ほら、もっと若くてキレイな女の人とかじゃなくていいの? 」
「お前も十分若いだろう」
「え。いや、私もう34だよ」
「はん。俺の世界では百の歳でやっと一人前だ。貴様なんぞ半人前にも満たんぞ」
バカにしたように笑いながら言われるのは腹が立つ。
でも、若いと言われるのは悪い気分はしない。
確かに、300年も生きていれば34年なんてたいしたことないんだろうけど……
でも、アニメでも漫画でも、吸血鬼はだいたい10代とか20代の美人の血を求めるものでしょ!
私の血なんて、別になんの価値もないし。
ましてや、一応は王様なんでしょ? だったらもっといい血縁の血とか飲んだ方がいいんじゃないの。
「俺だって別に好きでお前の血を飲みたいわけじゃない」
「じゃあ飲みたい人の血飲んでよ!」
「俺に選ぶ権利はないんだ。選ぶのはコイツだ」
「こいつ?」
「ゴグ。出てこい」
イヴェリスが天井を見上げながら“何か”を呼ぶと、薄暗い部屋のなかで、どこからともなく小さな何かがビュンと飛んできて、イヴェリスの肩に着地した。
「“分け与える者”を選ぶのは、コイツの仕事だ」
「え? か、かわいいいいい~!!」
そこには、きゅるるんとしたまん丸の目でこっちを見る、真っ黒なモモンガがいた。
「え、めっちゃかわいいんですけど! 私モモンガ大好き!」
「モモンガではない。ゴグだ」
「ゴグちゃんっていうの? もっとかわいい名前つけてあげなさいよ」
「貴様はほんとうに……」
吸血鬼の連れているペットって言えば、だいたいコウモリとかヘビとか、決してかわいくはない動物じゃない?
なのに、モモンガって! チョイスかわいすぎでしょ!
「ゴグちゃん、よろしくね」
イヴェリスの肩に居るゴグを両手でそっとすくい上げると、軽い足取りでぴょんぴょんと私の肩まで駆け上り、そのふわふわの身体で私の頬にすり寄ってきた。
「なにこれ、かわいすぎて無理」
「ほお……。ゴグが人間になつくとは珍しい」
「そうなの? 人見知りしちゃうの?」
「だいたいこの可愛さにつられて手を出したものの指を食いちぎるんだがな」
「え゛っ。そういうのは早く言ってよ……」
ゆ、指を食いちぎるって……
そうだよね。一応、魔界の生き物……なんだよね。
「この子が私を選んだってこと?」
「まあ、そういうことになるな」
「なんで?」
「さあ、魔獣の勘だろう」
「ふうん」
私には何か特別な血でも流れているのだろうか。もしかして、私が恋愛体質じゃないのも血のせいだったり……?
生まれた時から既に、吸血鬼に血を捧げるために誕生したのだとして、その時に誰か好きな人がいたら可哀そうだから、誰も愛せないような体にされているんだ!
それなら納得がいくかもしれない
「それはないと思うぞ」
「ちょっと! 人の考えていることを勝手に読まないでってば!」
「今まで血を飲んできた女たちは、みな好いている男がいたからな」
「え」
「生まれた時から吸血鬼に選ばれているって、そんなバカな話があるか」
「くっ」
またあの人を小ばかにしたような笑い方
本当に……ムカつく!!
「ゴグちゃん、なんで私なの! もっとふさわしい人がいるでしょ。選び直してよー」
「きゅぴ?」
きゅぴって、そんなかわいい顔で首をかしげられても
「観念しろ。ゴグが選んだ。その運命は変えられない」
「いやだ! 私は最後まで抵抗します!」
「本当に強情だな……。めんどくさい」
やれやれと言わんばかりに、イヴェリスが大きくため息をつく。
いや、ため息をつきたいのはこっちなんだが?
「もし私が血を飲ませなかったら、イヴェリスは死ぬってこと? 」
「まあ、そうなるな」
「よし。それでいこう」
「は?」
「だって、なんで私が死ななきゃいけないの! もう300年近く生きてるんだからいいでしょう!」
「我々は、千年以上は生きる」
「え。そんな長生きしてどうすんの?」
「長生きに思うかもしれないが、我々にとっては貴様らの寿命と同じだ」
「そんなこと言われても」
「それに俺は王だ。生きなければならない。私が血を飲めず死のうものなら、魔界のものたちがお前を殺しにくるだろうな」
「ええ! どっちにしろ殺されるってこと!?」
「だから大人しく、俺に血を捧げろ」
絶望しかない。
選ばれてしまった時点で、私の人生は終わったようなものだ。
「その……捧げる日っていつなの?」
「ああ、そうだな。……今から三百と十一日後ってところだな」
私の人生は、あと311日で終わるらしい。
1年にも満たない余生。
たとえ、この目の前にいる吸血鬼から逃げられたとしても
吸血鬼の王を殺した罪として、魔界の魔物たちに殺される。
逃げも隠れもできない
そんなことを急に言われても、「はいそうですか」なんて飲み込めないし
だからって、どうしたらいいかもわからない
これは、非現実的な現実で
覚めない悪夢だ
そう、覚めない悪夢……
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