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魔力は媚薬

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 日に日に、イヴェリスと過ごす時間が早く感じていく。
 一週間、二週間と息をしているだけで終わっていくような気がして。

 休みがあれば二人でカフェに行ったり、お散歩に行ったり。家でドラマや映画を見たり。この平凡な毎日こそ、私たちにとってはすごい幸せなことで。

 そんなことを考えながら、窓から入ってくる光がだんだんと少なくなってくるのを感じ、ふとベランダを見る。そこには、イヴェリスがいつものように洗濯物を取り込んでくれる姿がカーテン越しに映し出される。

「ありがとう」
「畳むのはまかせた」
「はーい」

 イヴェリスは、洗濯をするのは好きみたいだけど、畳むのはあまり好きじゃないらしく。畳むのはいつも私が担当だ。最近は家事も自然と役割分担するようになってるし、すっかり同棲生活も板についてきた。

「蒼」
「なにー」
「少しイチャイチャしよう」
「ぶっ」

 洗濯物を畳む前にソファに座ってカフェラテを飲んでいると、急にイヴェリスが変なことを言ってくる。思わず、口に含みかけた飲みものを思いっきりリバースしてしてしまった。

「あー。洗濯したばかりなのに」
「へ、変なこと言うからでしょ!」

 コップから勢いよく飛び出たカフェラテが、着ていたTシャツにこぼれてしまう。慌ててティッシュを数枚とって拭いてみるけど、時すでに遅し。

「すぐに脱げ。シミになる」
「え、ん……」

 イヴェリスに言われるがままTシャツをその場で脱ぐと、そのTシャツをひったくるように手からとっていくと洗面所へと持っていってしまった。しばらくすると、バシャバシャと水の音が聞こえ、静かに洗面所を覗いてみる。イヴェリスがご丁寧に手洗いで新しくできたシミを落としてくれていた。

「すっかりシュフだねぇ」
「蒼がだらしなすぎる」
「うっ……すみません」

 ついにイヴェリスにまで、だらしなさを指摘されてしまった。いや、最初からひどいもんだけど。イヴェリスが人間として生きることが上手くなればなるほど、私のだらしなさが浮き彫りになっていくような気がする。

「よし。これでいい」

 手洗いしたばかりのTシャツを少し乱暴に洗濯機へと放り込むと、脱水ボタンを押す。

「ふう…」

 一仕事終えたイヴェリスが手を洗いながらふと顔を上げる。
 その瞬間、ドアのところから覗き込んでいた私と鏡越しに目が合ってしまう。

「……」

 かと思えば、すぐにクルッと体の向きを変えてくる。なんとなーく嫌な予感がして一歩下がるけど、イヴェリスの長い腕が、逃すものかと私の腕を掴んできた。

「な、なに」

 洗ったばかりの濡れた手が、私の手首を掴んで離さない。
 思わずグッと後ろに体重をかけたけど、そんな抵抗も虚しくイヴェリスの方へと引き寄せられる。

「イチャイチャしたい」

 またそれだ。

「その言葉、どこで覚えてきたのっ」
「お店」
「ろくなお店じゃないな、ほんと」
「恋人ならイチャイチャするのが普通だと友樹さんが言っていたぞ」
「え、友樹さんに教わったの?」
「ああ。最近よく来る」
「そうなんだ」

 楓の彼氏でもある友樹さんがイヴェリスのお店に通っているらしい。そんなの初めて聞いた。楓は知ってるのかな? さすがに知ってるか。

「イチャイチャって、いつもイヴェリスがしてくるじゃん」
「俺が?」
「そうだよ。今みたいにすぐくっついたり」
「これがイチャイチャか?」
「ま、まあ、そうだと思うけど」
「でも、蒼はあまりこういうことしてくれないな」
「それは――」
「酒を飲ませれば、少しは甘えてくれるか?」
「ちょっ……」

 いつもよりワントーン低い声で、耳元でささやかれる。その声に、ドキッと心臓が跳ね上がる。

「女は酒を飲むと、だいたいくっつこうとしてくる。蒼も酔っていたとき、すぐ俺に抱き着いて来たしな」
「あ、あれはっ」
「なら酒を飲ませれば少しは素直にくっついてくれるか?」
「お酒の力を借りるのは、どうかと思うけど」

 確かに、お酒でも飲まない限り自分からイヴェリスにベタベタとくっつける気がしない。だってまだ色々と恥ずかしいし。

「……でも、最近は薄着でも平気そうになったな」
「え?」
「ちゅっ……」
「あ、ちょっと」

 ブラ付きのキャミソール着てるからいいやと思って、さっきTシャツ脱いじゃったけど……。言われてみれば、ちょっと前ならここまでの薄着はありえないかも。って、露出した肩にキスをされて気付く。

「人間が下着姿を隠す理由がわかった気がする。ん……」
「ねぇ……くすぐったぃ」

 喋りながら、肩、鎖骨、首筋とゆっくり唇を押し付けてくる。

「いつも隠されていると、ふとした時に脱がしたくなる」
「なっ――」

 何言ってんだ、この吸血鬼――って思いながらも、唇が耳に触れた瞬間にゾクッとして、それ以上言葉が出てこなかった。

「ちゅ…はむっ……」
「はぅっ……ねぇ、やだぁ」
「嫌そうに聞こえないが。ちゅっ…れろっ」
「ふぁっ……」

 後ろから抱きしめられるように両腕を封じ込められると、そのまま耳を唇で挟み、舌を使って愛撫してくる。

「んぁ……イヴェリスっ」

 些細な抵抗として、腕をパシパシと叩いてみてもその腕がゆるまることはなく。
 代わりにフワッと甘い香りが放ち、イヴェリスがたてている音が一気に私の脳内へと侵入してくる。

 吐息混じりのその音を聴いているだけで、頭の中が真っ白になっていく。次第に身体も熱くなって、自分が今何をされているのかすらわからなくなりそうになる。

「許してくれ、俺は今ズルをしている」
「ん……」
「お前が俺を欲しくなるように」

 イヴェリスから放たれる甘い香りを吸い込めば吸い込むほど、呼吸が上がる。イヴェリスの言葉が、耳から脳に直接入りこみ、まるで催眠にかけられているみたい。鼓動が少しずつ早くなり……。自分の意思に関係なく、イヴェリスの体に触れたくて触れたくてたまらなくなってくる――

「はぁ…イヴェリス……ふんぅ」
「ん…ああ、いい。…ちゅっ…ほら、もっと俺を欲しがれ」

 何度も口を塞がれ、舌で口の中をかき回され、呼吸が苦しいのにもっとって自分から求めて。意識が朦朧とするなかで赤く光る瞳に誘導されているように、すべてがイヴェリスの思い通りに体が動く。

「はぁ…」

 洗面所にいたはずなのに、いつの間にかベッドに寝かされ、服を捲り上げられる。さっきまでしつこく口を塞いでいた唇が、今度は体中を這ってゆく。そのたびにビクッと反応し、イヴェリスの興奮をさらに高めてしまう。

「はむっ…れろっ……」
「ぁあっ――」

 反応のいいところを探るように、舌が這う。

「ここか…?」
「んっ…そこダメッ……」

 胸の先端にある敏感な場所を見つけると、イヴェリスは指と舌を使って焦らすようにくるくると撫でてくる。もっと俺を欲しがれ、もっと俺を求めろって言われるように焦らされる。

「イヤなら何もしない」
「んっ……」
「でも、ずいぶんと苦しそうだな」
「はっ…ぁ…」

 ニヤッとイタズラをするように笑う顔を見ながら、触れそうで触れない指に悶え続ける。私が求めるまで、イヴェリスは何もしない気だ。

「そんなに苦しいならやめるか…?」
「んんっ……やだっ」
「ならどうしたらいい。ハッキリと言え」
「はぁっ…もっとしてほしぃっ……」

 イヴェリスが欲しい、イヴェリスに触りたい、イヴェリスに触ってほしい。
 ふわふわとした中で体の奥からうずいてくる快楽により、今の私の頭の中はそれしか考えられない。

「ああ、してやる。好きなだけ鳴け……」
「ぁあんっ」

 触れられた瞬間、全身に電気が走ったように快楽が駆け巡る。
 と同時に、イヴェリスの冷たい肌の感触とは違う熱いモノを太ももで感じ取る。触りたい衝動に駆られている私は、そこに迷わず手を伸ばすと、イヴェリスはクッと眉をひそめた。

「蒼…」
「んっ…ぁっ……」
「お前がもっと欲しい。もっともっと」

 だんだんとイヴェリスの手が下がっていくと、濡れた秘部へと優しく細く長い指を沈めていく。

「ふぁっ」

 イヴェリスにしがみつくように、次から次へと襲ってくる快楽に耐える。
 すっかり暗くなった部屋には、水音と私から漏れる声とイヴェリスの息遣いだけが響いていた。

「…俺が欲しいか?」
「ん…ほしぃっ」
「いつもそのくらい素直ならどんなにいいか」

 そう言いながら、指が入っていた場所にもっと太くて大きいものがあてがわれて

「イヴェリスっ……」

 まだ慣れていないその大きさに、少し不安になるのを察したイヴェリスは、優しく頬を撫でると

「蒼、好きだ…」
「ンンッ――」

 赤い瞳が揺らぎ、また唇を重ねてくると同時に、熱いモノが奥の方まで入り込んできた――



「ん……」
「起きたか」
「あれ……わたし……」

 いつの間にか眠ってしまったみたいで、目が覚めるとイヴェリスの腕の中にいた。

「すまない、少し強すぎた」
「なにが……?」
「いや……その……」

 顔を上げると、イヴェリスがすぐに視線をそらす。
 寝る前に何かしてたっけって思い出そうとして、私もイヴェリスも服を着てないことに気付く。

「え……ちょっとまって」
「……」

 夢を見た後のような感覚で、記憶が鮮明に戻ってくる。

「なっ……私っ――」

 自分でしてしまった恥ずかしいことに、顔が爆発しそうな勢いで熱くなる。

「イチャイチャはいいものだな」
「これは、イチャイチャって言わないぃ!」
「そうなのか?」
「な、なんかしたでしょ!」
「いや、ナニモスルワケガナイダロウ」

 いや、わかりやす過ぎる。

「少しだ! 少しだけ力が出てしまって……」
「魔力使ったの!? 最っ低!」
「そ、それは! ただ、蒼が素直になるようにしただけだ! だから、あれはすべて蒼が本当はしたいことでもある!」
「うそだ!」
「嘘じゃない!」
「だとしたら――」

 もっと恥ずかしいじゃんか――!

「はあああ、もおおお、むりぃ」
「悪いことではないだろ」
「もうイヴェリス嫌いっ」
「なっ――!」

 曖昧な記憶のなかで、死ぬほど恥ずかしいくらいイヴェリスを求めている自分がいて。
 あながち間違いじゃないというか、図星を突かれているというか……。自覚があるゆえに、余計にイヴェリスに溺れている自分が少し嫌になった。

 ああ、4カ月前の自分が今の自分を見たら、とんでもなく軽蔑するような目で見るんだろうな。

 でも、幸せは幸せだよ。うん、そう。幸せだからね……。

 って、そのあと何度も自分に言い聞かせて、今日のことを正当化しようとしていた。

 





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