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第318話 噂で地価が下がる時もある(2)

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「大量の熊の死体? ――え?」
 
 戸惑いの声が、電話口から聞こえてきた。
 何時もの冷静な藤和さんの声ではなく、明らかに抜けたような声色。
 
「じつは、田口村長の果実園の一部のエリアで大量の熊の死体が発見されたんです」
「いえ。きちんと聞いていますから。それよりも熊が大量に出たというのは本当なのですか?」
「はい。それは兵士の方々にも確認しましたし、この目でもキチンと確認しましたから」
「なるほど……。ルイズ辺境伯領の兵士の方々が倒したということは?」
「ないです。実際に、ルイズ辺境伯領から派遣してもらった兵士の方々も驚いていました」
「なるほど……」
 
 そう藤和さんは呟く。
 しばらく無言が続くかと思ったところで――、
 
「それはチャンスかも知れませんね」
「え? どういうことですか?」
 
 予想斜め上の返答が藤和さんから返ってきたことで、俺は驚く。
 彼が何を考えているのか、理解出来なかったからだ。
 
「そうですね。簡単に説明すると、熊の大量発生と不可解な大量死、それを上手く利用することで、結城村の土地の買収を円滑に行えるということです」
「円滑に?」
 
 ますます理解できない。
 
「はい。途中の評価価格というのは、噂の影響も受けます。問題のある土地でしたら、地下が上がる可能性は限りなく低くなるため、手放す人も出てきますから」
「もしかして――」
 
 藤和さんは、熊の大量の死体をリークして、結城村事態の土地の評価価格を下げるだけでなく、曰くある土地にする事で、土地の購入を有利に進めようと考えているのか?
 
「ご推察通りです。ただ、その為には幾つか条件がありまして――」
「待ってください。いくら土地の買収を進めていると言っても、自分が住んでいる土地に対して問題があるような吹聴を流す行為は、どうかと思います」
「月山様。田舎の土地を買収するような人間は、大半が将来に向けての投資です。それは、ご理解されているかと思いますが?」
「その事くらいは分かっています」
「そこで、下手に交渉すると、より高く土地の価格を吊り上げられるという事態を招くことになります。――ですが、将来的に、土地の評価価格が上がらない場所だとしたらどうでしょうか? 土地の維持費、とくに山林では適度な維持管理に対してコストが発生します。そのコストとリターンが釣り合わないとしたら?」
「自分達の方から損切りしてくるという事ですか?」
「そういうことです」
 
 藤和さんの冷静な思考と話しぶりに、少し苛立ちを感じたりはする。
 何せ、結城村は自分が生まれ育った場所なのだから。
 だが、それ以上に、今は大事なことがある。
 それは、土地の買収を迅速に進めないといけないという事だ。
 俺は、すでに決めていたじゃないか。
 家族を守るためには――、生活基盤を整える為には、あらゆる手を尽くすと。
 
「なるほど……。分かりました」
「それでは、いくつか条件があります」
 
 藤和さんの方から話しを切り出してきた。
 
「何でしょうか?」
「まず熊の死体ですが、第三者に確認してもらう必要があります。熊の死体は、どうされていますか?」
「熊の死体は、現在は、異世界で処理するために移動しましたから、死体は、結城村にはありません」
「…………。つまり、月山様以外には大量の熊の死体について知っている方はいないということですか?」
「いえ。田口村長と、自分の護衛に入っていた人員は知っています」
「それは、噂として流すには難しいですね。猟友会の方にでも確認してもらい情報を流してもらえれば、それなりのニュースになったと思いますが……」
「あ――」
「どうかされましたか?」
「猟友会の方ですが、既に今日、山に入っています」
「それで猟友会の方は何と?」
「熊の死体が大量に転がっていた場所――、その光景を見たあと、現場を調査していました。その結果、20体以上の熊の頭部が落ちていたことを確認後、速やかに猟友会では手には負えないと判断を下してお昼少し前には撤収しました」
「つまり猟友会では対応は不可能と判断したわけですね?」
「はい。そうなります」
「そうですか。猟友会の方が何の問題もないと判断されていたら、噂を流すことはできませんでしたが、その状態なら利用することは可能ですね。月山様、猟友会の方とは連絡を取る事は可能ですか?」
「可能ですが……。まさか、猟友会の方に得体の知れないモノが山に居ると言わせるつもりですか?」
「はい」
 
 きっぱりと、藤和さんが、俺の言葉を肯定してくる。
 そこには一切の迷いが感じられない。
 
「そうなりますと、熊の死体を異世界に運んだのは、英断と言わざるを得ません。死体が無いのなら、その死体を持ち運んだ何かに対しての噂には尾ひれがつきやすいですから」
「結城村の土地評価が下がるだけでなく逃げ出す人も出てきそうですね」
「逃げ出す人は逃げ出させておけばいいのです。そういう人が村に居ても意味はありませんから。どちらにしても、これから月山様が行う結城村の発展は、問題のある村民が居たら何が起きるか分かりませんから」
 



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