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第307話 秋の大収穫(17)

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 桜を抱っこしたまま、山の中を移動する。
 
「はぁはぁはぁ……」
「おじちゃん。大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ」
「ゴロウ様、私がサクラ様を連れていきますが?」
 
 横で一緒に歩いていたメディーナさんが提案してくるが――、俺は首を振る。
 
「メディーナさんは、熊が出てきた時のために、いつでも戦えるようにしておいてください」
「その必要はないと思いますが……」
「え?」
「いえ。何でもありません。それでは、私は周囲を警戒しつつ、ゴロウ様とサクラ様の警護をします」
「お願いします」
 
 せっかく収穫したリンゴがすぐに運べないのは問題だが、命には代えられない。
 今は、村長が猟友会に依頼をかけているはずだから、山狩りをして安全が確認できてから収穫したリンゴを運べばいいだろう。
 すでに箱の中にはリンゴは入れてあるのだから台風が来ても落下で売りモノにならなくなることはないはずだ。
 俺は、お姫様抱っこしている桜が抱いているフーちゃんを見る。
 フーちゃんは、熊の血だと思うが、血でスプラッターな感じで毛並みは白から赤く染まってしまっている。
 おかげで、桜の来ていたワンピースが赤く染まっている。
 これは洗濯が大変そうだ。
 もしかしたら捨てることになるかも知れない。
 そんなことを思いながら、山の表側に出た。
 もう周囲は薄暗く、視界も確保し難い。
 
「ゴロウ様。光の魔法で周囲を照らします」
「お願いします」
 
 俺は二つ返事で許可を出す。
 今、ここに居るのは異世界のことを知っている人だけだから、魔法を使っても問題ない。
メディーナさんは、頷くと短い言葉を紡いだあと手を頭上へと掲げる。
すると俺達の頭上1メートルくらいの高さのところに直結30センチほどの光の玉が出現した。
 
「光の魔法です。灯りの魔法ですが、10分ほど周囲を照らす効果があります」
「なるほど……」
 
 光の玉が出現した途端、俺達を中心に半径30メートルほどが、家の中の灯りほどの明るさに照らされた。 
 おかげで足元が良く見えるようになった。
 
「急いで下りましょう」
「はい」
 
 メディーナさんが作り出した光りの魔法が切れる前に、俺達は斜面を下りきる。
 すると――、
 
「五郎! 無事だったか!」
「五郎さん、無事でよかったです」
 
 暗闇の中に光りがともされていた事で、俺達が下ってくるのが良く見えたのか、村長と雪音さんが出迎えてくれた。
 
「はい。無事でした。ご迷惑をおかけしました」
「何を言っておる。無理を言って収穫を頼んだのは儂だからの。何かあったら――、孫娘に顔向けできないところであった。それよりも柳橋から熊は撃退したと報告はあったが、怪我などは大丈夫かの?」
「はい。何とか――。服はビリビリに破かれましたけど」
 
 俺は来ていたTシャツを村長に見せるが、すぐに眉間に皺を寄せる。
 
「五郎」
「はい?」
「この赤黒いのはなんじゃ?」
 
 そこで、俺はようやく気が付く。
 自分が来ていたTシャツの腹部の付近――、熊の爪により引き裂かれた場所には、赤黒い染みがついていたことに。
 ただ、俺には一切の傷はない。
 
「たぶん、熊のものかと――。柳橋さんが熊を射殺した際に、俺に覆いかぶさってきたので――」
「ふむ……」
 
 半信半疑のまま、村長が、俺の体を触っていくが、どこも怪我はないので痛みもない。
 
「たしかに、どこにも傷らしい傷はないのう。五郎」
「はい?」
「熊は、覆いかぶさってきたと言ったのう?」
「言いましたが?」
「熊の大きさは分かるか?」
「大体、1メートル70センチ前後かと」
「それなのに、かすり傷一つないのか?」
「はい」
 
 流石の俺も、その村長の問いかけに、少しだけ気になってきた。
 熊の体重は体長が1メートル50センチを超えれば体重は100キロ近くなる。
 それなのに、かすり傷一つないのは、少しおかしいと言えばおかしい。
 だが、ここで考えても答えはでない。
 
「……」
 
 無言で何かを考えている村長。
 
「村長、とりあえず、一度、帰りませんか? また熊が出たら困りますし猟友会の方や、農家に派遣している兵士の方も異世界に返さないといけませんから」
「そうだのう。今は、目先の疑問よりも、やることがあるか」
「はい」
 
俺は頷く。
そして雪音さんの方を見る。
 
「雪音さん、一度、家に帰りますから車に乗ってください」
「分かりました」
「村長、そういえば妙子さんは?」
「農家たちと連絡を取るためにいったん帰らせた」
「そうですか」
 
 熊が出現したのだ。
 他に熊が出現しないとも限らない。
事前に、他の農家との情報共有は最優先だろう。
 
「――で、村長」
「どうした?」
「軽トラックに積んであるリンゴ入りのケースは……」
「五郎が戻ってくる間に積める分だけ積んでおいた」
「そうですか」
 
 転んでもタダでは起きないと。
 
「では、一度、家に戻ります」
「うむ。儂も後を付いていくからの」
 
 俺は車に乗り込みエンジンをかけるとアクセルを踏んだ。
 20分ほどで自宅が見えてきたところで、月山雑貨店には無数の車が停まっていた。
 
「おじちゃん! いっぱい人がいるの!」
 
 そして車だけでなく300人近い人だかりも見えた。
 
 
 
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