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第284話 桜の異変(3)
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そう、呟きながら、俺は縁側に座りながら外を見る。
目の前に見えるのは、洗濯物が干された物干しと生垣であり、それは何時も見ているモノで――、
「はぁー」
無意識ながら溜息が口から零れ落ちる。
それと共に両指を組みながら、額に当てた。
「五郎さん……」
「無力ですね。俺は――」
桜を引き取って4ヵ月近く経過しようとしているが、何一つ、桜にはしてやれてない。
本当に困った時、どうしようもなくなった時に、まだ5歳の子供の支えになることすらできてない。
「どう桜に、心の整理をつけていいのかを――、指針を示す事すら出来ない」
「……」
俺の呟きを無言で――、横に座って聞いている雪音さん。
こんな気持ちを――、感情を――、思いを――、雪音さんに吐露するつもりはなかった。
ただ、一度でも口から言葉が流れたあとは、留めることができない。
「ハハハッ。笑っちゃいますよね……、40を超えた男が何を言っているのかと――」
本当に、俺は何を言っているんだ……。
自分よりも一回り以上も年下の女性に、愚痴るなど――、それが男のすることかと。
「私は、そうは思いません」
「――ゆ、雪音さん?」
「だって、五郎さんが、たくさん悩んでいるってことは、それだけ桜ちゃんを大事に思っているって事の表れじゃないですか? どうでもいいと思っていた人相手には、そんな風には思えないと――、私は思います」
「……」
「それに、私は思います。きっと、桜ちゃんは、乗り越えてくれるって。だって、人との思い出に、どうケリをつけるかなんて、そんなのは誰かが強制して出来るものじゃないです」
「そう……ですね……。何ていうか、俺って無力ですよね……」
「そんなことないです。さっき、五郎さんが桜ちゃんに家族だって言ったじゃないですか? ここに居てもいいんだよ? って、声で――、手を差し伸べたじゃないですか? それって、本当に大切な事だと思います。だから――」
そこで雪音さんは立ち上がると、俺の頭を抱きしめてきた。
「桜ちゃんは、きちんと泣けたと思います。人の死を受け止めるのは、本当に大変で、本当に大きな勇気が必要になります。それを与えたのは五郎さんです。だから、五郎さんは無力ではないです」
「雪音さん……」
「私達が出来ることは、桜ちゃんが壁にぶつかって足を止めた時に見守ることくらいです。ですから、そんな辛そうで苦しそうな顔をしないでください。五郎さんまで、そんな表情をしていたら桜ちゃんが悲しみますから」
「……」
思わず俺は無言になる。
まったく俺は何をしているんだ。
まだ20代の女性に、こんな風に励ましの言葉を貰うなんて――。
本当に半年前には、こうなるとは思っても見なかった。
幸奈と別れてから、ずっと一人で暮らしてきた間、俺は自分ひとりで何でも出来ると思っていた。
だが、蓋を開けてみればどうだ。
村に来てからと、多くの人に助けてもらって今がある。
それだけじゃない。
村に来てからの縁は、全て亡き親父とお袋が作った信頼が――、信用が、担保となっていた。
そして、縁は他の縁を作り、今の俺がある。
それは全て――、一人では成し遂げられないものだ。
俺は、首元に回されていた雪音さんの腕に自分の手を添える。
「五郎さん?」
「雪音さん、ありがとうございます。俺、また一人で何でも出来ると思っていたみたいです。何かあったら、力を貸してください」
「はい。もちろんです。だって――、私達は、家族ですから」
その雪音さんの言葉に、俺は癒された気がした。
そこでふと、誰かが此方を見てきている感覚を覚えて、家を方へと視線を向けると、フーちゃんが、じっと、こちらを見て来ていた。
普段は吠えてくるというのに――、静かなものだ。
フーちゃんは、そのまま桜の部屋の方へと戻っていった。
「フーちゃんって、時たま、こっちの言葉が分かるような立ち振る舞いをしますよね?」
そう雪音さんが反してくる。
「そうですか?」
「そうですよ。フーちゃんって不思議ですよね?」
「まぁ、異世界で桜が胡椒と交換で仕入れてきた犬ですから」
「胡椒とですか?」
「ですね」
「そうなのですか……。それなら異世界の犬ってことですね」
「そんな感じですね」
雪音さんと、そのあとは他愛もない会話をしたあと、
「フーちゃん」
俺は桜の部屋に行くと、フーちゃんに声をかけた。
「わんっ!」
「散歩にいくか?」
「わんっ!」
どうやら、散歩に行きたいらしい。
俺は、桜を雪音さんやナイルさん、メディーナさんに任せて、フーちゃんと二人きりで店の裏手の河原を歩く。
フーちゃんは身が軽く軽やかに川を下っていく。
30分ほど散歩したところで、フーちゃんを抱き上げて、俺は家路についた。
母屋に到着すると、村長の軽トラックが停まっているが見えた。
「これって……」
「おお。五郎! 戻ってきたか!」
生垣の向こうから、村長の声が聞こえてくる。
目の前に見えるのは、洗濯物が干された物干しと生垣であり、それは何時も見ているモノで――、
「はぁー」
無意識ながら溜息が口から零れ落ちる。
それと共に両指を組みながら、額に当てた。
「五郎さん……」
「無力ですね。俺は――」
桜を引き取って4ヵ月近く経過しようとしているが、何一つ、桜にはしてやれてない。
本当に困った時、どうしようもなくなった時に、まだ5歳の子供の支えになることすらできてない。
「どう桜に、心の整理をつけていいのかを――、指針を示す事すら出来ない」
「……」
俺の呟きを無言で――、横に座って聞いている雪音さん。
こんな気持ちを――、感情を――、思いを――、雪音さんに吐露するつもりはなかった。
ただ、一度でも口から言葉が流れたあとは、留めることができない。
「ハハハッ。笑っちゃいますよね……、40を超えた男が何を言っているのかと――」
本当に、俺は何を言っているんだ……。
自分よりも一回り以上も年下の女性に、愚痴るなど――、それが男のすることかと。
「私は、そうは思いません」
「――ゆ、雪音さん?」
「だって、五郎さんが、たくさん悩んでいるってことは、それだけ桜ちゃんを大事に思っているって事の表れじゃないですか? どうでもいいと思っていた人相手には、そんな風には思えないと――、私は思います」
「……」
「それに、私は思います。きっと、桜ちゃんは、乗り越えてくれるって。だって、人との思い出に、どうケリをつけるかなんて、そんなのは誰かが強制して出来るものじゃないです」
「そう……ですね……。何ていうか、俺って無力ですよね……」
「そんなことないです。さっき、五郎さんが桜ちゃんに家族だって言ったじゃないですか? ここに居てもいいんだよ? って、声で――、手を差し伸べたじゃないですか? それって、本当に大切な事だと思います。だから――」
そこで雪音さんは立ち上がると、俺の頭を抱きしめてきた。
「桜ちゃんは、きちんと泣けたと思います。人の死を受け止めるのは、本当に大変で、本当に大きな勇気が必要になります。それを与えたのは五郎さんです。だから、五郎さんは無力ではないです」
「雪音さん……」
「私達が出来ることは、桜ちゃんが壁にぶつかって足を止めた時に見守ることくらいです。ですから、そんな辛そうで苦しそうな顔をしないでください。五郎さんまで、そんな表情をしていたら桜ちゃんが悲しみますから」
「……」
思わず俺は無言になる。
まったく俺は何をしているんだ。
まだ20代の女性に、こんな風に励ましの言葉を貰うなんて――。
本当に半年前には、こうなるとは思っても見なかった。
幸奈と別れてから、ずっと一人で暮らしてきた間、俺は自分ひとりで何でも出来ると思っていた。
だが、蓋を開けてみればどうだ。
村に来てからと、多くの人に助けてもらって今がある。
それだけじゃない。
村に来てからの縁は、全て亡き親父とお袋が作った信頼が――、信用が、担保となっていた。
そして、縁は他の縁を作り、今の俺がある。
それは全て――、一人では成し遂げられないものだ。
俺は、首元に回されていた雪音さんの腕に自分の手を添える。
「五郎さん?」
「雪音さん、ありがとうございます。俺、また一人で何でも出来ると思っていたみたいです。何かあったら、力を貸してください」
「はい。もちろんです。だって――、私達は、家族ですから」
その雪音さんの言葉に、俺は癒された気がした。
そこでふと、誰かが此方を見てきている感覚を覚えて、家を方へと視線を向けると、フーちゃんが、じっと、こちらを見て来ていた。
普段は吠えてくるというのに――、静かなものだ。
フーちゃんは、そのまま桜の部屋の方へと戻っていった。
「フーちゃんって、時たま、こっちの言葉が分かるような立ち振る舞いをしますよね?」
そう雪音さんが反してくる。
「そうですか?」
「そうですよ。フーちゃんって不思議ですよね?」
「まぁ、異世界で桜が胡椒と交換で仕入れてきた犬ですから」
「胡椒とですか?」
「ですね」
「そうなのですか……。それなら異世界の犬ってことですね」
「そんな感じですね」
雪音さんと、そのあとは他愛もない会話をしたあと、
「フーちゃん」
俺は桜の部屋に行くと、フーちゃんに声をかけた。
「わんっ!」
「散歩にいくか?」
「わんっ!」
どうやら、散歩に行きたいらしい。
俺は、桜を雪音さんやナイルさん、メディーナさんに任せて、フーちゃんと二人きりで店の裏手の河原を歩く。
フーちゃんは身が軽く軽やかに川を下っていく。
30分ほど散歩したところで、フーちゃんを抱き上げて、俺は家路についた。
母屋に到着すると、村長の軽トラックが停まっているが見えた。
「これって……」
「おお。五郎! 戻ってきたか!」
生垣の向こうから、村長の声が聞こえてくる。
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