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第267話 ルイーズ王女殿下の訪問(4)

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「相称……?」
「電気も水道もガスも人が現代生活を営む上で必要不可欠なモノですので、そういう区分けがされているとご理解頂ければ宜しいかと。実際、ルイーズ王女殿下も、その恩恵を受けておられると思いますので」
「……それはそうですわね。それでは魔法では無いのですね」
「はい」
 
 俺は頷く。
 するとルイーズ王女殿下は深く溜息をつくと――。
 
「――では、技術という事でしょうか? 職人が武器や防具を作るような……」
「そうですね。それに近いと考えて頂ければいいと思います」
「そうなのですか。それでは――」
「学んで頂いても基礎的な知識やベースとなる技術が無い限り転用することはできません」
 
 会話している中で、ルイーズ王女殿下が何を聞きたいのか薄っすらと分かった。
 ようは、日本で使っているインフラの異世界への技術転用。
 それを考えていたのだろうと察したのだ。
 そして、それは当たりだったようで、王女殿下は俺の横に座っていたかと思うと、座っていた石に倒れ込む。
 
「こちらの世界の技術というのは本当に途方もなく凄いのですね」
 
 その言葉に、俺は逆に驚いた。
 まだ、製鉄技術すら確立されていない青銅時代の人間が、日本の技術力を扱うことが出来ないと言う事実に気が付いたことを。
 俺が読んだ本には、地球の青銅器時代は紀元前3300年頃から紀元前1200年頃までと書かれていた。
 つまり、令和の時代――、西暦2000年において5300年前から3200年前の人間が、無理だと判断したのだ。
 それは、驚かずにはいられない。
 ただ、それを口に出すことは相手側を下に見ている事になる。
 
「そうですか」
「はい。魔法を使わずに便利な生活が誰でも送れる――、それがエルム王国でも実用化できるのでしたら、民の生活水準も上げることが出来るのでは? と、思いました」
 
 ルイーズ王女殿下は、ルイーズ王女殿下なりに民のことを思って行動しているようだ。
 置かれている立場こそ違うが、考えている本質は似ているのかも知れないな。
 ただ、スタート地点は違っていると思っているが……。
 
「本当に、素晴らしい国ですわね。日本という国は――。このような辺境の地にまでインフラが整備されていますし、道も整備されていて」
「そうですか?」
「はい。エルム王国は、ローレンシア大陸――、南西部に位置するセイレーン連邦を構成する国々の中では豊かな国家の一つに入りますが、それでも国の隅々にまで道は整備されておりません。道路を見るだけで、その国家がどれだけの国力を有しているのか分かってしまいます。違いますね。どれだけの国力の差があるのかというのを実感してしまいます」
「……」
 
 俺は思わず無言になる。
 道路一つで、国力の差を計ってくる。
 そんな思考に、俺は驚嘆していた。
 今まで読んできた本には、紀元前の人間の思考については書かれていなかった。
 だから、そこまで思考力は――と、高を括っていた部分があった。
 だが――、実際はどうだ?
 
 冷静に与えられている制限されている情報だけで、エルム王国との差を見極めようとしている。
 それは、素直に脅威として認識するべきだろう。
 それと同時に、藤和さんが異世界人の与える情報を制限しようと躍起になっている事も分かってしまった。
 だからこそ――、
 
「ルイーズ王女殿下」
「はい? 何でしょうか?」
 
 大きな石の上に寝転がっていたルイーズ王女殿下が体を起こすと、俺の目を見てくる。
 
「ルイーズ王女殿下は、自分と婚約を結んでいますが、その結婚に関しては、どう思っていますか?」
「ツキヤマ様との婚約と結婚ですか?」
「はい」
 
 彼女が、俺との婚約と結婚をどう考えているのか。
 それを確認しておきたい。
 それにより日本と異世界、どちらに気持ちをシフトしているのか確認することも出来るからだ。
 
「えっと、ツキヤマ様との婚約は、以前にお話しさせて頂いたと思いますが、とても嬉しく思っています。私は、その――王宮では、庶子という事もあり、あまり快く他の貴族からは思われておりませんでしたから。ですから異世界で暮らすこと、嫁ぐ事は、むしろ人生の機転となると思っております。ただ――、私が生まれ育ったのはエルム王国です。王家の人間として、国の民が治めて頂いた税で暮らしていたのも事実。ですから、少しでも還元できればと思っているだけですわ」
「なるほど」
 
 つまり、簡単に言えば、この目の前で、誇らしげに目を逸らさずに自身の意見を語った王女殿下は、どこまでも気持ちは、真っ直ぐという事なのだろう。
 そこには、打算というものがない。
 受けた恩は、恩として返したい。
 ただ、それだけなのだろう。
 俺は頭を掻く。
 
 先ほど感じた、俺とのズレ。
 それは、打算があるかどうかだ。
 それをやっと実感し理解できた。
 
「ルイーズ王女殿下は、真っ直ぐな方なのですね」
「え?」
「俺は、そういうのは嫌いではありません」
「え? あ、え? ええーっ!?」
 
 途端に顔を真っ赤にしてアタフタとする王女殿下。
 俺は率直に思った心を、そのまま口にして伝えただけなのに、王女殿下は目を大きく見開いて耳まで真っ赤に染めて恥ずかしそうに俺から目を背けてしまった。
 
「――わ、私……。そんなことを言われたのは、エメラス以外では初めてで……」
「そうなのですか?」
「はい。他の者達からは、貴族の見本として振る舞わないといけない王族が民を気にするなどと陰口を叩かれたりしました」
「なるほど……。王族には、王族としての立場があるから仕方ないですね。ただ、俺はルイーズ王女殿下のような考えは素晴らしいと思います」
「…………本当ですか?」
「はい」
 
 俺は即答する。
 そこに嘘偽りはないが――、全てを話す訳にもいかない。
 何故なら、ルイーズ王女殿下は、エルム王国の民のことを思っているのだから。
 まったく嫌になってしまう。
 以前は、こんな思考をする事は無かったが、俺が守らないといけないのは、姪っ子の桜と雪音さん。
 そして結城村の発展。
 そのためには、時期が来るまで隠し通さないといけない。
 
「そうですか。ツキヤマ様も、領民を思っているのですね」
 
 笑顔で、ルイーズ王女殿下は語り掛けてきた。
 その笑顔は眩しかった。
 
 
 
 河原での話も一段落ついたあと、俺とルイーズ王女殿下は店に戻る。
 すると、車の前ではエメラスさんとアリアさんが待っていた。
 
「遅いですわ!」
「そう言われても、根室さんかナイルさんから近くを散歩に行っていると聞いていませんでしたか?」
 
 少しお怒り気味に話しかけてきたエメラスさんに答えると、彼女はルイーズ王女殿下の傍まで近寄ると――、
 
「ルイーズ様。どうでしたか? 散歩の方は」
「はいっ! とても有意義に過ごすことが出来ましたわ。エメラスは、どうでしたか?」
「私も、見た事が無いものを多く見せられました。とても勉強になりました」
 
 手提げ袋を持ったまま笑顔でルイーズ王女殿下の問いかけに答えるエメラスさん。
 そして、その手提げ袋の中には、チョコやお菓子がぎっしりと入っている。
 どうやら、御菓子がエメラスさんの琴線に触れたらしい。
 まぁ、アリアさんが店から持っていく食材の中には、一切! 菓子類は含まれていないからな。
 
「ところで、エメラス?」
「はい」
「それは何を持っているのですか?」
「ふふふっ。それは館に戻ってから説明します!」
「そうなの? 楽しみにしているわね」
 
 そんなルイーズ王女殿下とエメラスさんとの会話を聞いていると、
 
「ツキヤマ様」
 
 ――と、アリアさんが話しかけてきた。
 
「はい?」
「冷凍食品が溶けてしまうと困ります。すぐに館に送って頂けますか?」
「そうですね。分かりました」
 
 俺は頷いた。
 
 
 
 
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