上 下
263 / 437

第263話 不動産会社との商談(2)

しおりを挟む
「……なるほど」
 
 白井さんは、俺の言葉に、そう相槌を打ちながらも――、
 
「月山様は、結城村から離れていたと私は記憶しておりますが――」
「若い時は、外に刺激を求めて村を出ていくことは良くあることでしょう?」
 
 村長は、横で俺と白井さんの会話を聞いているだけ。
 すぐに手出しはしてこないということは、俺の交渉スキルを試しているからか?
 もしくは――、村長が俺に肩入れしている事を知られたら、要らぬ腹を探られる可能性があるから口を挟んでこないとか?
 可能性的には、後者な気がする。
 
 たしか、俺が読んだ本の中には不動産というのは、人間関係の繋がりも重視しているとも書かれていた。
 それは横繋がりや、地域ネットワークにおける情報収集力も含まれる。
 ――と、なれば……、相手が何処まで、こちらの情報を知っているのかが交渉の鍵になるか。
 こういう時に藤和さんが居てくれれば頼りになるんだが、いまは俺しかいない。
 そもそも田口村長なら藤和さんが必要なら、事前に俺に話していたはず。
 それが無いと言うことは――、
 
 俺一人で何とか出来るレベルってことか?
 
「なるほど……。それで村に戻ってきた理由は、子供のことで?」
 
 桜のことを知っているのか?
 つまり事前に此方の情報を集めていると。
 まったく、厄介だな。
 
「それが何か問題でも?」
「――いえいえ。少し、気になっただけです。それよりも気になっていることは、店舗運営に関して、田口村長が手を貸していることです」
「それは村長なら当然なのでは? 買い物難民を出さない為には、店があることは必要不可欠でしょう?」
「それは分かっていますが、あまりにも使途不明金が多いのが気になったので――」
 
 今度は、先ほどとは比べ物にならないほどストレートに来たな。
 
「何が言いたいのでしょうか?」
「簡単な話です。結城村のような過疎化末期な村に、あれだけの店舗を開業させる意味が分からないのです。店舗経営というのは黒字化させなければ潰れます。――なのに、月山様は、そのようなことを考えずに店を運営しているように感じられます」
「その事に関してまで、白井さんに心配される謂われは無いと思いますが?」
「たしかにそうですね。ただ、私は取引相手が、お金を持っているかどうかを知りたいだけで……」
 
 白井という男は、そう語る。
 俺から得られる情報が少なくて、此方が何を狙っているのか分からないことから、ストレートに聞いて来た。
 そこで俺は、考えていた手札の一つを切ることにする。
 
「白井さんは電子通貨というのをご存知ですか?」
「電子……? お金? それは、鉄道会社が発行しているようなカードですか? 定期券に、お金をチャージするような」
「違います。暗号資産と呼ばれるモノです。電子マネーというのは法的通貨を基準としており、あくまでもその価値は国が保障している通貨額と等価です。ただし、仮想通貨は、国家が保障している通貨ではなく国に依存していない通貨の為、その通貨額は常に変動します」
「それが、月山様が資産を有している事と何の関係が?」
 
 どうやら仮想通貨に関しての知識は持っていないらしい。
 まあ、50代以上の人間ならそうかも知れない。
 俺は息を吸い、気持ちを整える。
 目の前にいる男は――、白井という男は――、藤和さんや、国王陛下や、辺境伯と比べても、ずっと小者だ。
 それが話をしていて分かった。
 
 俺はチラリと村長の方を見る。
 村長は、白井ではなく俺の方をずっと見ている。
 まるで、俺を試しているかのように。
 その様子から理解できる。
田口村長は言っているのだ。
俺が一人で、これくらいの商談を纏めないと駄目だということを。
 自身のズボンを握りしめる。
 
「俺は、ダカールラリーでドライバーをしていました。それだけでなく世界中で、転戦をしていました」
 
 俺の言葉に、白井は微動だにしない。
 おそらくは、この程度の情報は既に仕入れているのだろう。
 
 ――だが!
 
「アメリカで仕事をしている時に、俺はある日本人に出会いました。その日本人は、プログラムを組むからと、その為の出資を募っていました。それが暗号通貨のプログラムでした。今では、その暗号通貨は、当時の1コイン1円から、1コイン800万円まで跳ね上がっています」
「――なっ!? ま、まさか……」
 
 そこで、白井の顔色が変わる。
 ハッキリ言って、これは出まかせもいいところだ。
 たしかに世界中を転戦はした。
 だが、暗号通貨のプログラムを組んでいた人間に偶然出会う訳がない。
 それでも――、
 
 俺は、カバンをテーブルの上にドカッ! と、置くと、ファスナーを開く。
 そこには、100万円の束が50束入っている。
 つまり5000万円。
 それを見た白井の様子が変わる。
 そして俺は笑みを浮かべる。
 
「ご理解頂けましたか? 俺の資産が、どこから来ているのか」
「そんな……。こんな話……、聞いては――」
「分からないのも無理がありません。普通に調べただけでは暗号資産の取引内容なんて出てきませんからね。あくまでもネットで完結しますし」
「い、一体……何コインもって――」
「それを答える義務はありません。ただ一つ言えることは、俺は自分が生まれ育った結城村の現状を憂いているという事です。俺と姪っ子が生きていく村をね」
「……つまり、本当に何もないと――」
「ええ。あくまでも結城村に住まう一庶民として、外資に買われている――、村民以外に買われている土地の現状を打破しようと思っているだけです。ご理解頂けますか?」
「……分かった……。だが、すでに売却された土地を買い戻すのは――」
「買い戻す額は、購入した人間が払った倍の額を提示してください。そして、その1割を仲介手数料として、白井さんに渡しましょう」
「――い、一割も!?」
「はい。ですが期限を切らせて頂いても? こちらとしても、税務署への届け出があるので2カ月以内で商談を纏めてください」
「……わ、わかった」
「――では土地権利書と引き換えにお金はお渡ししますので都度、報告をください」
 
 俺はバックのファスナーを〆る。
 白井は、何度も頭を下げながら部屋から出ていく。
 そして、車のエンジン音が聞こえてきたところで――、
 
「また、かなりのブラフの打ったの」
 
 ようやく村長が口を開いた。
 
「不味かったですか?」
「――いや。相手が納得したのなら、それが全てだからの。それにしても、暗号通貨とは……、今話題の?」
「そうですね」
 
 まぁ、実際のところ、暗号通貨売却には雑所得という形で税金がかかるし、国が通貨の価値を保証しているわけでもないから高くなったらさっさと売るのが常套手段だからな。
 それを少しでも理解しているのなら、白井のように態度を一偏させて、動くようになるのは定石。
 かなりの力技にはなったが結果オーライと言ったところか。
 それよりも――。
 
「村長」
「どうした?」
「俺のことを調べている人間がいるみたいですね」
「そうだの。五郎のことを嗅ぎまわっている連中が少なからずいるようだ。だが、それは一応は大丈夫だと思うがの。あの二人も動いておるし」
「柳橋さんと宮越さんですか?」
「うむ」
「あの人たち、ナイルさんが言っていましたけど」
「何を言っておったんじゃ?」
「かなり強いと。ただ、もう年齢的に、縁側でお茶を飲みながら猫を撫でている年齢だと思うんですけど……」
 
 コレは、マジな話で俺の率直な感想だ。
 90歳近い老人に、俺の身を守ってもらう前に、老人ズが大変な事になってしまうのでは?
 
「問題ない。あ奴らは、未だに自衛隊に頼まれて新兵の訓練を施しているほどの兵だからの」
 
 何と言うか、結城村の老人は皆、元気過ぎるよな……。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強の英雄は幼馴染を守りたい

なつめ猫
ファンタジー
 異世界に魔王を倒す勇者として間違えて召喚されてしまった桂木(かつらぎ)優斗(ゆうと)は、女神から力を渡される事もなく一般人として異世界アストリアに降り立つが、勇者召喚に失敗したリメイラール王国は、世界中からの糾弾に恐れ優斗を勇者として扱う事する。  そして勇者として戦うことを強要された優斗は、戦いの最中、自分と同じように巻き込まれて召喚されてきた幼馴染であり思い人の神楽坂(かぐらざか)都(みやこ)を目の前で、魔王軍四天王に殺されてしまい仇を取る為に、復讐を誓い長い年月をかけて戦う術を手に入れ魔王と黒幕である女神を倒す事に成功するが、その直後、次元の狭間へと呑み込まれてしまい意識を取り戻した先は、自身が異世界に召喚される前の現代日本であった。

どうやら異世界ではないらしいが、魔法やレベルがある世界になったようだ

ボケ猫
ファンタジー
日々、異世界などの妄想をする、アラフォーのテツ。 ある日突然、この世界のシステムが、魔法やレベルのある世界へと変化。 夢にまで見たシステムに大喜びのテツ。 そんな中、アラフォーのおっさんがレベルを上げながら家族とともに新しい世界を生きていく。 そして、世界変化の一因であろう異世界人の転移者との出会い。 新しい世界で、新たな出会い、関係を構築していこうとする物語・・・のはず・・。

おっさんの異世界建国記

なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

八神 凪
ファンタジー
   日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。    そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。  しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。  高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。    確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。  だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。  まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。  ――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。  先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。    そして女性は信じられないことを口にする。  ここはあなたの居た世界ではない、と――  かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。  そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。

【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜

櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。 和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。 命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。 さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。 腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。 料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!! おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活

高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。 黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、 接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。  中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。  無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。 猫耳獣人なんでもござれ……。  ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。 R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。 そして『ほの暗いです』

王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。

なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。 二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。 失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。 ――そう、引き篭もるようにして……。 表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。 じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。 ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。 ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

処理中です...