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第259話 進化したフォークリフト

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「きゅーん、きゅーん」
 
 ピクピクと体を震わせ――、腰が砕けたのが、這っていき桜に抱き上げられるフーちゃん。
 
「おじちゃん……、フーちゃんが責任とってだって」
「責任?」
「うん。辱められたって――」
「辱めって……」
 
 犬の分際で――。
 
「これは、フーちゃんの躾です」
 
 俺は、ビシッと言う。
 最近の俺はフーちゃんを甘やかしすぎた。
 
「おじちゃんが、スパルタに……」
「おっさんって、ドSだったのか」
「はぁ、とりあえず、俺は仕事をしているから、二人とも、さっきから居間でフーちゃんを俺がモフっている間、ゴロゴロしていたけど、何かあったのか? いつもはゲームで遊んでいるだろう?」
「桜ちゃんが強すぎて無理」
「そっか……」
「おっさんは何してんの?」
「ん? ああ、勉強しているんだ」
「へー」
 
 興味無さそうに相槌を打ってくる和美ちゃん。
 
「おじちゃん」
「どうした? 桜」
「フォークリフトに乗りたいの!」
「フォークリフトに?」
「うん!」
 
 フーちゃんを畳の上で転がしながら、桜が元気よく頷いてくる。
 そこで、そういえば! と、俺も想う。
 神田自動車の社長が整備に来てからフォークリフトに乗ってないなと。
 
「そうだな。点検もしてくれたし、一回乗ってみるか」
「わーい!」
「わんっ!」
「おっさん! うちも!」
 
 雪音さんが台所でお昼の準備をしている中、2人と1匹を連れた俺は母屋の玄関から出たあと、中庭に置かれているフォークリフトの元へと移動する。
 フォークリフトの鍵に手をかけ回そうとするが、やはりというかエンジンは回らない。
 
「桜、エンジンかけてくれるか?」
「わかったの!」
 
 頭の上に、フーちゃんを乗せている桜を、俺は抱っこしてフォークリフトに座ったあと、俺の膝の上に乗せる。
 
「それじゃエンジンをかけてくれるか?」
「うん!」
 
 桜がフォークリフトの鍵に手を触れて鍵を回す。
 すると重厚感のある音が――、エンジンが動く音が周囲に撒き散らされる。
 音が、今までと違い軽いような――。
 
「桜、ちょっと降りてくれるか?」
「うん」
 
 桜をフォークリフトから降ろしたあと、俺はフォークリフトのクラッチを操作しながらギアを変更し、アクセルを踏む。
 
「――これは……」
 
 足裏から伝わってくる躍動感。
 そしてレスポンス。
 どれをとっても以前よりも格段に進化している。
 おそらく神田さんが何か手を加えたのだろう。
 しかも――、ギアが増えている。
 何を魔改造したのか。
 それでも、ハンドルと足回りから伝わってくる挙動で、どういう動きを――、運転をすればいいのかが直感的に分かる。
 
 ギアを2速から3速にし――、アクセルを踏み込む。
 フォークリフトは、普通は2速まで存在していない。
 だが、このフォークリフトは4速まで存在している。
 公道に出て、ギアを変更しながら走る。
 4速で60キロ近くは出ているだろう。
 しかも、エンジンは、まだ全力を出し切っていないというのが分かる。
 
「これは、かなりのパワーアップだな……」
 
 おそらく普通の運転手では、これだけのパワーを持つフォークリフトを運転することは不可能だろう。
 それに、タイヤも……。
 
「ノーパンクタイヤか……」
 
 どうりでタイヤを交換していたはずだ。
 俺としては大助かりだが、それにしても――、俺はフォークリフトを操作しながら、ふと違和感に気が付く。
 
「おじちゃん! フォークリフトどう?」
「――ん? ああ、いい感じだな」
 
 桜の声が聞こえてきたところで、俺はフォークリフトを母屋の敷地内に戻す。
 そして、エンジンを切ったあと、フォークリフトから降りる。
 
「何だか、カッコいいな! おっさん!」
 
 和美ちゃんが目を輝かせて俺に問いかけてくる。
 
 
「ふっ――。そうか?」
「うん。フォークリフトのシートも普通の車のシートと違ってカッコいい」
「……そっちか」
「どうした? おっさん」
「何でもない」
 
 たしかに、フォークリフトのシートは、バゲットシートになっていてシートベルトも特殊仕様だ。
 まるでレーシングマシーンを意識した作りになっている。
 だからこそ、俺は運転しながら、一つ疑問に思っていた。
 神田さんは、どうして、ここまでフォークリフトを改造したのかと。
 まぁ、そのへんは神田さんに後で電話して聞いてみるとしよう。
 
 
 
 フォークリフトを片付けたあとは、お昼時間になった事もあり店番を引き継ぐ。
 一人、店番をしていると――、
 
「暇だ」
 
 昼という事もあり、客足がまったくない。
 仕方なく、俺は子機を手にとり神田自動車へと電話をかける。
 すると数コール鳴ったところで――、
 
「はい。神田自動車です」
「お忙しいところ失礼します。月山五郎と言いますが、神田社長をお願いできますか?」
「畏まりました。少々お待ちください」
 
 女性の事務員だろうか? 女性が出たところで、要件を伝えると、すぐに保留音が流れる。
 
「はい。神田です」
 
 しばらく待っていると、以前にフォークリフトの点検に来た初老の声の男性が電話口に出る。
 
「先日は、どうもお世話になりました。月山五郎です」
「ああ。月山様ですか」
「その節は、どうもありがとうございます」
「それで、お電話ということはフォークリフトに関してでしょうか?」
「そうなります。自分が、知っているフォークリフトは2速が普通だったと思うのですが……」
「ああ。そのことですか。じつはですね、あのフォークリフトは、特注品として作られていてですね……、その部品が出てきましたので、整備も兼ねてチューンナップしました。あとは、フォークリフトの速度が出ることもあり、シートはバゲット仕様という事にしました」
「――そうですか……。ただ、あそこまでパワーアップしなくても……」
「気にしないでください。追加料金をもらうような真似はしませんので」
「そう言う訳では……」
「まぁ、月山様なら使いこなせると思っていますので」
「俺だったら?」
「私も、普通の方でしたら、あそこまで手を入れません。ただ、月山様でしたら問題ないと思いまして、それで出てきた部品も勿体ないと思い、手入れをさせて頂きました。月山様は、ダカール・ラリーで、連続優勝した方ですから」
「……知っていたんですか」
「いえ。どことなく見たことがあるなと……。こう見えても自動車整備工場の端くれですから」
「そ、そうですか……」
「はい。それでタイヤは、ノーパンクタイヤに致しました。それでしたら癖はありますが、少し無理な運転をしても大丈夫ですので」
 
 どうやら、神田さんは、俺の素性を知っているらしい。
 
「とりあえず、事前に言って欲しかったです」
 
 相手の好意は分かるが、それでも一言言ってくれないと困る。
 
「申し訳ありません。もし、あれでしたら以前に戻しますが?」
「いえ。言ってくれれば良かっただけですので、そこまで気にしないでください。普通に乗れますので」
「そうですか。そう言って頂ければ――。あと、新型フォークリフトには――」
「あ。もう一段上があるんですよね?」
「――!? もう、試されたんですか?」
「いえ。ただ、運転していて、もう少しエンジンの領域が空いているなと思っただけなので――」
「そ、そうですか……。それでは、5速への切り替えの方法ですが――」
 
 神田さんが、フォークリフトの5速への切り替え方法を懇切丁寧に説明してくれる。
 
 
 
 ――10分後。
 
「なるほど……」
 
 つまり、あのフォークリフトに積まれているエンジンは、ディーゼルではあるが試作型の高回転型のNAエンジンの流れを汲んでいると。
 
「はい。最高速度は140キロに達します」
 
 フォークリフトで、140キロって……。
 まぁ、そんな領域まで飛ばす事は無いけど……。
 それにしても、とんでもないフォークリフトを購入したよなと、思わず心の中でツッコミを入れた。
 
 
 
 
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