上 下
250 / 437

第250話 王女の覚悟

しおりを挟む
「――あ、あの……。私に何か……?」
 
 首を傾げるルイーズ王女殿下。
 どうやら、俺がジッと見ていることに気が付いたのか、頬を赤らめて上目遣いで聞いてくる。
 別にジッと何か考えて服装を見ているわけではないんだが――、
 
「いえ。服は、どうですか?」
「――え!? ふ、服ですか!?」
 
 大きな胸元で両手を握りしめながら聞いてくる。
 
「深い意味はないので!」
「――で、でも! 殿方が、洋服を女性にプレゼントするのは、脱がす為だと……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 誰から、そんな話を!」
「当然です! 王家の――、貴族の女は、そう言う事は習っておりますので!」
「おほん! 自分は、そういう感じで洋服に関して聞いたわけではないので。新しく購入された洋服に関して問題ないのかどうか確認しただけです」
「そうですの?」
「はい。――ですから、あまり深い意味はありませんから」
「そうなのですか……」
 
 それにしても、洋服をプレゼントする意味に、そういう意味があるとは……。
 
「あの、ルイーズ様」
「はい?」
「それって王家の方に多いんですか?」
「え? 何をでしょうか?」
「いえ。何でもありません」
 
 あまり深く聞いても藪蛇になりそうだから、ここはスルーしておこう。
 
「ツキヤマ様」
「はい?」
「洋服を頂いて、私のように思うのは、婚約をした――、もしくは許嫁か、それとも結婚をしている男女の仲だけですので、私以外の者に、衣服をプレゼントして誤解されるような事はありませんから」
「そうですか……」
 
 こちらがスルーして何事も無かったように振る舞おうとしたのに、ルイーズ王女殿下は、俺を安心されるかのように話してくる。
 だが、そうなると――、
 
「ツキヤマ様は、私には興味はないのですか?」
 
 当然、そういう受け取り方をしてくるよな……。
 だが、ここで俺は嘘をつくような真似はしたくない。
 
「正直言って、わかりません」
 
 そう分からない。
 何故なら、俺が結婚を前提に付き合っているのは雪音さんであって、他の女性との婚約や結婚などは考えていなかったからだ。
 だが、今後のことを考えると、俺の立場上では、それは難しい。
 理想と現実は違う。
 
「そうなのですか。それは、よかったです」
「良かった?」
「はい」
 
 コクリと頷くルイーズ王女殿下に、俺は疑問を浮かべたまま――、
 
「それは、ルイーズ王女殿下も、私と同じ考えという事でしょうか?」
「そうなります」
 
 彼女は頷く。
 そして小さな桜色の唇を動かす。
 
「たしかに、私は王家の王女として庶子であるにも関わらず育てられました。ですから、当然、政略結婚に関しては、かなり前から承知しておりましたし、覚悟もしておりました。ですが、婚約者が――、嫁ぎ先が見つかったと言っても、すぐに気持ちを切り替えることはできません」
「それは、当たり前です」
 
 俺は、王女殿下の言葉に同意する。
 そもそも見合いで相手をすぐに好きになるなんてありえないからな。
 
「ツキヤマ様も同じ気持ちで良かったです。私は、国のためにツキヤマ様の元へ嫁ぎに参りました。それは、すでに決まったことですし、それに対して、王家の者として異論もありませんし覚悟はしております。ですから、ツキヤマ様とより良い未来を得たいと考えております。そのことだけは、知っておいていただきたいです」
「分かりました」
 
 彼女も、王女としての立場上、それなりの重責を背負って、俺の元へと嫁ぎに来たという事は、理解した。
 だからこそ、俺は短く理解を示した言葉だけで返した。
 
「ルイーズ様」
「はい」
「そろそろ自分は帰ります。また何かあれば連絡をください」
「そういえばツキヤマ様」
「何でしょうか?」
「学校の件はどうなりましたでしょうか?」
「学校につきましては、関係各所との話し合いをしておりますので、もう少しお待ちください」
「はい」
 
 ルイーズ王女殿下には悪いが、学校に通うことに関しては、難しいと言わざるを得ない。
 何せ高校に行けば、かなりの情報を仕入れる事が出来るからな。
 しかも、今の会話から、ルイーズ王女殿下は、あくまでもエルム王国の王族として嫁いできたと語っていた。
 つまり、辺境伯の思惑とは違うということ。
 しばらくは迎賓館で隔離生活を送ってもらうのが得策と言えるだろう。
 
「それでは、本日は、これで失礼します」
 
 俺は一礼したあと、王女殿下の部屋から出る。
 
「ツキヤマ様?」
 
 すると丁度、お茶を持ってきたアリアさんと擦れ違う。
 
「アリアさん。今日は、自分は帰ります。また、食材が切れたら移動の為に伺いますので連絡をください」
「――は、はい」
 
 アリアさんが頷き、それを確認したあと、俺は迎賓館から出ると外で待っていた中村さんと合流した。
 
「色々とあったようだが、もう終わったのか?」
「もしかしてベランダの方を見ていました?」
「おお、見ておったぞ」
「そうですか」
 
 一部始終見ていたのなら気になったんだろうな。
 だが、特に話すことはない。 
 
「衣服をプレゼントした事について話をしていただけです」
「それだけとは見えんかったがのー」
「それだけです」
 
 俺は、この話題はコレで終わりと切り上げる。
 
「ふむ……。さて、五郎」
「まだ何か?」
「タンクを設置するだけでは終わらないだろう?」
「あー」
 
 そうだった。
 タンクを設置したあとは灯油を入れないといけないんだった。
 
「それは、あとは中村さんだけで可能ですよね?」
「……そうだの。だが! 中村石油店を継ぐのではあれば――!」
「遠慮します」
「まったく、もう……」
「それは俺のセリフです」
 
 中村さんと会話しながらトラックに乗り込んだあとは、月山雑貨店の駐車場まで送ってもらう。
 
「それでは、またあとで来るからな」
「待ってます」
 
 中村さんが運転する大型トラックが去っていくのを見送ったあと、俺は道路を挟んだ向かい側へと視線を向ける。
 そこには、測量の人達が機械を設置して調べものをしていた。
 停まっている車は、踝建設と書かれているから、図面を起こすことも含めて作業を進めているのだろう。
 
「とりあえず昼飯でも食べるか」
 
 お腹がクーッとなった事で、何も食ってないことに気が付き、俺は母屋へと向かった。
 土間から上がり台所へとたどり着くと――、
 
「おっさん!」
「ん? どうかしたのか?」
 
 母屋に帰ってきた事に気が付いた和美ちゃんが俺に話しかけてきた。
 
「桜ちゃんを何とかしてくれよー」
「何とかとは?」
「うち! 格闘ゲームで、ボコボコにされてんねん!」
「ほー」
 
 だが! 俺もボコボコにされるから、勝ち目がない戦いに参加するような真似はしない。
 
「ふっ」
「な、なんやねん、おっさん! いつもと違う!?」
「分かってないな」
「何が?」
「子供同士の戦いに俺が参戦したら余裕で勝ててしまうだろう?」
「え? ――で、でも! おっさん……」
「お兄さんだ」
「それはええけど……。おっさん、前にうちと桜ちゃんにボコボコにされたやん」
「ちっ――」
 
 覚えていたか。
 
「いま、おっさん……舌打ちしなかった?」
「気のせいだ。とにかく、いまの俺は昼飯を食べないといけないから、また、あとでな」
 
 俺は、居間のテーブルの上に、サランラップがかけられ置かれていた料理を短時間で平らげる。
 すると子機が鳴る。
 
「はい」
「五郎さん、神田自動車の方が来られました」
「分かりました。すぐに行きます」
 
 電話を切り、桜の部屋へと向かう。
 そして部屋に入ると桜はフーちゃんを抱いたまま寝ていた。
 
「寝ているな」
「うん。寝てる。だから、おっさんのところに来たんだよ」
「そうかー。それで、俺を生贄にしようとしたんだな」
 
 
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強の英雄は幼馴染を守りたい

なつめ猫
ファンタジー
 異世界に魔王を倒す勇者として間違えて召喚されてしまった桂木(かつらぎ)優斗(ゆうと)は、女神から力を渡される事もなく一般人として異世界アストリアに降り立つが、勇者召喚に失敗したリメイラール王国は、世界中からの糾弾に恐れ優斗を勇者として扱う事する。  そして勇者として戦うことを強要された優斗は、戦いの最中、自分と同じように巻き込まれて召喚されてきた幼馴染であり思い人の神楽坂(かぐらざか)都(みやこ)を目の前で、魔王軍四天王に殺されてしまい仇を取る為に、復讐を誓い長い年月をかけて戦う術を手に入れ魔王と黒幕である女神を倒す事に成功するが、その直後、次元の狭間へと呑み込まれてしまい意識を取り戻した先は、自身が異世界に召喚される前の現代日本であった。

どうやら異世界ではないらしいが、魔法やレベルがある世界になったようだ

ボケ猫
ファンタジー
日々、異世界などの妄想をする、アラフォーのテツ。 ある日突然、この世界のシステムが、魔法やレベルのある世界へと変化。 夢にまで見たシステムに大喜びのテツ。 そんな中、アラフォーのおっさんがレベルを上げながら家族とともに新しい世界を生きていく。 そして、世界変化の一因であろう異世界人の転移者との出会い。 新しい世界で、新たな出会い、関係を構築していこうとする物語・・・のはず・・。

おっさんの異世界建国記

なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜

櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。 和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。 命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。 さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。 腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。 料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!! おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活

高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。 黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、 接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。  中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。  無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。 猫耳獣人なんでもござれ……。  ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。 R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。 そして『ほの暗いです』

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

処理中です...