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第204話 桜へのプレゼント(10)

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「よい。それでは、辺境伯領での行商を認めようではないか。租税に関しては、塩を年間10トン、それと宝石を租税として納めるのでどうだ?」
「分かりました。それでは、書面で残させて頂いても良いでしょうか?」
「うむ」
「陛下、こちらを――」
 
 藤和さんと国王との話し合いが驚くほど短く終わり、書類が作成される。
 
「――では、陛下。こちらが王家側の保管書類となります」
 
 ノーマン辺境伯から、渡された書面へと目を通していくと、国王は視線を俺に向けてくると、羊皮紙を丸めながら、
 
「さて、これで我がエルム王国での商業許可は出したことになるが……、以前にも話したと思うが、婚約の件についてツキヤマ、お主に聞きたいことがある」
「どのようなことでしょうか?」
「簡単な話だ。このシルベリアとの結婚についてだ。お主からは、正式な回答を受けてはおらぬからな」
 
 やはり王宮側は、こちら側への影響力を持ちたいと思っているのか第一王女を差し出してきた。
 それは藤和さんや、ノーマン辺境伯の読み通り。
 
「ツキヤマ様。私は、エルム王国第一王女です。王位継承権も保持しておりますし、ルイーズと違いツキヤマ様と王国側の橋渡しとして――、王国側の貴族も無碍に扱うことも出来なくなります」
 
 横から語り掛けてくるシルベリア王女。
 自分が、どれだけ有用な存在かと言う事をアピールしてくる様は、明らかに自身を政略結婚の道具とでしか見なしていない。
 そう感じられる内容の言葉。
 
「娘が言った通り、ルイーズは、第四王女。これから王国側とツキヤマ家で長い付き合いをしていくのなら庶子であるルイーズでは、何かと王国内の貴族に侮られる事もあるであろう。その点、娘のシルベリアなら、そのような問題は起きん。どうだろうか? もちろん、お主の娘にも王位継承権は渡されることになる」
 
 つまり、それは桜を王位継承問題に巻き込むと言う事か?
 俺が読んだ本の中では王位継承権は、あまり良いものではないと書かれていたし、逆に失うものが多いとも書かれていた。
 何より、以前に桜を手に入れようと画策していた王宮側の意図に流されるのは、俺としては納得できない。
 
「陛下。申し訳ありません。ツキヤマ家は、すでに天皇家に仕えている身。その為、エルム王国とは良好な関係を築き上げていきたいと思いますが、天皇家を裏切る行為は出来ません。何せ2000年以上仕えてきておりますので」
「――? 200年ではなく、2000年?」
 
 藤和さんが予想した通りに話が進み、国の歴史に関して説明した所で国王の動きが止まる。
 
「はい。正確には月山家は、2600年以上、天皇家――、つまり皇帝に仕えております。そのため、主君を二つ持つ事は、月山家の家訓上――、日本国の憲法上、承ることはできません」
 
 さらに俺は畳みかける。
 
「陛下。自国の貴族が他国の王族と内通していた事が判明した場合、それは軍を送り込む格好の理由となります。私は、日本国とエルム王国との間で戦争が起きることは求めてはおりません」
「つまり王位継承権とエルム王国内における貴族特権は必要ないということか?」
「はい。私は、エルム王国の王宮側と事を構えることは良しとはしておりませんので。それに陛下も、我が日本国の軍事力はお聞き頂いていると思っております」
「……うむ」
 
 重苦しい雰囲気が応接間に流れる。
 
「陛下」
「どうした? 辺境伯」
「ここはルイーズ様との婚約が丁度いいのではありませんか? 庶子でしたら、王位継承権も低く、高位貴族達もルイーズ様との婚約でしたら何かあっても問題視はしないでしょう」
「致し方ないか」
「お父様!?」
「シルベリア、お前が、ツキヤマと婚姻を結ぶと余計な問題が起きる可能性がある事を考えると今回は引くしかない」
「そんな……。それでは、あのルイーズに?」
「うむ。仕方ないのう。ツキヤマ、お主も、それでよいか?」
「はい。それが最適かと思います」
 
 何とか、話を無理矢理、変える事が出来た。
 
「そうか。辺境伯」
「はい。すぐにルイーズ王女殿下を連れて参ります」
「うむ」
 
 部屋から出ていく辺境伯。
 そして部屋の中に残された俺と藤和さん。
 俺らを見てくる国王陛下に俯いてしまっている第一王女殿下。
 そんなに俺との婚姻を望んでいたのか? と、思えるくらい落ち込んでいる風に見えるが、それはきっと気のせいだろう。
 
「――して、ツキヤマよ」
「はい」
「一度、ツキヤマが治めている領地を見ておきたいのだが、問題はないな?」
 
 ――え? 人口200程度の結城村を見て回りたいと?
 それは問題ありまくりだと思う。
 
「陛下、是非お越しください」
 
 内心、困っていたところで、答えたのは藤和さんで――、その口調は落ち着きのあるものであった。
 
「うむ。庶子と言っても、王家に連なる我が娘である。どのようなところに嫁ぐかを見たいと思うのは分かるであろう?」
「もちろんです、陛下。月山家は、すでにエルム王国の大使館となる建物の用意が済んでおります」
「ほう……。どのようなモノか楽しみであるな」
 
 
 
 ――コンコン
 
「失礼します」
 
 部屋に、ルイーズ王女を連れたノーマン辺境伯が入ってくる。
 
「陛下、お待たせ致しました」
「うむ。ご苦労であった」
「ヴァロア国王陛下、お待たせ致しました」
「よい、本日は、目出度い話が決まったからな。ルイーズよ」
「はい」
「お主が嫁ぐツキヤマ家の当主だ。挨拶をするようにな」
「――は、はい。ルイーズ・ド・エルムです。末永く、お傍に置いてください」
 
 貴族らしい立ち振る舞いで、頭を下げてくる第四王女。
 そんな姿を見ていた俺の肩を藤和さんが軽くつついてくる。
 
「月山五郎です。こちらこそよろしくお願いします」
 
 俺とルイーズが婚約の挨拶を交わしたところで、
 
「――さて、ツキヤマ」
「はい?」
「これから、お主の領地の視察に向かうことは可能か?」
「流石に、今からですと時差がありますので、私の領地を視察という名目で見ることは難しいかと思います。いまの時間からですと夜になってしまいますので――」
「ほう……、それは真か? 辺境伯」
「はい。こちらが夜ですと、異世界では昼。こちらの世界が昼だと、異世界は夜といった具合です」
「ふむ……。――では、ツキヤマ家の領地の視察は、異世界が明るくなってからで問題ないか?」
 
 断られることなどハナからないように話を進めてくる国王に、俺は内心では溜息をつきながらも頷く。
 
「それでは、一度、私も向こうに戻って用意して参ります」
「うむ」
「それでは失礼します」
 
 国王陛下の許可を取り、藤和さんと供に応接間を出ると、アロイスさんとナイルさんが扉の傍の壁で直立不動のまま立っているが目に入った。
 
「話は終わったのですか?」
 
 そう話しかけてきたのはアロイスさんで、
 
「はい。一応は、ただ異世界に同行したいと申し出を受けまして……」
「なるほど……。ナイル、ここの護衛は任せたぞ」
「了解しました。団長」
「ナイルさん?」
「国王陛下を迎えると言う事でしたら用意が必要になると思いますので、早めにお帰り頂いた方がいいと思います」
「そ、そうですか」
 
 まるで、俺達にさっさと付いてこいと言っているみたいに聞こえる。
 もしかしたら、何か言いたいことがあるのかも知れない。
 本来であるなら、送り迎えはナイルさんが担当しているし。
 アロイスさんの指示で、すぐに馬車が用意され、商店へと帰り道の馬車の中は、俺と藤和さんにアロイスさんの3人となった。
 
 ――馬車が走り出し、辺境伯邸の敷地を出る。
 
「ゴロウ様」
「はい」
 
 やっぱり言いたい事があったらしい。
 俺の感は当たっていたようで良かったというべきか。
 
「何でしょうか?」
「国王陛下が異世界に赴くと言う事は本当ですか?」
「そう言っていました」
「そうですか……。また、厄介ですね」
「厄介? それって、俺の家が小さいから侮られるみたいな?」
「それもありますが、ゴロウ様が治めている領地は、何と言うか村ですよね?」
「そうですね」
 
 まぁ、結城村って言うくらいだし、町ではないわな。
 
「しかも人口も、そんなに多くは――」
「まぁ……」
 
 結城村の人口は200人程度。
 家畜の方が100倍以上、多くいるまであるし――、何なら野生の熊の方が、生息数が多いまであるからな。
 
「おそらく、国王陛下は、ゴロウ様の領土を見て、最初は良からぬことを考えるかも知れません」
「それは、俺の領地を奪うような?」
「そう言った考えを持つ方なのです。ただ――」
「ただ?」
「――いえ。ゴロウ様のご自宅には、アレがいますから……、一目で諦めると思いますが……」
「あれ?」
「いえ。何でもありません。もし何かあれば、フーちゃんを見せれば大人しくなると思います」
「フーちゃんを?」
「はい」
「仔犬なのに?」
「まぁ、はい」
「なるほどー」
 
 俺は頷く。
 そして! 理解した!
 つまり国王陛下は、犬が苦手だと言うことを。
 
「もしかして、こっちの人間は、フーちゃんが苦手だったりしますか?」
 
 神妙な表情でコクリと頷くアロイスさん。
 つまり、この異世界では、犬を飼っている俺がチートってことか。
 水戸黄門の印籠のように異世界ではフーちゃんを見せれば、何とかなりそうだな。
 
 





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