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第200話 桜へのプレゼント(6)

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 まぁ、辺境伯が満足しているからいいか。
 
「ゴロウの世界には、随分と素晴らしい酒があるのう」
「自分は、殆ど飲まないので――」
「ふむ。今度、藤和には蜂蜜酒でも用意してやろうかのう。それにしても、ゴロウ。酒を嗜めなければ、貴族のパーティに参加した時に困る時になるぞ?」
「貴族のパーティに?」
「うむ」
 
 正直、貴族のパーティに出るつもりは無いと言いたい所ではあるけど、店の運営の事を考えると付き合いをする事は必要不可欠だと言う事は理解している。
 だからこそ――、
 
「そうですか……。出来れば、ノーマン辺境伯様に色々とご教授頂きたいと思います」
 
 こう答えることしかできない。
 
「うむ。その辺は任せておくとよい。いきなり中央の法衣貴族達を相手にしろとは言わんからな」
「中央?」
「王都の貴族の事であるな。主に王都に滞在している貴族は、名ばかりの貴族が多い。領地を持たず国へ奉公する貴族が大半だからの。そう言った貴族と、領地持ちの貴族と区別することにして、法衣貴族と呼んでおる」
「そういう区分けがあるんですか」
「まぁ、色々とあるのう」
 
 辺境伯がウィスキーを嗜みながら答えてくる。
 そしてグラス内のウィスキーを一気に口に含んだ後、神妙な面持ちで、
 
「ゴロウ。婚約をするのなら、第一王女のシルベリア王女と、第四王女のルイーズ王女、どちらが好みかの?」
「それは――」
 
 正直、いきなり聞かれても答えられる内容ではない。
 
「言っておくが、曖昧な返事はできんぞ?」
「理由を伺っても?」
「エルム王国の王宮の財政が切迫しているという事は、以前に話したな?」
「それは……、はい」
「それでじゃ。王宮側としては、他国との貿易摩擦を考える事もなく大きな利益を享受したいという考えがあるのだ。だが、辺境伯家を通して利益を享受しようとなると、その分だけ手間がかかるであろう? あとは、王宮側も莫大な利益に対して、儂は別として他の者が裏切る可能性も考えているであろう。それは王宮側にとっても好ましいとは言えない。だからこそ、ゴロウに王女を嫁がせて王宮との懸け橋を――、交渉の直接的な窓口を作ろうと考えて動こうとしておる」
「つまり、王家の利権の為に、王女を俺に嫁がせようと?」
「そうなるの」
 
 以前にも聞いたが、女性を物のように扱う事に対して憤りを感じないかと問われれば、それは無いとは言えない。
 だけど、俺には守らないといけない家族が出来た。
 雪音さんに、桜に――、それに従業員だって抱えている。
 今更、無理だとは言えない。
 そりゃ一夫多妻制には抵抗はあるが、仕方ないと割り切るしかないのだ。
 
「……一つ、お伺いしたのですが」
「何だ?」
「王宮側は、第一王女を本当に俺に嫁がせるつもりなんですか?」
「うむ。可能性は非常に高いと見ておる。少なくとも王家としては、シルベリア王女をゴロウに嫁がせることで本妻にしたいと思っているからの」
「本妻は無理ですね」
「そうであるな。だからこそ、儂らルイズ辺境伯領の貴族は、嫡子の第四王女ルイーズ王女殿下を、ゴロウに嫁がせたいと思っておる」
「そうですか……。それと――」
「何じゃ?」
「ルイーズ王女殿下は、俺との婚姻というか結婚を容認しているのですか?」
「どういうことじゃ?」
 
 不思議そうに首を傾げるノーマン辺境伯。
 俺としては男女の結婚というのは当事者同士の考えが尊重されるモノだと言う事が前提に会った事もあり聞いたが――、そこで俺は文京区で購入してきた本に書かれていた内容を思い出す。
 中世の王族同士の婚姻には、女性の意思は無視されていて、当主の決めた相手に嫁がされるということを。
 そして、異世界では封建制度が未だに存在していて文明の差は圧倒的。
 つまり、地球の中世初期の歴史と大差がないと考えると――、
 
「いえ。何でもありません」
 
 そう答えるしかできない。
 
「そうか。そういえば、ゴロウの世界は女性も多くの場所で働いておったな」
「まぁ、それは……」
 
 言わなくても、俺の言わんとした事は伝わったようで、ノーマン辺境伯は髭を弄りながら一瞬、考え事をしたあと、
 
「王女殿下も、ゴロウの事は好いておるようだし、問題はないと思うぞ?」
「――え?」
 
 それは初耳だ。
 話したことも会った事も数回しかない相手に対して好意を抱けるというのは……。
 正直、俺は40代のアラフォーだし、何より、そこまで好かれる理由は無いと思う。
 あくまでも客観的に自分を見た評価だが……。
 
「何じゃ、気付いておらんのか。ゴロウは、ルイーゼ王女殿下を一人の女性として尊重し応対しておっただろ?」
「それは当たり前というか」
「ふむ。その当たり前が出来ていないのが、儂らの世界の貴族の男共になる。あくまでも女性の価値は、結婚する女性の家の格式――、それに伴う利益にのみ向けられておる。あとは子供を産めるかどうかじゃな。家名を絶やす訳にはいかんからの」
「それは……」
 
 日本でも家名を絶やすという行為は、なるべく忌避される方向にある。
 現代日本でも、そうなのだから中世前期の――、製鉄も出来ない文明では、家名を継いでいくというのは、さらに重要視されている事だろう。
 
「あと、ルイーゼ王女殿下だが、こちらの世界で住まわせるこもできるか?」
「王女殿下をですか?」
「できるか?」
「はい。一応、迎賓館と言う形で建物の設備は進めています」
「うむ。こちらの世界で暮らすのならば、王女殿下の身も安全であろう」
「安全?」
「うむ。王宮側と意思疎通が取れない第四王女を、第一王女に差し替える可能性もあるからのう。そうなれば、四六時中、騎士を護衛につけたとしても守れるモノではない。だが、異世界の日本側であるのなら、ゲートを超えることが出来るのはゴロウが連れて来た人物に限られる。そうすれば、安全は確保できる」
「たしかに……」
 
 俺は頷く。
 本当なら、婚姻相手には向こう側に滞在してもらい王宮側との橋渡しをしてもらいたいところだが、婚約相手が危険に晒されれるというのなら、日本で暮らした方がいいだろう。
 
「まず婚姻に関しては、第四王女殿下との婚姻を勧めたいと思っておる。ゴロウも、それでいいかの?」
「分かりました」
「うむ。それでは儂は、そろそろ帰るとするかの」
 
 辺境伯が立ち上がる。
 
「今日は、食事などは? 雪音さんが、仕度をすると思いますが?」
「――いや、曾孫のプレゼントの用意もあるからの。冒険者に素材の依頼もせんといかんからの」
「素材ですか?」
「うむ」
 
 そういえば異世界では鉄は製錬できないんだったな。
 そうなると代わりの素材で魔法少女のステッキを作るということか。
 
「分かりました。俺で良ければ、ある程度の資金は提供しますので言ってください」
「――では、胡椒を用意してもらえるかの?」
「胡椒で?」
「うむ。1キロくらいは必要かの」
「では、余裕を見て10キロくらい用意しておきます」
「そんなに量を集めることが出来るのか?」
「任せてください」
 
 以前に、胡椒の仕入れの為に、ネットで調べたことがあるが10キロで2万円くらいだったからな。
 そのくらいなら余裕だ。
 
 
 
 ノーマン辺境伯を、異世界に送り届けてから3週間が経過したところで、結城村で使われていなかった第三セクターが残した負の遺産でもある建物の改築が一部とは言え完了したと、尋ねてきた田口村長から報告が入ってきた。
 藤和さんに連絡をとり3人で迎賓館となる建物へと向かう。
 建物へと向かうと、その途中の山へと続く道の草むしりは済んでいた。
 ただし、長年放置されていた影響からなのか劣化したアスファルトを突き破って生えていた野草が残していった罅割れは、野草を取り払ったあとでも残っていた。







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