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第199話 桜へのプレゼント(5)

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「そうなのですか?」
「うむ。それよりも冷たい飲み物をもらえるかの?」
「すぐに用意しますね」
 
 台所へと向かっていく雪音さんの後ろ姿を見て、すぐに靴を脱いだあと、応接室として使われている居間へと向かう。
 畳の上に座ったところで、ひんやりとした畳の感触を堪能する。
 
「はい。麦茶を持ってきました」
 
 麦茶の入ったピッチャーと、氷の入った大きめのグラスが3つ。
 雪音さんが、それぞれのグラスに麦茶を注いでちゃぶ台の上に置く。
 それぞれ手に取り、口を付けた所で、田口村長が口を開いた。
 
「それで、ノーマン辺境伯様。どうですかな? あの山は」
「そうだのう。殆ど手付かずの原生林と言ったところだからのう。特に問題はないのではないのか? ある程度、手が入っておると金鉱石が出たと知られた場合、色々と問題になりそうだからの」
「そうですね。――では、金鉱山にする分には特に問題ないと?」
「うむ。とにかく、一週間ほどかけて地中の鉱石分布の確認をしたあとに金鉱石に差し替えると言った感じになるのう」
「では、調査が終わるまでは――」
「一度、領地に戻ってから、また来ることになるかのう。エルム王国の王室からも何かしらのアクションが、そろそろありそうだからの」
「王室の方から?」
「うむ。エルム王国では、大公爵である我が領地であるが、王室も、かなりの収益が見込めると見込んでいるようだからの。財政が赤字の王室にとって、金は喉から手が出るほど欲しいものでもあるから、早めに動くことは容易に想像がつく」
「中々に異世界も世知辛いですな」
 
 ノーマン辺境伯の言葉に、田口村長も同意を示す。
 まぁ、うちも異世界との交流がないと赤字確定の廃業からの失業コースだからな。
 時間があるかどうかと問われれば、余裕があるとは言い難いし、何より従業員も抱えているわけだから、色々と大変と言えるから他人事ではない。
 
「それではゴロウ」
「はい」
「一度、領地に戻りたいと思うから、頼めるかの?」
「分かりました」
「それと――、」
「はい?」
 
 ノーマン辺境伯が続いて願い出てきたのは、帝国ホテルで飲んだ飲み物、つまりビールを持って帰りたいという些細なモノだった。
 ちなみに店では酒類関係は置いていない。
 いまだに認可をとっていないからだ。
 話を聞いていた田口村長が、村長宅から、ビールを持ってきてくれた事で何とか要望には答えることは出来た。
 
 
 
 月山五郎と別れ領地へと戻ったノーマン辺境伯は、自身の邸宅に到着したあと、湯浴みをしてから、領地を預かっていたアロイスから執務室で話を聞いていた。
 
「つまり、エルム王国第四王女から書簡が本日届いたということかの?」
「はい。私達だけでは異世界のゲートを超えることが出来なかった為、報告が遅れました」
「ふむ……」
 
 書簡に目を通していく辺境伯。
 
「なるほどのう」
「何と書いてあったのですか?」
「ルイーズ王女殿下から、出来れば孫のゴロウとの婚姻を成立させる為の力添えをして欲しいと書かれておる」
「それは難しいですね」
 
 険しい表情をするアロイス。
 
「うむ。こちらとしてもヴァロアの息の掛かった第一王女よりも、後ろ盾のない第四王女をゴロウの現地妻として採用はしたいとは思っておるが……」
「たしかに、リーシャ様の件もありますから」
 
 アロイスの言葉に頷く辺境伯。
 
「うむ。さすがにハイエルフ族の機嫌を損ねるのはマズイからのう」
「また頭の痛い難題ですね」
「うむ。だが、ルイーズ王女としても庶子の身なれど……庶子の身だからこそ分を弁えておるからの。その点では、ルイーズ王女の方が此方としてもありがたいの」
 
 返事しながら書簡を丸める辺境伯の手元を見ながらアロイスは口を開く。
 
「シルベリア王女殿下が、ゴロウ様と婚姻を結ぶとなりますと王家がしゃしゃり出てきますから」
「儂も、その点を考慮しておる。さっさと他国に嫁がせておけば良かったものを」
「ですが、今回は利益を考えますと王家の財政は火の車。それを何とかしようと躍起になり第一王女を無理矢理にでも押し付けてくる可能性もあります」
「そうであるな。それに第一王女が、ゴロウに嫁ぐ場合、クレメンテ様も黙ってはおらんだろう。間違いなく王室とハイエルフで戦争の火種になる」
「まさか、そこまで王家も愚かでは……」
「――さて、それはどうかの」
 
 ノーマン辺境伯は、2カ月後に王家から齎される報が吉報であればと考えたのであった。
 
 
 
 ――一週間後。
 
 結城村の山奥。
 田口村長から譲り受けた山の一つの前に、ノーマン辺境伯と魔法師が立っていた。
 彼らの後ろには、月山五郎と藤和一成、村長の田口隆三、金属加工の職人である目黒が山の方を見つめていた。
 
「それでは、これから全ての鉱脈を金へと変換する」
 
 そう力強く語ったノーマン辺境伯は、10人の魔法師から魔力供給を受けながら、山の各地に設置した羅針盤を頼りに山全体を覆う結界を展開し――、わずか10秒ほどの時間で、山の全ての鉱脈を金鉱脈へと置き換えたのであった。
 
 
 
 ノーマン辺境伯の力で、山一つの鉱脈を全て金鉱脈へと変換してもらったあと、一週間に及ぶ捜査活動を行っていた辺境伯の部下の人達と一緒に、月山家の母屋に戻ってきていた。
 
「ノーマン辺境伯様。こちらをどうぞ」
「これは?」
 
 畳の応接間で労いを込めて、俺はちゃぶ台の上に一つの酒瓶を置いた。
 
「ウイスキーと言います」
「ウイスキー?」
「エールやラガーやワインとは違うのかね?」
「これは、本日は仕事で来れない藤和さんからの差し入れなので」
「ほう……、藤和からのう。グラスを貰ってもよいかの?」
「少し待っていてください」
 
 立ちあがり、台所に行きグラスを手にしたあと、氷冷機から氷を取り出し、グラスへと入れたあと戻る。
 
「辺境伯様、持ってきました」
「うむ。それにしても、ゴロウは何時まで、そのような他人行儀な話し方をするのだ?」
「何と言うか、これで慣れてしまったので……」
「そうか……」
 
 辺境伯は俺からグラスを受け取り、中に入っている氷を見た後、笑みを浮かべる。
 
「それにしてもゴロウの世界は、このような暑い時期であっても氷を一般の国民でも手に入れることが出来るのか?」
「はい」
「それは、ますます興味深いのう」
「そうですか?」
 
 俺としては、そんなに大したことではないと思うんだが……。
 
「うむ。この氷を作るという技術があれば、食品の保存にも使えるからのう。缶詰は加工する必要性があるが、氷ならば室を作る必要もなかろう?」
「それは、氷で食品を冷やすと言う事ですか?」
「まぁ、冷やすだけでなく保存という観点もあるがのう。食品を効率的に冷凍出来れば、それだけ食生活は華やかになるであろう?」
「そうですね……」
「この技術は異世界では――」
「難しいと思います」
 
 そもそも冷蔵・冷凍の技術の為には安定した電力供給が必須で、そのためのインフラ整備は、異世界の技術では不可能だと藤和さんも言っていたし。
 
「ふむ……。それは、やはり冷蔵庫と言うのもは、儂らの世界では運用出来ないということかの?」
「そうなります」
「ふむ……」
 
 辺境伯が、ウイスキーの口を開けたあと、氷の入ったグラスにウイスキーを注いでいく。
 そして音と匂いを確認したあと一口飲み――、
 
「この芳醇な香りに深い味わい……、度数は高いが――、これは……何と言う完成度……」
 
 いたく感激している辺境伯の様子に、俺は辺境伯が箱から出したウイスキーへと視線を向ける。
 そのウイスキーは、17年物の5000円くらいで購入出来るモノで、藤和さんが用意したと思うには、些か価格的には……。







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