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第185話 エルム王国との交渉(7)

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「――いえ。自分は――、何でもないです」
 
 何かを言おうとしたナイルさんは、ハッ! とした表情を見せたあと口元を抑えて黙りこくってしまう。
 もしかしたら大事な何かがあるのかも知れない。
 それが何かは分からないが……。
 
 しばらくして馬車が店の前に到着する。
 相変わらず、警備の兵士の数が多い。
 むしろ、俺が此方の世界に来た時よりも多いのでは? と、思ってしまうほどだ。
 それに見慣れない騎士甲冑を纏った男達もいる。
 それは、辺境伯邸で見た騎士たち。
 人数が決して多くない。
 ざっと見た感じ3人ほどと言ったところか。
 
「ナイルさん、あの人たちは」
「はい。シルベリア王女が連れてきた騎士たちです。彼らも店の護衛という事で参加しています」
「なるほど……。だけど、それだけではないですよね?」
「そうですね。あの甲冑の紋章から見て魔法騎士団の一員だと思います」
「魔法騎士団?」
 
 聞いたことの無い言葉だ。
 
「はい。魔法が使える騎士だと言う所ですね」
 
 ナイルさんが説明をしてくれる。
 そこで俺は「なるほど」と頷く。
 つまり、ファンタジーで言う所の魔法剣士みたいな立ち位置なのだろう。
 その辺は、俺もファンタジー系のゲームなどをした事はあるから、割と理解できる。
 
「結構、珍しかったりします?」
「はい。王都近衛騎士団の中でもエリートの中のエリートと言ったところです」
「なるほど……」
 
 まぁ、王家の第一王女が来ているのだから供だっている兵士の質も高いのだろう。
 商談の前の時点では、かなり緊張感ある雰囲気を醸し出していたし……。
 馬車から降りると魔法騎士から視線を向けられる。
 その視線は、まるで……。
 
「値踏みされていますね」
「そうですか」
 
 俺が、どの程度の価値があるのか? と、エリートな人間達は見ているのだろう。
 
「ゴロウ様は、とくに緊張とかは見受けられませんが……」
「まぁ、昔はよくあったので」
 
 昔は、ダカール・ラリーのドライバーなどもしていた。
 その頃は、レースに参加するための出場者や、関係者だけでなく、記者から記事を書くためにと質問攻めにあった事は多々あった。
 その頃と比べれば、大したことはない。 
 
「そうですか」
 
 まぁ、萎縮することはないが、気持ちのいいモノではないな。
 ただ、気にしても仕方ない。
 
「それでは、また明後日には、此方の世界に来ますので」
「分かりました。ノーマン様には、そのように伝えておきます」
「よろしくお願いします」
 
 とりあえずは、日本に戻って藤和さんや村長と相談して、今後の対応を決めないといけない。
 大使館のことも含めて、俺の一存では決められないことは多々あるから。
 金の装飾品が入った麻袋を手に、店舗の入り口をくぐる。
 特に何も反応はなく、すんなりの店内に入ることに成功する。
 その後は、シャッターを閉めて、店内の電気を落したあと、バックヤードの扉を開けて外へと出た。
 
「ふう……」
 
 一息つく。
 扉が閉まる音と共に、鈴の音が辺りに響きわたる。
 きちんと扉を施錠してから、庭の中を歩き自宅へと向かった。
 
 
 
「ただいま……」
 
 ガラガラと音と立てながら、小さく呟きつつ玄関で靴を脱ぎ土間へと上がったところで、廊下を踏みしめる音と共に、雪音さんが起きていたのか「おかえりなさい」と声をかけてきた。
 
「今、戻りました。桜は?」
「もう寝ています」
「そうですよね……」
 
 時刻を見れば、午前5時過ぎ。
 思ったよりも時間は経過していない。
 もう8月の中旬ということもあり、外は少しずつ日の光からなのか白みがかってきている。
 
「食事にしますか? それとも睡眠をとりますか?」
「とりあえず、疲れたので少し休みます」
「分かりました。何か飲みますか?」
 
 短い会話の中でも、利害が関わってこない話は心が癒される。
 向こうの世界では、一言一言が今後の行動に響いてくるから、考えないといけないから疲れるのだ。
 
「そうですね。麦茶でも――」
「はい」
 
 雪音さんは、寝間着姿のまま笑顔で頷くと台所の方へと軽い足取りで向かう。
 その後ろ姿を見ながら、俺も台所の方へと向かった。
 そのあとは、淹れてもらった麦茶を飲んだまま、疲れていたのか、布団に倒れ込むようにして俺は意識を失った。
 
「ゴロウさん」
 
 そう俺の名前を呼びながら体を揺すって起こそうとする雪音さん。
 まだ眠かった俺は、ぼーっとしたまま視線を居間の壁時計へと向ける。
 時刻は、午前11時。
 雑貨店の開店時間はとっくに過ぎている。
 
「あっ!?」
 
 思わず布団から飛び上がり、慌てて開店の準備に行こうとしたところで「お店の方は、恵美さんが開けてくれていますので大丈夫です」と、雪音さんが教えてくれた。
 
「そうですか。良かった……」
 
 一応、店舗経営は信用第一だ。
 とくに営業時間は信用に直結する。
 
「はい。それよりも、藤和さんから電話が入っています」
「……そうですか」
 
 どうやら、違う用事で俺を起こしてくれたようだ。
 起床し寝間着のまま、欠伸をしながら電話の子機を取る。
 
「お待たせしました」
 
 意識してハッキリと言葉を口にしたはずだが、少し噛んでしまっていた。
 やはり寝起きというのは、頂けない。
 
「藤和です」
 
 対して、ハッキリとした明瞭な声で、名前を告げてくる藤和さん。
 名前を告げてきたあと、一拍置いたあと「それで異世界での商談はどうなりましたか?」と、彼の方から話を切り出してきた。
 
「それがですね……」
「もしかして、不測の事態が起きましたか?」
「そんな感じです」
「なるほど」
 
 俺の最初の一声――、言い淀んだ声色から何かを察したのか藤和さんが先回りして会話の主導をとってくる。
 
「電話口では、細かい事柄などを決めるにしても時間が掛かると思いますので、一度、そちらにお伺いします」
「そうですか? 電話でも、問題ないと思いますが」
「いえ。納品や土地利用の事、それとお酒の取り扱いに関しても、お話したい事がありますので……、夕方少し前に、そちらへ伺うという形でどうでしょうか?」
「特に問題はないです。でも、いいんですか? 藤和さんも別の仕事で忙しいのでは?」
「まぁ、そこは気になさらないでください」
「分かりました」
「あ、それと月山様は、以前から金の売買に関して目黒様に委託されていると伺ったのですが……」
「そうですね……って? 目黒さんのことを話しましたっけ?」
「田口様よりお伺いしました」
「なるほど……」
「今は、急遽、資金が必要になった場合は質屋や金の買い取りをしている店で販売していると聞いていますが……」
「そうですね」
「それですと、かなり宜しくないですね」
「――と、言いますと?」
「はい。じつは質屋には質屋独自の情報共有ルートというのがあるんです」
「そうなんですか? それって、同じグループ会社じゃなければ問題ないとか、そういうのでは……」
「いえ。質屋には、質屋の組合がありましてグループ会社の垣根を超えた情報共有がされています」
「……なるほど……」
 
 それは、完全に、初耳だ。
 
「――なら、これから資金調達が難しくなりますね」
「今後、そういう可能性があると思いましたので、私の伝手で大手の商会経由で金を捌けるようにしようと思うのですが、どうでしょうか?」
「……いえ。大丈夫です。あまり、藤和さんに迷惑はかけられないので」
「…………そうですか、分かりました。それでは、本日、伺います。田口様にも相談が必要な場面が出てくると思いますので」
「はい。村長にも連絡を付けておくので。それでは」
「失礼します」
 
 電話を切ったあと、藤和さんが金の売買について、ルートを確保してくれるとは思っていなかったので、少し驚いた。





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