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第182話 エルム王国との交渉(4)

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「どうかしたのかの?」
「いえ。今回の問題は色々と――」
「うむ。だからこそ、ヴェルナー卿も王国側の重鎮として考える所はあるのだろう」
「ですね」
「あとは、王家を侮辱した事も含まれているからの」
「……」
「さて――、どうするか? 戦争の口実というか大義名分は相手に与えてしまっているが、どうするかの?」
「いえ。それは最終手段ですから」
「なら、何か良い案でもあるのかの?」
 
 そう聞かれてもすぐに答えが出せるとは……。
 俺が齎す莫大な利益を当てにしているのなら、まずは、そこを何とかしないといけないし……、それに何よりシルベリア王女の事もどうにかしないといけない。
 こういう時に、藤和さんならどうするのか……。
 
「そうですね。とりあえず、日本を見てもらうのはどうかと思います」
「余計な情報を与えるのはどうかの……」
 
 たしかに、その通りだが……。
 少しでも時間を稼ぐ為に日本に王女を連れていくのは致し方ないのでは?
 眉間に皺を寄せ俺を見てくる辺境伯。
 
「いえ。ここは、直接でも日本に来てもらった方がいいと思います」
「だがな……」
 
 辺境伯は、尚も何か問題があったら困るのでは? と、心配そうな様子だが、俺としては、その辺は杞憂だと考えている。 
そもそも、俺が本で読んだ限り一国の王女や王子というのは、家来とか、そういう小間使いみたいな者に生活のサポートをしてもらって、普段は生活しているような連中といった印象だ。
つまり、何のサポートも無い日本に連れていけば自分から婚約の話は無かったことにしてくるだろう。
 
「大丈夫です」
 
 俺は自信ありげに短く辺境伯へと説得の為に話しかける。
 
「ふむ……。ゴロウには、何か秘策があるようだの」
「もちろんです」
「……そうか。まぁ、無理そうなら無理で構わん。理不尽な事があるようなら、すぐに報告するようにの」
「分かりました」
 
 話しは一段落つき、王女とヴェルナー卿が待つ部屋へ。
 室内に入ると、まだ怒っているのか不機嫌そうな様子のシルベリア王女が俺を見上げてくると、気持ちを落ち着かせるかのように、メイドが淹れたであろう紅茶に口を付けてキッ! と、俺を力の込めた眼で見てくる。
 やはりというか、ずいぶんとお怒りのようだ。
 
「――さて、話を再開するとするかの」
「では、ノーマン様。今回の婚姻の話ですが」
「ふむ」
 
 どうやら、俺とシルベリア王女が関わると本題が進まないと見たのか、俺の祖父にあたる辺境伯を通して話をするようだ。
 おそらく、王女側も辺境伯の話通り、今回の商談に関しては何とか纏めたいのだろう。
 何せ、王家の財政は火の車とかルイーズ王女が言っていたし……。
 
「エルム王国としては、ノーマン様の領地――、つまりルイズ辺境伯領を通して異世界の物品流通を行うのは、他の貴族に対して示しが付かないと考えております」
「なるほど……。つまり、莫大な利益を生む可能性がある日本国からの物品を、辺境伯であったとしても一貴族が独占するのは、他の貴族との軋轢を生む可能性がある――、そう考えている……と……」
「その通りです」
 
 ずいぶんと遠回しに話をもってきたな。
 素直に王国の財政がひっ迫しているから、お金が欲しいから抱き込みたいと言えばいいのに……。
 
「つまり、それなりの見返りがあるのなら、王家側も此方の世界での流通を許可すると……そういうことかの?」
「いえ。お金の問題では――。王家が直属に管理することで利益分配の公平公正な試みが出来るという事です」
「ふむ……」
 
 そこでヴェルナー卿が、シルベリア王女の方をチラリと見ると、彼女は小さく頷く。
 
「そして、王家側としても、それなりの見返りを与えなければ王家の威光に傷がつくと考えておりまして……、そこで、第一王女シルベリア様をゴロウ様に下賜する事となりました。王族の血を――、取り入れることは貴族としては光栄でありますので」
 
 ずいぶんな言いようだ。
 王族が特別だと思っているような語り草は正直、俺としては好ましいとは思わないし、何より、一方的に物事を決め付けられて決められるのは、派遣先企業を一方的にクビなった時を思い出して気分が悪い。
 ただし、戦争になりかねないという話を辺境伯から聞いた後では、余計な口出しはしない方がいい。
 こんなことなら藤和さんを連れてくれば良かったと若干後悔しつつ、辺境伯とヴェルナー卿の話を聞くことに専念する。
 
「ヴェルナー卿。王家の考えは理解できる。もちろん、他家に配慮するという深い思慮も当然だ」
「それでは……」
「だが、一つ、杞憂があっての」
「杞憂ですか?」
「うむ。じつはゴロウの家には召使いなどを連れて行くことはできんのだ」
「……以前は、特に問題無さそうでしたが……」
「そうではない。以前、ゴロウの家に泊まった事がある卿ならば理解されると思っているが、あの家には召使を何人も住まわせる空間はないということだ」
「それは……たしかに……。それでは、新しく邸宅を建てるというのは如何でしょうか? 何なら城でも問題ないかと――」
 
 そのヴェルナー卿の言葉に、俺は心の中で『城の建築とか! 正気か!』と、思わず突っ込みを入れていた。
 
「建築法で、ちょっと無理ですね」
 
 とりあえず、心の中で思ったことは、そのまま口には出さずに、あくまでも日本の法律を盾にとって断ることにする。
 
「それは、ゴロウ様が領地を得られている国の法という事でしょうか?」
「そうですね」
 
 こちらの返答が既に分かっているかのように、相槌を打ってくるヴェルナー卿。
 その表情を見るに、まったく動揺は見えないことから、俺が断るというのは分かっていたようで……。
 それに対する言及もフォローも特にない。
 
「まぁ、ゴロウも、エルム王国のことに関しては異世界の国には知らせたくないと考えているからの。大きめな建造物を作るのは控えた方がいいであろうな」
 
 そこで、ようやくノーマン辺境伯が口を開く。
 
「……ですが、それでは……」
 
 チラリとシルベリア王女の方へと視線を向けるヴェルナー卿。
 俺も、端目で彼女の方を見るが、事の成り行きを見ているのか、とくに表情に変化はないと思う。
 ただ、少しばかり視線がきつくなっている気がするのは気のせいではないと思う。
 (……さて、どうしたものか)
 
 心の中で呟きながら迷う。
 ヴェルナー卿としても、第一王女を蔑ろには出来ないのだろう。
 ただ、配慮すれば此方側の私財が圧迫されることになる。
 正直、面倒くさい事、この上ない。
 
「それでは、どうであろうか? ゴロウ」
「――は、はい? なんでしょうか?」
 
 唐突に、ノーマン辺境伯から、話を振られてポーカーフェイスが崩れる。
 もちろん全員の――、シルベリア王女や、ヴェルナー卿の視線も俺に向けられてきた。
 
「ルイズ辺境伯家が、それなりの支援をゴロウに送るというのでどうだろうか?」
「――と、申しますと?」
 
 そこまで無言であったシルベリア王女が言葉を紡ぐ。
 
「我がルイズ辺境伯家としても、ゴロウは孫であるからの。取引もあるが、王家への忠誠として、それなりの住まいをシルベリア様に提供するのは当然かと思いましてな」
「つまり、王族に相応しい生活を営むだけの援助をすると? そういうことでしょうか?」
 
 答えてきたのは、シルベリア王女ではなくヴェルナー卿。
 
「うむ。そうなるの」
「なるほど……」
 
 ノーマン辺境伯の提案に、顎に手を当てる素振りで考えるヴェルナー卿。
 
「――して、その見返りというのは?」
「特に考えてはおらぬの。孫の為――、そう理解してくれぬか?」
「……」



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