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第165話 月山雑貨店の日常(1)

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「ただいま」
 
 ノーマン辺境伯を含む一行を異世界へ送ったあと、バックヤード側を介して母屋に到着したあとは玄関を開けての第一声。
 
「おかえりなさい」
 
 疲れた俺を迎え入れてくれる雪音さんに「ありがとう」という言葉を心の中で口にしながら、靴を脱いだあと家に上がる。
 
「朝食を作っておきましたけど」
「いただきます」
 
 二人で朝食を摂りつつ、緩やかに流れる時間。
 ここ最近は、異世界との交流の件で色々あったから、こういう時間はすごく有難みを感じる。
 
「……ん?」
 
 そこでふと気が付く。
 
「あれ? 雪音さん」
「はい。何でしょうか?」
「ナイルさんは?」
「家の周りを警備してくると言っていました。一応、朝食の準備をしている事も伝えましたけど、あとでいいと……」
「そうですか……」
 
 何と言うかナイルさんは、一応は俺の警備をする形になっているが行動が読めない。
 異世界人なのだから仕方ないかも知れないが。
 
「あ、そういえば五郎さん」
「はい?」
「先ほど根室さんから電話があって、出社する際に桜ちゃんとフーちゃんを一緒に連れてきてくれるそうです」
「分かりました」
 
 俺は時計をチラッと見る。
 時刻は、午前7時少し過ぎ。
 店を開けるまでは1時間少しと言ったところか。
 どうせ、今日は店を開けても客は来ないと思うが、時間通り店を開けるのは商売の鉄則だからな。
 
「ごちそう様です。雪音さん、店を開ける前にお風呂に入ってきます」
「はい。それでは洋服を用意しておきますね」
「よろしくお願いします」
 
 食事を終えて風呂に入ってサッパリしたあとは、衣類かごの――、雪音さんが用意してくれた下着や服を着る。
 本当は仮眠もとっておきたい所だったが、店を開けて品出しをしたあとはどうせ客は殆ど来ないのだから、根室さんに任せて俺は母屋で仮眠を取るとしよう。
 
 店を開けたあとは、品出しを行う。
 まだ開店前の時刻と言う事もあり、客どころか車すら店の前を通らない。
 
「ずいぶんと欠品があるな」
 
 それなりの数の製品を、王家に献上する商品としてヴェルナー卿に渡す時に気が付いていたが、思ったよりも商品が売れている。 
 藤和さんが、かなりの商品をトラックで持ってきてくれていたが、それでも店の商品の3割近くが売れている状態。
 特にカップ麺やレトルトは最たる例である。
 
「これは、雪音さんと相談して早急に仕入れが必要だな」
 
 ただでさえ、金銭的に余裕が無いというのに、仕入れ値で財政圧迫されるのは地味にきつい。
 受話器を取り、目黒さんに電話。
 
「おう! 五郎か!」
「どうもお世話になっています。目黒さん、お渡ししていた金の装飾品の方ですけど、少しでも換金とかできましたか?」
「100万くらいだな……。すぐに入り用なのか? 以前に渡したのは、どうした?」
「ほぼ使い切りました」
「そうか……。――なら、いつでもいいから取りにこい」
「ありがとうございます」
 
 とりあえず現金をある程度、確保する事は出来た。
 ただ完全に自転車操業に近い形になっているので何とかしないと不味いな。
 
「おじちゃん! ただいま!」
 
 考え込んでいると、『ワンっ!』と言う声と共に店の中に入ってきた桜と、桜の頭の上に乗っているフーちゃん。
 そして、その横には和美ちゃんと、その母親の恵美さんの姿が。
 
「遅くなりました」
「いえ、こちらこそ――」
 
 俺は言葉を返しながら、近寄ってきた桜の頭を撫でようとするが……、桜の頭の上にはフーちゃんが居て撫でることができない。
 まぁ、それでもフーちゃんごと撫でるわけだけど。
 
「それでは着替えてきますので、今日は母屋の方を使っても大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
「それじゃ、おっさん! またな!」
「お兄さんだからな」
 
 とりあえず、和美ちゃんに『おっさん』と言われるのは何となく釈然としなかったので突っ込みを入れておく。
 
「桜も和美ちゃんと一緒に行ってくるね」
「桜、雪音さんが居るはずだから店の方に顔を出すように言っておいてくれ」
「はーい!」
 
 
 
 とりあえず、雪音さんが来たら商品の発注になるので、品出しできる商品は出す事にする。
 幸い、全ての商品が均等に売れている訳ではなく一部の商品に偏りがあるので、そこまで苦労せずに棚に並べられる物は並べる事が出来た。
 
「思ったより欠品しているな」
 
 それも、菓子類やカップ麺関係など。
 あとは冷凍食品関係も電子レンジを用意しておいたので、殆ど棚は空だ。
 
「そういえば、昨日の売り上げを聞いていなかった」
 
 まぁ、桜に雪音さんを呼んできてもらう事を伝えておいたので来たら聞けばいいだろう。
 そんな事を考えていると店内に二人が入ってくる。
 
「五郎さん、桜ちゃんからお店の方に来て欲しいと聞いたんですけど?」
「雪音さん。実は商品の在庫が切れかかっているので発注をした方がいいと――」
「その点に関しては昨日の時点で根室さんから報告を受けていますので、藤和さんに発注済みです。これが昨日の売り上げになります」
 
 思っていたよりも売り上げが立っている!
 これから商品発注分どころか、根室さんに給料を払っても何とか大丈夫だ。
 問題は、店舗光熱費だが、その点に関しては目黒さんからの100万円で補充すればいい。
 それにしても、考えれば考えるほど店舗経営は難しいと言う事が分かる。
 
 きっと俺じゃなかったら早々に店が潰れていたかも知れない。
 ――と、思っておこう。
 
「あっ、根室さんは、何時も通りの仕事でお願いします」
「分かりました」
 
 店を開けてもすぐには、買い物客は来ないので、何時も通り店内の掃除から入る。
 そういえば、何かを忘れている気がするが……、きっと気のせいだろう。
 
「あ、雪音さん」
「はい?」 
「藤和さんに塩30トンの取引を伝えておいて貰えますか?」
「それって……」
 
 そう語りながら雪音さんが俺に近寄ってくる。
 
「(店舗の経営状況について、根室さんに聞かれる訳には行きませんので小声で話しましょう。辺境伯様からの依頼ですか?)」
「(そうです)」
「(――でも、五郎さん、支払いとか塩30トンですと、かなりしますよね?)」
「(その点に関しては金の装飾品の販売代金を100万円ほど目黒さんに貰える手筈になっているので大丈夫です)」
「(分かりました。すぐに藤和さんに話を通しておきますね)」
「(よろしくお願いします)」
 
 雪音さんは、踵を返して店の外へと出ていく。
 さすがに30トンもの発注電話を店の電話で行う事は出来ないからだ。
 
「根室さん」
 
 掃除をしている彼女に話しかける。
 
「はい。何でしょうか?」
「お昼までには戻ると思いますので、少し出かけてきます」
「分かりました」
 
 まずは目黒さんのところに行ってお金をもらってこないと身動きが取れないからな。
 俺も、母屋の方へと車を取りにいく。
 そして――、裏手に回ったところでテントが張ってあるのに気が付く。
 
「これは……、一体――!?」
「ゴロウ様。どうかなさいましたか?」
 
 テントを外から見ていると、中からナイルさんが出てくる。
 
「ナイルさんこそ、こんなところで何を?」
「ハッ! 寝床を作った次第です」
「ナイルさん、今日からは客間に泊ってください。ここで寝ていると怪しい人と言う事で捕まりますので」
「ここはゴロウ様の領地では?」
「と、とりあえずですね! ここで野営するのは止めてください」
「分かりました」
 
 短時間でテントを撤収してしまうナイルさん。
 その手際は感心するほど。
 
「ただいま戻りました」
「五郎さん、おかえりなさい。塩の発注はしておきました。明日には、届くそうです」
「そうですか。あとナイルさんの部屋を客間で代用しようと思うんですけどいいですか?」





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