上 下
148 / 379

第148話 王国との交渉事(4)

しおりを挟む
 ノーマン辺境伯が、藤和さんの言にニヤリと笑みを浮かべる。
 それとは対照的に、エメラスさんとルイーズさんの顔色が悪い意味で変わる。
 
「……な、何のことでしょうか?」
「すでに分かっておられると思っていますが?」
 
 挑発に近い言葉で、話をはぐらかしてきたエメラスさんに返答すると、藤和さんは俺を見てきて――、
 
「我が当主は全てを見通しております。その為に、リーシャ様に――、こうして交渉の場に立ち会って頂いたのです」
「…………そうですか……。全て、お見通しだったという事ですか……」
「はい。異世界では、このような事は良くあることですので」
 
 よくあったら困るよ! と、言う心の声は言わずに俺は頷くだけに留まる。
 余計なことを言って話し合いの場を混乱させてもいけないと思ったからだが――。
 
「分かりました」
「姫様っ!?」
「いいのよ? エメラス。どうやら、ゴロウ様は私達の狙いが何なのか分かっていたようだから……。そうではないと私を保護するという言葉は出てこないと思うもの」
「ですが……」
 
 そんな語りをエメラスさんとルイーズさんが行ったあと、居住まいを正すと――、
 
「ゴロウ様。私は、エルム王国――、父王から異世界の交渉を円滑に進める為に送られたのです。――そして……、異世界が侵略に値するのなら私の身を以てして、侵攻の為の礎になれと勅命を受けております」
「それは、死も含まれる! と、解釈して宜しいでしょうか?」
「はい」
 
 彼女は藤和さんからの質問に首肯しながら言葉を返した。
 その返答に思わず俺は眉をひそめる。
 藤和さんと幾つか話をしたが、それはどれも異世界との商談交渉に関する内容であって、最悪の場合、侵攻される可能性もあると想定はしていたが、事実はそれよりも遥かに悪い。
 
 ――まさか、実の娘の命までを政争の道具に使ってくるなど誰が想定できるであろうか。
 
「なるほど……」
 
 ただ――、藤和さんは静かに頷くとノーマン辺境伯の方へと視線を向ける。
 俺も思わずノーマン辺境伯は、どのような対応をしてくるのか? と、疑問を思いつつ顔色を伺ったが……。
 
「――で、ゴロウはどうするつもりだ?」
 
 何か案を出してくるのかと思えば完全にキラーパスもいい所だ。
 このような話の流れまでは流石に藤和さんと予測して話し合いはしていない。
 困ったことを表情に出さないまま、藤和さんの方を見ると――、
 
「当家の指針は先ほどお伝えした通りです。ルイーズ様の保護をする予定です」
「……いくら門を潜り抜ける条件が、ゴロウ様に許可を得た者だけと言っても、エルム王国は人口が百万を超える王国です! 異世界の領主という事ですが、さすがに門を超える方法が一つだけとは限らないかと思われます。もし侵攻された時に対処は、どうするおつもりですか? いくら何でも無謀が過ぎるかと思います! それに私は、王からの命令に殉ずる覚悟を持って! こちらの……ルイズ辺境伯領に来たのです!」
 
 やはりというか確固たる意志が、その言葉には込められている。
 それに、こちらからの条件を受け入れるのは頑なに拒む――、王族としての責務からなのか受け入れることを良しとはしていない。
 簡単に言うなら、一度決めた事に関しては譲らない……頑固者と言ったところか……。
 
 ――だが、それでは交渉が決裂したら、こちらとしても困る。
 
 ここは何か代案を出すべきだと思うが、相手の頑なに閉じた心をこじ開ける材料が……。
 
「……」
 
 俺は無言で、ルイーズさんを見る。
 自ら決めたこと――、王族としてのプライド……そして何よりも臣下には迷惑を掛けることが出来ないという自負。
 
 ――ただ、そこには何かが欠けているように思えてならない。
 
「月山様」
「いい。ここは俺が言う」
「そうですか。分かりました」
 
 藤和さんは何か俺に期待していたのか話を振ってくる。
 それに関して俺は明確に答えを出すと告げる。
 何時も、藤和さんは相手に対してどうやって商談を持ちかけていた?
 そして、今さっきまでどのように話を主導していた?
 必死に考えて――、ハッ! と、して俺は藤和さんの方を見る。
 彼は、得心がいったのか頷く。
 俺は予想が間違っていないことを祈りながら口を開く。
 
「ルイーズ様、大変失礼ですが勘違いされておられるのではないでしょうか?」
 
 俺の言葉に、彼女は一瞬――、何を? と、言った表情で俺を見てきたあと――、「私は何も間違った事は言っておりませんわ」と、言葉を返してくるが、俺は首を左右に振りながら否定の意を示す。
 
「僭越ながら、ルイーズ様はご自身の進退については決めて居られるようでございますが、ルイーズ様に何かあれば困るのはノーマン辺境伯だということをご存知でしょうか?」
「――え?」
 
 そこで、ようやく確固たる意志を宿していたルイーズさんの瞳が揺れる。
 そう――、忘れていた。
 ノーマン辺境伯も、エルム王国の貴族であり臣下の一人で有ると言う事を。
 そして、この商談が上手くいかない場合には彼にも迷惑が掛かるということを――、つまり……、ルイーズさんを説得する方法は姑息だが一つだけ……。
 
 それは臣下の為に身を削る覚悟があるのか? 
 それとも王族としての責務を最優先させるのか? と、言う事を選択させる道しかない。
 
「ノーマン辺境伯様も、エルム王国の臣下でございます」
「それは分かっているわ」
 
 何を当然のことを――、と……ばかりに答えてくるが……、それは本当に分かっているのか? と、思ってしまう。
 ただ、問題は、シビアな交渉を俺が行っていいのか? と、言う疑問がある。
 ここは藤和さんに任せた方がいい。
 
「そうですか。余計なことを――」
 
 俺は頭を下げ藤和さんの方を見る。
 彼は、頷く。
 
「ルイーズ様、当家の当主は此方の世界との交渉を主軸に考えております。決して、エルム王国の貴族位や権力には興味はありませんので――、まずは、そこをご理解ください」
 
 藤和さんの説明を聞いたルイーズさんとエメラスさんが俺を見てくるが、俺は表情を変えないまま笑みを浮かべるだけ。
 丸投げしたのだから、あとは任せるだけだ。
 
「エルム王国――、そして王家の方の方針は私どもには分かりかねますが、それなりの経済的見返りを用意する予定です」
「見返りですか?」
「はい。エルム王国の財政が切迫しているのは庶民も知っていることですので、それを改善する為に、それなりの塩を譲ることも可能でございます」
「……ですけれど……」
 
 やはりというか、それだけの利益が見込めるのなら何とか侵略してしまおうというのが、エルム王国にはあるのだろう。
 その事を知っているルイーズさんは、首を縦に振る事はない。
 
「本当に、それだけの利益をエルム王国に提示できるのかどうかを心配されているのですね?」
「――いえ、そうではなく……」
「分かっています! 全て、ゴロウ様はお見通しでございます。エルム王国にとって見逃せない程の利益――、つまり塩を提供する事は出来ます。ですが、本当にそれが行えるのか? 当家の力は、どの程度の物なのかを見たい! と! 言う事ですね?」
「――え? そ、そういうことを望んでいる訳では……」
「大丈夫です! 後程、当家の兵士が演習をする手筈になっておりますので、月山家の軍事力を見て頂けるのでしたら、お約束の品を用意出来る程の担保となると自負しております」
「演習? 軍事力?」
「はい。異世界の戦力と武力――、どの程度の物か気になりませんか?」
 
 藤和さんの視線がエメラスさんに向かう。
 
「……う、うむ。……そ、そうだな……。見せてもらおうとするか」
「畏まりました。――して、そこでご理解頂けるようでございましたら、エルム王国内での交易の件――、その話を王家へと伝えて頂けますでしょうか?」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

血と束縛と

北川とも
BL
美容外科医の佐伯和彦は、十歳年下の青年・千尋と享楽的な関係を楽しんでいたが、ある日、何者かに拉致されて辱めを受ける。その指示を出したのが、千尋の父親であり、長嶺組組長である賢吾だった。 このことをきっかけに、裏の世界へと引きずり込まれた和彦は、長嶺父子の〈オンナ〉として扱われながらも、さまざまな男たちと出会うことで淫奔な性質をあらわにし、次々と関係を持っていく――。 番外編はこちら→https://www.alphapolis.co.jp/novel/498803385/499415339 賢吾視点の番外編「眠らない蛇」、Kindleにて配信中。 表紙イラスト:606D様

うちのワンコ書記が狙われてます

葉津緒
BL
「早く助けに行かないと、くうちゃんが風紀委員長に食べられる――」 怖がりで甘えたがりなワンコ書記が、風紀室へのおつかいに行ったことから始まる救出劇。 ワンコ書記総狙われ(総愛され?) 無理やり、お下品、やや鬼畜。

乳白色のランチ

ななしのちちすきたろう
恋愛
君江「次郎さん、ここが私のアパートなの。」 「よかったらお茶でもしながら家の中で打ち合わせします?この子も寝てるし…」 このとき次郎は、心の中でガッツポーズを決めていた。 次郎の描く乳白色のランチタイムはここから始まるのだから…

女の子がひたすら気持ちよくさせられる短編集

恋愛
様々な設定で女の子がえっちな目に遭うお話。詳しくはタグご覧下さい。モロ語あり一話完結型。注意書きがない限り各話につながりはありませんのでどこからでも読めます。pixivにも同じものを掲載しております。

彼女がいなくなった6年後の話

こん
恋愛
今日は、彼女が死んでから6年目である。 彼女は、しがない男爵令嬢だった。薄い桃色でサラサラの髪、端正な顔にある2つのアーモンド色のキラキラと光る瞳には誰もが惹かれ、それは私も例外では無かった。 彼女の墓の前で、一通り遺書を読んで立ち上がる。 「今日で貴方が死んでから6年が経ったの。遺書に何を書いたか忘れたのかもしれないから、読み上げるわ。悪く思わないで」 何回も読んで覚えてしまった遺書の最後を一息で言う。 「「必ず、貴方に会いに帰るから。1人にしないって約束、私は破らない。」」 突然、私の声と共に知らない誰かの声がした。驚いて声の方を振り向く。そこには、見たことのない男性が立っていた。 ※ガールズラブの要素は殆どありませんが、念の為入れています。最終的には男女です! ※なろう様にも掲載

【R18】さよなら、婚約者様

mokumoku
恋愛
婚約者ディオス様は私といるのが嫌な様子。いつもしかめっ面をしています。 ある時気付いてしまったの…私ってもしかして嫌われてる!? それなのに会いに行ったりして…私ってなんてキモいのでしょう…! もう自分から会いに行くのはやめよう…! そんなこんなで悩んでいたら職場の先輩にディオス様が美しい女性兵士と恋人同士なのでは?と笑われちゃった! なんだ!私は隠れ蓑なのね! このなんだか身に覚えも、釣り合いも取れていない婚約は隠れ蓑に使われてるからだったんだ!と盛大に勘違いした主人公ハルヴァとディオスのすれ違いラブコメディです。 ハッピーエンド♡

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

俺の××、狙われてます?!

みずいろ
BL
幼馴染でルームシェアしてる二人がくっつく話 ハッピーエンド、でろ甘です 性癖を詰め込んでます 「陸斗!お前の乳首いじらせて!!」 「……は?」 一応、美形×平凡 蒼真(そうま) 陸斗(りくと) もともと完結した話だったのを、続きを書きたかったので加筆修正しました。  こういう開発系、受けがめっちゃどろどろにされる話好きなんですけど、あんまなかったんで自給自足です!  甘い。(当社比)  一応開発系が書きたかったので話はゆっくり進めていきます。乳首開発/前立腺開発/玩具責め/結腸責め   とりあえず時間のある時に書き足していきます!

処理中です...