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第121話 東京都観光(4)

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 ――翌朝。
 
 一週間借りているホテルを出た俺達一行は、長期レンタルしたリムジンに乗り込む。
 目指す場所は、静岡県御殿場の東富士演習場。
 時刻は、朝6時と早く夏場であっても涼しい。
 
「今日は、この国の軍事力というものを見せてもらえると聞いたが、間違ってはいないかの?」
「間違っていません。まずはお手元の資料をご覧ください」
「ふむ……」
 
 早速、藤和さんと辺境伯が話し始める。
 それにしても朝から権謀術策とは、藤和さんは眠くないのだろうか。
 何というか、リムジンやホテルのお金まで出してもらっていて、ここまでされていると此方の方としても藤和さんに悪い。
 ここは、無理矢理にでもいいから、藤和さんを労う為にお金を渡すとしよう。
 
「現在の時刻は、午前6時となっております。富士総合火力演習は、午前10時からとなります」
「なるほどのう。――して、時間は1時間半と書かれておるのだが」
「はい。距離は100キロほどですが、余裕を見まして1時間半とさせて頂いております。現地に到着してから、少々の移動もありますので――」
 
 そうなると御殿場までの距離を含めると午前8時には到着することになる。
 ただ一つ気になることが……。
いまの時刻は午前6時。
 早すぎなのではないだろうか?
 もっと遅く出ても良かったと思う。
 
「なるほどのう。それで、昨日の夜に聞いた内容だが――」
「分かっています。ご提案頂きました内容については精査の上――、案内する事になっています」
「ふむ……」
 
 辺境伯は、俺の方を見てくる。
 その表情は幾分が芳しくないように思えるのは俺の気のせいだろうか?
 それにしても、昨日の夜に聞いたこと?
 俺、藤和さんから何も聞かされていないんだが、まさか……藤和さん……俺に聞いても意味がないと思って動いている訳じゃないよな?
 
「おほん!」
 
 俺は、わざとらしく咳をしたあと藤和さんの方を見る。
 もちろん全員の視線が俺に向けられてくるが――、それは今はどうでもいい。
 
「辺境伯様、当主と少し席を外します」
「うむ」
 
 まだ車が走っていなくて助かった。
 二人して車の外へ出て少し車両から距離を置く。
 
「藤和さん。昨日の夜の話というのは?」
「月山様が就寝されたあとノーマン辺境伯より、この国の歴史が書かれた書物が置かれている場所を見せて貰いたいと申し出があったのです」
「それって、自分は……」
「申し訳ありません。月山様には、当主としての振る舞いを押し付けている為、かなりお疲れになっていると思い報告は後からと考えていました」
「そうだったんですか……」
 
 なんだ、俺はてっきり「月山様に相談しても意味はないから」とか、考えていると思っていた。
 俺の早とちりで良かった。
 危うく恥をかくところだったな。
 
「それにしても、この国の歴史が書かれた書物って図書館にでも案内するんですか?」
「いえ、美術館です」
「美術館?」
 
 何を言っているのか理解できない。 
 
「はい。この世界の人間でしたら図書館を案内しても良かったのですが――」
「それが何か問題でも?」
「彼らは異世界人です。本当は美術館に連れていくのも私としては好ましいとは思っていません」
 
 そんな大げさな……。
 たかが美術品ごときで――。
 それに、どうして図書館を案内するのがアウトなんだ?
 普通に歴史書の書物を見せるだけでいいはずだよな?
 こうして資料も藤和さんは作って辺境伯達に渡しているんだし……。
 
「そういえば……」
「どうかしましたか?」
「えっと、どうして資料に使われている地図は、地名とかは書かれていても幹線道路などは書かれていないんですか? もっと詳細な地図を使えば辺境伯達に、どう移動するのかも詳しく説明しなくていいと思うんですが……」
 
 ――そう。
 藤和さんが、ノーマン辺境伯に渡した資料には意図的に県境や幹線道路、多くある地名などが排除された簡易的な地図が使われていて、どこをどう移動しているのかを一々説明する必要があるほど未完成な地図になっている。
 これでは、まるで日本の情報を意図的にシャットアウトしているようにしか思えない。
 
 日本を見せると言ったのに、地図も不完全――、図書館にも連れて行きたくない――、美術品も見せたくないというのは……。
 俺の考えを他所に、藤和さんは目を閉じたかと思うと俺の方を見てくる。
 
「まず図書館に関してですが――。月山様は、ご存知かと思いますが異世界に出向いた際に、使用されていた紙質をご覧になられた事はありますか?」
 
 ――紙質? それが、図書館に何の関係が?
 
「異世界で使用されていたのは主に羊皮紙です」
「……」
 
 羊皮紙って、動物の皮を加工したものだよな?
 
「そして、ここからは私の推論になりますが、植物を使用した紙を使っていませんので、異世界では識字率は高くないと推測できます」
「そうなんですか?」
「はい。羊皮紙の加工には時間が掛かりますし何より原材料の確保が難しいという点が挙げられます。次に、羊皮紙は大量生産に向いていない為に、高額というデメリットも存在しています。そして――、高額の羊皮紙は庶民には手が届きません。その為に識字率は低いと考えられます」
「なるほど……」
「ただし――。あくまでも私の予想ですので正しいかどうかは判断出来ませんが、概ね間違ってはいないと思います。何せ、木の繊維から作られた紙については興味深々と言った様子が伺えましたので」
 
 つまり日本みたく本が大量にはないと言う事か?
 ――いや、そうじゃないよな……。
 藤和さんが言った言葉の意味を考える。
 羊皮紙は大量生産には向かず――、大衆の手には届かないほど高額になる可能性がある為に識字率は低いと藤和さんは話した。
 
 ……待てよ? どうして藤和さんは、そこまで見てきたかのように話を勧められる?
 まるで一度、起きた出来事を知っているかのような素振り。
 
「ちょっと電話が――」
 
 俺は電話を取る振りをして、後ろを向き藤和さんの視界を遮りながら『羊皮紙』と打ち込んで検索をかける。
 そして表示された内容には――、
 
「お待たせしました」
「いえ――、緊急の連絡でしたか?」
「ただの通知でした。それよりも図書館を見せない理由は、いまの日本では絵などが書かれた本などが多数出回っていると言う事からでしょうか?」
「そうなります。文字が読めなくても絵で分かってしまいますから。それと美術館についても同様になります。そのために美術館には本当は連れて行きたくないと考えています」
「……そうでしたか」
「ただ、何でも駄目だと断ってしまいますと、今後の交渉を考えますと良くないと考えて妥協致しました。それと地図に関しては辺境伯様が味方とは限りませんので、不測の事態を想定して白紙に近い状態の地図を渡しています。この辺については、辺境伯様も理解頂いているようで何も言ってこないのは、その証拠と思っています」
 
 ずっと普通に資料を渡して説明をしていただけだと思っていた。
それなのに――、実は幾つもの事柄を想定して既に駆け引きをしていたとは……。
 
「――ん?」
「どうかしましたか?」
「いえ……」
 
 俺は、何でもないと言った風に装いながら頭を左右にふる。
 何となくだが――、一瞬――、妙な引っかかりを覚えた。
 漠然とした考え。
 藤和さんは、辺境伯と権謀術数を繰り広げている。
 それは頼もしい限りだ。
 こちらの利益になるように動いてくれているのは、頼んだ側としては助かる。
 
 ――だけど……。
 
 それが、辺境伯だけでなく俺にも向けられていたら?
 一瞬、その考えが頭の中に浮かんだ。
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