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第113話 リーシャの懇願

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「それじゃ、少し寝ますので――。桜のことをお願いできますか?」
「はい! お任せください!」
 
 何だか知らないが、すごく機嫌が良くなったが雪音さん。
 特に何かした訳でもないが……。
 客間から廊下に出ていく雪音さんの後ろ姿を見送ったあと、俺は欠伸をする。
 今日は、色々と神経を擦り減らす話し合いが多かった。
 正直、眠くて――疲れて――思考が纏まらない。
 
「シャワーを浴びたいところだけど……」
 
 もう駄目だ。眠い……。
 自分の部屋へと戻り、万年床となっている布団の上で横になる。
 眠くなるまで時間は多少掛かると思っていたが――、あっという間に思考は闇の中へ――。
 
 
 
「五郎さん」
 
 気が付けば体を何度か揺さぶられていた。
 瞼を開けると――、そこには雪音さんの姿が。
 ふと、壁に掛けてある時計へと視線を向ける。
 寝起きと言う事もあり視界のピントが合わないが、しばらくボーッと見ていると、『午前6時』と言う文字に指針が触れているのが確認できた。
 
「おはようございます。すいません、起こしてもらって……」
「気にしないでください。それと桜ちゃんは、眠くなったみたいでお部屋で寝てしまいました」
「そうですか。ありがとうございます」
 
 流石に朝方だからな。
 子供には耐えられない時間だろう。
 着替えをせずに寝たこともあり、服装は異世界に行ったままだが――、異世界としても当日そのままの服装ならおかしいとは思われないだろう。
 
 台所で顔を水で洗う。
 
「はい。五郎さん、タオルです」
「あ、ありがとうございます」
 
 ――ん? どうして俺のことを五郎と言っているのだろうか?
 今までは『月山さん』だったはずなんだが……。
 
 ――駄目だ。
 
 ここ最近、遅くまで店を開いている事と疲れる出来事が重なったことで、昨日のノーマン辺境伯との話し合いのあとの記憶が曖昧だ。
 なんか、昨日は問題ある事があった気がするんだが……。
 
「五郎さん。藤和さんから連絡がありました」
「藤和さんから?」
「はい。リムジンをチャーターしたそうなので、辺境伯の一行の人数は絞っておいてほしいそうです。あと到着の時間は、午前10時くらいのようです」
 
 午前10時か。
 そうなると、向こうには少しの間は待ってもらう必要があるな。
 
「あとは人数ですか?」
「はい。異世界からは4人くらいにして欲しいそうです」
「分かりました」
 
 それにしてもリムジンを借りるって……、かなり高いのでは?
 普通にワゴンアールか何かで移動した方が町の中の移動は簡単だと思うが――、藤和さんが当家とか言っていたから多少は箔をつける必要があるのかも知れないな。
 
 そうなると運転手も手配してあるってことか。
 俺が運転してぶつけて何かあったら困るからな。
 俺は麦茶を飲んだあと、梅干しを口にして眠気を取る。
 
「それでは異世界に行ってきます」
「――五郎さん!」
 
 玄関から外に出ようとすると雪音さんが慌てて俺の名前を呼んでくる。
 
「あの……、祖父に話をしましたので……、祖父はすごく喜んでいました。それで……、今後のことに関して、五郎さんと話をしたい事があると言っていました」
「俺と話したいことですか?」
「はい!」
 
 ふむ……。
 そうなると、異世界の商品を販売する事とか?
 それともノーマン辺境伯との話し合いの結果か?
 だが――、まだ取引が継続するとは決まっていない。
 態々、祖父に来てもらうのはな……。
 
「村長には、関係がキチンと固まってから説明するのが良いと思いますよ?」
「――え? ――で、でも……」
「ほら、きちんと計画を立ててからでないと……」
「大丈夫です! 祖父は、理解のある方なので!」
「それならいいですけど……」
 
 まぁ、報告は一応しておいた方がいいからな。
 
「それで何時頃ですか?」
「えっと……、朝一番に祖父は来るそうです」
「え? 朝、一番って……」
「たぶん、7時くらいに来るかも知れないです……」
「年寄の朝は早いですからね」
「そうですね」
「それでは、それを念頭に置いておきますので――。あと、村長が来たら待たせておいてもらえますか?」
「分かりました! いってらっしゃいませ」
 
 雪音さんに送り出されるようにして母屋を出る。
 そしてバックヤード側から店に入り、シャッターを開けたあと雑貨店の外に出た。
 店を出た場所には、ナイルさんと大勢の兵士の姿があったが――、誰も俺が店の外に出てきた事に気が付いていない。
 
「どういうことだ?」
 
 何が起きたのか分からない。
 戸惑っていたところで、俺の目の前でスライディング土下座をしてくる女性の姿が!
 
「五郎様! お久しゅうございます!」
「どうして、リーシャさんが……」
「五郎様が、ノーマン辺境伯一行を異世界に連れていくという話を立ち聞き――じゃなくて小耳に挟みまして、ぜひ! 私も一緒に! 同行させて頂ければと思いまして! 駄目でしょうか?」
 
 いま、立ち聞きしたって聞こえた気がするが気のせいだよな?
 それより、俺の存在を誰も気が付いていないのは彼女の力なのか?
 
「駄目です」
 
 とりあえず断っておくとしよう。
 リーシャさんには悪いが、俺はリーシャさんとは極力関わりたくない。
 
「――そ、そんな!?」
 
 リーシャさんが、目を見開く。
 もう、この世の終わりだ! ばかりの様子でガクリと肩を落として項垂れる。
 
「リーシャさん。ところで自分の存在を誰も気が付いていないのはリーシャさんが何かしているんですか?」
「…………」
「リーシャさん!」
「………………」
 
 駄目だ。
 完全に放心してしまっていて俺の声が届かない。
 とりあえず、ナイルさんの肩に手を置くが、兵士達と話してはいるが――、こちらに気がつく素振りがまったくない。
 やはりリーシャさんが何かしたと考えるのが妥当だろう。
 これでは約束していた時間を過ぎてしまう。
 
「リーシャさん! 気が付いてください!」
 
 俺は彼女の両肩を掴んで体を揺さぶる。
 すると、今日は露出が少ないアラビア風の衣装を着ているリーシャさんの零れるような大きな胸が揺れまくる。
 一瞬、その様子に目が奪われた。
 まぁ、このへんは男なのだから仕方ない。
 生物学的に仕方ない。
 
「ハッ! わ、私! 寝ていたようですわ!」
「そうですか」
「ゴロウ様が、私の両肩を掴んでいらっしゃる! つまり私と接吻をしたいという事ですね!」
 
 土下座していたリーシャが立ち上がって俺目掛けて突っ込んでくる。
 俺は咄嗟に右手を前方に突き出す。
 そして近づいてくるリーシャの額に触れて――突進を阻止する。
 
「いえ! まったく! ぜんぜん! そんなことはないです! それより自分の存在をナイルさん達が認識していないようなので、これはリーシャさんが関与しているんですよね?」
「はい! ゴロウ様と二人になる為にがんばりました!」
「そういうのはいいんで――、解除してもらえますか?」
「ええーっ」
「約束の時間が迫っているのでお願いします」
「……キスをしてくれるのなら……」
 
 呟くようにして条件を提示してくるリーシャさんは、自分の唇を舌なめずりしている。
 これは間違いなく肉食獣……。
 
「それはお断りします」
「ゴロウ様は、私に対して冷たくないですか?」
「今までのリーシャさんが蓄積してきた問題の現れだと思いますが?」
「むーっ!」
 
 頬をリスのように含まらせてくるが俺はスルー。
 
「分かりました。それではゴロウ様は、結界を解除して欲しいという事ですね」
「はい。すぐお願いします」
「なるほどなるほど。つまり、ゴロウ様は私に一つお願いをしたい――、つまり! そういうことですね?」
「――ん? いや、リーシャさんが勝手に結界を張ったんですよね? お願いも何もないと思いますが?」
「分かっています! ゴロウ様のお願いを聞くのは正妻の務め! でも、私の願いも聞いて欲しいです、よく言いますわよね? 錬金術でも等価交換って!」
 
 こいつは何を言っているのだろうか?
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