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第111話 辺境伯との商談(3)

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藤和一成side


 私の名前は、藤和一成。
 我が社の得意先である月山五郎様に頼まれる形で、異世界と言う突拍子もない場所で商談を行う事になってしまった。
 現在、目の前に座っているのは見た目からして齢80歳を超える老人だと思う。
 
 彼はノーマン・ド・ルイズ。
 貴族の位は辺境伯。
 地球の中世史から参考に考えるのならば、辺境伯という位は辺境統治を武力も含めて任される身分であり高位。
 その血を引いているのが私の取引先の月山五郎様とは驚くばかりである。
 
 彼の関心が、まったく私に向いていなかったので最初は困った。
 何故なら、家令と言うのは会計や業者間との取引を主にするのが本来の仕事であり、相手と対応に渡り合おうとすれば、何らかの悪手を打とうとも意識してもらう必要があったからだ。
 幸い、月山五郎様が姪っ子を利用したと誤解を受けた段階で、その悪感情を私の方に向けることが出来た。
 あとは、相手の出方次第と本来ならばなるが――、残念ながら此方には切れる手札はあるとは言っても相手は月山五郎様の血筋。
 おそらく一筋縄では、真意を聞き出すことは難しい。
 
 ――なら……。
 
「いえいえ、商売というのは信頼で成り立っている訳です。つまり、保証金を貰ったところで簡単に終わりにすることは出来ないと申しあげています」
 
 まずは、商売という立場――、そして信頼という言葉から相手を揺さぶる事にする。
 おそらく月山様の血筋であれば――、為政者であっても簡単に口を割る事が出来ないと考えると無言で返してくるだろう。
 
「……」
 
 私の言葉に、ノーマン辺境伯は無言になる。
 読み通りと言っては何だが、その様子から察することが出来るのが、目の前の男は何かしらを隠しているという事だ。
 それも、こちらに知られたくないと思っている事。
 そして、それは考えられる限り多くはない。
 
「辺境伯様、当家は他領と密接な関係を築いております。そこは、まずはご理解頂ければ幸いかと存じます」
 
 私は、余計な考えは起こすなよ? と、言う意味合いで言葉を紡ぐ。
 どうやら私の真意が伝わったのか目の前の老人が私を睨んでくる。
 その様子に私は内心微笑む。
 ようやく私のことを商談相手として認めてくれたと――。
 それと同じくらい辺境伯の悪感情が全て私に向いたことにも安堵する。
 月山五郎様と辺境伯との間に溝が出来てしまえば、商談ごと意味を為さなくなるからだ。
 
「それは脅しか?」
「いえ、あくまでも事実だけを申し上げたに過ぎません。ただ――、多少は当家が属しております国を知って頂くことも必要かと思っております」
「国に属しているか。なるほどのう」
「良ければ商談の前に我が国の実情を軽く説明させて頂ければ幸いかと存じます」
「……ふむ」
 
 一瞬だけ辺境伯の視線が月山様の方に向いた。
 私は、目端で確認することは出来たが、どうやら月山様は頷いたようで――。
 
「それでは、ご説明させて頂きます」
 
 私は、今日の商談の為にと持ってきた機材をバッグの中から取り出す。
 外部バッテリーと呼ばれるポータブル電源。
 あとはプロジェクターにノートパソコン。
 
「藤和さん。それは……」
「設置を手伝って頂けますか?」
「分かりました」
 
 月山様が頷くと、プロジェクタースクリーンを手に屈強な肉体を持つ男と共に壁にスクリーンを設置。
 その間に私はノートパソコンとプロジェクターを接続して起動させる。
 
 私達が作業をしている間にも、興味が勝ったのだろう。
 辺境伯が私達の作業を興味深く見つめてきている。
 全ての作業が終わりOSのロゴがプロジェクターを通しスクリーンに投影された。
 
「それでは、当家が属しております日本国の概要について説明させて頂きます」
 
 スクリーンには、日本地図が表示される。
 
「こちらの世界は、ルイズ辺境伯領には3万人の人口が居られると伺っております」
「う、うむ……」
「ちなみに日本国の人口は1億2000万人おります」
 
 まず説明は相手の関心を引くことが大事。
 そして私の試みは成功した。
 
「……い、いちおく? 一万ではなく?」
「ま、まさか……」
 
 二人とも鳩が豆鉄砲を食ったような表情で此方に視線を向けてくる。
 ――さて、まずは此方の国力を見せた上で商談に持ち込む。
 現代社会では、そのようなことをする必要はない。
 何故なら、すでに国のランキングのような物が国際的に出来ているからだ。
 ただし、ここはそうではない。
 こちらの国力を誇張して伝える必要性はあったとしても、謙遜する必要は無い。
 むしろ謙遜して小さく伝える方がデメリットの割合が大きくなる。
 
 ――さて、商談を始めるとしましょうか。
 
 

 藤和さんの「ちなみに日本国の人口は1億2000万人おります」と、言う説明に理解が追い付いていないのか黙りこむノーマン辺境伯とアロイスさん。
 そして俺としては、どうして国力をいきなり誇示していくのかと考える。
 そもそも取引を止めた理由を聞き出して真偽を確認するのが最優先だと思ったからだ。
 それなのに、どうして? と、いう考えが拭えない。
 それに……、態々人口について言及する必要があるのか? と、いう部分もある訳だが……。
 
「…………藤和とやら。その話は些か滑稽だと言わざるを得ないのだが?」
「はい。我がエルム王国ですら市民権を得ている国民だけでなく――、貧民街などで生まれた人や亜人種など登録されていない国に住まう全てを合わせても120万人には届かないでしょう」
 
 指を組みながら威圧気味に言葉を紡ぐノーマン辺境伯。
 それとエルム王国の内情に関して説明をするアロイスさん。
 二人の話しぶりからして嘘をついているようには思えない。
 思ったよりエルム王国というのは小さな国のようだ。
 
「そうですか。それでは、日本国の100分の1の人口と言う事になりますね」
 
 まるで挑発するかのように藤和さんが言葉を紡ぎながらノートパソコンを操作する。
 すると、そこでようやくプロジェクターのスクリーンに日本の首都でもある東京の画面が表示される。
 それも東京の上空から撮った映像だ。
 
「こ、これは……」
「この映像が異世界――つまり、当家が所属している国家――、日本国の首都です」
「これは、何らかの巨人が作った……」
「いえ、同じとは言い切れませんが私達、人間が作り出した建物となります」
 
 スクリーンには東京だけではなく大阪や福岡に札幌の街並みが次々と表示されていく。
 
「日本国は立憲君主制を敷いております」
「つまり国王が居るということか?」
「正確には国王ではなく皇帝です。――ですが、司祭も兼ねている為、天皇陛下と形になりますが――。詳しい話になりますと、この場での説明だけでは長くなりますので、割愛させて頂きます」
「……」
「ちなみに国としては建国2672年と言う事になります」
「――に、2千!?」
 
 つねに冷静沈着に話していたアロイスさんが唖然とした表情で言葉を紡ぐ。
 そして――、それを嗜めるはずのノーマン辺境伯ですら硬直していた。
 それを横で見ていた俺は、あまりにも国力をひけらかす藤和さんに驚く。
もっと穏便に話を持っていくであろうと予測していた
 これは完全に、国力を背景に相手を恫喝するやり方に近い。
 
 本当は、ここで藤和さんに一言、言うべきなんだろう。
 ただ、交渉は藤和さんに任せてしまった以上、俺が口を挟むのはマズイ。
 
「次に――」
「待ってほしい」
 
 まだ説明を続けようとした藤和さんに向けてノーマン辺境伯が待った! を掛ける。
 少しやりすぎたのか? と、思ったところで。
 
「分かっています。辺境伯様は、ご自分の目で確かめてみないと言葉だけでは判断が付かないという事は」
「う、うむ……」
 
 まるでノーマン辺境伯が次に何を言いたいのか分かっていたかのように藤和さんがフォローに近い? 話し方をする。
 
「分かっています。相手の言葉を鵜呑みにするのは為政者としては失格だという事は――、そこで! どうでしょうか? 一度、日本国に来てみては? もちろん、私や月山様が日本国を案内させて頂きますので」
「…………アロイス」
「――! わ、分かりました! す、すぐに手配を!」
 
 慌てて客室から出ていくアロイスさん。
 
「用意までは、しばらく時間が掛かる」
「分かっております。私と月山様は先に異世界に戻り用意をしておきますので」
「うむ……」
 
 渋い表情で頷くノーマン辺境伯。
 そこで話は終わり、資材を片付けたあと一度も起きなかった桜を馬車まで運び藤和さんと一緒に乗り込む。
 すぐに馬車は街へ向けて走り出す。
 
「何とか相手を話し合いの土俵に着けることは成功できましたね」
 
 藤和さんが小さく溜息をつきながら俺を見てくる。
 話し合いの土俵? もう、ほとんど決まっているように見えたんだが……。
 
「さて、ここからは次の作戦です」
「まだ何か?」
「月山様、私は相手に提示したのは国力だけです。まだ、何も話しは進展していません。まずは日本国と言うのを見せて理解して頂くことが交渉の第一歩となります」
「……」
 
 たしかに何も取り決めはしていなかった。
 
「それにしても思ったより小さな国で困りましたね」
 
 全然! 困っている表情には見えない!
 むしろ楽しそうだ!
 
 
 
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