田舎の雑貨店~姪っ子とのスローライフ~

なつめ猫

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第107話 氷解する気持ち(2)

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「自分は銃の知識には詳しくないんですが――」
「なら説明しようかの。これはショットガン、こっちはハンティングライフル、これはグロッグカスタムになる」
「これって……、まさか全部――」
「もちろん本物になる。害獣駆除対策用としてシッカリと登録済みだ。グロッグに関しては、少しだけ手間が掛かったがの」
「……はぁ」
「納得したかの?」
「理解はしましたが桜を連れていくのは反対です」
「おじちゃん!」
 
 銃まで持ち出してきて俺を説得しようとしてきた村長の気持ちは分かる。
 分かるが――、理解も出来るが、それでも――。
 
「月山様」
「藤和さん? 何か?」
「交渉の場において、交渉を有利に進めていく上で必要な方法があります。それは相手が譲歩せざるを得ない状況を作ることです」
「それは分かりますが、それが何か?」
「月山様が、桜ちゃんを心配している気持ちは分かりますが、すぐに争いになる訳ではないでしょう? ノーマン辺境伯様の話を聞いた限りでは、話し合いの場を設けることはさほど難しくないと考えています。そこで一番重要になるのが相手の想定を覆すことです。おそらく、相手側は子供を連れてくるとは想定していないはず。桜ちゃんを交渉の場に連れていくことは大きなアドバンテージになるかと。それと、今回はとても幸運に恵まれています」
「幸運?」
「はい。田口様が銃などを持ってきてくれたことです。これで、より一層! 私が立てた方法の裏付けになりますので――」
「……」
 
 藤和さんがメリットを説明してくるが、どうしても桜を連れていくことは……、容認することは……。
 
「それだけは……。桜を連れて行くことだけは……」
「どうしてですか?」
 
 雪音さんが問いかけてくる。
 
「桜に何かあったら責任が取れない。それに本当は、藤和さんを連れていくのも俺は反対だ」
「月山様……」
「五郎……」
「月山さん……」
 
 桜以外の全員が俺の名前を呼んでくるが――、俺は構わず言葉を紡ぐ。
 
「何かあって誰か他人を巻き込むのは極力避けたい」
 
 そう――、今までは俺が一人で異世界に行き最終的決定を決めていればよかった。
 その結果、何か問題が起きたとしても、その問題は他者にまで影響が及ぶことはない。
 少なくとも命が取られることはない。
 命が失われれば責任が取れない。
 だから――。
 
「俺は責任が取れる範囲で行動したい。誰かの身を危険に晒すのは避けたい」
「――でも月山さんだって」
「俺は別にいい。死んでも問題ない。それは自業自得。だから――ッ!?」
 
 言いかけたところで頬に痛みを感じた。
 俺の頬を叩いたのは雪音さんで――、
 
「何が死んでも問題ないですか! もし、月山さんが死んだら残された桜ちゃんは、どうなるのか! どう思うのか! 考えて発言してください! 安易な発言は――」
「雪音!」
 
 村長の声が室内に響き渡る。
 
「おじいちゃん……」
 
 初めて村長が怒鳴った場面を見たかもしれない。
 だが――、それよりも……。
 
「雪音さんにだけは言われたくない」
 
 俺が、雪音さんの病気が完治したのを知った後、どうすれば自殺するかも知れない雪音さんのことを思って考えていたのか――、そして自殺すると安易に仄めかした彼女に俺を責める資格があるのかと思った瞬間、俺は――。
 
「――ッ! 月山さんには関係ないじゃないですか!」
「なら! 貴女にも関係無いと思いますが?」
「私は、別にいいんです!」
 
 何だ、この自分は自殺してもいいと考えていて他人の事なんてまったく考えていない発言。
 それなのに、俺にだけ理不尽に物事を要求してくるとは厚かましいにも程があるだろう。
 
「そう思うなら、俺が死んでもいいと言ったところで問題はないはずですが?」
「だから! そういう言葉を子供の前で! 言うのは良くないと言っているんです! 月山さんが死んだら桜ちゃんはどうするんですか!」
「それは、貴女にも言えることでは?」
「私は、不治の病なので死んでいるような物なんです!」
「自分の発言は良くて他人の発言は許せないって矛盾していませんか?」
「――ッ!」
 
 雪音さんが唇を噛みしめる。
 そして――、キッ! と、俺を睨みつけてくる。
 
「別に赤の他人の貴方には関係の無いことでしょう!」
「――なら、俺に対しても他人なんだから関係ないと思いますが?」
「雪音! 五郎!」
「おじいちゃん」
「村長……」
「二人ともいい加減にせんか!」
「ですが!」
「だけど!」
「お前達は二人とも愚か者だ」
 
 村長が、呟くと視線を雪音さんの隣に向ける。
 そこには――、瞳から涙をポロポロと流しながら「喧嘩はやなの……、もう誰かが居なくなるのは嫌なの……」と、溢れ出る涙を必死に両手で拭っている桜の姿があって――。
 
 それを見た途端――、冷や水を浴びせられたように頭が冷える。
 俺は、何を――。
 一体何をしていた……?
 
 俺は無言のまま、桜に語り掛ける言葉も無く俯く。
 それは雪音さんも同じようで、彼女もハッ! とした表情をしたあと顔を俯かせてしまい表情が見えなくなる。
 
「はぁ……」
 
 村長の、そんな溜息がやけに大きく室内に響き渡る。
 
「いいか? 二人ともよく聞きなさい。死生観というのは人それぞれだ。だがな――、人は一人では生きていけない。誰もが誰かと繋がり支え合って生きている。だから死んだ時に悲しまない人はいない。五郎、雪音、二人とも自分は死んでもいいとどうなってもいいと考えているのなら、まだまだ自身が子供だと恥じるべきことだ」
「おじ……ちゃん……」
 
 涙声で桜が語り掛けてくる。
 だが――、いまの俺に、返答する価値があるのだろうか?
 
「五郎、自身の価値を決めるのは自分ではない。だが――、己の生き様を決めるのは自分自身だと思いなさい」
「村長……」
「誰かが求めているのなら、それに応じるのが人としてあるべき姿だ」
「……」
「おじちゃん……」
「…………桜」
「おじちゃんは、桜のことが嫌いなの? パパやママみたくいなくなっちゃうの? 桜が大事だって言ってくれたのに……」
「それは――」
 
 俺は首を左右に振る。
 ああっ……、俺は何て馬鹿なことを――。
 引っ叩かれて当然だ。
 守らないといけない者が、居たというのに……、何て馬鹿で愚かなことを。
 安易に死を選ぶなど、それは桜を捨てるという事に他ならない。
 そして――、それは桜を大事だと言った自分自身の言葉と気持ちを裏切ることに他ならない。
 
「ごめん……。俺は死なないし、どこにも行ったりはしない」
「ぐすっ……、ほんとうに?」
「ああ、本当だ。桜を残して居なくなったりしない。どんな時でも――」
「ふぇぇぇぇぇん」
 
 泣きながら駆け寄ってくる桜を強く抱きしめる。
 両手の中に存在する小さな命だけど――、大きな存在。
 それが愛おしくてたまらない。
 
「ごめんな。本当にごめんな」
「……」
 
 桜が、声にならない声で泣き続ける。
 本当に俺は村長が言った通り愚か者だ……。
 
「雪音さん、すいません。俺は――」
「いえ、私こそ月山さんに失礼なことを――。自分が不治の病だからと、もう余命も幾ばくもないからと誰も悲しまないと思っていた自身が恥ずかしいです」
「いえ。自分こそ――」
「いえ。私こそ――」
「――さて、二人とも重大な馬鹿なことをしたことを自覚したのはいい」
 
 村長が、和解しかけた俺達に声をかけてくる。
 
「――で! 雪音が不治の病というのは、どういうことかの?」
 
 村長が鋭い視線で俺と雪音さんに問いかけてきた。
 
「――え?」
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