田舎の雑貨店~姪っ子とのスローライフ~

なつめ猫

文字の大きさ
上 下
99 / 437

第99話 エルム王国side

しおりを挟む
 エルム王国の王都ヘルダート、その王城であるシュワルドヘイド城の一室。
 
 ――コンコン。
 
「リコードです。ルイズ辺境伯領のノーマン辺境伯より火急の書簡が届いております」
「入れ」
 
 静かな男の声が室内に鳴り響く。
 了承を受けた男は、扉を開けると執務室の中に足を踏み入れる。
 
「ノーマンから書簡か、ずいぶんと珍しい物があるものだな」
「これを――」
 
 リコード・フォン・ヘルバストという男は、中央官吏である。
 爵位は、侯爵。
 男は、灰色の髪の毛に青い瞳をした痩せ型の身長190センチほどの男であった。
 年齢は、いまだ30歳後半。
 体つきから見ても文官と呼ぶに相応しい様相であり、事実――、彼は行政を主としており、外部――、つまり外務省のような役割を担っている。
 
「ふむ……」
 
 リコードから書簡を受け取ったのは、エルム王国の国王――、ヴァロワ・ド・エルム。
 現国王であり、西側には広大な魔物が巣食う大森林を抱え周辺諸国との問題事に日々悩まされている男。
 体は、鍛えられてはいるが年齢的に70歳近い事もあり、流石に衰えは隠せない。
 髪は元々、金髪であったが現在は色素が徐々に抜けてきており白髪が目立っていて国を運営するというストレスから眉間には皺が出来てしまっている。
 
「蝋封は、ノーマンの物で間違いないな」
「はい。それは私も確認しました」
「ふむ……」
 
 ヴァロワは、受け取った書簡の蝋封をナイフで切り手紙を取りだした後、目を通していく。
 
「ほう」
「どうかなさいましたか?」
「異世界に通じるゲートが繋がったらしい」
「異世界というと、40年前に――?」
「リコードは、生まれてはいないはずだが知っておるのか?」
「はい。父上から話だけは聞いております。人口3000人程度の小さな国でありながら技術力は、そこそこあると――」
「そうだな。活版印刷という概念があることから、ある程度は文化が進んでいる小国とノーマンの息子ゲシュペンストからの資料には書かれていたな」
「それで、火急な手紙を送ってきたという事は、侵略をするという事でしょうか? ――ですが、異世界という不安定な地を侵略しても人口3000人程度の小国では、国庫の持ち出しになる可能性もありそうですが――」
 
 冷静にリコードという男は、自国のエルム王国の財政を鑑みて発言する。
 人口100万人のエルム王国には、まだまだ開発しなければいけない土地は多く存在しており、ダンジョンの管理やエルム王国が運営している冒険者ギルドの管理、さらには、北の帝国との国境沿いの衝突を見ると、異世界への侵略はリスクが高すぎるとしか思えないのであった。
 
「――いや、攻め入るという話ではないようだ。どうやら、異世界では、信じられない程、技術力が進んでいるようだ」
「人口3000人程度の小国がですか?」
 
 技術力の進歩というのは、人口の割合に比例することが多く、さらに言えば戦争をするからこそ必要に駆られて技術は躍進する。
 リコードにとって人口3000人程度の小国の技術力が、目の前の国王陛下が口にするほど進んでいるとは思えないのであった。
 
「陛下、それで……、その技術力というのは……」
「主に食料品の保管に関してのようだな」
 
 その言葉にホッと胸を撫でおろすリコード。
 軍事などの技術が40年で急激に進歩を遂げたのなら危険であったが――、食料品の保管程度なら問題ないと計算する。
 
「それでは問題ありませんね、我が国も燻製という技術を編み出したばかりですが、それにより、長期的な食糧保管が出来るようになりましたから、その程度なら――」
「どうやら、数年間から数十年間は食料が保管できる技術が確立できたようだと書かれているな」
「…………!?」
 
 国王の言葉に立ち眩みを覚えるリコード。
 そんな非常識な年数を食品が傷みもせずに保管できるなど考えられない。
 
「――へ、陛下……。さすがに、それは――」
「うむ。事実確認をする必要がある。リコード、異世界の調査に赴くようにしろ。それと、3000人の小国と40年前の資料にあったが、食糧保管技術が進んでいるという事は、普段から食糧危機に直面しているのやも知れぬ。軍事力が――」
「分かっています、3000人程度の小国――、軍事力が大したことがないようでしたら、食糧生産拠点として侵略をするようにと陛下の命で指示を出せばいいのですね」
「うむ。だが――、念のために先遣隊を送り異世界での情報収集を行うのだ。なるべく少人数でな」
「それでは、近衛兵騎士団から数人選りすぐりの――」
「そうなる。あとは……、ルイーズを連れていくといい」
「ルイーズ王女様をですか?」
「うむ。4番目の王女とは言え庶子だ。何かあれば戦争の――、侵略の口実になるであろう?」
「分かりました。それでは、そのように手筈を――」
 
 リコードが、退出し執務室は静けさに包まれる。
 
「――さて」
 
 ヴァロワは、ノーマンが送ってきた書簡とは別の手紙に目を向けると深い溜息をつく。
 その手紙は、竜帝国の四家の一つ風竜フェンブリルからの書簡であり、エルム王国内の領内を通り行方不明になったフリーデルの探索についての抗議の手紙であった。
 
 
 
 木漏れ日の日差しが差す中、バルコニーで一人、本を読んでいた女性。
 年齢としては16歳前後だろう。
 エルム王国では珍しい黒髪を腰まで伸ばしており、透き通るような白い肌と日本人風の様相をしている。
 瞳は大きく、睫毛も長い。
 垂れ目なのか、目元には小さな黒子がある事から、気弱そうな表情を覗かせている。
 
 彼女の名前は、ルイーズ・ド・エルム。
 
 本来ならば、王位継承権を持つはずだが――、母親が貴族の身分ではなく隣国との戦争で戦死した平民上がりの宮廷魔術師であった為に与えられてはいない。
 また何の後ろ盾も無い王女には、王位継承権は不必要という国王や家臣の判断もあったからかも知れない。
 
 ――コンコン
 
「はい」
 
 扉がノックされる。
 彼女は、読みかけの本に自前の――、花の栞を挟んだあと本を閉じて扉の方へと視線を向ける。
 すると一呼吸置いて扉が開く。
 
「失礼致します」
「リコード侯爵様、どうかなさいましたの?」
 
 一応は、立場上はルイーズの方が上ではあったが、何の権力も後ろ盾もない彼女の――、ルイーズの立場は王宮内では限りなく弱い。
 魔力があったのなら、また変わったのかも知れないが――、残念ながらルイーズには魔力という物は平民並みしか備わっていない。
 平民並みの魔力ということは、小さな火種を作る程度の魔力しかないという事。
 ほとんど役には立たないということだ。
 
 そして貴族や王族というのは錬金や大規模魔法を使う事が出来る。
 彼女は、そのような魔法を使うことが出来ないことから、それも王族としては相応しくないとされていた。
 
「陛下より預かって参りました」
「お父様から?」
 
 彼女の表情が一瞬だけ華やぐ――が、すぐに表情には翳りが浮かぶ。
 実の母親であるマリアが国境沿いの戦いで命を落としてからという物、10年以上もの間、実の父親であるヴァロワとは会っていないからだ。
 そして、リコード侯爵が差し出してきたのは書簡。
 それを見て彼女は心の中で諦めという言葉が浮かぶ。
 
 とうとう、自分に政略結婚が来たのだと――。
 
 別段、政略結婚事態は珍しくもなんともない。
 それが貴族として――、王族として女として生まれた定めなのだから。
 ただ、彼女には後ろ盾がいない。
 そして、王宮内では彼女は居ない者として扱われている。
 そんな彼女が嫁ぎ先で、どうなるかなど想像に難くない。
 
 ――それでも、平民と比べればずっとマシな生活なのだろうと、自身に言い聞かせながら書簡を手にとり手紙に目を通していく。
 
「――これは……」
 
 そう呟いたルイーズの目が大きく見開かれると共に表情が強張っていく。
 政略結婚だと思い書簡の内容を見た彼女の予想は大きく外れていた
 
 ――それも悪い方に。
 
「リコード侯爵様……」
「何か?」
「いえ、何でも――、お父……陛下には分かりましたとお伝えください」
「分かりました」
 
 頭を下げて室内から出ていくリコード侯爵を見送ったあと、彼女は扉が閉まるのを待っていたかのように書簡をテーブルの上に置く。
 
「やっぱり……、私は――」
 
 書簡には、ルイズ辺境伯領の異世界へ通じるゲートの調査隊に同行すること――、そして異世界の国力を確認後、調査隊の結果次第では相手を篭絡するか自刃をする旨が書かれていた。
 
 それは完全に異世界の領土に対して侵略をする事を前提とした――、その正当性を作る為だけの生贄。
 ただ彼女が異議を申し立てることなぞ出来る訳もない。
 
 そんな事をすれば、良くても死ぬまで幽閉の立場に置かれる。
 それほど、ルイーズの立場は弱い。
 
「私には、最初から自由なんて無いのですね……」
 
 侍女が一人も付けられていない彼女の呟きは誰にも聞かれることはなかった。
 
 
 
 それから3日後に、第4王女ルイーズが同行する先遣隊が、王都ヘルダートからルイズ辺境伯領に向けて旅だった。
 
 
しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...