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第88話 心の壁

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 ここは、ノーマン辺境伯の決定に従う他はない。
 それに、塩だけの取引でも十分に利益は出る訳だし。
 
 
 
「ただいま戻りました」
 
 ガラガラと音と立てながら、母屋の戸を開けながら家の中に入り靴を脱いでいると、「おかえりなさい」と、雪音さんが玄関まで迎えにきた。
 えっと……、その服装は……。
 
 よく見ると、雪音さんはフリルのついたエプロンをつけており、お玉を持った状態であった。
 
「――えっと、そろそろ朝食の時間ですので……」
「ああ、たしかに……」
 
 異世界に行くときにもっていった携帯電話を確認すると時刻は、すでに午前8時を回っていた。
 つまり都合、8時間近く異世界に行っていたことになる。
 とりあえず、まずはカバンに入っているノートパソコンの充電だけでもした方がいいと思い居間へと向かう。
 ちょうど玄関から、俺が寝泊まりしている居間までは、途中に客間がある。
 あるが――、村長と奥さんの妙子さんの姿が見られない。
 居間まで行けば、桜はフーちゃんと縁側でゴロゴロしている。
 
「おじちゃん! おかえりなさい!」
「ただいま。しっかりお留守番していたか?」
「うん!」
「わん!」
「そっか!」
 
 桜とフーちゃんの頭を軽く撫でたところで――、俺は雪音さんの方を振り向く。
 
「雪音さん、村長達は?」
「急遽、村の集まりがあるからと出かけていきました」
「そうですか……」
 
 いきなりの集まりか――、少し気になるな。
 
「村長は、どんな会議か言っていましたか?」
「村の過疎化を食い止めるとか何とか言っていましたよ。もしかしたら、例の特産物の話なのかも知れませんね」
 
 過疎化か……、たしかに俺が暮らしていた時よりも人口が10分の1くらいになっているからな。
 大半の店は後継者不足もあるが、絶対的な顧客数が減ったことで店を畳んでしまっていて――、結城村には店という店がない。
 何せ、日本全国どこに行こうと存在しているであろう床屋すら存在していない。
 限界集落と言っても差し障りないというのは誇張ではないだろう。
 
「それは、大変ですね」
「はい」
「それより、異世界での商談の話はうまくいきましたか?」
「それは――」
 
 俺は言葉を濁す。
 それだけで察したのか雪音さんは、「まずは朝食にしましょう。何もお腹に入っていませんと頭が回りませんから」と、気を使ってきた。
 
 
 
 朝食の調理をしたのは雪音さん。
 あとはお皿やコップ、料理が盛られたお皿を運ぶ手伝いを桜がしていた。
 どうやら、寝ずに商談をしていた俺に気を使ったようであったが――。
 
「桜」
「おじちゃん?」
 
 雪音さんが台所で朝食の支度をしている間に、小声で確認しておくことにする。
 以前は、雪音さんに拒否感を示していたと記憶しているが、その桜が雪音さんの手伝いをしている事に少しだけ違和感を覚えた。
 
「雪音さんは、家に居てもいいのか?」
「――んと……、あのお姉ちゃんは、壁があるからいいの」
「壁?」
「うん!」
 
 それだけ答えると桜は、雪音さんの料理を運ぶ手伝いに行ってしまう。
 
「壁とは一体……」
 
 何を指し示して壁と言っているのか分からないが――。
 それでも桜が雪音さんと仲良くしてくれるなら、今後――、店の経営にも関わってくるのだから良しとしておこう。 
 
 朝食が運び終わったところで用意された品数を見る。
 焼き鮭に、大根の味噌汁、ほうれん草のおひたし、出汁巻き卵に粒の一つ一つ立っている白米。
 どこをどう見ても、俺が作る朝食のクオリティを遥かに超えている。
 
「すごく美味しそうなの!」
「わん!」
 
 ちなみに、フーちゃんのお皿にはブロック肉を焼いたのがドン! と乗せてある。
 あんな肉とか、冷蔵庫には無かったはずだが……。
 
「あの、この肉は――」
 
 フーちゃんが、自身のお皿の上に載せられているまんが肉に尻尾をこれでもか! と振っているのを見ながら、雪音さんに確認するが――、
 
「根室さんから譲って頂きました。なんかフーちゃんは、ドッグフードは嫌いみたいなので」
「――でも、犬はバランスよく食べさせないとダメな気が……」
「くぅーん」
「そうですけど……、今日だけってことで――」
「わんわん!」
「ですが……」
「くぅーん」
 
 さっきから俺と雪音さんが話している間に、これでもか! と、言うほどフーちゃんが自分をアピールしてくる。
 まったく……、まるで犬じゃないみたいだ。
 まぁ犬なんだけどな。
 
「分かりました。今回だけ――」
「わん!」
 
 朝食を食べ終え食器を洗ったあとは、今後の店の方向性を話し合う為に客間で話し合うことにする。
 
「雪音さん、今回の商談ですが残念ながら失敗しました」
「どういうことでしょうか?」
「自分も良くは分からないのですが、どうやら保存食に問題があるみたいです。それで王宮に報告しないといけないと言っていました」
「……保存食に? それと王宮と言う事は国に報告するという事ですか?」
「そうなります」
 
 俺の言葉に雪音さんが首を傾げると、少し考えたあと――、ハッ! とした表情をする。
 
「向こうの世界って冒険者とか兵士とか居ますよね?」
「いますが、それが何か?」
「月山さんは、保存食が何故作られたか知っていますか?」
「それは、飢饉などで食事がとれなくなった時の為では?」
「はい、それもありますが――、保存食の本当の意味は長期的な活動――、つまり戦争などで利用する為です。一説によると缶詰などは、戦争の為に作られたと言われているくらいですから」
「――!」
 
 つまり……、ノーマン辺境伯が驚いた本当の理由は……。
 軍事転用が容易で、しかも長期保存が効く保存食が簡単に手に入る事に対してだったのか?
 
「向こうの世界で市場を見て回りましたけど、干し肉や乾パン、それに干した果物はありましたけど、それだと水分を含むとすぐに腐敗しますから」
「だから、王宮に伺いを取ると言ったのか」
「――これは私の推測ですけど、アイデアというのは段階を踏まないと出てきません。それを一足飛びに出来てしまう発想力と技術力、この両方について流通させていいのかを確認を要しているのかも知れません。場合によっては――、異世界では缶詰や保存食の販売が禁止されるかも知れません……」
「そうですか。それにしても雪音さんは博学ですね」
「一応、教員免許を取るために勉強していた時期がありますので……」
「なるほど」
 
 それにしても軍事転用できるとは、想像もつかなかったな。
 
「それでは異世界での商売は、しばらく自粛するという形ですか?」
「はい。そのように、ノーマン辺境伯から打診がありました」
「そうですか――」
 
 少し残念そうな表情を見せたあと――、「……でも、良かったかも知れませんね」と、雪音さんが呟く。
 
「良かった?」
「はい。異世界との交流は極力少なくしておいた方が良いかも知れません。別に、塩の取引だけでも莫大な稼ぎが出ているんですよね?」
「そうですが……」
「それなら、変に色気を出すよりも塩だけを売っておいた方が余計な問題が起きた時に対処が取りやすいですし――、何より先方から余計な物を売らなくてもいいと言ってきたのですから好機と見て利用するくらいが丁度いいかも知れませんね」
「……」
 
 まぁ、たしかにそうだな……。
 
「それに、金の売買も今は――」
「ほとんど目途が立っていない状況ですね」
 
 実際は、今後は目黒さんに一任するつもりだ。
 それなりの手数料が掛かるが、村の特産物として異世界産の物を売るまでの繋ぎにはなるだろうし。
 
「それなら――、今回の商談失敗は逆に喜ぶことかも知れません。それよりも、まずは結城村で雑貨店をやっていく上で、根を下ろした商売をすることの方がいいと思います」
「そうですね」
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