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第86話 日本の商品をプレゼンしよう(3)
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「何でしょうか?」
何か、おかしな点でもあっただろうか?
「ゴロウ、それは何なのだ?」
「ノートパソコンと言います」
「ノートパソコン?」
そういえば、この異世界にはノートパソコンは無いということに今さながら気が付く。
「簡単に説明しますと、カラクリを使った機械と言った所です」
「なるほど……、水時計みたいな物か」
「まぁ、そうですね」
水時計とノートパソコンでは積み上げてきた歴史が1000年以上違うが――、カラクリというカテゴリで区別するなら、そう間違ってもいないはず……。
「ふむ。それで――、そのノートパソコンとやらを売るのかの?」
「いえ、こちらの画面を見て頂けますか?」
表計算ソフトを起動させ月島雑貨店に納入された商品の一覧をノーマン辺境伯に見せるが、
「この文字は、ゴロウの国の文字かの?」
「……」
遠回しに読めないという意思表示。
迂闊だった。
この世界に来てから普通に日本語で会話が出来ていたから忘れていた。
異世界では日本語は分からないのだという事に――。
「それでは、これはどうでしょうか?」
「ふむ……、これは……」
念のために表計算と商品画像をハイパーリンクで繋げておいたのが功を制したのかノーマン辺境伯が一つずつ商品を見ていくが――、
「ゴロウ」
「何でしょうか?」
「これだと、どういう物か分からないのう。現物を見てみたいのだが?」
「……分かりました」
俺が数時間かけて作った資料が――、無駄になった瞬間であった。
――1時間後。
ナイルさんと、ノーマン辺境伯と共に俺は月山雑貨店の前に来ていた。
もちろん、兵士の数も、領主を護衛するという名目で20人は後ろに控えている。
「では、よいか?」
「はい」
ノーマン辺境伯の手を握り二人で店の中に入ろうとすると、入口で弾かれる。
「――どうしたのだ?」
「いえ……、それが店に入れなくて――。ちょっと、自分一人だけ入れるかどうか確かめてみます」
辺境伯が頷くのを確認してから手を離し店の中へと入ろうとするが――、見えない壁に遮られてしまい入ることができない。
「これは……」
どういうことだ? と、思ったところで――、兵士の中から銀髪褐色のハイエルフが姿を現す。
「ゴロウ様! お困りですか? もしかして!? 結界を通り抜けられないとか、そういうことが起きていたりしませんか?」
あまりにも、絶妙なタイミングで姿を現すことといい――、結界を通り抜けられないことを知っていることといい間違いない。
「もしかして、これはリーシャさんが何かしたのでは?」
「ええっ!? そんな! 心外です! 私が、そんなことをするようなハイエルフに見えますか?」
「申し訳ありません」
とりあえず確証がない。
いきなり相手を疑ってはよくはない。
少なくともリーシャが何かをしたという証拠が見つかるまでは――。
「分かってくださればいいんです!」
「それで、リーシャさんなら何とか出来るのですか?」
「はい! もちろんです!」
「それなら、店に入れるように何とかしてもらえますか?」
俺のお願いにリーシャがニコリと微笑みかけてくる。
そして、舌で唇を舐めたあと、
「ゴロウ様のお願いを聞いてもいいです。でも! 私のお願いも聞いてほしいです」
「つまり……」
「はい! 等価交換というのを知っていますか?」
「あの錬金術の?」
「そういうのではなくて、自分がお願いをするなら相手のお願いを聞かないといけないという物ですよ? 私、ゴロウ様の世界で一緒に一つ屋根の下で暮らしてみたいなーって思っているのですけど……」
「リーシャ殿。そういう取引は――」
ノーマン辺境伯が、横から割って入ってくるが、
「ごめんなさい。これは、ハイエルフとしての流儀ですので領主様の裁定は受け入れることはできません。だって、一度――、結界が大きく揺らいだ時に補強するために大変だったんですもの。理由は、わかりますよね?」
「……」
おそらく雪音さんを連れてきた時なのだろう。
それにしても……、完全に話の主導権を握られてしまった。
「それは、つまりリーシャさんを異世界に連れていくと約束しない限りは……」
「はい! 結界を通り抜けることはできません!」
その言葉に、思わず溜息が出る。
普段は、祖父と言えど取引相手であり領主でもある人の前で俺は露骨な態度は控えているが――、今回ばかりは……。
「ノーマン辺境伯様、申し訳ありません」
「ゴロウ?」
前もって謝罪をしておく。
何かあって俺が帰れなくなった時に、桜がどんなことを思うのか――、それを考えるとどうしても苛立ちが沸き上がってくる衝動を抑えきれない。
――パン!
乾いた――、軽い音が周囲に鳴り響く。
「――え?」
俺の取った行動が予想外だったのだろう。
頬に手を当て――、よろよろと後ろに数歩下がったところで、石畳の上に尻もちをつくようにして座ると、リーシャが俺を見上げてきた。
「リーシャさん。これは、やりすぎです。やってはいけない事の区別がつかないのですか? 自分が元の世界に帰れなければ向こうの世界の人たちが心配します。それに、ノーマン辺境伯様と、私は商談を行っています。迷惑を被るのは私だけではないのですよ? 数百、数千人の人に迷惑が掛かることになる。それを、理解した上で人が通れないように結界を張ったんですか?」
「……」
茫然自失と言った様子で無言のまま俺を見上げてきているリーシャの目に涙が貯まっていく。
その様子に俺は再度、溜息をつく。
「――お」
「お?」
「お母さんにしか殴られたことがないのに――」
盛大に泣き始めるリーシャ。
その姿は、ハイエルフの巫女としての威厳はまったく無く――、さらに言えば子供のようであって――、40年も生きてきたとは、とても思えない。
「ゴロウ。森に住まうハイエルフとは不可侵条約に近い物を結んでいる。さすがに手を出すのはな」
「不味かったですか」
ノーマン辺境伯が、渋い表情で頷くのを見て手を上げたのは浅慮だったかと思ってしまう。
ただ――、どうしても自分勝手に振る舞い自分の意見を押し付けてくる相手を許すわけにはいかなかった。
「別に不味くはないわよ」
声と共に兵士の間から分け入って姿を現したのは、金髪碧眼の女性。
ウェーブしているロングヘアに半ば隠れているが――、その耳は長い。
目は大きく、目元にはほくろがあり優しい印象を受けるが――。
「あなたは……」
考えていると、近くまで来ていたノーマン辺境伯の声が上ずっていた。
その様子から、ただ事ではないと察してしまう。
「ノーマン辺境伯様、御知り合いですか?」
「――う、うむ。ハイエルフ族の族長のクレメンテ殿だ。それが、どうして此処に……」
「リーシャ、あなたは何をしているのかしら?」
「――え? お、お母様!? ――ど、どうして……、ここに……」
「貴女が、伴侶となる男性と親しくなっているのか確かめにきたのよ? それなのに……、何をしているの?」
「そ、それは……、その……」
視線が左右に揺れるリーシャ。
そんな様子に、クレメンテさんが「まったく――」と、肩を落とすと俺とノーマン辺境伯の方へと視線を向けてきた。
「うちの娘が迷惑を掛けてしまったみたいでごめんなさいね」
「いえ。それよりも……」
あとは、クレメンテさんに任せた方が良いと判断し俺は結界の方へと視線を向ける。
「リーシャ! 結界を解きなさい!」
命令口調な言葉に、リーシャがコクリと頷くと何かしらの言葉を紡いだあと――、鏡が砕ける音と共に店の姿が鮮明に見えるようになる。
試しに店の中へ向かうが普通に入ることが出来るようになった。
「本当に、ごめんなさいね。うちの娘が――。ほら! 謝りなさい!」
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
咥えられた仔猫のように大人しくなったリーシャ。
「それでは、ノーマン辺境伯と月山五郎さん。また、お会いしましょう」
そう言い残すと、リーシャの腕を掴んだまま民衆の雑多な中に消えていった。
「えっと……」
いきなりの事に頭がついていかないけど……。
「何とかなったという感じですか?」
「うむ。しかし――、30年近く森から出て来なかったハイエルフの長が姿を現すとは、どういうことかの」
どことなく腑に落ちない様子のノーマン辺境伯を見ながら――、俺はふと思う。
この異世界に来てから月山と名乗ったのは数えるくらいだということに。
「私には、分かりませんが――。それよりも、商品の説明をさせていただいても?」
「うむ。そうだのう」
気を取り直し、ノーマン辺境伯の腕を掴み店の中へと入る。
今度は、ノーマン辺境伯も一緒に店の中に入ることが出来たが――、
「こ、これは……」
壁には、高さ2メートルを超えるウォークインタイプの冷蔵庫や冷凍庫が並び、商品がギッシリと詰まっている。
さらに、中央には棚などが置かれ――、その棚は3段~6段の棚であり、そこにも商品が所狭しと整然と並べられている。
その様子は、中堅のスーパーなら誰でも見知っている普通の光景。
「ゴ、ゴゴ、ゴロウ……」
「どこか、体の様子でも!?」
先ほどまでは、ノーマン辺境伯は普段どおりに健康そのものだと思っていた。
とくに店の中に入る際にも結界というか店が光る事も無かった。
それなのに――、もしかして店が光らなかったから何か問題でもきたしたのか?
「そ、そうではない……。これは、全部――、商品なのか? 売り物なのか?」
「――え?」
何を言っているのだろう? と、俺は内心で首を傾げる。
「そうです。それが何か……」
戸惑いながらも答えると、ノーマン辺境伯は眉間に手を当てながら天井を見上げる。
そういえば電気をつけるのを忘れていた。
バックヤードに向かい壁のスイッチを付ける。
すると店内は、LEDライトで明るく照らされた。
「すいません。外からの明りだけで十分だと思っていたので――」
すぐにノーマン辺境伯の元へと戻るが――、
「……そ、そういうことではないのだがのう……」
歯切れの悪い口調で店の中を見渡しながら答えてくる。
何か、おかしい事でもしたのか……、皆目見当がつかない。
俺が戸惑っている間に、ノーマン辺境伯が深く溜息をつくと、「そうか。異世界では、これが普通なのだな」と、何故か勝手に納得してくれていた。
「――して、商品というのは、この袋に入っているのかの?」
ノーマン辺境伯が手にしたのは、袋麺。
粉末状の粉をお湯で戻したスープに、お湯を使い戻した麺を入れるだけのお手軽料理の物。
「はい。ラーメンと言います」
「ラーメン?」
「お湯があれば5分ほどで出来る料理です」
「料理が5分?」
「早ければ10秒で食べられる、こちらのバリカタラーメンもあります!」
棚に置かれているカップ麺をノーマン辺境伯に渡しながら簡単に説明する、
「10秒というのは?」
「お湯を注いだあと、店内から外に出る間くらいの時間でしょうか?」
「なるほど……、そんな料理が異世界にはあるのか……」
「はい」
「それにしても、それだと調理済みなのだろう?」
「そうですね。一度、調理はしているので、そのまま食べることも出来ますが――」
「ふむ。それなら、そんなには――」
「日持ちですと、だいたい1年から2年――。長いと50年とか日持ちするフリーズドライというのもありますね」
「…………」
俺の説明に固まるノーマン辺境伯。
何か、俺は変なことを言ったか?
間違ったことは言ってないよな?
「ゴロウ……」
「何でしょうか?」
「全ての商品をチェックするまでは営業許可は出せん!」
そんな大層な物を売っているわけでもないのに、日本だとコレが普通だぞ?
「待ってください! これが日本のスタンダードです。むしろ、すごい店は、もっとすごいものが置いてあります!」
「それなら、あれは何だ?」
並んでいる調味料――。
瓶の中に入っている香辛料をノーマン辺境伯が指差す。
「あれは胡椒です」
俺の説明にノーマン辺境伯が前のめりに倒れこんできた。
やはり、どこかお体の具合が悪かったのかも知れない。
すぐに、ノーマン辺境伯を連れて俺は店の外へと向かう。
「ゴロウ様!? それに、ノーマン様! 一体、どうしたのですか?」
アロイスさんとナイルさんが慌てて近寄ってくる。
「分かりません。商品説明をしていたところ、いきなり倒れられて……」
俺の説明を聞きながら二人はノーマン辺境伯を介抱している。
正直、俺もノーマン辺境伯が倒れた原因がまったく分からない。
店も何も光ることが無かったからだ。
「とりあえず、一度――、館に戻るとしましょう。主治医に見せた方がいいかも知れません」
アロイスさんの判断に誰もが頷く。
何か、おかしな点でもあっただろうか?
「ゴロウ、それは何なのだ?」
「ノートパソコンと言います」
「ノートパソコン?」
そういえば、この異世界にはノートパソコンは無いということに今さながら気が付く。
「簡単に説明しますと、カラクリを使った機械と言った所です」
「なるほど……、水時計みたいな物か」
「まぁ、そうですね」
水時計とノートパソコンでは積み上げてきた歴史が1000年以上違うが――、カラクリというカテゴリで区別するなら、そう間違ってもいないはず……。
「ふむ。それで――、そのノートパソコンとやらを売るのかの?」
「いえ、こちらの画面を見て頂けますか?」
表計算ソフトを起動させ月島雑貨店に納入された商品の一覧をノーマン辺境伯に見せるが、
「この文字は、ゴロウの国の文字かの?」
「……」
遠回しに読めないという意思表示。
迂闊だった。
この世界に来てから普通に日本語で会話が出来ていたから忘れていた。
異世界では日本語は分からないのだという事に――。
「それでは、これはどうでしょうか?」
「ふむ……、これは……」
念のために表計算と商品画像をハイパーリンクで繋げておいたのが功を制したのかノーマン辺境伯が一つずつ商品を見ていくが――、
「ゴロウ」
「何でしょうか?」
「これだと、どういう物か分からないのう。現物を見てみたいのだが?」
「……分かりました」
俺が数時間かけて作った資料が――、無駄になった瞬間であった。
――1時間後。
ナイルさんと、ノーマン辺境伯と共に俺は月山雑貨店の前に来ていた。
もちろん、兵士の数も、領主を護衛するという名目で20人は後ろに控えている。
「では、よいか?」
「はい」
ノーマン辺境伯の手を握り二人で店の中に入ろうとすると、入口で弾かれる。
「――どうしたのだ?」
「いえ……、それが店に入れなくて――。ちょっと、自分一人だけ入れるかどうか確かめてみます」
辺境伯が頷くのを確認してから手を離し店の中へと入ろうとするが――、見えない壁に遮られてしまい入ることができない。
「これは……」
どういうことだ? と、思ったところで――、兵士の中から銀髪褐色のハイエルフが姿を現す。
「ゴロウ様! お困りですか? もしかして!? 結界を通り抜けられないとか、そういうことが起きていたりしませんか?」
あまりにも、絶妙なタイミングで姿を現すことといい――、結界を通り抜けられないことを知っていることといい間違いない。
「もしかして、これはリーシャさんが何かしたのでは?」
「ええっ!? そんな! 心外です! 私が、そんなことをするようなハイエルフに見えますか?」
「申し訳ありません」
とりあえず確証がない。
いきなり相手を疑ってはよくはない。
少なくともリーシャが何かをしたという証拠が見つかるまでは――。
「分かってくださればいいんです!」
「それで、リーシャさんなら何とか出来るのですか?」
「はい! もちろんです!」
「それなら、店に入れるように何とかしてもらえますか?」
俺のお願いにリーシャがニコリと微笑みかけてくる。
そして、舌で唇を舐めたあと、
「ゴロウ様のお願いを聞いてもいいです。でも! 私のお願いも聞いてほしいです」
「つまり……」
「はい! 等価交換というのを知っていますか?」
「あの錬金術の?」
「そういうのではなくて、自分がお願いをするなら相手のお願いを聞かないといけないという物ですよ? 私、ゴロウ様の世界で一緒に一つ屋根の下で暮らしてみたいなーって思っているのですけど……」
「リーシャ殿。そういう取引は――」
ノーマン辺境伯が、横から割って入ってくるが、
「ごめんなさい。これは、ハイエルフとしての流儀ですので領主様の裁定は受け入れることはできません。だって、一度――、結界が大きく揺らいだ時に補強するために大変だったんですもの。理由は、わかりますよね?」
「……」
おそらく雪音さんを連れてきた時なのだろう。
それにしても……、完全に話の主導権を握られてしまった。
「それは、つまりリーシャさんを異世界に連れていくと約束しない限りは……」
「はい! 結界を通り抜けることはできません!」
その言葉に、思わず溜息が出る。
普段は、祖父と言えど取引相手であり領主でもある人の前で俺は露骨な態度は控えているが――、今回ばかりは……。
「ノーマン辺境伯様、申し訳ありません」
「ゴロウ?」
前もって謝罪をしておく。
何かあって俺が帰れなくなった時に、桜がどんなことを思うのか――、それを考えるとどうしても苛立ちが沸き上がってくる衝動を抑えきれない。
――パン!
乾いた――、軽い音が周囲に鳴り響く。
「――え?」
俺の取った行動が予想外だったのだろう。
頬に手を当て――、よろよろと後ろに数歩下がったところで、石畳の上に尻もちをつくようにして座ると、リーシャが俺を見上げてきた。
「リーシャさん。これは、やりすぎです。やってはいけない事の区別がつかないのですか? 自分が元の世界に帰れなければ向こうの世界の人たちが心配します。それに、ノーマン辺境伯様と、私は商談を行っています。迷惑を被るのは私だけではないのですよ? 数百、数千人の人に迷惑が掛かることになる。それを、理解した上で人が通れないように結界を張ったんですか?」
「……」
茫然自失と言った様子で無言のまま俺を見上げてきているリーシャの目に涙が貯まっていく。
その様子に俺は再度、溜息をつく。
「――お」
「お?」
「お母さんにしか殴られたことがないのに――」
盛大に泣き始めるリーシャ。
その姿は、ハイエルフの巫女としての威厳はまったく無く――、さらに言えば子供のようであって――、40年も生きてきたとは、とても思えない。
「ゴロウ。森に住まうハイエルフとは不可侵条約に近い物を結んでいる。さすがに手を出すのはな」
「不味かったですか」
ノーマン辺境伯が、渋い表情で頷くのを見て手を上げたのは浅慮だったかと思ってしまう。
ただ――、どうしても自分勝手に振る舞い自分の意見を押し付けてくる相手を許すわけにはいかなかった。
「別に不味くはないわよ」
声と共に兵士の間から分け入って姿を現したのは、金髪碧眼の女性。
ウェーブしているロングヘアに半ば隠れているが――、その耳は長い。
目は大きく、目元にはほくろがあり優しい印象を受けるが――。
「あなたは……」
考えていると、近くまで来ていたノーマン辺境伯の声が上ずっていた。
その様子から、ただ事ではないと察してしまう。
「ノーマン辺境伯様、御知り合いですか?」
「――う、うむ。ハイエルフ族の族長のクレメンテ殿だ。それが、どうして此処に……」
「リーシャ、あなたは何をしているのかしら?」
「――え? お、お母様!? ――ど、どうして……、ここに……」
「貴女が、伴侶となる男性と親しくなっているのか確かめにきたのよ? それなのに……、何をしているの?」
「そ、それは……、その……」
視線が左右に揺れるリーシャ。
そんな様子に、クレメンテさんが「まったく――」と、肩を落とすと俺とノーマン辺境伯の方へと視線を向けてきた。
「うちの娘が迷惑を掛けてしまったみたいでごめんなさいね」
「いえ。それよりも……」
あとは、クレメンテさんに任せた方が良いと判断し俺は結界の方へと視線を向ける。
「リーシャ! 結界を解きなさい!」
命令口調な言葉に、リーシャがコクリと頷くと何かしらの言葉を紡いだあと――、鏡が砕ける音と共に店の姿が鮮明に見えるようになる。
試しに店の中へ向かうが普通に入ることが出来るようになった。
「本当に、ごめんなさいね。うちの娘が――。ほら! 謝りなさい!」
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
咥えられた仔猫のように大人しくなったリーシャ。
「それでは、ノーマン辺境伯と月山五郎さん。また、お会いしましょう」
そう言い残すと、リーシャの腕を掴んだまま民衆の雑多な中に消えていった。
「えっと……」
いきなりの事に頭がついていかないけど……。
「何とかなったという感じですか?」
「うむ。しかし――、30年近く森から出て来なかったハイエルフの長が姿を現すとは、どういうことかの」
どことなく腑に落ちない様子のノーマン辺境伯を見ながら――、俺はふと思う。
この異世界に来てから月山と名乗ったのは数えるくらいだということに。
「私には、分かりませんが――。それよりも、商品の説明をさせていただいても?」
「うむ。そうだのう」
気を取り直し、ノーマン辺境伯の腕を掴み店の中へと入る。
今度は、ノーマン辺境伯も一緒に店の中に入ることが出来たが――、
「こ、これは……」
壁には、高さ2メートルを超えるウォークインタイプの冷蔵庫や冷凍庫が並び、商品がギッシリと詰まっている。
さらに、中央には棚などが置かれ――、その棚は3段~6段の棚であり、そこにも商品が所狭しと整然と並べられている。
その様子は、中堅のスーパーなら誰でも見知っている普通の光景。
「ゴ、ゴゴ、ゴロウ……」
「どこか、体の様子でも!?」
先ほどまでは、ノーマン辺境伯は普段どおりに健康そのものだと思っていた。
とくに店の中に入る際にも結界というか店が光る事も無かった。
それなのに――、もしかして店が光らなかったから何か問題でもきたしたのか?
「そ、そうではない……。これは、全部――、商品なのか? 売り物なのか?」
「――え?」
何を言っているのだろう? と、俺は内心で首を傾げる。
「そうです。それが何か……」
戸惑いながらも答えると、ノーマン辺境伯は眉間に手を当てながら天井を見上げる。
そういえば電気をつけるのを忘れていた。
バックヤードに向かい壁のスイッチを付ける。
すると店内は、LEDライトで明るく照らされた。
「すいません。外からの明りだけで十分だと思っていたので――」
すぐにノーマン辺境伯の元へと戻るが――、
「……そ、そういうことではないのだがのう……」
歯切れの悪い口調で店の中を見渡しながら答えてくる。
何か、おかしい事でもしたのか……、皆目見当がつかない。
俺が戸惑っている間に、ノーマン辺境伯が深く溜息をつくと、「そうか。異世界では、これが普通なのだな」と、何故か勝手に納得してくれていた。
「――して、商品というのは、この袋に入っているのかの?」
ノーマン辺境伯が手にしたのは、袋麺。
粉末状の粉をお湯で戻したスープに、お湯を使い戻した麺を入れるだけのお手軽料理の物。
「はい。ラーメンと言います」
「ラーメン?」
「お湯があれば5分ほどで出来る料理です」
「料理が5分?」
「早ければ10秒で食べられる、こちらのバリカタラーメンもあります!」
棚に置かれているカップ麺をノーマン辺境伯に渡しながら簡単に説明する、
「10秒というのは?」
「お湯を注いだあと、店内から外に出る間くらいの時間でしょうか?」
「なるほど……、そんな料理が異世界にはあるのか……」
「はい」
「それにしても、それだと調理済みなのだろう?」
「そうですね。一度、調理はしているので、そのまま食べることも出来ますが――」
「ふむ。それなら、そんなには――」
「日持ちですと、だいたい1年から2年――。長いと50年とか日持ちするフリーズドライというのもありますね」
「…………」
俺の説明に固まるノーマン辺境伯。
何か、俺は変なことを言ったか?
間違ったことは言ってないよな?
「ゴロウ……」
「何でしょうか?」
「全ての商品をチェックするまでは営業許可は出せん!」
そんな大層な物を売っているわけでもないのに、日本だとコレが普通だぞ?
「待ってください! これが日本のスタンダードです。むしろ、すごい店は、もっとすごいものが置いてあります!」
「それなら、あれは何だ?」
並んでいる調味料――。
瓶の中に入っている香辛料をノーマン辺境伯が指差す。
「あれは胡椒です」
俺の説明にノーマン辺境伯が前のめりに倒れこんできた。
やはり、どこかお体の具合が悪かったのかも知れない。
すぐに、ノーマン辺境伯を連れて俺は店の外へと向かう。
「ゴロウ様!? それに、ノーマン様! 一体、どうしたのですか?」
アロイスさんとナイルさんが慌てて近寄ってくる。
「分かりません。商品説明をしていたところ、いきなり倒れられて……」
俺の説明を聞きながら二人はノーマン辺境伯を介抱している。
正直、俺もノーマン辺境伯が倒れた原因がまったく分からない。
店も何も光ることが無かったからだ。
「とりあえず、一度――、館に戻るとしましょう。主治医に見せた方がいいかも知れません」
アロイスさんの判断に誰もが頷く。
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