上 下
81 / 379

第81話 カニパーティ

しおりを挟む
「ずいぶんと買い込んできたものだの」
 
 村長が半分呆れた顔で呟いてきた。
 
「月山さん、私も手伝いますね」
 
 雪音さんが、俺が持っていたカニを見て申し出てきてくれる。
 焼くだけだから、特に手伝ってもらう事はないんだが、無下にするわけにもいかない。
 
「よろしくお願いします」
「はい! 任されました」
 
 雪音さんに手伝ってもらいながら、焼きカニの用意をしていく。
 俺は、そのままカニを焼けばいいのでは? と思っていたが――、人数と――、そして綺麗に食べやすいようにと、カニの足を落として半分に包丁を使い切る事になった。
 
 雪音さんが、カニを洗って焼くための下準備をしているのを俺は横で眺めているだけ。
 
「おじちゃん……」
「桜、人間には得手不得手というのはあるんだよ」
「月山さん、醤油やレモンなどはありますか?」
「あります。あとはポン酢も有った方がいいですか?」
「そうですね。好みはそれぞれですので」
 
 しばらくして、カニの焼ける香ばしい匂いが周囲に漂ったところで、藤和さんが近づいてくる。
 
「月山様。ここはクライアントとして御一言、よろしくお願いします」
「自分がですか?」
「はい。この場を設けられましたのは月山様ですので」
「わ、わかりました」
 
 俺は、全員が注目している中で大きく息を吐きつつ、順序よく全員に視線を向けていく。
 スポットのアルバイトが5人。 
 トラックの運転手が4人。
 田口村長。
 その孫娘である雪音さん。
 藤和さん。
 踝兄弟。
 根室夫妻に和美ちゃん。
 
 あれ? 当初よりも人数が増えている気がするぞ?
 問い詰めは後にするとしよう。
 
「えー、月山雑貨店の店主、月山五郎です。今日は、お暑い中――、作業お疲れさまです。私の方からささやかながらも食事を用意させて頂きました。英気を養って頂き、仕事を頑張って頂ければと思います、カンパーイ!」
 
 俺は紙コップに入っている麦茶を飲み干すと、カニパーティが始まった。
 
「田口村長」
「――ん? どうかしたのかの?」
「他の方が来ているなと思いまして――」
「踝兄弟は、店の改装や外の工事を請け負ったのだろう? それに、二人とも近くに住んでおるからの。何かをするなら、呼んでおいた方が角は立たないと思っての」
 
 そう言われてしまうと何も言えない。
 田舎というのは互いに助け合って生きているので、基本的に催事や祭りなどの人が集まるというイベントを大事にすることが多いからだ。
 
「それより、根室夫妻は――」
 
 もう年齢的に70歳を超えているはずなので、夜に集まるのは大変なはずなんだが……。
 
「そのへんは、和美ちゃんを連れて来たかったという意図もあったようだからの」
「どういう意味ですか?」
 
 以前に根室正文さんと話した時には、都会に帰るような話をしていたような……。
 いや――、あれは俺の憶測だったか。
 それでも母親が来ていて何か話をしていた印象があったが――。
 
「うむ。その内、分かる事だからの。五郎、こっちに来い」
 
 バーベキューをしている場所から、少し離れた位置まで村長と一緒に移動する。
 もちろん、その際には桜が居る場所を確認しておく。
 桜は和美ちゃんと一緒にカニを食べながら、フーちゃんに焼きカニや茹でカニを与えていた。
 特に問題は無さそうだな。
 
「それで話というのは?」
「じつは諸文(もろふみ)のことだが」
「諸文が何か?」
「うむ。どうやら、今月の頭に交通事故で他界したらしくての」
「――!? 諸文が!? 交通事故でですか?」
 
 いきなりのことで俺は驚く。
 まさか同級生でいつも一緒に遊んでいた知り合いが逝去するとは信じられなかったからだ。
 だが――。
 
「それで、諸文の奥さん――、恵美さんは諸文の実家を頼って来たようだ」
「……そうだったんですか」
 
 以前に、根室さんの所へ行った時に感じた――、あの何とも言えない場の空気。
 それは諸文が死んだことと、その事について話をしていたことが関係しているのなら納得できるものだ。
 
「なんだかやるせないですね」
「だが、人が生きているという事は必ず死ぬという事に他ならないからの」
「それは、そうですが……」
 
 さすがに同級生が死んだとなると、心中穏やかではいられない。
 無言になった俺を見ていた田口村長が溜息をつきながら俺の肩に手を置いてくる。
 
「五郎。あまり背負わないようにの」
「分かっています」
 
 たしかに、村長の言う通り生物は何れ死ぬのだから。
 そして事実は事実として受け止めるしかないのだから。
 
「それで、諸文の奥さんは、和美ちゃんを連れてご自分の実家には行かれなかったんですか?」
「それがの……。恵美さんは、一人っ子で――、しかもご両親は既に亡くなっているそうなのだ」
「……」
 
 つまり血が繋がっているのは和美ちゃんだけということか。
 それで、諸文の実家を頼ってきたと。
 色々と考えてしまうな。
 どうりで、パーティを楽しんでいる人達から距離を取った訳だ。
 
「ところで、諸文が死んだことは和美ちゃんは知っているんですか?」
「言ってはいないようだ」
「そうですか……」
「ところで……だ。五郎」
「何でしょうか?」
「来年から和美ちゃんは、ここの学校に通う事になったのだが、恵美さんは仕事が見つからないらしい。ずっと専業主婦だったこともあり、職歴に空欄があるらしいからの。そこでだ。五郎のところで――、雑貨店で働くというのは難しいかの?」
「いえ。自分としては助かりますが……。そんなに給料は出せませんよ?」
 
 実際、人を雇ったことがない。
 一応、雪音さんを雇う事になったが、和美ちゃんの母親を雇うとなると適正な雇用条件というのが判断つかない。
 
「それなら秋田県の最低賃金が790円だからの。それでどうかの?」
 
 時給790円か。
 それって正直、母子家庭だと金額面として生活のことまで考えると大変そうだな。
 ただ、恵美さんがどういう人なのかも知らない。
 そう考えると――。
 
「試用期間を3か月。その間の時給は790円で――、3か月目以降の時給は1000円というのはどうでしょうか?」
 
 とりあえず、以前に求人で見たような内容を思い出しながら提案することにした。
 
「わかった。それで正文の方には伝えておく」
「よろしくお願いします」
 
 話が一段落したところでカニパーティをしている月山雑貨店の駐車場まで村長と共に戻る。
 
「おう! 五郎!」
「踝さん。お酒を飲んでいるんですか?」
「もちろんだ! ダースでビールを持ってきたぞ! 五郎も飲むか?」
「いえ。自分は――」
「まあ、お前は仕事中だからな! アハハハハ」
 
 完全に踝さんの兄の方は出来上がっていた。
 
「どうも兄がご迷惑を掛けまして――」
 
 踝さんの弟である誠さんが申し訳なさそうに頭を下げてくる。
 
「誠さんはビールを飲まないので?」
「いえ、飲んでいます。ただ、私は顔には出ない性質なので――」
「なるほど……」
「それより根室さんは、ずいぶんと色々な物を持ってきてくれましたね」
「色々な物?」
 
 誠さんの視線の先を見ると、そこにはトウモロコシや牛肉やソーセージなどが山のように簡易テーブルの上に置かれているのが見えた。
 
「すごいですね」
「根室さんは、ずいぶんと奮発したみたいですね」
 
 二人して頷いていると、根室正文さんと目が合う。
 
「五郎。すまないな」
「いえ。こちらこそ――、たくさん差し入れをして頂いて」
「これから迷惑をかけるかも知れないからな」
 
 根室さんの言葉に、誠さんが何かを察したのか兄である踝(くるぶし)健(けん)さんを連れて離れてくれる。
 
「ずいぶんと勘がいいな」
 
 離れていく誠さんを見て、正文さんは感心したかのように頷くと「田口から話は聞いた。雇ってくれると」と、小さく会釈をしてくる。
 頭を下げると周りに感づかれるからこその配慮だと思うが、そういうのは止めてほしい。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

血と束縛と

北川とも
BL
美容外科医の佐伯和彦は、十歳年下の青年・千尋と享楽的な関係を楽しんでいたが、ある日、何者かに拉致されて辱めを受ける。その指示を出したのが、千尋の父親であり、長嶺組組長である賢吾だった。 このことをきっかけに、裏の世界へと引きずり込まれた和彦は、長嶺父子の〈オンナ〉として扱われながらも、さまざまな男たちと出会うことで淫奔な性質をあらわにし、次々と関係を持っていく――。 番外編はこちら→https://www.alphapolis.co.jp/novel/498803385/499415339 賢吾視点の番外編「眠らない蛇」、Kindleにて配信中。 表紙イラスト:606D様

うちのワンコ書記が狙われてます

葉津緒
BL
「早く助けに行かないと、くうちゃんが風紀委員長に食べられる――」 怖がりで甘えたがりなワンコ書記が、風紀室へのおつかいに行ったことから始まる救出劇。 ワンコ書記総狙われ(総愛され?) 無理やり、お下品、やや鬼畜。

乳白色のランチ

ななしのちちすきたろう
恋愛
君江「次郎さん、ここが私のアパートなの。」 「よかったらお茶でもしながら家の中で打ち合わせします?この子も寝てるし…」 このとき次郎は、心の中でガッツポーズを決めていた。 次郎の描く乳白色のランチタイムはここから始まるのだから…

女の子がひたすら気持ちよくさせられる短編集

恋愛
様々な設定で女の子がえっちな目に遭うお話。詳しくはタグご覧下さい。モロ語あり一話完結型。注意書きがない限り各話につながりはありませんのでどこからでも読めます。pixivにも同じものを掲載しております。

彼女がいなくなった6年後の話

こん
恋愛
今日は、彼女が死んでから6年目である。 彼女は、しがない男爵令嬢だった。薄い桃色でサラサラの髪、端正な顔にある2つのアーモンド色のキラキラと光る瞳には誰もが惹かれ、それは私も例外では無かった。 彼女の墓の前で、一通り遺書を読んで立ち上がる。 「今日で貴方が死んでから6年が経ったの。遺書に何を書いたか忘れたのかもしれないから、読み上げるわ。悪く思わないで」 何回も読んで覚えてしまった遺書の最後を一息で言う。 「「必ず、貴方に会いに帰るから。1人にしないって約束、私は破らない。」」 突然、私の声と共に知らない誰かの声がした。驚いて声の方を振り向く。そこには、見たことのない男性が立っていた。 ※ガールズラブの要素は殆どありませんが、念の為入れています。最終的には男女です! ※なろう様にも掲載

【R18】さよなら、婚約者様

mokumoku
恋愛
婚約者ディオス様は私といるのが嫌な様子。いつもしかめっ面をしています。 ある時気付いてしまったの…私ってもしかして嫌われてる!? それなのに会いに行ったりして…私ってなんてキモいのでしょう…! もう自分から会いに行くのはやめよう…! そんなこんなで悩んでいたら職場の先輩にディオス様が美しい女性兵士と恋人同士なのでは?と笑われちゃった! なんだ!私は隠れ蓑なのね! このなんだか身に覚えも、釣り合いも取れていない婚約は隠れ蓑に使われてるからだったんだ!と盛大に勘違いした主人公ハルヴァとディオスのすれ違いラブコメディです。 ハッピーエンド♡

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

俺の××、狙われてます?!

みずいろ
BL
幼馴染でルームシェアしてる二人がくっつく話 ハッピーエンド、でろ甘です 性癖を詰め込んでます 「陸斗!お前の乳首いじらせて!!」 「……は?」 一応、美形×平凡 蒼真(そうま) 陸斗(りくと) もともと完結した話だったのを、続きを書きたかったので加筆修正しました。  こういう開発系、受けがめっちゃどろどろにされる話好きなんですけど、あんまなかったんで自給自足です!  甘い。(当社比)  一応開発系が書きたかったので話はゆっくり進めていきます。乳首開発/前立腺開発/玩具責め/結腸責め   とりあえず時間のある時に書き足していきます!

処理中です...