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第67話 採用と雇用契約

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 そんな魔物が居たら大問題だ。
 ただ、ネットで色々と検索をしていると好色家な女性を狙うゴブリンやオークなどが描かれている作品が多い。
 それを思い出しただけだ。

「いえ、自分達の国には居ませんが……。やはり、この周辺には生息して居るんですか?」

 居るとなると、この世界は、かなり危険な事になるな。
 特に桜とか可愛いから狙われると思うと、あまり異世界には連れてきたくはなくなる。

「別の土地にはいますが――、ルイズ辺境伯領にはおりません」
「そうなんですか?」
「はい。エルフ達が、彼らを性的に駆逐したので――、彼らもさすがにエルフ達がいる生息地には身の危険を感じて近づいては来ないのです」
「……な、なるほど……」
「月山さん」
「どうかしましたか?」
「エルフって、まるでサキュ……もごもご」
「失礼な事を言ったら駄目だから」

 俺は、咄嗟に雪音さんの口をふさぐ。
 それにしても、エルフはすごいな。
 色々な意味で……。

「ナイル隊長、お持ちしました」

 3人で話をしていたところで、ナイルさんとは別に護衛をしてくれていた兵士が、料理の盛られた木の皿をテーブルの上に並べていく。
 どれも何の肉かよく分からない。

「これは何の肉なんですか?」
「コカトリスの丸焼きですね」

 俺の問いかけにナイルさんが事もなげに答えてくる。

「コカトリスって、あの目から光を出して石化させていく?」
「そんな魔物が居たら大変ですよ。体長が3メートルほどの空を飛べない鳥です」
「月山さん、ダチョウみたいなものかも知れません」

 そんな雪音さんの言葉に俺は頷きつつも白い切り身を口に含む。
 コリコリと歯ごたえがある点では、砂肝に近い。
 問題は、殆ど味がしないという点だ。

「これ味付けは塩だけですか?」

 雪音さんも咀嚼しながら感想を口にしているが――、表情からは戸惑いが感じられる。

「コカトリスの塩焼きというくらいですから」
「なるほど……。えっと、塩は市場には出回っては?」
「ゴロウ様からの塩に関しては、戦略物資になりますので市井(しせい)に出回るには、もうしばらく時間が掛かると思います。出回れば、この味付けの薄いコカトリスの塩焼きもマシになるかと――」
「そうですか……」

 どうやら、ナイルさんも味については、納得はしていなかったようで安心した。
 これなら日本の調味料などが売れるかも知れない。

  

 市場を一通り見終わったあと、俺達はナイルさんの案内で店前に戻ってきた。
 
「それではナイルさん、ありがとうございます」
「お手数をかけてしまって申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ――。ノーマン様には、ゴロウ様とユキネ様についてお話を通しておきますので」
「分かりました」
「――あれ?」

 先に店に入ろうとした雪音さんが首を傾げながら俺の方を見てくる。

「月山さん、お店の中に入れないです」
「ちょっといいですか?」

 俺は雪音さんの腕を握り、先に店の中に入る。
 すると、彼女も手を繋いでいるからなのかすんなりと店の中に入ってくることが出来た。

「入れました……。さっき壁みたいなのがあったんですけど……」
「たぶん、自分が手を繋いでいないと店の中に入れないのかも知れないですね」

 雪音さんの質問に答えたあと、異世界側へ向かう。

「ナイルさん」
「はい。無事に通れましたか?」
「問題なく通る事が出来ました」
「それは良かったです。それで、次は何時頃に来られますか?」
「店の開店などを考えると2週間ほどで伺おうかと――」
「分かりました。それでは、そのようにノーマン様に伝えておきます」
「よろしくお願いします」
「――あっ!」

 振り返り店に足を踏み入れようとしたところで、背後からナイルさんが何かに気が付いたのか声を上げてくる。

「どうかしましたか?」

 足を止め振り向きながらナイルさんの表情を見ると戸惑いの色が見てとれた。

「――いえ、少し気になったのですが……」
「何でしょうか?」
「ゴロウ様が、先ほどの女性と来られた際に、何時もよりも身に纏っている魔力が激減していましたので……」
「そうですか?」
「はい。いまは魔力がほぼ回復していますが、もしかしたら此方の世界に異邦人を連れてくる場合、膨大な魔力が必要なのかも知れません。魔力は生命力ですので枯渇した場合、生死に関わる事もあるので注意してください」
「わ、わかりました……」

 ナイルさんは真剣な表情で話してくる。
 それだけ危険な事なのだろう。
 たしかに、雪音さんを連れてバックヤードから店に入った時――、倒れそうになるくらいの脱力感と心臓の律動を感じた。
 
 あまり日本からは人を連れて来ない方がいいかも知れないな。
 ナイルさんに別れを告げたあと、店に入りシャッターを閉める。

「月山さん、色々と話をしていたみたいですけど何かありましたか?」
「いえ――、特に何もないです。お店の今後の事や、ルイズ辺境領を治める辺境伯への報告の有無をナイルさんに確認していただけなので」
「そうですか」
「それでは戻るとしましょうか」
「はい」

 彼女の手を引いて、バックヤード側から日本に戻る。
 バックヤード側の扉から外に出ると、外は暗い。
 腕時計で時間を確認したところ午前4時を指針は指し示している。

「一度、居間で今後のことの話でもしましょうか?」
「そうですね。この時間に実家に戻っても邪魔扱いされそうですし……」

 俺の提案に、雪音さんは頷いてくる。
 居間に戻ると桜は、フーちゃんを抱きしめながら寝ていた。
 起きた様子は見られない、
 昼間の来客ラッシュで相当疲れたのかもしれないな。
 台所から麦茶の入ったピッチャーとコップを二つ持ち来客用の部屋へ向かう。
 部屋の中――、テーブルの前には雪音さんが座っている。

「お待たせしました」
「いえ、桜ちゃんは寝ていましたか?」
「そうですね。昼間に何人も来客が来ていたので疲れたのかも知れません」

 相槌を打ちながら、麦茶をコップに注ぎ雪音さんに渡す。
 
「やっぱり夏は麦茶がいいですね」

 雪音さんの言葉には俺も同意だ。
 異世界の飲み物は果汁100%と贅沢ではあるけど、果汁100%が美味しいとは限らない。
 それに、さっぱりとした飲み物の方が、この年になるといい。

「月山さん、異世界って本当にあったんですね。私、信じていなくて――」
「気にしないでください。普通は、異世界とか言われてもあり得ないと思いますから」

 とりあえずフォローしておく。
 ここで気まずい関係になっても困るからな。

「それで、今後としてはどうでしょうか?」
「そうですね……」

 雪音さんの表情が少しだけ翳る。
 何かマズイことでもあっただろうか?

「何か……、問題でも?」
「いえ! 特にありません。おじいちゃんには、撮ってきた映像を見せれば何とかしてくれると思います。あと、雑貨店の会計についてですが、引き受けたいと思います」
「そうですか。良かったです」

 これで当面の月山雑貨店における帳簿管理や会計管理は任せることが出来る。
 そこは一安心だ。

「あの……、お願いがあるのですが……」
「何でしょうか?」
「出来れば契約は3か月でお願いできませんか?」
「それは、どうしてですか?」
「えっと……」

 言い淀む彼女に俺は内心ため息をつきながらも、あまり深入りしてはいけないような気がして、

「分かりました。それでは出来るだけ簡素に自分でも出来るように教えて頂けますでしょうか?」
「はい。それはもちろん!」

 彼女がどうして期限を切ったのか俺には分からないが、3か月間引き受けてくれるだけで大助かりだ。

「それと、月山さん」
「何でしょう?」
「あの……、ナイルさんって人ですけど……」
「ああ、彼はルイズ辺境伯領を治めているノーマン辺境伯に仕える兵士ですね」
「――いえ、そうではなくて……」
「――?」
「どうして、月山さんの事を『様』付けで呼んでいたんですか?」
「……」

 雪音さんの言葉に思わず俺は言葉を飲みこむ。
 意識して隠していた訳ではないが――、やはり貴族の血を引いているというのは、言い難い。
 だが――、隠していても……、その内に分かってしまうだろう。
 村長とか知っているし。

「そうですね……、そのルイズ辺境伯領を治めているノーマン辺境伯は、自分の父親の父親――、つまり祖父に当たるわけです」
「――え? と! いう事は……、月山さんや姪っ子さんは……、辺境伯の血を引いているという事ですか?」
「そうなりますね」
「なるほど。だから『様』を付けていたんですね」

 彼女の言葉を肯定するように俺は相槌を打つ。
 
「それで、雪音さん」
「はい」
「雇用に当たっての賃金ですが……」



 ――それから1時間ほどで賃金を含めた雇用形態に含む内容の話が終わり、

「それでは、雪音さん。店が開店してからでいいので、そうしたら来てください」
「――いえ、なるべく早い段階で伺いますので」

 村長の家に到着したのは、午前5時を回っていた。
 すでに日は昇りかけていて辺りは薄っすらと明るくなってきている。

「それでは、また――」

 雪音さんを村長の玄関前までエスコートして車に戻ろうとした所で、彼女に手を掴まれた。

「何か?」

 もう用事はないはずだが……。

「――あっ……、いえ――、なんでもないです。お気をつけて――、桜ちゃんにも宜しく言っておいてください」
「わかりました」


 

 
 

 

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