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第66話 異世界の市場(3)

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「それでは、少し待っていてください。聞いてきますので――」
「はい!」

 店から出て外で待機していたナイルさんに近づく。

「ゴロウ様、どうでしたか?」
「一応、許可は貰いました。自分の婚約者という立場でお願いできますか?」
「分かりました。それで、お相手のお名前は?」
「田口雪音と言います」
「タグチユキネ?」
「田口が家名で、雪音が名前になります」
「おお! 異世界の貴族の方ですか? 家名を名乗られるということは――」
「異世界は、全員が家名を持っていますので」
「なるほど……、わかりました。すぐに身分証明書を手配致しますので、市場から帰る際にはお渡しできるかと」
「よろしくお願いします。それでは自分は雪音さんを連れてきますので」
「わかりました。こちらも手配をしておきます」

 ナイルさんが他の兵士に指示を出している間に俺は店内へと戻る。

「雪音さん、許可が取れましたので市場に向かうとしましょう」
「本当ですか? 本当に行っていいんですか?」
「はい。まずは、自分の手を握ってもらえますか?」
「手を?」
「はい。そうしないと店の入り口を出ることが出来ないので」
「わかりました」

 雪音さんの手を握ったまま外に出る。
 すると大きな光が周辺を照らす。

「キャッ」
「だ、大丈夫ですか?」
「は、はい……。あ、あれ? 体中の痛みが……」
「どうかしたんですか?」
「――い、いえ! なんでもないです!」

 雪音さんは首を振って何でもないアピールをしてくる。
 二人して会話をしていたところで俺達の真正面にナイルさんが移動してきた。

「ようこそ、ルイズ辺境伯領の城下町の警備隊長を任されているナイルと申します」
「――あ……、私は田口雪音と言います。よろしく、お願いします」
「はい。市場までの道のりと市場での散策の際の護衛は私が担当させて頂きますで、ご安心して散策ください」
「ナイルさん、仕事は大丈夫ですか?」
「はい。――それに私が一緒にお二人と行動した方が不届きな事をする者もいないでしょう」
「不届き者ですか?」
「はい。一応、領内は安全と言っても月山様は何か武術を嗜んでは居られないようなので――、余計な揉め事に巻き込まれますとアレですから」
「分かりました。よろしくお願いします」
「承知しました」

 

 ――ナイルさんを先頭に歩き出して5分ほど。

 市場が近づくにつれて道の両端に簡素的な露店が増えていく。
 
「ここが、ルイズ辺境伯領の市場入口になります」

 そこは広間の入り口。
 広さとしては、一般的な学校の校庭の2個分ほどだろう。

「すごいです! これが異世界の市場!」

 興奮気味に、雪音さんが市場を見渡している。
 たしかに、俺から見ても興味を掻き立てられる店が何店舗も見えるのだが……。

「雪音さんは、こういう所は初めてですか?」
「月山さんも初めてですよね?」
「そうですね」

 たしかに初めてだが――、市場でそこまで興奮はしない。
 
「とにかく、市場を見て回りますか?」
「はい!」

 元気よく答えてくる雪音さん。
 そんな彼女に少し気後れしながら俺は頷きつつ、ナイルさんの方を見ると彼も得心いったかのように頷くと、ナイルさんを先頭に俺達は市場の中を見て回ることにする。

「ゴロウ様、まずはどちらから見て回りますか?」
「そうですね」

 とりあえず食料品関係に関しては見て回る必要はない。

「民芸品などを取り扱っている場所を案内してもらえますか?」
「民芸品ですか?」
「はい」

 なるべく早い段階に日本で販売できる物を探して確保しないと金銭的に詰むことになるからな。

「分かりました。それではこちらに――」

 乾物や果物などが売っている店を横目に、まっすぐ市場の反対側へと向かう。
 到着した場所は、ナイフや絨毯などが売っている場所。

「ここで大丈夫でしょうか?」
「はい。十分です」

 カバンからハンディカメラを取り出し、3人で市場の中を歩いていく。

「月山さん! これ! これ! これ高く売れますよ!」

 周辺の店舗を、カメラで撮っていたところ雪音さんが興奮した面持ちで話しかけてくる。

「なんでしょうか?」
「コレ、ペルシャ絨毯ですよ!」
「ペルシャ絨毯? たしか、ペルシャで作られていたという民芸品だったと記憶している」
「それは、ルイズ辺境伯領の女性達が日銭を稼ぐ為に作っている物ですね」
「日銭?」
「はい。ルイズ辺境伯領の主都であるここはエルフの集落に近く安定した産業がありませんので家計の足しになるようにと昔から女性が作ったものなのです」
「なるほど……、価格は高いんですか?」
「そこの婦人、すまないが――、この絨毯は幾らだ?」
「――こ、これはナイル様! この絨毯は、金貨1枚です!」

 店員だと思うが、ナイルさんが話かけた女性は頭を何度も下げながら価格を提示してくる。
 金貨一枚は、たしか10万円ほどだったはず。
 
「月山さん」
「雪音さん?」
「あの絨毯、一枚だけ購入は無理ですか?」
「今は残念ながらお金がないです」
「それは残念です。きっと日本でなら数十万の価値がつきますよ」
「そんなに!? ナイルさん、一枚絨毯を購入したいのですが……、いまは持ち合わせがなくて――」
「分かりました。それでは後で返してくださればいいので――」

 チャンスがあるのなら仕入れて村長に見せた方がいいだろう。
 早めの金策をするに越したことはないからな。
 
 絨毯を購入したあとは、ナイルさんに市場を案内してもらいフードコートのような場所で休息を取る事になった。
 実際、フードコートと言っても日本のように小綺麗な場所ではない。
 噴水の近くに木製の椅子やテーブルが並べられているだけの休憩所。
 その周りには幾つもの食品を提供している屋台が並んでいる。

「ゴロウ様、お待たせしました」

 テンションが高かった雪音さんに振り回されるように市場内を見て回っていたこともあり、かなり疲れてしまった。
 それに何より眠い。

 腕時計を確認すると深夜3時を指し示している。
 やはり、バイオリズムは重要なのだろう。

「ありがとうございます」

 ナイルさんから受け取ったオレンジ色の飲み物は木製のコップに入っている。
 口をつけると、果汁100%のオレンジジュースを飲んでいるようで、かなり酸っぱい。

 ――思わず咳き込む。

「ナイルさん、これは――」
「エルフが管理している大森林の近くの木々から採取できるオレンジを潰したものです」

 なるほどと頷く。

「これは砂糖とか入れたり水で薄めて調整はしていないんですか?」
「砂糖ですか? 砂糖は南方の国でしか取れない高級品ですから、使われることはありません。それに水で薄めることは致しませんね」
「そうなんですか? それなら牛乳で薄めたりとかは?」
「牛乳に関しても高級品ですから」
「牛乳が高級品ですか?」
「はい。放牧を行うためには近隣の魔物を倒すという事が必要になりますが、ここはエルム王国でも辺境ですので、魔物を駆逐することは大変なのです。そのため、放牧を行っても魔物の餌になってしまうので」

 ナイルさんも俺達と同じ飲み物を飲みながら雪音さんの質問に答えてくる。
 そんな二人を見ながら、俺は――、この世界には身近に魔物というのが存在するのかと考えを巡らす。

「あの、ナイルさん」
「何でしょうか?」
「やはりオークやゴブリンなども居るんですか?」
「はい」

 頷いてくるナイルさん。
 
「あの失礼ですが、よくオークやゴブリンは女性を性的に狙うような話を聞いた事があるんですが……」
「――!? ゴロウ様の世界にもゴブリンやオークなどが居るのですか?」





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