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第35話 ホテルバイキング

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 ――1時間後。

「ありがとうございました!」
「あ、ああ……」

 会計を済ませた俺は、部屋のカードキーを受け取ったあとレシートを受け取る。
 もちろん、動揺を抑えながら――。

 何故なら、出汁巻き卵を食べたあと――、あまりの美味しさから色々な料理を注文したからだ。
 正直、「ハッ!」と気が付いた時には、あとの祭りであった。

 店から出たあとは、受け取ったレシートに目を通す。
 価格は18万5400円と記載されていた。
 
「おじちゃん! すごい美味しかったの! もう、お腹いっぱいなの!」

 桜は、ものすごく満ち足りた――、いい笑顔であった。
 
「俺も、胸がいっぱいだ」

 色々と――。
 食事後、ホテルの大浴場へと足を運ぶ。
 夜も遅いこともあり、俺と桜以外には客の姿は見当たらない。

「痒い所はないか?」

 桜の髪の毛を――、部屋に用意されていたアメニティセットの中に入っていたシャンプーで洗う。

「だいじょうぶなの」
「そっか」

 お湯の温度を確認しつつ、桜の髪の毛に付いたシャンプーの泡を落とす。
 そのあとはリンスをしたあと体を洗う。
 
「ほら、お風呂に入ってきていいぞ」
「桜もおじちゃんの背中を洗うの!」
「洗ってもいいが――、どこから持ってきたかは分からないがタワシで洗うなよ? 背中が傷だらけになる」

 どこから持ってきたのか分からないが、どうしてタワシを桜が持っているのか不思議に思ったので突っ込みを入れておく。
 頭と体を洗ったあとは、二人して露天風呂に浸かる。

「やはり日本人は風呂だよな」

 しかも大浴場。
 足を、まっすぐに伸ばせる風呂というのは至高だ。
 今度、資金に余裕が出来たら足が伸ばせる風呂でも踝さんに依頼しよう。
 ちなみに桜は、お風呂の中でぷかぷかと仰向けになって浮いている。

「泳げるお風呂はすごいの!」
「泳いだら他の人の迷惑になるからな。泳ぐのは禁止だぞ」
「はーい」

 それでも桜はお風呂の中で浮きながらくるくると回っている。
 器用な物だな。

 お風呂から出たあとは、部屋に戻る。
 部屋に用意されていた寝巻に着替えたあとは、さすがに夏場に同じ服を2日続けて着るのは問題と言う事もありルームサービスで着ていた洋服の洗濯を頼む。

 ルームサービスのメニュー表には朝までにはクリーニングが終わると書いてあったから頼んでみた。

「ふかふかなのー」

 さっきもベッドで寝ていただろうに。
 まぁ、桜の言っている事には俺も全面的に同意だ。
 それに、俺も今日一日は金の売買や車の運転で疲れたからな。
 目を閉じるとすぐに寝てしまいそうだ。

「電気消すぞ」

 ベッドの上でゴロゴロしていた桜が、ベッドの上に座ったあと、「はーい」と、返事してきたのを見てから部屋の電気を落とした。



 ――翌日。
 
 携帯電話のアラームと共に、目を覚ます。

「もう7時か……」

 思ったよりも疲れていたのか、やはりすぐに寝てしまったようだ。
 欠伸を噛みしめながらベッドから出ようとすると――、やはりと言うか桜が俺のベッドの中に潜り込んできており寝ていた。
 せっかくベッドが人数分あるというのに……。

 まぁ、良く寝ているようだし――、チェックアウトも午前11時までにすればいいのだから、すぐに起きる必要もないだろう。

「とりあえず、ホテルのサイトでも見て時間でも潰すとするか」

 その間に、桜が起きれば問題ないし……。
 それに今日は、藤和に行って塩の発注もついでにしようと思っているからな。
 
「――ん? 朝食バイキングってのがあるのか――。時間は……、午前9時までか。桜が、起きたら行って見るとするか。肉料理に、麺料理、中華に、フランス料理……、あとは寿司もあるのか」 
「おすしなの!」

 桜が寝ぼけた眼差しで、お寿司! というキーワードでベッドから起き上がると俺の方を見てくる。
  
「おすし……、おすし……」

 どうやら桜は、昨日の美味しいお寿司のせいでお寿司ファンになってしまったようだ。
 あまり美味しい物ばかり食べさせる訳にもいかない。
 今後は、パック寿司を食べさせるとしよう。
 高級寿司ばかりだと家計が破綻してしまうからな。

 桜はおぼつかない足取りでベッドから降りるとふらふらと部屋の出口へと向かっていく。
 そんな桜を見て思わず溜息をついてしまう。

「ほら、顔を洗うぞ」

 洗面台まで桜を連れていき洗顔する。
 そしてクリーニングが終わっている服に着替えたあとは、食堂へと向かう。
 
「いっぱいあるの!」

 目をキラキラと光らせながら素直に感想を述べる桜。
 たしかに桜の言う通り、無数の料理が並んでいる。
 俺も人生40年以上になるが、朝食バイキングに来たのは初めてだ。

「これが……、ホテルに宿泊している客なら誰でも食べられるのか……」
「どれ食べてもいいの?」
「ああ、食べられる範囲で残さないようにな」
「うん! 桜、いっぱい食べる!」

 それから2時間後、俺と桜はたくさん料理を堪能した。

「月山様、チェックアウトで宜しかったでしょうか?」
「はい」
「お支払いは、カードでしょうか?」
「いえ、現金でお願いします」
「それでは、合計で26万5400円に税金が加算されまして……」

 一人4万円のホテルだと思って10万円以内で納められると思っていたが思っていたよりも予算が……。

 支払いが済んだあとはホテルフロントから出る。
 もちろん俺の愛車であるワゴンRは、ホテルマンが出入り口に運転して運んできてくれていた。
 
「月山様、またの御来訪をお待ちしております」
「ありがとう」

 もう2度と! 来ることはないだろう。
 バイキングで元を取ろうと思ったが――、さすがに無理がありすぎた。
 ローストビーフやウニやいくらを食べ続けたが元が取れたかどうか……。

 桜をチャイルドシートに乗せたあと、車のエンジンを掛けてアクセルを踏み込む。
 車は走り出す。

「おじちゃん」
「どうした? 忘れ物か?」
「御来訪って何?」
「また来てくださいって意味だな」
「――! お寿司! またくるの?」
「……」
「おじちゃん!」

 桜には悪いが今度、スーパーの回らない寿司でも堪能させよう。
 

 ――車を運転すること30分ほど。
 幹線道路から、小道に入り見覚えのある景色が見えてくる。

「相変わらず大きいな」

 車が向かう先――、右手には株式会社 藤和のビルが見える。
 地方の町には不釣り合いなほど大きな建物だ。

「おじちゃん……、あの建物だけ大きいの」
「そうだな」

 相槌を打ちながら車を近くの駐車場に停める。
 そして桜をチャイルドシートから降ろしたあと施錠した。

「あの大きな建物にいくの?」
「いや――、向こうの小さな建物だな」
「へー」

 ガラガラと俺と取引のある【問屋の藤和】のドアを手で開ける。
 
「月山様! どうかなさいましたか?」

 デスクに座っていたのは藤和一成さんだけ。
 事務所に入ってきたことに気が付いたのかすぐに話しかけてきた。

「じつは、藤和さんに相談したい事がありまして……」
「相談ですか?」
「ええ――」
「わかりました。こちらへ、どうぞ――」

 藤和一成さんに通されたのは以前と同じブースの一角。

「それにしても――、月山様から来て頂けるとは思いもよりませんでした」
「そうですか?」
「はい。商品の仕入れのお話でしたら、こちらから出向きましたのに……」
「近くに来たついでですので、気にしないでください」
「そうでしたか。それで、そちらのお子様は――、月山様の娘さんですか?」
「そうなの!」

 姪っ子だと説明しようとしたところ、桜が藤和一成さんの言葉を肯定してしまう。
 何と説明していいか迷っていただけに、今回は桜の提案にのっておくことにする。
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