上 下
23 / 437

第23話 田舎の朝は早い

しおりを挟む
「――さて、今回は異世界に行くのは控えた方がよさそうだの。エルフが張った結界が、どのような効果を持つのか分からないからの」
「そうですね」
 
 ノーマン辺境伯の言葉には俺も賛同だ。
 姪っ子の桜も日本では一緒に暮らしている以上、無用なリスクを背負うのはよくない。
 何か問題が起きた場合に、責任を取るのが自分一人だけならいい。
 それなら遥かに気が楽だ。
 
 ――だが、そうではない。
 
 都筑医師も言っていた。
 俺には守る者がいる。
 安易に動くわけにはいかないのだ。
 
「それでは、自分はこれで今日は帰ります」
「――そうか……」
 
 ノーマン辺境伯が残念そうな表情を見せる。
 たしかに肉親が誰も居ないと言うのは寂しい物なのかも知れない。
 
 ただ……、不測な事態が起きることも考えると彼を――、ノーマン辺境伯を家に招くことはできない。
 少なくとも事態がハッキリするまでは。
 
「ゴロウよ。数日後には、事態は判明するはずだ。その頃に、また来てくれるかの?」
「はい。数日後には、伺わせて頂きます」
 
 ノーマン辺境伯と別れ店の中に入る。
 そしてシャッターを閉めると室内が薄暗くなり――。
 
「これは……」
 
 カウンターの下が僅かに光っている。
 それは、シャッターを閉めないと分からないほどの微かな――、黄金の光。
 カウンターの下に手を入れブロードソードを取り出す。
 すると、錆びついていた剣の刀身が薄っすらと――、黄金の光を身に纏っていた。
 とりあえず、ブロードソードはカウンターの下に戻す。
 どうせ俺が何か調べようとしても、そんな知識は持ち合わせていないのだから時間の無駄だからな。
 
「――あっ……」
 
 バックヤード側の扉を開けたところで、そういえばナイルさんがブロードソードの事をエクスカリバーと言っていたことを思い出す。
 先ほど光っていた事といい家に戻って調べてみるのも良いかも知れない。
 
 家に戻ると、居間に敷いてある布団の上で桜は熊のぬいぐるみを抱いて寝ている。
 桜を起こさないように、インターネットに接続したあと聖剣エクスカリバーのことを調べていく。
 
「(聖剣エクスカリバーは、イギリス――、ブリテンの統治者であるアーサー王が持っていた剣であり鞘を身につけていると傷を受け付けないか)」
 
 小声で読み上げながら、俺は疑問を抱く。
 鞘が傷を受け付けない――、というのは良い。
 問題は、店にあるエクスカリバーが本物だったとしよう。
 そして、病を治したのもエクスカリバーの鞘だったとしたら……、その鞘はどこにあるというのか?
 
「エクスカリバー、オークションで出したら高く売れるかな」
 
 とりあえず、ノーマン辺境伯からの報告待ちだな。
 余計な事をして不測な事態を招いても困るし。
 ブラウザを落とし、ベッドで横になり目を閉じた。
 
 
 
 朝は受話器からの着信音で目を覚ます。
 
「はい。月山ですが――」
「ゴロウか?」
「目黒さんですか? どうかしましたか? こんな朝早く」
 
 念のために壁の時計を見るが時刻は朝6時。
 まだ大半の人間は寝ている時間帯だ。
 
「もう朝6時だぞ? 普通に起きている時間帯だ」
「そ、そうですか……」
 
 そういえば、年寄りの朝は早い事を失念していた。
 
「それで何か用ですか?」
「うむ。預かっていた金貨だが、すべて細工が終わったから取りに来い」
「――え? 全てですか?」
 
 思わず疑問を口にしてしまう。
 金貨の枚数は50枚ほど――、1枚20グラムほどあったので1キロはあったはず。
 
「分かりました。姪っ子が起きたら伺います」
「そうか。分かった」
 
 電話を切ったあと、2度寝をする気も起きない。
 
「部屋の空気の入れ替えをしておくとするか」
 
 雨戸を開ける。
 すると、根室夫妻の孫である和美ちゃんと目があった。
 
「よう、おっさん!」
「…………」
 
 俺は雨戸を閉める。
 
「ちょっと! 待ってよ! 開けてよ! おっさん!」
「俺はお兄さんだ。それと、今は何時だと思っているんだ?」
 
 まだ朝、7時前だぞ?
 こんな朝早くから来るなんて、ちょっと問題だ。
 
「だから、雨戸があくまで待ってたんじゃん!」
「つまり何か? 雨戸が空いていたらいつでもお邪魔しますと入ってくるつもりだったのか? 玄関からは、来ないのか?」
「だって――、玄関よりも、こっちの方が早いじゃん」
 
 たしかに縁側から来る方が桜の部屋に近いのは認めよう。 
 
「根室さんは何も言ってなかったのか?」
「もう畑仕事しているよ?」
「田舎の朝、早すぎ……」
 
 そういえば、俺もクワガタとかカブトムシを取りに行く時は、朝4時くらいに起きて家から出かけていた気がする。
 さすがに、この年齢になって朝4時起きは無理だが――。
 
「仕方ない」
「分かった。とりあえず桜が寝ているから、騒ぐなよ? いいな?」
「ふり?」
「ふりじゃない」
「わかったよー」
 
 しぶしぶと言った声色で頷いてくる和美ちゃん。
 まったく仕方ないな。
 雨戸を開けて空気の入れ替えをする。
 その間に、和美ちゃんは縁側から家の中に入ってくると居間で寝ている姪っ子を見たあと、何を考えているのか俺の布団にコロンと横になった。
 
「和美ちゃん」
 
 どうして俺の布団で寝るのか? と、聞こうとしたところでスピーと寝息が聞こえてくる。
 
「寝るの早っ!」
 
 子供って、こんなに寝るの早かったか?
  
 ……仕方ない。
 とりあえず飯でも作るか……。
 和美ちゃんが朝食を食べてきたかは知らないが、俺と桜が食べているのに食べさせないわけにはいかないからな。
 
 3人分の素麺を作ったところで、ようやく――。
 
「えええー、おじちゃんが和美ちゃんになってる!?」
 
 ――と、言う桜の声が聞こえてきた。
 
 
 
まったく……、俺が幼女になるわけがないだろうに――。
よし、素麺ができたな。
水洗いした素麺をガラスの器に載せ居間に持っていく。
 
「あれ? おじちゃん?」
「朝ごはんにするから顏を洗ってきなさい」
「えっと……、おじちゃんが和美ちゃんで、和美ちゃんがおじちゃんで、おじちゃんが二人いる?」
 
 目をぐるぐる回しながらトンチの聞いたセリフで桜が混乱している。
 まだ起きたばかりで頭が働いていないのだろう。
 
「和美ちゃんは、朝早く遊びにきたんだよ。それで布団に入って寝たんだよ」
「――え? おじちゃんの布団に……」
 
 ボソッと、桜が呟くとタオルケットに和美ちゃんを巻いていく。
 そして布団から蹴り出すと、俺が寝ている布団を畳むと押し入れに入れてしまう。
 
「――いてっ!?」
 
 畳の上を転がっていった和美ちゃんは頭を壁にぶつけたあと何が起きたのかと回りを見渡したあと、タオルケットを剥がして俺の方を見てくる。
 
「俺は何もしていないぞ」
 
 そもそも両手は、素麺が入ったガラスの器を持っていて塞がっているのだ。
 何も出来る訳がない。
 
「おっさんじゃない……?」
「俺ではない」
 
 和美ちゃんの言葉に言葉を返す。
 
「――ひっ!」
 
 和美ちゃんが小さな悲鳴を上げた。
 俺は、ずっと和美ちゃんを見ていたので分からなかったが、和美ちゃんの視線を追うと、桜が熊のぬいぐるみを抱きながら、和美ちゃんと瞳で会話をしている? ようだ。
 
「お布団はダメ――、なの……。ワカルヨネ?」
 
 ぶんぶんと空気が鳴るほど和美ちゃんが首を縦に振っている。
 どうやら、睡眠を邪魔されたのが気に入らないのか少し桜はご立腹らしい。
 
「桜、和美ちゃんは遊びに来てくれたんだからな。それと、顔を洗ってきなさい」
「……うん」
 
 コクンと頷くと桜は台所に行き――、台座を用意すると上に上がって顏を洗い始めた。
 俺は、それを確認したあと朝食を用意する。
 
「和美ちゃんも食べていくだろ?」
「――う、うん……」
「どうかしたのか?」
「なんでもない……、たぶん気のせいだから」
 
 ふむ……。
 何かあったのか?
 俺は桜の方を見るが顏を洗い終わったようで、戻ってくるとテーブルの前に座った。
 
「おじちゃん?」
「お兄さんな」
 
 とりあえず、お兄さんという事だけはきちんと教えておかないといけない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら異世界ではないらしいが、魔法やレベルがある世界になったようだ

ボケ猫
ファンタジー
日々、異世界などの妄想をする、アラフォーのテツ。 ある日突然、この世界のシステムが、魔法やレベルのある世界へと変化。 夢にまで見たシステムに大喜びのテツ。 そんな中、アラフォーのおっさんがレベルを上げながら家族とともに新しい世界を生きていく。 そして、世界変化の一因であろう異世界人の転移者との出会い。 新しい世界で、新たな出会い、関係を構築していこうとする物語・・・のはず・・。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

おっさんの異世界建国記

なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

処理中です...