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第5話 宮大工の技

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 スマートフォンが鳴る。
 手を伸ばし寝ぼけたまま着信ボタンを押す。
 
「五郎か? まだ寝ていたのか?」
「…………まだって……」
 
 電話を掛けてきたのはリフォーム踝の社長の踝(くるぶし) 健(けん)。
 
 俺は寝ぼけたままの眼差しでスマートフォンの画面に表示されている時間を確認する。
 時間は9時40分と表示されている。
 
「踝さん、何か問題でも?」
「問題というか村長から、月山雑貨店の棚を作ってやれと朝方に電話があったんだよ。それで寸法とかを確認しに行こうと思って電話したんだが、いまから大丈夫か?」
「大丈夫ですが……、そんなにお金出せないですよ?」
「お金なら、村長が払ってくれるから大丈夫だ」
「え? 田口村長が?」
 
 米の買い取りで農協と1円単位で交渉していた村長が?
 俄かには信じられないな。
 
「俺も信じられなくてな。知り合いに聞いてみたところ、江口のばあさんから電話があったんだ。それで田口村長が恵子ちゃんの娘の生活基盤をきちんとしようって言ったらしくてな。そこで、雑貨店の棚くらいは作るのを援助しようって話で纏まったようだ」
「ゆめ子先生からの話なら信憑性はある」
 
 江口(えぐち)ゆめ子は、昔に存在していた結城中学校で校長をしていた女性。
 田口村長だけでなく、村の大半は教え子だと言ってもいい。
 田口村長だけの話だったのなら、スルーでいいが元・校長である江口の婆さんが嘘をつく事はない。
 
「だろう? それじゃ、今から行くけど大丈夫か?」
「どのくらいで?」
「そうだな。俺の家から月山の実家までは、そんなに離れてないから、いまから用意するから10分くらいで到着できると思うからシャッター開けておいてくれ」
「わかりました」
 
 電話を切る。
 
「はぁ、10分後か……」
 
 とりあえず雑貨店の裏口のドアからバックヤードに入って、それから店内の柱についているボタンでシャッターを開けておけばいいか。
 クーラーをつけたまま、布団から出ようとしたところで姪っ子の桜が俺に抱き着いて寝ている事に気が付いた。
 ゆっくりと桜が起きないように気を付けながら着替えて部屋から出る。
 
 家から出たあとは裏庭を通り、バックヤードに繋がる扉のドアノブに手を掛けて回す。
 すると、キィィと言う音と共に、澄んだ鈴の音色が耳に聞こえてきた。
 
 それは――、店にお客が来たことを知らせる音。
 それに、そっくりだ。
 
 昨日、店内を細かく確認した時は、そんな音を鳴らす鈴のような物はなかった。
 ドアを念入りに確認するが、やはり鈴のような物は取り付けられていない。
 
「外にも内側にも見当たらないな……」
 
 思わず唇に手を当てながら考えるが――、答えは出ない。
 何度かドアを閉めて開けると繰り返す。
 すると扉が閉めるときだけ鈴の音色が鳴った。
 逆にドアが開いている状態で、どんなにドアを早く動かしても鈴の音色は鳴らない。
 
 ――つまり、ドアとドア枠が接触した時だけ音が鳴る仕組みになっている?
 
 よく日本の宮大工は、釘一本使わずに建物を建てると言われている。
 つまり、これも何らかの宮大工の技術で作られたものなのだろう。
 踝が来るまで時間もないし、そういうことにしておくか。
 
 バックヤードを通り、店内に入る。
 店内は暗く、一寸先も見ることが出来ない。
 
「おかしいな……、窓からは明かりが入ってきてもいいはずなんだが……」
 
 いまの時刻は午前10時前。
 夏の時期と言う事もあり、窓ガラスから太陽の光が入ってこないということはあり得ない。
 
 仕方なしに、店の天井の蛍光灯のスイッチを入れようと手を伸ばしたところで――、窓ガラスの外に見慣れない服装をした人影が見えた。
 
「なんだ?」
 
 店内の蛍光灯のスイッチを入れるのも忘れ、店の正面窓ガラスに近づいて外を見る。
 すると外は暗かったが、数人の男女が歩いている光景が目に入った。
 
 ――ただ、その服装はありえなかった。
 
「……ど、どういうことだ?」
 
 声が震える。
 あまりにも非日常的な様子に――、思考が追い付かない。
 
 日本では銃刀法違反に確実に引っかかるような大剣を背中に括り付けている大男。
 ビキニ姿のレイピアなどの剣を腰に差している耳の長い女性。
 黒いローブを身に纏った、2メートル近い杖を持つ女性。
 大きな斧を腰に下げている身長1メートルほどの樽のような体系をした逞しい髭を生やした男。
 
「……こ、こんなのはあり得ない」
 
 どうやら、まだ俺は夢を見ているようだ……。
 ふらつきながら、バックヤードを通り外に出る。
 思考が纏まらないまま、バックヤードに繋がるドアを閉め放心していたところで、セミの鳴き声が聞こえてきた。
 
「おーい! 月山いるか!」
 
 俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
 どうやら駐車場にいるらしい。
 
 先ほど、見慣れない姿の人々が居た場所に――。
 
「――だ、大丈夫なのか? で、でも、いくしかないよな……」
 
 何が起きたのかまったく分からないが……。
 踝は一応、知人だ。
 へんな奴らに絡まれたら大変なことになる。
 外から月山雑貨店の正面へと慎重に――、そしてかつ臆病に回り込む。
 
 塀から顏だけ出して月山雑貨店の駐車場を確認するが――、駐車場には踝以外の人影は存在しない
 
「踝さん!」
「どうした?」
 
 用心には用心を重ねて駐車場の敷地外から踝を呼ぶ。
 もちろん手招きすることも忘れない。
 俺の様子に首を傾げながらも踝が近づいてくる。
 
「一体、何をしているんだ? 新手の遊びか?」
「違います。それより変な連中見なかったですか?」
「変な連中? へんな行動を取っている奴なら――、現在進行形という形で、俺の目の前にいるが……」
「そ、そうですか……」
「大丈夫か? 具合が悪いなら立ち合いは明日でもいいぞ?」
「――いえ、大丈夫です」
 
 どうやら俺の勘違いだったようだな。
 きっと、起きたばかりで変な幻覚でも見たんだろう。
 
 そうだ! きっと、そうに違いない!
 
「それなら、いいんだが……」
「すぐに店を開けます」
 
 俺は駐車場側から店のシャッターを開ける。
 そして両開きのガラスドアを手で開けたあと店内に入る。
 外からの日差しをガラスが透過して引き入れていることもあり、とても明るい。
 
「踝さん、お願いします」
「分かった。それで棚の位置なんだが……、壁沿いに棚を並べる感じでいいのか?」
「そうですね。親父が店をやっていた頃のような棚の配置を考えているんですが……」
「あー、あれか。それなら覚えているから、何も言わなくても大丈夫」
 
 俺の親父が、村で唯一の雑貨店をしていた頃は結城村の住民の殆どが家の雑貨店で買い物を済ませていた。
 理由は、隣の村のスーパーに行くには車で1時間ほど走らないといけないから。
 そういうこともあり、踝もうちの雑貨店の棚の配置場所は知っている。
 
 俺が見ている前で踝がテキパキと寸法を測っていく。
 それを見ながら、俺はバックヤード側に向かう。
 
「……踝さん」
「なんだ?」
 
 作業を止めずに踝が俺の問いかけてに答えてくる。
 
「うちのバックヤードに実家に繋がるドアあるじゃないですか」
「それが、どうかしたのか?」
「ちょっと、来てもらってもいいですか?」
 
 やはり気になる。
 
「どうかしたのか?」
「あのドアですが……」
 
 俺は、家の裏庭へと繋がっているドアを指さす。
 すると、ズンズンと踝がドアに近づくと、躊躇なくドアを開けたが――。
 
「――あれ?」
 
 いま、踝がドアを開けた時に鈴の音色が聞こえなかった。
 
 
「どうかしたのか? とくに立て付けが悪いって感じはしないが、油でも差しておくか?」
 
 そう俺に踝が問いかけてくる。
 俺はドアに近づき、踝が閉めたドアを開けるが、やはり鈴の音色は聞こえない。
 念のために、バックヤード側のドアから外に出てから、ドアノブに手をかけて回してドアを開けるが――、やはり澄んだ鈴の音色は聞こえない。
 
「……疲れていたのか。いや――、寝不足だったのかもしれない」
「お前、大丈夫か? 竹中先生のところで、診察してもらうか? ここは盆地で暑いからな、熱射病になると幻覚とか見るらしいぞ」
「幻覚……」
 
 そう言われてしまえば、幻覚だった気がしてくる。
 よくよく考えてみれば、異世界風の恰好をしたような人間が闊歩する世界なんてあり得る訳がない。
 
 ――昨日は数時間、車の運転をしたあと荷解きに、寄り合い所と色々あった。
 
 きっと疲れていたのだろう。
 原因が掴めれば、気が楽になる。
 
「踝さん、余計な時間を使わせてしまって申し訳ありません」
「いいさ、何かあったら、すぐに相談してくれ」
 
 そう言いながら踝は棚を配置する場所と、棚の寸法を測っていく。
 1時間ほどで終わらせると、明日には棚を納品できるからと帰っていった。
 
「明日か……」
 
 何か売れる物でも買ってきた方がいいよな。
 一人呟きながら店のシャッターを閉めて実家に戻る。
 
 
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