平民と恋に落ちたからと婚約破棄を言い渡されました。

なつめ猫

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第59話 壊れた人形(6)第三者視点

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「――分かりました」

 そう頭を下げて部屋から出ていくエイナの後ろ姿を見て、ディアナは深く溜息をつく。



 ――そして翌朝。
 
 いつも通りの朝が来る。
 クララの寝室のドアをノックする音が室内に響き渡ると共に、クララは目を覚ます。

「はい……」

 ドアが静かに開く。
 すると室内に入ってきたのはディアナであった。

「えっと……、お、お母様?」

 ずっと昔に、母親から離されて王宮で教育を受けたクララにとって実の母親の記憶というのは殆ど忘却の彼方に攫われていた。
 面影も、記憶も殆ど薄れてしまっていて、頼りない――、エイナに教えてもらった情報――、目の前に立っている女性が実の母親であるディアナ・フォン・マルクという人間というモノでしかなかった。

「おはよう。クララ」
「おはようございます。お母様」

 そう挨拶を交わしながら、ベッドから降りたクララは部屋の中を見渡す。
 ただ、そこには、王宮に侍女として派遣されてきていたエイナの姿はなく――。

「今日から、この子が貴女の世話をするわ」
「クララ様、シルエットと言います。今日から、お傍で身の回りのお手伝いをさせていただきます」
「――え?」

 目を大きく見開くクララ。
 自身の記憶の中では、唯一鮮明に覚えているエイナが居ない事は、彼女には――、クララには大きな衝撃を内心で与えてはいたが、それは王宮で教育された彼女にとって表には出してはいけない感情だと理解してしまう。
 だから、口にする事はしない。
 思わず、小さく疑問形の声が出てしまったが、すぐに口をつぐみ――、小さく咳をする。

「分かりました」

 そう彼女には答えるしか出来なかった。
 そんなクララを見て、ディアナが悲しそうな瞳をしていたのに勘づくものはいなかった。
 母親であるディアナが部屋から出ていったあとは邸宅内用のドレスに着替え、朝食を母親と一緒に摂る。
 会話も殆どなく、静かに朝食が終わり、そのあとは自室に引き篭もるようにして、バルコニーに置かれている椅子に座りマルク公爵邸の庭園を見つめるクララ。
 そんな傍らには、シルエットが静かに佇む。

 そして――、そんなクララの様子を部屋の隅で見つめているラインハルトが居た。
 クララが就寝する時間になり、部屋から出たラインハルトは公爵家の執務室へと足を運ぶ。


 ――コンコン


「開いている」

 ドアノブが回る音。

「王太子殿下。どうでしたか?」

 期待を込めるような声色で、話しかけるオイゲン。
 彼は国王陛下から、クララを期限内に何とかするようにと命を受けていた。
 内心では、帝国との国家間の問題を含めて、焦ってはいたが、その声色には一切、そのような感情は込められてはいなかった。

「私が見えていないように振る舞っている」
「そうですか……」
「それよりエイナという王宮から仕えていた侍女は一体どこに? 今朝から、姿を見かけないが?」
「家族に訃報があったので、暇を出しております」
「そうか……」

 それでは、クララも気心の知れた相手がいないのか……と、クララを心配するラインハルト。

「殿下」
「どうした?」

 先ほどまでと違い、オイゲンの口調には若干の緊張が入り混じった様子。
 それを理解したラインハルトは、表情を強張らせる。

「じつは、スペンサー枢機卿が娘に会いたいと使者を送ってきました」




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