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第9話 擦れ違う気持ち
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「行方不明ですか?」
「ええ。そうみたいね……」
お母様は、封筒に手紙を戻しながら、そう言葉を紡ぎ返される。
「お母様」
「どうしたの?」
「おかしいと思いませんか?」
「それは、ユリエールという平民が国外逃亡した件かしら?」
「はい」
私は頷く。
だって、今回の一連はおかしな事が多すぎる。
ラインハルト様の態度の急変が、その良い例。
「そうね……」
お母様は、ティーカップに口をつけながら答えてくる。
「お母様も気づかれておられるのでは? 文武両道のラインハルト様が拘束され捕まるほどの兵士が投入されたというのに、平民の方が何の手引きもなく国外に逃亡できるとは思えません」
「何が言いたいのかしら?」
「――ですから、豹変された理由は、その平民が関わっていると考えられると思います」
「それで?」
「たとえば、イグニス王国内では禁止されている精神や認識を阻害する魔法が使われている可能性も考えられます」
「そう言う可能性もあるわね」
私の考えに、お母様は目を細めながら相槌のように呟いてくる。
ただ、私の考えは強ち間違ってはいないと思う。
可能性は非常に高い。
「――それでは、国王陛下にお話しをして」
「それはダメよ」
「――え?」
途中まで言いかけたところで、お母様は感情をまったく感じさせない冷めた言葉で、私の言葉を遮ってきた。
「どうしてですか? 明らかに今回のことは、ユリエールという平民の女性が関わっていると思います。ラインハルト様が、あんなことを――、私を殴るようなことをする訳がありません!」
「クララ、落ち着きなさい」
お母様は静かに私に問いかけてくる。
気がつけば、私は椅子から立ち上がっていた。
「――で、でも! お母様っ! このままではラインハルト様が!」
「貴女が推測できる程度のことを、国王陛下や重鎮の貴族の方々が思いつかないはずがないでしょう?」
「――そ、それは……」
冷や水を浴びせられた感覚を覚えながら、私は体から力が抜けていくのを感じ静かに椅子へと体を下す。
たしかに、お母様の言う通りで、政務を行っている国王陛下や貴族の方が、安易にラインハルト様の死罪を決めたはずがない。
――でも、それでも!
「お母様。国王陛下へお手紙を書きたいです」
「何度も言わせないの。少し、落ち着いて考えてみなさい。貴族の令嬢として冷静にね」
「――でも!」
居ても経っても居られない。
流行る気持ちが、胸の鼓動を早くする。
「クララ。貴女の気持ちは分かるわ。でもね、国王陛下の決定に異議を唱えるを唱えるということは、反逆と思われるのよ? それが、どういう意味を持つのか分かるわよね?」
「それは……」
反逆と思われれば、私だけでなくマルク公爵家だって最悪、御取り潰しになる可能性だってある。
「それに、もし、貴女の考えが尊重されるのなら招集に貴女の名前があったはずでしょう? つまりそういうことよ」
お母様の言葉に、私は自分がどれだけ無力なのかを理解してしまう。
未来の王妃として教育され、そして聖女と呼ばれる力があっても、貴族社会では女は何の発言権もない。
直訴でもするようなら、貴族の淑女として相応しくないと思われてしまう。
それは、家族にも迷惑が掛かる。
当然、パトリックお兄様の進退にも関わってくる。
「私……」
「王太子殿下の事は、もう忘れなさい」
「そんな……」
「きっと貴女の嫁ぐ王太子様は、第二王位継承権のゲール様になると思うから」
「それって、ラインハルト様が死んでも良いという事ですか?」
「そうね。それが国王陛下のお決めになられた事だから仕方ないわね。貴女も、貴族として、そして未来の王妃としての自覚があるのなら、私情を切り捨てることをしなさい」
その言葉に、私は椅子から立ち上がる。
「私は、お母様みたく、そんなに簡単に誰かを切り捨てるような事はできません!」
「クララ……」
手を伸ばしてくるお母様の手を振り払い、私は庭園から屋敷の中へ走って戻り、自分の部屋へ入り扉を閉めたあと、ベッドの上に横になる。
「どうして……」
どうして、分かってくれないの?
ラインハルト様が、豹変したのは、きっとユリエールという女性が原因なのに!
それなのに、ラインハルト様を処刑するなんて、私には理解できない。
あのお方を――、ラインハルト様は、きっと利用されただけなのに……。
「お母様は、何も分かってくれない」
あんな風に、平然と誰かを切り捨てるような考えを私はしたくない。
「ええ。そうみたいね……」
お母様は、封筒に手紙を戻しながら、そう言葉を紡ぎ返される。
「お母様」
「どうしたの?」
「おかしいと思いませんか?」
「それは、ユリエールという平民が国外逃亡した件かしら?」
「はい」
私は頷く。
だって、今回の一連はおかしな事が多すぎる。
ラインハルト様の態度の急変が、その良い例。
「そうね……」
お母様は、ティーカップに口をつけながら答えてくる。
「お母様も気づかれておられるのでは? 文武両道のラインハルト様が拘束され捕まるほどの兵士が投入されたというのに、平民の方が何の手引きもなく国外に逃亡できるとは思えません」
「何が言いたいのかしら?」
「――ですから、豹変された理由は、その平民が関わっていると考えられると思います」
「それで?」
「たとえば、イグニス王国内では禁止されている精神や認識を阻害する魔法が使われている可能性も考えられます」
「そう言う可能性もあるわね」
私の考えに、お母様は目を細めながら相槌のように呟いてくる。
ただ、私の考えは強ち間違ってはいないと思う。
可能性は非常に高い。
「――それでは、国王陛下にお話しをして」
「それはダメよ」
「――え?」
途中まで言いかけたところで、お母様は感情をまったく感じさせない冷めた言葉で、私の言葉を遮ってきた。
「どうしてですか? 明らかに今回のことは、ユリエールという平民の女性が関わっていると思います。ラインハルト様が、あんなことを――、私を殴るようなことをする訳がありません!」
「クララ、落ち着きなさい」
お母様は静かに私に問いかけてくる。
気がつけば、私は椅子から立ち上がっていた。
「――で、でも! お母様っ! このままではラインハルト様が!」
「貴女が推測できる程度のことを、国王陛下や重鎮の貴族の方々が思いつかないはずがないでしょう?」
「――そ、それは……」
冷や水を浴びせられた感覚を覚えながら、私は体から力が抜けていくのを感じ静かに椅子へと体を下す。
たしかに、お母様の言う通りで、政務を行っている国王陛下や貴族の方が、安易にラインハルト様の死罪を決めたはずがない。
――でも、それでも!
「お母様。国王陛下へお手紙を書きたいです」
「何度も言わせないの。少し、落ち着いて考えてみなさい。貴族の令嬢として冷静にね」
「――でも!」
居ても経っても居られない。
流行る気持ちが、胸の鼓動を早くする。
「クララ。貴女の気持ちは分かるわ。でもね、国王陛下の決定に異議を唱えるを唱えるということは、反逆と思われるのよ? それが、どういう意味を持つのか分かるわよね?」
「それは……」
反逆と思われれば、私だけでなくマルク公爵家だって最悪、御取り潰しになる可能性だってある。
「それに、もし、貴女の考えが尊重されるのなら招集に貴女の名前があったはずでしょう? つまりそういうことよ」
お母様の言葉に、私は自分がどれだけ無力なのかを理解してしまう。
未来の王妃として教育され、そして聖女と呼ばれる力があっても、貴族社会では女は何の発言権もない。
直訴でもするようなら、貴族の淑女として相応しくないと思われてしまう。
それは、家族にも迷惑が掛かる。
当然、パトリックお兄様の進退にも関わってくる。
「私……」
「王太子殿下の事は、もう忘れなさい」
「そんな……」
「きっと貴女の嫁ぐ王太子様は、第二王位継承権のゲール様になると思うから」
「それって、ラインハルト様が死んでも良いという事ですか?」
「そうね。それが国王陛下のお決めになられた事だから仕方ないわね。貴女も、貴族として、そして未来の王妃としての自覚があるのなら、私情を切り捨てることをしなさい」
その言葉に、私は椅子から立ち上がる。
「私は、お母様みたく、そんなに簡単に誰かを切り捨てるような事はできません!」
「クララ……」
手を伸ばしてくるお母様の手を振り払い、私は庭園から屋敷の中へ走って戻り、自分の部屋へ入り扉を閉めたあと、ベッドの上に横になる。
「どうして……」
どうして、分かってくれないの?
ラインハルト様が、豹変したのは、きっとユリエールという女性が原因なのに!
それなのに、ラインハルト様を処刑するなんて、私には理解できない。
あのお方を――、ラインハルト様は、きっと利用されただけなのに……。
「お母様は、何も分かってくれない」
あんな風に、平然と誰かを切り捨てるような考えを私はしたくない。
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