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ストロベリーナイトサーガ

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少しざわつきのある店内で碧たちが座るテーブルだけが異なった空気感に包まれていた。

碧は溜息をつきながら、貴斗の顔を見据えた。

「阿部くん、いくら女遊びがすぎるからって名前間違えるって最低ですよ.....という事でお付き合いはお断りします」

碧は呆れ顔を貴斗に向け半分ほど残っていたオレンジジュースをストローで吸い上げた。貴斗は一瞬目を見開く動作をしたが直ぐにいつものおどけた表情に戻り、

「えーっ、酷いなー。そんなつもりなかったんだけど昔のこと思い出しちゃってちょっとナーバスになっただけだから許してよー」

ね、ね、と上目遣いでこちらを見る貴斗を無視し腕時計に目をやると18時を回っていた。

「私そろそろ帰らないといけないのでこれで失礼します。何度も念押ししますが、学校では私に構わないで下さい。」

「えっ、あっ、ちょっ...」

鞄から財布を取り出しジュース代をテーブルに置き小さく頭を下げ、貴斗が何かを発する前に店内を出た。

追って来られても困ると小走りで駅に向かい、時折後ろを振り向き貴斗の姿がないかを確認した。追いかけてくる様子がないとわかり碧はホッとし歩くスピードを緩めた。

安堵と同時に身体と脳が思い出したかのように先程の光景がフラッシュバックしたのか無意識にカタカタと震え額から汗が滲んだ。


『好きだったのに裏切られてさー、でも忘れらんなくて...違うな、今は可愛さ余って憎さ百倍かな』

先ほどの貴斗の言葉が頭から離れなかった。

(関係ない、関係ない...)

そう頭で何度も繰り返し呟きながら急いで家路へと向かった。




☆☆☆
「碧ーっ、おかえりー」

玄関を開け靴を脱ぐと一人暮らしをしているはずの姉がリビングに繋がるドアを開け顔を出していた。

「ただいまー...って?!ビックリしたーっ、帰るなら連絡くれれば早く帰ってきたのに。仕事は?」

「ずっと忙しくて纏まった休みなかったしお盆も帰って来れなかったでしょー、見兼ねたボスが休みくれてやっと帰ってこれたのー」

二カーッと笑いながら話す姉に先程のことが少し薄まり碧もつられて笑った。

姉の仕事はヘアメイクアーティストで主に雑誌撮影時のモデルなどのメイクを手掛けている。昔からおしゃれが好きで明るく可愛らしい姉、そんな姉が大好きで一番のお手本としてずっと憧れていた。

姉が本格的にヘアメイクの勉強をすべく海外に行ってしまった時は本当に悲しかったが、修行から帰り一回り成長した姉に再会できた時は自分のことの様に嬉しかった。年の差8才もあるのに、無邪気な姉を見てると自分の方が年上なんじゃないかと錯覚するくらい天真爛漫な人だった。

「部屋行って着替えてくるね」

碧は急いで二階に上がりルームウェアに着替えた。その時スマホに着信があったがバイブ音にしてあったため気づかずそのまま部屋を出た。


「いつまでこっちにいるの?」

夕食時、母が姉に問うと、

「4日ほど休みもらえたけどやんなきゃいけない勉強もあるから明日か明後日には帰るつもり」

そう...と残念がる母は食卓に姉の好物ばかり並べられたおかずを別のお皿につめラップをかけていた。

「そう言えば、虹志こうしとお父さんは?」

「今日は友だちとカラオケですって、受験生の自覚持って欲しいもんだわ、お父さんは接待って言ってたわ」

母が弟と父の分の夕飯を分けながらフーと溜息をついた。姉は目の前にある唐揚げを摘み、

「あの子要領いいし、成績だってトップクラスなんだから大丈夫よ」

「んもぅ、お姉ちゃんは」

唐揚げを美味しそうに頬張る姉を尻目に母はまたもや溜息をついた。


三人での夕食が終わり碧は自室で勉強をしているとノック音と同時にドアが開かれ姉が入ってきた。

「どしたの?」

「久しぶりの姉妹の会話をねー」

そう言いベッドに腰掛けた。

「あお、彼氏とかできた?」

「できるわけないでしょ」

碧のベッドに横たわる姉を見ずノートに宿題を書きながら答えた。

「えー、あおかわいいのにー。周りの男子は見る目ないなー」

妹萌えの姉にはきっと変なフィルターがついてるんだなと思いながらも碧は嬉しかった。

「でも何でこんな感じになっちゃったの?また弄らしてよー。あお、素がいいんだからもっとおしゃれして高校生活満喫しなよー」

碧はシャーペンを置き姉が寝転がるベッドに回転イスの向きを変え

「もう、今勉強中だから邪魔しないでよー」

「明日休みなんだから今日やんなくていいでしょー」

「そういうわけにはいかないの」

こんなくだらないやり取りも碧にとっては楽しくてしょうがなかった。ただ次に発した台詞は余計だったが。

「そう言えば、今日帰ってくる時さー家の前でに会ったよー。元々イケメンだったけど更にアップしててビックリしちゃった。今大学一年だっけ?」

姉は碧の部屋に置いてあったファッション誌を手に取りそれをベッドで横になりながら見ていた。

碧は元の向きに戻りノートに宿題を書き出した。

「...最近会ってないからわかんないや」

「そっかー、またみんなで遊んだりしたいけどなかなか出来ないよねー」

碧は姉の言葉に返事せずにいると見ていた雑誌を閉じ、

「あおー、明日は休みだから私が久しぶりに魔法をかけてあげましょー」

ニシシシーという笑い声が似合いそうな顔を碧に向けていた。




―――――――――
翌朝、なかなかベッドから出れず布団に潜っていると思いっきりドアが開き、

「おはよー、早く起きてーっ!準備するよー」

有無も言わさずベッドから引きずり出された。部屋の時計を見ればまだ6時。勘弁してよと思いながらも彼女との時間はそれほどないこともあり頭をスッキリさせるため渋々シャワーを浴びに浴室へと向かった。


髪を乾かしリビングへ行くと母が朝食の準備をしていた。

「あら碧、おはよ。休みの日に珍しく早起きね」

母に言われ、姉に叩き起されたことを愚痴った。

「久々に帰ってきたから嬉しいのよ、虹志もさっき起こされてたみたいだからたまには三人で出かけておいで」

姉の襲来でさぞご機嫌斜めだろうなと思いながら朝食の準備を手伝った。




☆☆☆
「あおー目、上向いてー」

下睫毛にマスカラをしローズ系のリップグロスでふっくらした唇に仕上げ最後にハニーベージュのロングのウィッグを被った。耳にはフープピアスをつけ、普段の碧とは全く別人の装いに仕上がった。

「懐かしいなー、昔こうやってあおを練習台にさせてもらったよねー。そう言えばピアスの穴塞がなかったんだ」

「あー、うん。学校ではさすがに出来ないけど家にいる時は塞がないようにピアスつけたりしてるから」

中三の時初めて開けたピアスホール。大人へ一歩近づいた気持ちでドキドキしたことを思い出した。

「姉ちゃん、準備まだか.....って碧何それ、ケバ」

ノックもせずいきなり開けた虹志の第一声にイラつきながらも久々のおしゃれに心は浮かれていた。



☆☆☆
「姉ちゃん、金持ってんだから貧乏受験生になんか恵んでよ」

「しゃーねーなー」

電車に乗ってアウトレットに来た三人は虹志のお気に入りのメンズブランドのショップに入り二人で服を物色し、碧はその間隣の雑貨屋でアクセサリーを見て時間を潰していた。

「あっ、こんなとこにいた。遅くなってごめんね、次はあおの番ね」

「あれっ?こうは?」

さっきまで姉と一緒にいたはずの弟はいなくなっていた。

「あー、なんか彼女の、誕生日が近いみたいでそれのリサーチしに行っちゃった。」

(中坊の癖に色気づきやがって生意気な)

心の中で盛大な舌打ちをし、碧は姉のおすすめするアパレルショップへと向かった。


「...昨日なっちゃんに会ったって言ったでしょ。実は少し話したんだ。虹とはたまに喋るみたいだけどあおとは高校生になってからは全く交流ないって言ってて.....何かあった?」

「別に何もないよ、今は大学生だしサークルとかで忙しいみたいだから会わなくなっただけだよ」

碧は目線を下げ足元を見つめながら歩いた。ふと鼻腔に微かな香りが通った気がした時、腕をぐいっと掴まれ碧は吃驚し思わず顔を上げた。

「紅音...?」

ドクンと心臓が大きく動いたかと思うくらいの衝撃で腕を掴む相手を見つめた。相手も同じように目を見開き食い入るように見つめ、その空間だけ時間が止まったかのように碧は動けなくなってしまった。


「貴斗ー、だーれその女」

張り詰めた空気が現実に戻り、反対隣で腕を絡ませ貴斗に身体を密着させている女が不機嫌そうにこちらを睨みながら聞いていた。

「んー?誰だっけ?虹のお友だち?」

姉もこちらに気づき貴斗を見た。

貴斗が油断している隙に腕を外し、思い出そうと考え込んでいる姉の腕を掴み、突っ走るように人の間を走り抜けた。貴斗も追いかけようとしたが隣の女に阻まれすぐには動けず、動けた頃には人混みに紛れ見失ってしまった。


「くそっ!」

貴斗は唇を噛みながら周りを探すがわからなかった。

「.....なんで、逃げんだよ」

拳で壁を殴り凭れながら両手で顔を覆った。噛み締めた唇からは薄ら血が滲んでいた
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