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第63話:別れの予感

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現ミカエル国王ヒニクンとマリエルとの謁見は終わる。
だがヒニクン国王は去り際に、とんでもない爆弾発言を落としていった。

要約すると「マリエル姫殿下、私の妻になりませんか?」と求婚して去っていったのだ。

「っ……それでは、失礼いたします……」

謁見の間に使節団は長居できない。マリエルたちは重い表情で、部屋から去っていく。
聞こえてきた話によると、すぐに屋敷に戻って話し合いをするらしい。

外部監査に扮したボクたち三人も、城内のひと気のない場所に移動することにした。目的は先ほどの国王の発言について、話し合うためだ。

「あのミカエル国王、なんて失礼なことを言うんですか⁉ マリエル様に失礼すぎます! 乙女の結婚を軽んじ過ぎです!」

周囲に誰もいないのを確認して開口一番、サラは顔を真っ赤にしてヒニクン国王を批判する。
普段は温厚な彼女だが、真面目であるからこそ本気で怒っていた。同じ歳の親友のマリエルが、馬鹿にされたと思っているのだろう。

「落ち着くのじゃ、サラ嬢ちゃん。悲しいがあの話は冗談では済まなくなりそうだ。マリエルのお姫さんの立場的に、無下には断れない話だからのう」

そんな怒っているサラに、老練なドワーフ職人ドルトンさんが言葉をかける。

「えっ、どういう、ことですか、ドルトンさん⁉」

「基本的に国の姫は、政治と外交のための存在。結婚相手も自分では選べず、国内の有力貴族や他国の王族に嫁ぐのが常識だ。十五歳の姫さんも嫁ぐのが遅いくらい。しかも今回の相手は大国のミカエル王国の新国王じゃ。小国であるハメルーンが、今度も生き延びていくためには、客観的に見て最高の相手なのだ」

ドルトンさんは冷静に客観的な注釈を加えてきた。
邪竜の素材を得たとはいえ、ハメルーンはまだ武力の弱い小国。国が生き延びていくためには、周囲の大国と結ぶ必要があるのだ。

「えっ……⁉ そんなの、まるでマリエル様が政治の道具みたじゃないですか⁉」

「悲しいが、それが王族や貴族に生まれた女の、悲しい運命なのじゃ」

ドルトンさんは諭すように、貴族世界の悲しい事実を告げる。
もしかしたら、この人も過去に仲間を同じように失った経験があるのかもしれない。どこか遠くを見つめていた。

「そ、そんな……それじゃ……マリエル様が……」

ようやく事態の重大さに気が付き、サラは口を押えていた。
賢い彼女は気がついたのだ。かなりの高い確率で『マリエルがヒニクン国王に嫁ぐ』ことを。その悲しい未来を想像してしまったのだ。

「ん? 小僧はあまりショックを受けていないのか?」

「そう言われてみれば、そうでね。こう見えて十年間の城住まいで、王侯貴族の色んな闇を見てきたので……」

ボクは十年間、ミカエル城の地下で鍛冶仕事をしてきた。気分転換にミカエル城の隠し通路を散策した時に、色んな出来ごとも目にしていた。

その中には今回と似たようなケースも沢山あった。
ミカエル王国のお姫さんたちの悲しい輿入れ。あと他国からミカエル王室に嫁いできた、年端もいかない少女たちの出来ごともあった。

基本的に高い身分の少は、感情や希望に関係なく、親の政略で夫婦関係は決まってしまう。ドルトンさんが言っていたように、まさに政治の道具。結婚した後に、笑顔を失ってしまった少女がほとんどだった。
彼女たち政治の道具としての運命に必死で耐えて、時には涙を押し殺している様子だったのだ。

「そ、そんな……それじゃ、マリエル様は、どうなるの、これから⁉」

「そうじゃのう。早ければ王都滞在中に、婚約が決まる可能性も無くはない」

王侯貴族の結婚式は政治的なアピールが大きい。
クーデターによって生まれ変わった大国ミカエルと、邪竜を撃退し上昇国家ハメルーン国。両国の王族が結婚して、強固な関係になる。国家同士での思惑は、この部分で一致しているのだろう。

「そ、それじゃ、マリエル様は、もうハメルーンに戻ることは……」

「残念ながら可能性は低い。諦めるのじゃ、嬢ちゃん」

「そ、そんな……マリエル様が可哀想そう……」

サラは涙を流していた。
いや……超魔具《怪盗百面相ルパル・チェンジャー》で変装しているから、少女サラの涙を確認することはできない。

でもボクには確信があった。
泣いているのをバレないように、必死で声を押し殺し、涙をこらえようとしている彼女の気配が。優しいサラの涙が、静かに流れているのを感じていたのだ。

「さて。これから、どうするのじゃ、小僧? このままお姫さんの婚約が決まるのなら、ワシらの護衛の仕事は終わりじゃぞ」

ドルトンさんの言っていることは間違いない。今日まではマリエルの身には危険があった。
だが先ほどのヒニクン国王の発言によって、王都でのマリエルの立場は一気に逆転する。

『ミカエル王国王妃候補者の一人』としてミカエル国内の貴族や大商人から扱われていく。逆転の発想でいけば、王都でのマリエルの安全は確保されたことになるのだ

「たしかに、そうですね……」

その見解は、ボクも正しいと思う。
でもサラの涙を、このまま放置しておくことは出来ない。そしてボクもマリエルの本心が気になるのだ。

「サラ。マリエルと話をしてみよう! 会って彼女の本心を、この耳で聞いてみようよ! どう思う?」

「ハルク君⁉ はい! マリエル様の本当の気持ち、私も知りたいです!」

先ほどまで落ち込んでいたサラの感情が、パッと明るくなる。親友であるマリエルと再び会話ができる、その可能性に心が軽くなったのだ。

「あっ……でも、どうやって会話を⁉ わたしたちは王都にいないことになっているから……」

「その問題も大丈夫だよ、サラ。この超魔具《怪盗百面相ルパル・チェンジャー》を使って、マリエルに会いに行こう!」

こうして親友マリエの本心を聞きだすために、ボクたちは彼女が滞在している屋敷に向かうのであった。
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