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最終話:おかえり
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バルマン攻防戦の勝利から、日が経つ。
援軍として駆けつけた諸侯連合軍は、妖魔の残党を完全に駆逐したのを確認。
各領地に帰還していった。
「皆さま、本当にありがとうございました」
残務処理があった私はバルマンの残り、去って行くみんなを見送った。
騎士ラインハルトやジーク様との挨拶は、ちゃんとできずドタバタした別れ際だった
何しろ彼らも急ぎ戻る必要があった。規律違反を冒してまで救援に来たからだ。
ラインハルトとジーク様は勝手にペガサスを使い、無断で出陣してきたという。
緊急事態とはいえ、これは立派な軍機違反。
急ぎ戻らないと、何らかのペナルティーを受けるという話であった。何も処分がなければ、よいのだけれど。
◇
そういえばバルマンの街の復興は、急ピッチで進んでいる。
「街の再興に、当家は全ての財を放出する。更に復興期間は税も無税とする!」
終戦翌日、バルマン“新”侯爵クラウド・バルマンの名において、そんな復興宣言が出された。
怪我を理由にお父様は引退。代わりに兄クラウドが新領主となったのだ。
家族を失った市民や、倒壊した我が家に悲観して市民は、新当主のそんな温情に湧きあがっていた。
復興景気ともいえる活気で、バルマンの街へ復興が早くも始まっていたのだ。
「ですがクラウドお兄様。無税ですと、財源が大変なことになりませんか?」
大胆な政策を行った兄に、私はおそるおそる尋ねる。
市民にはありがたい特例だが、税収財源がなければ貴族は生きていけない。また城の修復にも莫大な費用がかかるのだ。
「その心配はない、マリア。先日在位された"新教皇”から、ケタ外れな多額の寄付の申し出が、バルマン家にあったのだ」
「教会から寄付金が? でも、どうして?」
「まぁ、今回の事件の手打ち金だな」
クラウドお兄様から裏事情を聞く。
今回のバルマン襲撃の首謀者は、自分たちの読み通り教皇ヒリスであった。
だが問い詰めた教会からの返答は、次の通り。
……『“前”教皇ヒリスの独断による暴走行為』
理由は不明であるが、ヒリスは昔からバルマン家に恨みをもっていた。
ゆえに教皇の権力を横暴に使い、今回の暴走に至ったという。
……『またヒリスは事件の“数日前”に、教皇を辞任。教会法により、教会は今回の事件には一切関係ない』
教会からの返答はそんなものだった。
こちらは街ごと消滅する危機だったというのに、信じられない言い訳であった。
「寄付金の他に多くの補償があった。新教皇に貸しもできた。今回は痛み分けといったところだな。だから、そう怖い顔をするな、マリア」
「はい、分かりました。お兄様が。そう仰るのなら」
消滅寸前であったバルマンであったが、市民の死傷者はそれほど大きくはない。
妖魔軍が街を襲撃せずに、城に向けて一直線に攻めて来たからだ。
一番の人的被害は、あの西門の守備兵たち。他の守備兵は、予想以上に死者が多くはなかった。
バルマン主力騎士団がほぼ無傷で残っていたために、軍事力に関しても今後も問題はなかった。
また寄付金の他にも、バルマンには多くの寄付謝礼があった。
当主を引退したお父様には、帝都の大臣の席が与えられる。クラウドお兄さまにも新たなる爵位と、肥沃な領地が与えられた。
加えて教会の保有する金山の一つが、バルマン家に譲渡された。
これによりバルマンは侯爵家でありながら、帝国内でも有数の大貴族へと成り上がった。
(客観的に見たら、結果としてバルマン家の逆転勝ちか。でも、なんか納得いかないな……)
貴族や聖職者たちによる権力争いは、この世界ではよくある話。今回の手打ちに関しては、キレイにこれで収まった方なのであろう。
教会が全面的に折れてくれたこともあり、誰もこれ以上の追及はせずにいた。間違いなくバルマンの勝利ともいえた。
(でも前教皇ヒリスは……謎の事故死、か)
だが私は不安と違和感をぬぐえなかった
教皇ですらも簡単に葬り去る強大な力が、この帝国内にあることに。まだ事件は終わっていないような気がしていたのだ。
◇
「では、学園に戻りますわ」
復興の手続きがある程度済み、私が学園に戻る日がきた。
バルマン家の皆と挨拶をする。
「何か辛いことあったら、またいつでも戻ってくるのだぞ、マリア」
「お父様、それはマリアが勉学に集中できませんよ」
「うむ、そうか」
私の乗る馬車を、お父様とお兄様が先頭に立ち、見送ってくれる。
先日の事件以来、お父様は更に親バカで、心配性になった気がする。
あの時の勇ましい〝荒騎士エドワード卿”はどこにいったのであろうと、私は心の中で思う。
でも、やっぱり、こんな暖かいお父様の方が、私は大好きかも。
「お父様、クラウドお兄様、お元気で」
走り出した馬車の小窓から、最後の別れの挨拶をする。
徐々に小さくなる家族の姿に、思わず目頭が熱くなる。なんか最近はいつもこうだ。
すぐに涙が出ちゃうというか、感動して感極まってしまう。
歳をとったから……ではなく、この身体の私マリアンヌの影響かもしれない。
幼いころは優しくて、感動屋さんで多感な乙女だったのだ。
「ハンス、ハンカチをちょうだい……」
こぼれ落ちそうな涙を拭こうと、若執事の名を呼ぶ。
あっ……そうか。
ハンスはこの馬車には乗っていなかったんだ。
別の侍女が気づいて、ハンカチをくれる。
涙は拭いたけど、心はぽっかりと穴が空いた感じであった。
ハンスは私たちのために大けがを負って、今は学園で治療中だという話。心配で仕方がない。
「ハンス……ヒドリーナさん、エリザベスさん……それにクラスの皆さま。どんな顔をして会えばいいのかな……」
揺れ動く馬車の中で、誰にも聞かれないように、小さくつぶやく。
自分はこれから数日かけて、ファルマの学園へ戻る。
だが私はいったいどんな態度で、みんなに接していけばいいのか分からなかった。
(バルマン家を助けるために、ヒドリーナさんたちも、かなり無理を言ったのだろうな……)
バルマン家を救出のために、近隣各諸侯が援軍で来てくれた。
ジーク様の話では、ファルマ学園にいたヒドリーナさんやエリザベスさたちが、各実家の両親を遠距離魔道具で説得してくれたのだ。
だが明らかに強引に出兵を頼んだのだろう。
もしかしたら今後の彼女たちの学生活に、悪影響を及ぼすかもしれない。
いや、卒業後の進路や爵位にも、大きな支障をきたすかもしれない。今回のことは明らかに令嬢の権限を越えていたのだ。
(私とバルマン家のために、みんなは無理をしてしまった。どうしよう……)
どんな顔で皆と、何を話せばいいのであろうか?
感謝すればいいのか?
それとも謝罪するのか?
分からない。
気まずくて胸が締め付けられそうである。
「それに学園祭も、中止にしてしまった」
ファルマの学園の一大イベントである学園祭は、既に終わっていた。
正確にはバルマンの事件が、ハンスによって伝わり中止になったのだ。
全生徒があれほど楽しみにしていた今年の学園祭が、完全に無くなってしまった。
私が知った情報の中で、これはある意味で一番辛かった。
学園祭という大きな目標があって、私はクラスのみんなと少しだけ仲良くなれた。
ヒドリーナさんやエリザベスさんとも、距離が縮まって感じもする。
「予定通りに開催されていたら。きっと楽しかったんだろうな……」
小窓の外の景色を眺めながら、失われた可能性をつい想像してしまう。
◇
バルマンを出発してから数日が経つ。
私を乗せた馬車は、学園都市ファルマに到着する。
堅牢な城門をくぐり抜けて、馬車は街の大通りを真っ直ぐ進んでいく。
久しぶりのファルマだけども、街の様子は全く変わっていなかった。
威勢のいい客引きの声が響きわたり、露店や市場を行き交う市民で賑わっている。
誰も笑顔で活気のある学園都市の様子。まだ落ち込んでいた私には、眩しく映っていた。
「ふう……もうすぐ、学園の正門ね」
憂鬱だった心が、更に重くなる。
みんなにどんな顔をして、言葉を発すればいいか。ここ数日間、いくら悩んでも見当がつかなったのだ。
逆にみんなはどんな態度で、私に接してくるのかな?
もしかしたら怒ってくるのかな。それとも無視してくるのかな。
それとも今まで通りに、遠巻きに見てくるだけなのかな
今日は休日だから授業はない。
皆は優雅な時間を過ごしているはずだ。
でも明日から平日で、授業がある。
最初の授業時間は自分にとって、試練であり地獄の時間なのかもしれない。胸が苦しくなる。
「マリアンヌお嬢さま、正門が見えてまいりました」
「ええ……」
馬車を操る御者の言葉に、思わず気の抜けた返事をしてしまう。
いよいよ戻ってきてしまったのだ。
「あら? 随分と正門が騒がしいわね……」
いつもは厳重な警備が敷かれ、静かな学園の正門が、何やら人の声で騒がしい。
何事かと思い、私は馬車の小窓を少し開けて確認する。
自分がいない間に何かあったのであろうか?
「えっ……? 一般の方々が? それに、正門に装飾が?」
それは不思議な光景であった。
普段のファルマ学園の警備は厳重、一般市民の入場は固く禁じられていた。
だが小窓から見えた正門には、敷地内に歩いていく市民の姿が見えたのだ。
いつもは灰色で無機質な正門に、煌びやか花飾りやタペストリーで、装飾もされていた。
私のいない間に、学園にいったい何が起きたのであろう?
混乱したまま、馬車は広大な学園の敷地内を進んでゆく。
◇
目的地に到着して、馬車が止まる。
でも、止まる場所がおかしい。
学園の校舎に前に止まってしまったのだ。
今日は休日で授業はないので、学生寮に真っ直ぐに向かう指示を出していた。
御者に確認をしないと。
「ここは場所が違いますわよ?」
「いえ。こちらで大丈夫でございます、マリアンヌお嬢さま。皆さまがお待ちでございます」
確認した御者が、不思議な返事をしてくる。
何のことを言っているのであろうか。
でも、この者は古くからバルマン家に仕える臣下で、信じられる人であった。
だったら何だろう?
待っているって何だろう?
不思議に思いながらも扉を開けて、私は乗っていた馬車から降りる。
「えっ……」
思わず声が出てしまった。
――――信じられない光景が、目の前に広がっていたのだ。
「なんで……こんな……」
目の前の様子を再度確認して、また声を出してしまう。
「マリアンヌ様、お待ちしておりましたわ」
校舎の正面玄関で、ヒドリーナさんが出迎えていてくれていたのだ。
「マリアンヌ様、お帰りなさいませ」
「マリアンヌ様、お疲れ様です」
「マリアンヌ様!」
出迎えてくれたのは、ヒドリーナさんだけではなかった。
同じクラス委員長さんと、クラスメイトのみんな。
それに学食でよく見かける同期の人たちもいた。
そして校舎にいたのは、彼女たちだけではなかった。
多くの市民や生徒たちが笑顔で、校舎の中へ出入りをしている。
更に校舎の横には、露店や臨時の市場も立ち並び賑わっていたのだ。
「これは……いった……?」
狐につつまれたような光景に、私は言葉を失う。
休日の学園で、いったい何が起きているのであろうか。
まさかの光景に私は呆然と立ち尽くし、言葉を失う。
「おっ、マリア、偶然だな! 今、帰ってきたのか!」
「おい、ライン。ずっとここで待っていたのに。相変わらず、演技が下手だな」
「ライン? それにジーク様も⁉」
二人の騎士の新たなる登場に、私は更に驚く。
いったい何が起きているのか見当もつかない。
頭を回転さて推測しようにも、考えがまったく及ばないのだ。
「これは学園祭が……開催されている? でも、なぜ?」
信じられないことに今、ファルマの〝学園祭”が行われていたのだ。
メイド服を着ているヒドリーナさんとクラスメイトたち。
市民に開放されている学園の状況。
間違いなく学園祭が開催されている真っ最中なのだ。
「はっはっは……どうだ、驚いただろ? マリア?」
目を丸くして固まっている私に、ラインハルトはドヤ顔をしてくる。
「そうだ、マリア。今日は学園祭を開催中だ」
ジーク様は静かに説明をしてくれる。
私の帰還を数日前に知り、中止になった学園祭を、急遽開催することになったことを。
生徒会であるラインハルトやエリザベスさんが尽力して、全生徒や学園長を説得したことを。
緊急開催ということもあって、今後の学園生活のスケジュールにも多少の無理はかかる。
だが全生徒と教師が、満場一致で賛成してくれたという。
「だからマリアは心を痛める心配はない。これは私たちが望んだ、今年の学園祭の形なのだ」
私に気づかいながら、ジーク様は事情を説明してくれた。
「そんな……皆さま……」
ジーク様の説明を聞きながら、私は皆の顔を見る。
自分も何か言葉を発しないと。お礼の言葉を伝えないと。
でも、こみ上げてきた涙で、胸が熱くなり、上手く感謝の言葉を口に出来なかった。
「マリアお嬢様、こちらをどうぞ」
そっとハンカチが差し出されてくる。
涙を拭こうとしていた最高のタイミングで、誰かがサポートしてくれたのだ。
「ハンス⁉ あなたご無事で⁉」
ハンカチをくれたのは、若執事ハンスであった。
全身に大けがを負っていたはずなのに、それを感じさせないような、いつもの完璧な執事の姿だ。
「はい、この通り。これもお嬢様の貸してくれた、あの“護符の枝”のおかげです。私がこうして生きているのも……」
ハンスは少しだけ語ってくれた。
バルマンの街から学園都市までの、山越えの苦難の道を。
三日三晩、不眠不休で妖魔の群れの中を、駆け抜けてきた悲痛な物語を。
そんな中、ハンスが絶体絶命の窮地に陥ったその時。
私が渡した“木の枝くん”が、彼の“生きる道”を示し、命を救ってくれたのだという。
「そんなハンス……でも、無事で本当によかった……」
何の変哲もない木の枝に、そんな力はない。
ハンスは信じ切っているけども、偶然の積み重ねであろう。
でも、そんな偶然であっても、ハンスの命が無事でよかった。
幼い時から付き合いである執事ハンスの無事に、拭いたはずの涙がまた出てしまう。
「マリアンヌ様、泣いている場合ではございませんわ」
タイミングを見計らって、ヒドリーナさんが歩み寄ってくる。
その手に一着の女性服を持っていた。
「ヒドリーナ様……それは、もしかして私の……?」
彼女が持っていたのはメイド服であった。
私が苦心してデザインして、オーダーメイドで作ってもらった思い出の制服。
「はい、こちらはマリアンヌ様の専用服ですわ。今日は当店の総括として、ご指導よろしくお願いいたしますわ!」
私の言葉に、ヒドリーナさんは微笑みで答える。
そしてその後ろにいたクラスのみんなも、メイドスマイルを浮べてきた。
「皆さま、ありがとうございます……。ふう……それでは、参りますか。私の指導は少々厳しいですわよ!」
涙を拭きとり、私は衣装を受け取る。
時間は少し過ぎたけど、学園祭はこれからが本番だ。
せっかくみんなが無理を承知で、延期してくれたこの機会。
最後まで絶対に後悔したくない。
よし。ファルマの学園の史上初のメイドカフェ。
オープニング・セレモニーと行こうよ、みんな!
「じゃあ、オレ様たちが一番客でいこうぜ、ジーク」
「ああ、そうだな。ちょうど、あっちからエリザベスも来たからも、相手を頼むぞ、ライン」
私たちはメイドカフェ化した、自分たちの教室に向かう。
ラインハルトとジーク様もそれに加わり、賑やかで華やかな一行になる。
あとエリザベスさんも、ラインハルトの名を叫びながら、向こうから駆け寄ってきた。
今日はこれから本当に、賑やかな一日になりそうな予感がする。
――――そして本当に楽しい、思い出の最高の学園祭になるだろう。
◇
こうして数週間遅れで、ファルマの学園祭は開催された。
大幅なスケジュール変更で、教員生徒の負担は小さくない。
だが不平不満を漏らす者は、誰ひとりいなかった。
何故なら彼らは知っていた。
マリアンヌ=バルマンが入学式以降、この学園で不器用ながらも、懸命に励んでいたことを。
そして彼らを聞いていた。
バルマンの街を救うために、勇気を振り絞りペガサスを駆け、勇ましい姿で輝いていたマリアンヌ=バルマンの逸話を。
誰も口にしていないが、心の奥で感じていた。
滅びの運命にある、この大陸を救う救世主。
〝伝説の乙女指揮官”が、もしかしたらマリアンヌ=バルマンではないかと。
◇
「もう私は一人じゃないんだよね、きっと」
メイドカフェを大成功に終えて、マリアンヌは幸せそうな笑みでそう呟いた。
――――だが、この時のマリアンヌは知らなかった。
この後の後夜祭で、周りをドン引きさせてしまう事件を、自分がまた起こすことを。
それによって学園生徒たちからまた一目置かれて、ぼっち街道に進んで行くことを。
「よし、これで私の死亡フラグも一人街道も、おさらばね!」
こうしてマリアンヌ=バルマンの学生生活は、本格的にメインイベントに突入していくのであった。
援軍として駆けつけた諸侯連合軍は、妖魔の残党を完全に駆逐したのを確認。
各領地に帰還していった。
「皆さま、本当にありがとうございました」
残務処理があった私はバルマンの残り、去って行くみんなを見送った。
騎士ラインハルトやジーク様との挨拶は、ちゃんとできずドタバタした別れ際だった
何しろ彼らも急ぎ戻る必要があった。規律違反を冒してまで救援に来たからだ。
ラインハルトとジーク様は勝手にペガサスを使い、無断で出陣してきたという。
緊急事態とはいえ、これは立派な軍機違反。
急ぎ戻らないと、何らかのペナルティーを受けるという話であった。何も処分がなければ、よいのだけれど。
◇
そういえばバルマンの街の復興は、急ピッチで進んでいる。
「街の再興に、当家は全ての財を放出する。更に復興期間は税も無税とする!」
終戦翌日、バルマン“新”侯爵クラウド・バルマンの名において、そんな復興宣言が出された。
怪我を理由にお父様は引退。代わりに兄クラウドが新領主となったのだ。
家族を失った市民や、倒壊した我が家に悲観して市民は、新当主のそんな温情に湧きあがっていた。
復興景気ともいえる活気で、バルマンの街へ復興が早くも始まっていたのだ。
「ですがクラウドお兄様。無税ですと、財源が大変なことになりませんか?」
大胆な政策を行った兄に、私はおそるおそる尋ねる。
市民にはありがたい特例だが、税収財源がなければ貴族は生きていけない。また城の修復にも莫大な費用がかかるのだ。
「その心配はない、マリア。先日在位された"新教皇”から、ケタ外れな多額の寄付の申し出が、バルマン家にあったのだ」
「教会から寄付金が? でも、どうして?」
「まぁ、今回の事件の手打ち金だな」
クラウドお兄様から裏事情を聞く。
今回のバルマン襲撃の首謀者は、自分たちの読み通り教皇ヒリスであった。
だが問い詰めた教会からの返答は、次の通り。
……『“前”教皇ヒリスの独断による暴走行為』
理由は不明であるが、ヒリスは昔からバルマン家に恨みをもっていた。
ゆえに教皇の権力を横暴に使い、今回の暴走に至ったという。
……『またヒリスは事件の“数日前”に、教皇を辞任。教会法により、教会は今回の事件には一切関係ない』
教会からの返答はそんなものだった。
こちらは街ごと消滅する危機だったというのに、信じられない言い訳であった。
「寄付金の他に多くの補償があった。新教皇に貸しもできた。今回は痛み分けといったところだな。だから、そう怖い顔をするな、マリア」
「はい、分かりました。お兄様が。そう仰るのなら」
消滅寸前であったバルマンであったが、市民の死傷者はそれほど大きくはない。
妖魔軍が街を襲撃せずに、城に向けて一直線に攻めて来たからだ。
一番の人的被害は、あの西門の守備兵たち。他の守備兵は、予想以上に死者が多くはなかった。
バルマン主力騎士団がほぼ無傷で残っていたために、軍事力に関しても今後も問題はなかった。
また寄付金の他にも、バルマンには多くの寄付謝礼があった。
当主を引退したお父様には、帝都の大臣の席が与えられる。クラウドお兄さまにも新たなる爵位と、肥沃な領地が与えられた。
加えて教会の保有する金山の一つが、バルマン家に譲渡された。
これによりバルマンは侯爵家でありながら、帝国内でも有数の大貴族へと成り上がった。
(客観的に見たら、結果としてバルマン家の逆転勝ちか。でも、なんか納得いかないな……)
貴族や聖職者たちによる権力争いは、この世界ではよくある話。今回の手打ちに関しては、キレイにこれで収まった方なのであろう。
教会が全面的に折れてくれたこともあり、誰もこれ以上の追及はせずにいた。間違いなくバルマンの勝利ともいえた。
(でも前教皇ヒリスは……謎の事故死、か)
だが私は不安と違和感をぬぐえなかった
教皇ですらも簡単に葬り去る強大な力が、この帝国内にあることに。まだ事件は終わっていないような気がしていたのだ。
◇
「では、学園に戻りますわ」
復興の手続きがある程度済み、私が学園に戻る日がきた。
バルマン家の皆と挨拶をする。
「何か辛いことあったら、またいつでも戻ってくるのだぞ、マリア」
「お父様、それはマリアが勉学に集中できませんよ」
「うむ、そうか」
私の乗る馬車を、お父様とお兄様が先頭に立ち、見送ってくれる。
先日の事件以来、お父様は更に親バカで、心配性になった気がする。
あの時の勇ましい〝荒騎士エドワード卿”はどこにいったのであろうと、私は心の中で思う。
でも、やっぱり、こんな暖かいお父様の方が、私は大好きかも。
「お父様、クラウドお兄様、お元気で」
走り出した馬車の小窓から、最後の別れの挨拶をする。
徐々に小さくなる家族の姿に、思わず目頭が熱くなる。なんか最近はいつもこうだ。
すぐに涙が出ちゃうというか、感動して感極まってしまう。
歳をとったから……ではなく、この身体の私マリアンヌの影響かもしれない。
幼いころは優しくて、感動屋さんで多感な乙女だったのだ。
「ハンス、ハンカチをちょうだい……」
こぼれ落ちそうな涙を拭こうと、若執事の名を呼ぶ。
あっ……そうか。
ハンスはこの馬車には乗っていなかったんだ。
別の侍女が気づいて、ハンカチをくれる。
涙は拭いたけど、心はぽっかりと穴が空いた感じであった。
ハンスは私たちのために大けがを負って、今は学園で治療中だという話。心配で仕方がない。
「ハンス……ヒドリーナさん、エリザベスさん……それにクラスの皆さま。どんな顔をして会えばいいのかな……」
揺れ動く馬車の中で、誰にも聞かれないように、小さくつぶやく。
自分はこれから数日かけて、ファルマの学園へ戻る。
だが私はいったいどんな態度で、みんなに接していけばいいのか分からなかった。
(バルマン家を助けるために、ヒドリーナさんたちも、かなり無理を言ったのだろうな……)
バルマン家を救出のために、近隣各諸侯が援軍で来てくれた。
ジーク様の話では、ファルマ学園にいたヒドリーナさんやエリザベスさたちが、各実家の両親を遠距離魔道具で説得してくれたのだ。
だが明らかに強引に出兵を頼んだのだろう。
もしかしたら今後の彼女たちの学生活に、悪影響を及ぼすかもしれない。
いや、卒業後の進路や爵位にも、大きな支障をきたすかもしれない。今回のことは明らかに令嬢の権限を越えていたのだ。
(私とバルマン家のために、みんなは無理をしてしまった。どうしよう……)
どんな顔で皆と、何を話せばいいのであろうか?
感謝すればいいのか?
それとも謝罪するのか?
分からない。
気まずくて胸が締め付けられそうである。
「それに学園祭も、中止にしてしまった」
ファルマの学園の一大イベントである学園祭は、既に終わっていた。
正確にはバルマンの事件が、ハンスによって伝わり中止になったのだ。
全生徒があれほど楽しみにしていた今年の学園祭が、完全に無くなってしまった。
私が知った情報の中で、これはある意味で一番辛かった。
学園祭という大きな目標があって、私はクラスのみんなと少しだけ仲良くなれた。
ヒドリーナさんやエリザベスさんとも、距離が縮まって感じもする。
「予定通りに開催されていたら。きっと楽しかったんだろうな……」
小窓の外の景色を眺めながら、失われた可能性をつい想像してしまう。
◇
バルマンを出発してから数日が経つ。
私を乗せた馬車は、学園都市ファルマに到着する。
堅牢な城門をくぐり抜けて、馬車は街の大通りを真っ直ぐ進んでいく。
久しぶりのファルマだけども、街の様子は全く変わっていなかった。
威勢のいい客引きの声が響きわたり、露店や市場を行き交う市民で賑わっている。
誰も笑顔で活気のある学園都市の様子。まだ落ち込んでいた私には、眩しく映っていた。
「ふう……もうすぐ、学園の正門ね」
憂鬱だった心が、更に重くなる。
みんなにどんな顔をして、言葉を発すればいいか。ここ数日間、いくら悩んでも見当がつかなったのだ。
逆にみんなはどんな態度で、私に接してくるのかな?
もしかしたら怒ってくるのかな。それとも無視してくるのかな。
それとも今まで通りに、遠巻きに見てくるだけなのかな
今日は休日だから授業はない。
皆は優雅な時間を過ごしているはずだ。
でも明日から平日で、授業がある。
最初の授業時間は自分にとって、試練であり地獄の時間なのかもしれない。胸が苦しくなる。
「マリアンヌお嬢さま、正門が見えてまいりました」
「ええ……」
馬車を操る御者の言葉に、思わず気の抜けた返事をしてしまう。
いよいよ戻ってきてしまったのだ。
「あら? 随分と正門が騒がしいわね……」
いつもは厳重な警備が敷かれ、静かな学園の正門が、何やら人の声で騒がしい。
何事かと思い、私は馬車の小窓を少し開けて確認する。
自分がいない間に何かあったのであろうか?
「えっ……? 一般の方々が? それに、正門に装飾が?」
それは不思議な光景であった。
普段のファルマ学園の警備は厳重、一般市民の入場は固く禁じられていた。
だが小窓から見えた正門には、敷地内に歩いていく市民の姿が見えたのだ。
いつもは灰色で無機質な正門に、煌びやか花飾りやタペストリーで、装飾もされていた。
私のいない間に、学園にいったい何が起きたのであろう?
混乱したまま、馬車は広大な学園の敷地内を進んでゆく。
◇
目的地に到着して、馬車が止まる。
でも、止まる場所がおかしい。
学園の校舎に前に止まってしまったのだ。
今日は休日で授業はないので、学生寮に真っ直ぐに向かう指示を出していた。
御者に確認をしないと。
「ここは場所が違いますわよ?」
「いえ。こちらで大丈夫でございます、マリアンヌお嬢さま。皆さまがお待ちでございます」
確認した御者が、不思議な返事をしてくる。
何のことを言っているのであろうか。
でも、この者は古くからバルマン家に仕える臣下で、信じられる人であった。
だったら何だろう?
待っているって何だろう?
不思議に思いながらも扉を開けて、私は乗っていた馬車から降りる。
「えっ……」
思わず声が出てしまった。
――――信じられない光景が、目の前に広がっていたのだ。
「なんで……こんな……」
目の前の様子を再度確認して、また声を出してしまう。
「マリアンヌ様、お待ちしておりましたわ」
校舎の正面玄関で、ヒドリーナさんが出迎えていてくれていたのだ。
「マリアンヌ様、お帰りなさいませ」
「マリアンヌ様、お疲れ様です」
「マリアンヌ様!」
出迎えてくれたのは、ヒドリーナさんだけではなかった。
同じクラス委員長さんと、クラスメイトのみんな。
それに学食でよく見かける同期の人たちもいた。
そして校舎にいたのは、彼女たちだけではなかった。
多くの市民や生徒たちが笑顔で、校舎の中へ出入りをしている。
更に校舎の横には、露店や臨時の市場も立ち並び賑わっていたのだ。
「これは……いった……?」
狐につつまれたような光景に、私は言葉を失う。
休日の学園で、いったい何が起きているのであろうか。
まさかの光景に私は呆然と立ち尽くし、言葉を失う。
「おっ、マリア、偶然だな! 今、帰ってきたのか!」
「おい、ライン。ずっとここで待っていたのに。相変わらず、演技が下手だな」
「ライン? それにジーク様も⁉」
二人の騎士の新たなる登場に、私は更に驚く。
いったい何が起きているのか見当もつかない。
頭を回転さて推測しようにも、考えがまったく及ばないのだ。
「これは学園祭が……開催されている? でも、なぜ?」
信じられないことに今、ファルマの〝学園祭”が行われていたのだ。
メイド服を着ているヒドリーナさんとクラスメイトたち。
市民に開放されている学園の状況。
間違いなく学園祭が開催されている真っ最中なのだ。
「はっはっは……どうだ、驚いただろ? マリア?」
目を丸くして固まっている私に、ラインハルトはドヤ顔をしてくる。
「そうだ、マリア。今日は学園祭を開催中だ」
ジーク様は静かに説明をしてくれる。
私の帰還を数日前に知り、中止になった学園祭を、急遽開催することになったことを。
生徒会であるラインハルトやエリザベスさんが尽力して、全生徒や学園長を説得したことを。
緊急開催ということもあって、今後の学園生活のスケジュールにも多少の無理はかかる。
だが全生徒と教師が、満場一致で賛成してくれたという。
「だからマリアは心を痛める心配はない。これは私たちが望んだ、今年の学園祭の形なのだ」
私に気づかいながら、ジーク様は事情を説明してくれた。
「そんな……皆さま……」
ジーク様の説明を聞きながら、私は皆の顔を見る。
自分も何か言葉を発しないと。お礼の言葉を伝えないと。
でも、こみ上げてきた涙で、胸が熱くなり、上手く感謝の言葉を口に出来なかった。
「マリアお嬢様、こちらをどうぞ」
そっとハンカチが差し出されてくる。
涙を拭こうとしていた最高のタイミングで、誰かがサポートしてくれたのだ。
「ハンス⁉ あなたご無事で⁉」
ハンカチをくれたのは、若執事ハンスであった。
全身に大けがを負っていたはずなのに、それを感じさせないような、いつもの完璧な執事の姿だ。
「はい、この通り。これもお嬢様の貸してくれた、あの“護符の枝”のおかげです。私がこうして生きているのも……」
ハンスは少しだけ語ってくれた。
バルマンの街から学園都市までの、山越えの苦難の道を。
三日三晩、不眠不休で妖魔の群れの中を、駆け抜けてきた悲痛な物語を。
そんな中、ハンスが絶体絶命の窮地に陥ったその時。
私が渡した“木の枝くん”が、彼の“生きる道”を示し、命を救ってくれたのだという。
「そんなハンス……でも、無事で本当によかった……」
何の変哲もない木の枝に、そんな力はない。
ハンスは信じ切っているけども、偶然の積み重ねであろう。
でも、そんな偶然であっても、ハンスの命が無事でよかった。
幼い時から付き合いである執事ハンスの無事に、拭いたはずの涙がまた出てしまう。
「マリアンヌ様、泣いている場合ではございませんわ」
タイミングを見計らって、ヒドリーナさんが歩み寄ってくる。
その手に一着の女性服を持っていた。
「ヒドリーナ様……それは、もしかして私の……?」
彼女が持っていたのはメイド服であった。
私が苦心してデザインして、オーダーメイドで作ってもらった思い出の制服。
「はい、こちらはマリアンヌ様の専用服ですわ。今日は当店の総括として、ご指導よろしくお願いいたしますわ!」
私の言葉に、ヒドリーナさんは微笑みで答える。
そしてその後ろにいたクラスのみんなも、メイドスマイルを浮べてきた。
「皆さま、ありがとうございます……。ふう……それでは、参りますか。私の指導は少々厳しいですわよ!」
涙を拭きとり、私は衣装を受け取る。
時間は少し過ぎたけど、学園祭はこれからが本番だ。
せっかくみんなが無理を承知で、延期してくれたこの機会。
最後まで絶対に後悔したくない。
よし。ファルマの学園の史上初のメイドカフェ。
オープニング・セレモニーと行こうよ、みんな!
「じゃあ、オレ様たちが一番客でいこうぜ、ジーク」
「ああ、そうだな。ちょうど、あっちからエリザベスも来たからも、相手を頼むぞ、ライン」
私たちはメイドカフェ化した、自分たちの教室に向かう。
ラインハルトとジーク様もそれに加わり、賑やかで華やかな一行になる。
あとエリザベスさんも、ラインハルトの名を叫びながら、向こうから駆け寄ってきた。
今日はこれから本当に、賑やかな一日になりそうな予感がする。
――――そして本当に楽しい、思い出の最高の学園祭になるだろう。
◇
こうして数週間遅れで、ファルマの学園祭は開催された。
大幅なスケジュール変更で、教員生徒の負担は小さくない。
だが不平不満を漏らす者は、誰ひとりいなかった。
何故なら彼らは知っていた。
マリアンヌ=バルマンが入学式以降、この学園で不器用ながらも、懸命に励んでいたことを。
そして彼らを聞いていた。
バルマンの街を救うために、勇気を振り絞りペガサスを駆け、勇ましい姿で輝いていたマリアンヌ=バルマンの逸話を。
誰も口にしていないが、心の奥で感じていた。
滅びの運命にある、この大陸を救う救世主。
〝伝説の乙女指揮官”が、もしかしたらマリアンヌ=バルマンではないかと。
◇
「もう私は一人じゃないんだよね、きっと」
メイドカフェを大成功に終えて、マリアンヌは幸せそうな笑みでそう呟いた。
――――だが、この時のマリアンヌは知らなかった。
この後の後夜祭で、周りをドン引きさせてしまう事件を、自分がまた起こすことを。
それによって学園生徒たちからまた一目置かれて、ぼっち街道に進んで行くことを。
「よし、これで私の死亡フラグも一人街道も、おさらばね!」
こうしてマリアンヌ=バルマンの学生生活は、本格的にメインイベントに突入していくのであった。
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