99%断罪確定の悪役令嬢に転生したので、美男騎士だらけの学園でボッチ令嬢を目指します

ハーーナ殿下

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第47話:ハンスの決意

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「おそれながらエドワード様、進言いたします」

 沈黙の“司令の間”に、新たなる声が響く。

 それは第三者の発言。
作戦会議では発言権すらない、部外者の言葉だった。

「えっ……ハンス?」

 声の主は、私の後ろに控えていた青年。
いつも影のように付き添っている、若執事であるハンスだった。

 だが突然の部外者の執事の発言も。戦で高揚していた家臣団は激怒する。

「なんだ⁉ 執事ごときが大切な作戦会議に口をはさむな!」

「身の程を知れ、若造が!」

 執事とは聞こえはいいが、基本的には使用人の身分。
いきなり当主であるエドワードに進言してきたのだから、彼らが怒るのも無理はない。

「……どうしたハンスよ? 述べよ」

 だがハンスの真剣な瞳を見つめながら、お父様は静かに尋ねる。

「お許しありがとうございます。この状況を打開するために"北”に、救援を求めるのが得策かと」

 ハンスは静かに提案する。
 まだ援軍のふみを出せないでいた"北”に、これから救援を求めようと。
それにより一か八かの勝負ができると、提案していた。
 
この世界には遠距離通信の魔道具も、一応は存在している。
だが妖魔が大量に近くにいると、魔道具は正常に作動できない。
そのために戦場では早馬や伝書鳩が活躍しているのだ。

 "北”の方角には、その早馬や伝書鳩による救援の文を、まだ出していない。
でもそれには“理由”があった。
理由はハンスもそれは知っているのに、なぜこんな提案を?


「何を言うかと思えば、“北”だと⁉」

「お前の目は節穴か? この地図と窓の外をよく見てみろ! あのバルマン山脈が見えんのか?」

 案の定、家臣団は反論する。
もはや怒りを通り越して呆れていた。
 
 確かバルマンの北方には、頼りになる国や都市国家はある。
でも険しいバルマン山脈が、早馬や伝書鳩を阻んでいた。
 
 北方の都市にたどり着くには、東西のどちらかの街道を、迂回して行かなくてならない。そのためには妖魔ヨームの大軍のど真ん中を、使者が突っ切っていく必要があるが。

「ハンスよ。たしかに理論上、山脈越えの獣道が〝北”への最短ルートだ。だが山にも妖魔の群れが待ちかまえている。どう対応する?」

 お父様はハンスをジッと見つめて、静かに問いかける。
堅物で融通のきかない男であるが、ハンスは冗談を言う男ではない。
その真意を問いているのだ。

「僭越ならが、このわたくしなら、北にたどり着く、可能性があります」

 ハンスは静かに答える。

「この命はバルマン家に……マリアナ様に救われた身。あの方の家を守るは、我が天命。例えこの身が妖魔に食われようとも、必ず文だけは届けてみせます」

まさか熱い言葉だった。

 いつも冷静なハンスから、は想像もできない熱い魂の言葉。
私マリアンヌも聞いたことがない、男ハンスの言葉であった。

「ハンス……お主……」

 その決死の覚悟に騒いでいた、家臣団の誰もが黙る。
 彼らとて礼節と仁義を、重んじるバルマンの騎士。
もはやハンスのことを軽んじる者は、誰もいなかった。

「ではハンスに命じる。必ず救援の文を“北”へ届けるのだぞ」

 お父様はハンスに直筆の文を手渡す。
最後の頼みの綱ともいえる、今回の強行軍だ。

 だがお父様ですら『生きて帰って来い』とは言えないでいた。
それほどまでに今回の作戦は、不可能に近い成功率になるのだ。



 会議が終わる。ハンスが出発する時間となる。

 ハンスは出発の準備を終えていた。
いつもの執事服から、動きやすい格好に着替えいる。

見たこともない黒装束に、身を包んだハンスが目の前にいる。
他の者は挨拶を済ませて、今は私と二人きりだ。

「ハンス、本当に一人で行くのですか?」

「ええ、お嬢様。私の足には他の者は、付いて来られませんので」

ハンスは苦笑で答えてくる。

私は驚く。
あの堅物で仏頂面のハンスが、苦笑いをしていのだ。

 マリアンヌの記憶で幼いころから一緒だが、こんな彼の表情は今まで一度も見たことはない。

 上手く言えないけど、何かが、こう、いつもと違う。
 
 ああ、そうか。
そういうことか。
 
 ハンスは本当に命を賭けて、文を届けるつもりなのだ。

 今回の任務は本当に無謀。
妖魔の大軍の中を突っ切り、難所であるバルマン山脈を乗り越えていく、危険な任務なのだ。

 だからハンスは笑みを浮かべているのだ。
私を心配させないように。

 幼い時から毎日、一緒だったハンスとの永遠の別れ。

いや……そんなのは、嫌だ。
 
「ハンス、あなたにこれを預けます」

 意を決した私は、自分の右耳からイヤリングを取り外す。
私マリアンヌのお母様の大事な形見の一つだ。

「そして命じます。〝必ず”これを返してください。その手で私に返すのです」

 突然のことで唖然としているハンス。
私は強引にイヤリングを手渡し、強い口調で命令する。

――――これを返すために、必ず生きて戻って来いと。
 
無茶な命令で、私的なお願いかもしれない。
でも言わずにはいられなかったのだ。

「マリアお嬢さま、そっくりになりましたね。御母上さまに……」

 素直に受け取ったイヤリングを、見つめハンスはつぶやく。
マリアお嬢さま、という幼い時の愛称を、久しぶりに口にしてきた。

「負けましたよ、マリアお嬢さま。必ず返しにこのハンス、戻って来ます」

 ハンスは答えてくれた。
必ず生きて帰ると、言葉に発してくれたのだ。

 希望的観測かもしれないけど、これで少しだけ心が落ち着く。

 あっ、そうだ……あれも渡さないと。

「これは私の〝幸運のお守り”です。カバンに入れていきなさい」

「これは、例の木の枝の……」

「ええ、道に迷った時には、ご利益があります。あと幸運が貴方を守ってくれます」

 私が渡したのは“木の枝くん”。
学園の庭園で拾った、何の変哲のない木の棒だ。
 
 でも、これを見つけてから、私は本当に運が良くなった。
ジーク様と仲良くなり、クラスの皆とも距離が縮まった。

 これは気のせいかもしれない。
けど万が一でもご利益がある物は、全てハンスに渡したい。
必ず生きて戻ってきて欲しいのだ。

「ありがとうございます、マリア様。では行ってまいります」

ついにハンスは旅立つ。
たった一人の決死隊として、妖夢の大軍を突っ切り、大山脈越えに挑むのだ。

「必ず戻ってくるのですよ、ハンス」

「…………」

 最後のその命令に、ハンスは静かにうなずく。
あえて返事をせずに、北の闇夜に消えていった。

その行く先には数万の妖魔兵が、待ちかまえ、更には険しいバルマン山脈がある。

「ハンス……」

 彼が挑む困難の過酷さを想像して、思わず涙があふれ出す。
この涙は……マリアンヌさんの涙だ。

 自分が産まれた時から、いつもそばにいて守っていてくれたハンス。
今思うと家族と同等の存在。
彼を失う怖さが、マリアンヌさんの胸の奥から、涙となってこぼれてきたのだ。

「ハンス……必ず戻って来るのですよ……」

 彼が消え去った闇夜に、私も願いながら呟くのだった。
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