99%断罪確定の悪役令嬢に転生したので、美男騎士だらけの学園でボッチ令嬢を目指します

ハーーナ殿下

文字の大きさ
上 下
31 / 57

第31話:ジーク様の秘密

しおりを挟む
昼休み時間、静かな中庭の外れ。

「少し私の話をしてもいいか、マリアンヌ?」

「えっ……ええ、もちろんでございます」

 ジーク様は自らの生い立ちを、静かに語ってくれた。



 今から十数年前、ミューザス王国での出来ごと。
“とある貴族”のめかけであった一人の女性は、自分が妊娠したことに気が付く。

……『お暇をちょうだいいたします……』

だが彼女は身分が低い。
急病を理由に、その貴族の前から姿を消す。

嫉妬深い正室に、お腹の子もろとも殺されないように逃げたのだ。

……『今日から、小屋が、私たちの家よ……愛しの我が子よ』

 彼女はお腹に赤子を抱えたまま、田舎に移り住んだ。
わずかな蓄えとともに、静かに貧しく暮らしていく。

月日は流れる。

赤子……ジーク様は無事に産まれる。
だが母一人子一人の田舎暮らしは、貧しく辛かった。

……『誰も恨んではいけません、ジーク。人を愛し、想い、いたわるのです……』

貧しくとも、優しく気丈な母との二人の暮らし。
自分にとって、人生で一番に幸せな時間だった。

そう語るジーク様の瞳は、これまで見たことがないほど優しく澄んでいる。

「だが“とある貴族”は、私たちのことを嗅ぎ付けてきたのだ」

 ジーク様の目つきが急に、鋭く変わる。

“とある貴族”は数年の歳月をかけ、わざわざジーク様親子を探しあてきたのだ。
そこまで固執するのには理由があった。

貴族と正妻との間に、騎士と乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーの才能がある子が、産まれなかったからだ。

焦ったその貴族は、ジーク様の母親のことを思い出す。
不審だった彼女の身辺を調査して、追跡隊を送り出していたのだ。

類まれな騎士の才能を有していた子供。
ジークフリードの存在は、こうして見つかってしまったのだ。

……『お迎えに参りました、ジークフリード様』

情報を手に入れた貴族は、騎士団を辺境の村に派遣。
幼いジークフリードを強制的に、実子として迎え入れたのだ。

ではなぜ、そこまで貴族が実子の才能にこだわるのか?

 この大陸では名のある貴族の家には、騎士か乙女指揮官の才能ある跡取りが、必ず必要なのだ。
 
この世界の支配階級の、貴族の権力は強大。
なぜならば彼らには人類脅威である妖魔を、打ち倒す責務と力があるからだ。

その為に貴族の跡取りには、必ず戦う才能が必要とされていたのだ。
だから実子に才能がなければ、それこそ大問題になる。

 部下である騎士団の信頼を、勝ち取り束ねるは出来ない。
隣国やライバルである他家にも、付け入る隙を与える。

『妖魔に対し力なき貴族は、貴族にあらず』という言葉があるのだ。

そして険しい顔のジークの様の話は続く。

「“とある貴族”は強引に母上を人質にして、私に対して取り脅してきた。一人前の騎士となり、家のために尽くせと」

愛する母を人質に取られてしまった。

だからジーク様はファルマ学園に入学した。
自らの本当の身分を隠しながら、最強の騎士になるために。

「私は必ず、母上を奪い返す……あの憎き男から」

 今は従っているふりをジーク様はしていたのだ。
 屈辱に耐えながら、誰よりも強い騎士になるために。

宿敵を打倒し、母上を取り戻すために、人生を賭けていたのだ。

こうしてジーク様の話は終わる。



「長くなってすまないな、マリアンヌ」

「い、いえ、大丈夫でございます」

 ジーク様の瞳は、とても寂しそうだった。
 同時に強い意志も宿っている。

自分の想いを最後まで貫こうとする、男の顔だ。
 
「なぜ、こんな話を、お前に話したのか、自分でも分からない。すまぬ、忘れてくれ。私の作り話だったと」

 その言葉と表情から、真実だと私は直感した。

(ジーク様……)

 まさかの告白であった。

 自分がプレイしていたゲームでも、ジーク様の過去はここまで深く、ストーリーは語られていなかった。

 そして過酷なジーク様の運命に、胸が苦しくなっていた。
 
何故なら“とある貴族”は隣国ミューザス王国の国王。
大国の最高権力者であるミューザス国王を、ジーク様はたった一人で倒そうとしているのだ。

 常識で考えたら不可能な計画。
"蟻が巨像に挑む”よりも愚かな行為だ。
 
失敗したらジーク様は、間違いなく処刑。
仲間も全て処刑されるだろう。

――――ああ、そうか!
 
だからこそジーク様は、いつも一人だったのだ。
ゲーム内でも、この現実世界でも、常に孤高で過ごしていたのだ。

誰も自分に巻き込まないように。
過酷ないばらの道を、たった一人で歩んでいこうとしていたのだ。

そして私は気がついた。

ジーク様は孤独を愛し、クールなだけ王子様ではないことを。


――――ジークフリード・ザン・ミューザスは、誰よりも熱い男だったのだ。

大事な母親を愛し、仲間を巻き込まないために、辛い孤高を貫く。
愛深き騎士だったのだ。

「うっ……」

 急に目頭が熱くなってきた。
 感極まって、涙が出てきちゃった。

 これは同情とか悲しみではない。
 ジーク様の語る過去の話から、私まで感情が溢れてきてしまったのだ。

 ハンス……ハンカチを……。
 
あっ、そういえば今ハンスは近くにいない。
私に気を使ってくれて、遠いところに待機しているんだ。
 
どうしよう。

「これを使え」

 そっと私の目の前に、ハンカチが差し出される。
 ジーク様が出してくれたのだ。

「あ、ありがとうございます、ジーク様」
 
「感謝は不要だ。それにしても変な女だな……お前は。他人の為に“月空の涙”を流すなど」

えへへ……涙もろくて申し訳ありません。

ん?
“月空の涙”って何だろう?
初めて聞く。

「我がミューザスでは、乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーが流す涙のことを、そう呼ぶ。どんな高価な宝石よりも、とうとい秘宝として敬称だ」

 そ、そんなお宝だなんて、大層なものじゃないよ、私の涙は。
 どこにでもあるような、普通のしょっぱい涙だし。

「ありがとうございます、ジーク様」

 ジーク様のその言葉で、何か元気が出てきた。
そして胸がドキドキしている。

本当のジーク様のことを知って、乙女な私の胸が高まっていたのだ。
これまで以上にジーク様のファンに、私はなっちゃった。
 
こんな素敵なジーク様のお手伝いを、なんか私もできないかな?

あっ、そうだ!
私も微力ながら手助けしよう。

とりあえず言葉に出してみよう。

「この私もお手伝いいたしますわ。ジーク様の願いを叶える手助けを!」

「バ、バカか、お前は? 相手は普通の貴族ではないんだぞ⁉」

「望むところでございますわ。バルマン侯爵家の名に懸けて、手助けいたします!」

「ふっ……そうか。さすがは幼馴染同士、同じこと言うのだな、ラインとお前は」

「えっ……ラインハルト様が?」

「ああ、前にこの話をした時、ラインも同じだった。『その“とある貴族”をぶっ飛ばすのを、オレ様も手伝ってやる!』と」

 まさかそんな偶然があったのか。
 でも、十分あり得る話だ。

 ラインハルトは優秀だが、疑うことを知らない一直線な漢。

きっとジーク様の辛い覚悟に、あの男の胸も熱くなったのだろう。
目に浮かぶ。

ん?
そうしたらラインハルト精神構造、私は同じということ⁉

いや、天文学的な確率で、きっと偶然、同じセリフを言ったんだよ。

「お前のことを今日から“マリア”と呼ぶ。構わないか?」

 えっ?
それはどういう意味?

「変なうえに、鈍感なのか、私の新しい友人ともは」

えっ……私がジーク様と友だちになった⁉

 なんだ、この素敵な展開は。
 クールキャラであるジーク様が、いきなりデレてきた。

 いや、デレはいなけど、いきなり親密度が上がっている。

 いったい何が、どうなっているのだろう。
自分が知らない内に、ジーク様と友好度は、上昇していたのだ。

ぜんぜん身に覚えがないから、混乱してしまう。

ふう……でも、いっか!

あまり難しいことは、考えないようにしておこう。
ジーク様の問題は国外のことだし、私の死亡フラグに関わる感じでも無さそうだし。

「ありがとう……マリア……」

こうして、ひょんなことからジーク様と、私の距離はちょっとだけ近くなった。



――――この日の後日談。
数か月後……いや数年後なのかもしれない。

一人前になったジークフリードは、祖国ミューザスに帰国。
独裁的なミューザス国王を打倒するために、仲間と共に王都で反旗を翻《ひるがえ》す。

だが相手は強大すぎる最高権力者。
ジークフリードと反乱軍は捕まってしまう。

王都の広場で、ジークフリードの公開処刑がされてしまうことに。

――――だが、そんな時、王都に駆け付ける者たちがいた。

……『ジーク様! 約束通り、助けに参りましたわ!』

……『おい、ジーク、待たせたな! ここからが本番だぜ!』

駆け付けたのはファルマ学園の盟友たち。

真紅のドレスに身をまとった乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーが率いる、精鋭部隊の騎士団だった。

こうしてミューザス国王との激戦が幕を開けたのだ。



でも、そんな死亡フラグ全快の大ごとになるとは、この時の私は知らなかった。
 
(えへへっ……ジーク様から“マリア”呼びか……嬉しいな……えっへへ……)
 
小さな歓喜に、一人で浸っていたのであった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

私、確かおばさんだったはずなんですが

花野はる
恋愛
不憫系男子をこよなく愛するヒロインの恋愛ストーリーです。 私は確か、日本人のおばさんだったはずなんですが、気がついたら西洋風異世界の貴族令嬢になっていました。 せっかく美しく若返ったのだから、人生勝ち組で楽しんでしまいましょう。 そう思っていたのですが、自分らしき令嬢の日記を見ると、クラスメイトの男の子をいじめていた事が分かって……。 正義感強いおばさんなめんな! その男の子に謝って、きっとお友達になってみせましょう! 画像はフリー素材のとくだ屋さんからお借りしました。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

悪役令嬢に転生!?わたくし取り急ぎ王太子殿下との婚約を阻止して、婚約者探しを始めますわ

春ことのは
恋愛
深夜、高熱に魘されて目覚めると公爵令嬢エリザベス・グリサリオに転生していた。 エリザベスって…もしかしてあのベストセラー小説「悠久の麗しき薔薇に捧ぐシリーズ」に出てくる悪役令嬢!? この先、王太子殿下の婚約者に選ばれ、この身を王家に捧げるべく血の滲むような努力をしても、結局は平民出身のヒロインに殿下の心を奪われてしまうなんて… しかも婚約を破棄されて毒殺? わたくし、そんな未来はご免ですわ! 取り急ぎ殿下との婚約を阻止して、わが公爵家に縁のある殿方達から婚約者を探さなくては…。 __________ ※2023.3.21 HOTランキングで11位に入らせて頂きました。 読んでくださった皆様のお陰です! 本当にありがとうございました。 ※お気に入り登録やしおりをありがとうございます。 とても励みになっています! ※この作品は小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...