99%断罪確定の悪役令嬢に転生したので、美男騎士だらけの学園でボッチ令嬢を目指します

ハーーナ殿下

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第19話【閑話】ハンス、もう一つの顔

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《若執事ハンス視点》


 私の名はハンス。

 バルマン侯爵家に仕える執事である。
 亡き奥方様の遺言に従い、学園に通うマリアンヌ様に、今はお仕えしている。

 そんな私には、もう一つの顔がある。

 バルマン家が誇る秘密諜報部隊《暗部》の工作員。

――――それがお嬢さまにも知られていない、私の裏の顔であった。
 


マリアンヌ様が事件に巻き込まれていから、数日が経つ。

ある日の夜。
今はファルマの街を、漆黒の闇が包む真夜中だ。

(ここか……)

 そんな中、私は安宿の一室に、忍び込んでいた。
この数日で、この部屋の調査と段取りは、内密に済ませていた。

音も気配もなく、完璧に室内への侵入に成功する。 
他国の王城に忍び込むことに比べたら、この程度の雑な部屋に忍び込むことなど造作もない。
 
バルマン家の若執事として、私は幼い時から厳しく育てられてきた。
同時に裏では“暗部”の一員として、旦那様に鍛えられた。

今使っているのは暗部としての技術だ。

(こいつがベルガか……)
 
 安宿の薄汚れたベッドに、大きなイビキをかく男がいた。
調査によると、この者が大剣使いベルガ。
 
(噂ほどでなかったな。他愛もない……)

お嬢様には内緒で調査を行い、この男の住処を発見した。
目立つ男なので、この宿はすぐに判明した。

そして留守を狙い“目的の品”を探し、この部屋にも事前に侵入していた。
もちろん何の痕跡も残さないように。

 だが“目的の品”は、部屋の中には無かった。
 恐らくはベルガが持ち歩いていたのであろう。

 そして再度潜入の準備を終えて、今宵となったのだ。

気配を完全に消しながら、部屋の中を物色していく。

(あった……これだ)

 目的の品……ネックレスを発見する。

 これはマリアンヌ様の御母上さまが、彼女に託した形見の品。
この野蛮な男が奪い去った品だ。

(チェーンは引き千切られているが……修理は可能だな)

私はヒドリーナ様から密かに、このネックレスの経緯を聞き出していた。

それによると、このベルガは助けた対価として、強引にネックレスを強奪したという。

ヒドリーナ様の話によると、マリアンヌお嬢さまは笑って許していたらしい。

だが私とっては、それは許されざる蛮行だった。
だからこそ私は決意した。
 
 お嬢さまに内密に、このネックレスを取り戻すことを。

(ふん。よく寝ていられるものだな。ここで命を取られなかっただけでも、感謝するのだな、蛮人め)

本当ならこの男の寝首を斬り裂き、この世から滅殺したかった。
お嬢さまと御母上さまの絆を汚した、天罰を下したい。

 だが、それではこの形見の品が、野蛮な男の血で汚れてしまう。

だからこの場は、何もせずに立ち去ることにする。

(さて……戻るとするか……)

 貴金属の音を消す特別な布で、ネックレスを包み立ち去る準備をする。
後は帰還するだけだ。

――――だが、その時だった。

「ほほう……見事なもんだな?」

「――――っ⁉」

 驚くべきことが、起きた。

 男が……先ほどまで大きなイビキを、かいていたベルガ。
今はベッドの上に腰をかけていたのだ。
口元に野獣のような笑みを、浮かべている。

 なぜイビキが消えるのに、私は気がつかなかったのだ? 
 
そして完全に気配を消していたはずの自分に、どうやって気がついたのだ? 

 驚愕の数々に心が乱れそうになる。
 
ふう……。
 だが息を整え、スッと冷静さを取り戻す。

「ほほう? しかも、この“死地”でも、肝がすわってやがるな、お前」

 ベルガは鼻を鳴らし、機嫌よさそうに微笑む。
 だが、その右手には、いつの間にか鋭い大剣が握られていた。

――――“動けば死ぬ”

 まさに死地。
死の宣告の恐怖が、自分の心の臓を襲う。

このベルガという男の武を、私は見誤っていた。

(私は、ここで“死ぬ”か。だが自分とて歴代の“暗部”の中でも“最高傑作キラー・マシーン”と呼ばれた男……)

 やすやすと殺される訳には、いかなかった。
 腰にある短剣に手をやり、いつでも抜けるようにしておく。
そして小さな猛毒針と煙玉も用意しておく。

「ほほう? こいつは面白ぇえ。卓越した隠密術に、鋼の魂に、それに、その暗殺術か? 本当にいいな、お前は」

私の行動を見透かし、ベルガは子供のような無邪気な笑みを浮かべる。

(くっ……力ではこの剣士には敵わない。だが、この狭い室内での近接戦闘なら、あるいは……)

ベルガの騎士としての実力は、凄まじい。
単騎で妖魔兵の群れを駆逐したことからも、それは推測できる。

だが対人戦闘と暗殺術ならば、自分にも分があるかもしれない。

(私は必ず生き残る。マリアンヌお嬢さまの元へ帰還するために!)
 
 私は覚悟を決める。
必ず生き残ると。

御母上さまの遺言を守るために、私はマリアンヌ様を助けていく責務があるのだ。

「ほう……そんな“戦士の目”もできるのか? ますますイイな……」

 自分は顔を含む全身を、黒装束で隠している。
だが不覚にも目線を、ベルガに見破られてしまった。

しかし今も気にしている場合ではない。
生き延びるために、全てを捨てて力を出す必要があるのだ。

「ふう……面白かったぜ、この時間は。このファルマの街は面白い奴が多くて、オレも最高だな。お前みたいな奴に、あのマリアンヌという女がいてよ。さて、満足したことだし、寝るとするか。またな、黒い兄ちゃん……」

――――驚いたことが起きた。

ベルガはベッドにごろりと横になったのだ。
先ほど同じように、大きないびきをかき寝始めたのだ。

(くぅ……見逃すということか? いや、次回にお預けということか)

 暗殺者に対して、無防備な背中を向ける男の思惑が、読み取れない。
 
 いや……この野獣のような男に思惑など、最初からないのかもしれない。
 
魂が飢えたら敵を食らい、満たされたら寝るだけ……そんな欲望に忠実な戦士なのだ。

(ベルガ……か。それならこの勝負の決着は、いつか必ずこの手に……)

 私は心の中でそう宣誓する。
ネックレスを元の場所に、そっと戻しておく。

ふう……戻るか。

 そして来た時と同じように、音もなくこの部屋から立ち去るのだった。



 私の名はハンス。

 マリアンヌお嬢さまに仕える若執事である。
 
自分の人生はマリアンヌお嬢さまを、陰ながら支える為に費やす予定でいた。
 
だが今は少し違う。

お嬢さまが変わった"あの日”から、少しずつ私も変わっていた。

きっとこれから、私も忙しくなりそうな予感がする。
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